第4章 番宣大合戦!
第4章 番宣大合戦!①
「きゃー、圭太くんのエッチ!」
マイクに向かって恥ずかしい台詞を喋る。
ブースの向こうの監督、プロデューサー、音響監督が眉1つ動かず、真剣な顔をしている。
「もう圭太くんはいつも女の子の胸ばかり見ていて……。そりゃ、私は小さいけど。やっぱり大きい方がいいの? ねえ、何で目を逸らすの、教えて、教えてよ! ねえ、圭太くん、大きいのがいいんでしょ、ねえ、ねえ!」
私も恥ずかしがってはいられない。
どんな恥ずかしい台詞でもにやけたり、照れたり、笑ったりしてはいけない。
テープ提出なら顔も見られないし、やり直しも聞くが、これはオーディションだ。オーディションでは録り直しできないし、失敗は不合格に直結する。声だけでなく、私自身も見られているのだ。
「以上です。お疲れさまでした」
スタッフの声が響く。
果たして私の演技が合っていたのか、評価されたのか、わからない。教えてくれるのは、結果だけだ。
私は一礼し、ブースから出ていった。
ブースから出ていくと知っている顔があった。
相手も気づいたのか、顔を上げ、声をかけられる。
「奏絵じゃん、おっすー」
「瑞羽、なんでこんなところに」
さらさらの黒髪ロングがトレードマークの女性声優。西山瑞羽が椅子に座りながら私に手を振る。
「なんでって、奏絵と同じよ。オーディション受けに来たの」
瑞羽は私の養成所時代の同期だ。私と彼女だけが同期で声優になれた。
「これから?」
「うん、緊張バクバクよ」
でも、声優になってからの足取りは全く違う。
私はすぐに主演を務め、その後尻すぼみになった。
一方で、彼女は最初モブキャラばかりだったが、特徴ある声は徐々に重宝されるようになった。メインヒロインにはなれないが貴重なサブキャラの声を持つ声優として地位を確立していった。似たり寄ったりの声ではない、特定の領域。
「会うの久しぶりね」
「なかなか現場被らないもんね」
今までの出演数は私の倍どころではない。ライバルと呼ぶのもおこがましかった。
最近では有名アイドルアニメのライバルチームのメンバーの一人に抜擢され、ライブ活動にも奮闘している。その差は広がるばかりだ。
「あんまり邪魔すると悪いからこれで」
「そうね。今度、久しぶりにご飯でも行きましょう」
貴重な同期なんだからね、そう彼女はぽつりと呟いた。
そう私達二人だけだった。
同じ年代の人ですらすでに辞めた人も多い。どんどん年下が現場に入ってくる、淘汰されていく。そして、私も崖から落ちる寸前だ。
「そうだね、久しぶりに行こうか」
そう承諾し、去ろうとしたところを、瑞羽が明るい声で呼び止めた。
「そうだ、始めたんでしょ」
「え?」
「ラジオ」
「あー、うん」
「あの佐久間稀莉と一緒に出ている」
「そう、これっきりラジオ」
瑞羽も知っていてくれたのか。
「実は私、毎回聞いている」
にしにしと悪戯に笑い、告げる。
「本当?」
「まじまじ」
「うわー聞いているの? 辞めてよー」
「だって奏絵がどんなラジオするのか気になるじゃん」
「恥ずかしいー」
……気になるのか。それは私を意識しているからか。それとも仲間の頑張っている姿を見たいのか。
「面白いよ。あの罵倒しあいは笑っちゃう」
「本人たちは至極まじめです」
「はは、台本じゃないの?」
「台本は真っ白。だからほぼその場のノリ」
残念ながら脚色でも、嘘でも何でもない。
本当にその場のノリと雰囲気なのだからタチが悪い。
「そっか、だからか」
「何が?」
「いや、あの頃の奏絵を思い出してさ」
「へ?」
あの頃の私?
「そう」
どの頃の私だろうか。
養成所時代の私。空音を演じていた時の私。
誰なんだ、あの頃の私ってどれなんだ。
「西山さーん」
浮かんだ疑問を解決する前に、彼女はスタッフに呼ばれた。
「応援しているから頑張れよ、奏絵」
励ましの言葉を残し、同期の彼女はブースの中へ消えていった。
すっきりしないまま、別れてしまった。彼女が終わるまで待っていて問いただすのもどうかと思い、アフレコ会場を後にする。
けど、褒められて嬉しかった。
視聴者や、番組のスタッフではない、プロからの声はありがたい。
それに考えていなかったが同業者もラジオ聞くんだな……すっかり忘れていた。下手なこと言って、評価を下げたり、印象を変えたりしては不味い。いや、私のことなんて誰も知らないからそんな心配ないのか。
どちらにせよ、あれこれ考えても、もう遅い。
私は「よしおかん」なのだ。
これっきりラジオのパーソナリティの一人。すでにキャラ付けされてしまっている。そんな私を今は誇りに思っている。
……思っているけど、別現場で「よしおかん」呼びされ出したら、本気で対策を考えよう、うむ。
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