第3章 没続きはマジへこむ⑥
それから色んな話をした。
最初は佐久間さんの学校のこと。
高校は都内の私立の女子高で、話を聞くに本当にお嬢様学校に通っているようだった。
「じゃあ、佐久間さんもお姉さまと慕われているの?」
何言ってんの? と言う顔で、「アニメの見すぎよ」と一蹴された。アニメを見るのも仕事なんだから仕方がない。
進学校らしく、勉強についていくのがやっとということだ。
それなのに仕事も増えて、学校も休みがちになるのが辛いらしい。学生の本分は勉強なのだ、仕事のことを学校は考慮してくれない。
でも、成績落として周りに舐められるのが嫌だから必死に勉強しているの、と彼女は話す。努力家だなと思う。
学校も休みがちなので友達もあまりいないとのことだ。部活でグループができており、何処にも属さない自分は浮いているのだと。
人気声優だから皆、友達になりたい! と思いそうなものだが、人気すぎて近づきがたいのかもしれない。共学だったら毎日下駄箱にラブレターが入ってそうだ。それじゃなくても私が同級生だったら絶対、友達になりたいと思うのにな。
「でも、親友の結愛ちゃんがノートをいつも取ってくれて、貸してくれるの。それに私の話をいつも楽しく聞いてくれてね」
そう語る彼女の顔は楽しそうで嬉しそうで、結愛ちゃんのことが大好きなんだなと伝わってきた。友達の数は関係ない。理解者がいるなら彼女の学校生活はそれだけで幸せなものだろう。
彼女に話をさせてばかりも悪いので、私が仕事を始めた時のことも話した。
「大学の授業はほとんど選択制だったから、仕事が勉強の邪魔をすることはほとんどなかったなー」
「なにそれ羨ましい」
ただ仕事のせいで、入っていた吹奏楽のサークルを辞めたし、バイトも辞めた。仕事場や事務所、大学を行き来するだけの毎日だった。
でも、とても充実していたし、誰よりも貴重な経験ができたと思う。時間がなかったのにあの時の私はよく頑張ったものだ。今の私には真似できない。
その後は進路を相談された。
「大学に行って勉強もしてみたいけど、仕事をもっとばりばりやりたいのよね」と彼女は言う。私は「大学には行っとけ」と強く主張した。
大学を出た人間でも行き詰っているのだ。高卒で行き詰った時が悲惨だ。彼女なら親も裕福だし、心配ないかもだけど、人生の先輩的には「保証」、「保険」を持っといたほうが良いと勧める。私は先生か!
でも道が決まっているなら、わざわざ大学に行く必要はないのかもしれない。
目的を見つけるため、やりたい仕事に近づくために大学は行くのだ。もう辿り着いているなら遠回りする必要はない。
人生の決断を高校で決めるのは勇気がいる行動だ。それができなかったから、自信がなかったから私は大学に行き、そこでチャンスを得たから道を選択した。
私と佐久間さんは違うのだ。環境が、才能が。
私なんかがアドバイスしてどうする。
「なに時化た顔しているのよ」
彼女が指摘する。
「いや偉いなって。佐久間さんは、高校の時点で将来のこと考えて、自分の道について悩んでいて、うん、凄いなと思ったんだ」
凄い、彼女は凄いのだ。この歳で、17年の短い人生で道を定めている。
「あのさ」
「何、佐久間さん?」
「それよ、その佐久間さんって呼び方辞めて」
「え?」
思わぬ話の脱線に驚く。
「ラジオみたいに稀莉ちゃんでいいのよ。あんた年上でしょ。何で私にかしこまっているのよ。私の人生の先輩なのよ。もっと堂々としなさいよ。私はガキで、後輩で、ただの女子高生なのよ」
ただの女子高生の訳があるか。
「だって、職場の同僚だし、年齢とか関係ないし、芸歴は私の方が短いわけで」
「いいから! 佐久間さんじゃ距離遠いから稀莉ちゃんでいいのよ。誰も私のことを佐久間さんなんて呼ばないからむず痒いのよ」
そう早口で主張する。
「いいの?」
「いいわよ」
「私のこと嫌いじゃないの?」
「いつ私が嫌いって言ったのよ」
「だって最初は私に毒舌ばかりで、あんたなんて仕事で選ばれた相方で、パートナーじゃない!みたいな雰囲気だったじゃん」
佐久間さんはどん!と額を机にぶつけ、頭を抱えていた。
響いた音にまた周りが注目する。かわいい店員さんも心配そうにこっちを見ていた。お騒がせしてばかりで申し訳ない。
「……じゃない」
「へ」
うつ伏せたまま彼女がぼそぼそと言う。
「……嫌いじゃないわよ」
アイスコーヒーの氷が溶け、カランと音を鳴らす。
「わかったよ、稀莉ちゃん」
私の言葉で、ゆっくり顔を上げる。目線が合い、私は笑顔を彼女に向ける。
「わかればいいのよ」
彼女はそっぽを向きながら強がる。頬は少し紅く染まっていた。
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