第4章 番宣大合戦!③

「二人にいい知らせだ」


 収録を重ねるにつれ、進行もスムーズになり、言い合いも面白さを増してきていると自画自賛する。

 また最初の「不仲売り」から、一緒に喫茶店に行ったことで「仲良し」アピールもできている。いや、けしてアピールではなく、少なくとも私は彼女と仲良くなってきているつもりなのだが。


「いい知らせって何ですか、植島さん?」


 私の問いに植島さんが嬉しそうに口を開く。


「ゆいどくにゲストで呼ばれることになった」

「ゆいどく?」


 何の用語だ。


「吉岡君、知らないの?唯奈独尊ラジオ」

「唯我独尊?」

「唯奈、独尊」


 唯我独尊じゃなくて、唯奈……あっ。


「もしかして橘唯奈さんがやっているラジオですか?」

「そうそう、イグザクトリー」


 親指を突き立て、歯をにかっと出す。意外といい歯並びをしているな。

 

 橘 唯奈たちばな ゆいな


 稀莉ちゃんと同じ、現役女子高生声優。

 稀莉ちゃんの一つ上の18歳で高校3年生だ。16歳の頃から声優活動をし、コンスタントにアニメに出演している売れっ子だ。

 歌唱力が非常に高く、何枚もシングルを出し、こないだは武道館でライブを行った……らしい。植島さんが嬉しそうに長々と説明してくれた。もしかして、橘唯奈ファンなんだろうか。

 通称「新時代の歌姫」。

 稀莉ちゃんと1,2を争う、売れっ子女子高生声優の橘唯奈。そんな彼女が一人でお送りするラジオが「橘唯奈の唯奈独尊ゆいなどくそんラジオ」だ。

 すでに50回を超える放送を行っている人気ラジオ番組。クールで情熱的な歌声とは裏腹に、感情むき出しのお馬鹿で笑えるラジオとして人気を博している。たまにゲストを呼ぶが、ほぼ一人で番組を進行している力量の持ち主。

 2人組のラジオを中心に研究していたから、私は聞いたことがなかったな……。

 手紙は毎回山ほど来て、イベントのチケットもすぐに売り切れになるらしい。


「で、そんな人気ラジオが、売れっ子の橘唯奈さんが、どうして私達二人をゲストに呼んだんですか?」

「それがよくわからないんだよ。あちらからの強い要望でね。勢いのある『これっきりラジオ』に恐れをなしているのかもね」


 植島さんが冗談交じりに言う。「勢いのあるラジオ」と言われると思わず口元がにやけてしまう。仕方がない。褒められ慣れていないのだ。


「そういうことなら、ぜひゲストに行きたいですね」


 私は嬉しそうに答えるが、さっきから隣の稀莉ちゃんが一言も喋っていなかった。

 どうしたのだろう。


「稀莉ちゃんは橘さんと共演したことあるよね、友達?」


 稀莉ちゃんが苦い顔をする。


「あいつは」

「あいつは?」

「……苦手なの」

 

 神妙な面持ちで、そう告げる。

 稀莉ちゃんが苦手とする人。世渡り上手そうな稀莉ちゃんがそう言うなんて珍しい。いったいどんな人なんだ、橘さん!


「それは楽しみだね」


 俄然興味が湧いてきた。オラ、ワクワクしてきたぞ!


「あんた性格悪いわね」

「お互い様だよね」


 稀莉ちゃんは不満そうな顔で「ふんっ」と答える。不機嫌な様子も可愛らしく思える。


「それで、何で苦手なの、橘さんのこと」

「会えばわかるわよ」


 はて、私は会ったことあっただろうか。

 人の多い現場で見たことはあったかもしれないが、直接挨拶した記憶はない。曲は何度も聞いたことがあるけれども、正直彼女のことをよく知らない。

 ゲストに出るからにはまた下調べが必要だ。

 忙しくなるな。

 いや、仕事はほとんどないから暇なんだけど。忙しいつもりでいさせてくれよ。


「来週の水曜夜なんで、宜しく」


 植島さんが軽く告げ、その日は解散となった。

 いずれにせよ楽しみだ。

 初めてのゲスト出演。さらなるリスナーの獲得のチャンスだ。

 相手が人気の女子高生? 売れっ子?

 知ったことか。1人目は不安だったが、2人目となると自信もでてくるものだ。どーんとコイ!……意気込みだけは立派である。

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