第3章 没続きはマジへこむ⑤
「はい、じゃあ交換ね」
キャラメルラテを彼女に差し出し、受け取る。嬉しそうな顔で彼女は私に自分の飲み物を差し出しきた。
私は手で受け取る前に身を乗り出し、ストローに口をつける。
そして、一口飲む。
「うなっ」
ちょっとした悪戯。油断している隙に、佐久間さんに飲ませてもらった形になる。
「うむ」
甘いものの後にはブラックコーヒーはちょうどいい。子供にはまだ早い味だったのかもしれない。
硬直している佐久間さんから飲み物を奪い取る。
「何なの!?」
「私の名前は吉岡奏絵だけど」
「そう言うことじゃなくて」
どういうことなのか。
私に文句を言った後は、急に静かになった。
私をちらりと見ては、下を向いて、もじもじとしている。
「飲まないの?」
今度は私の顔と目の前の飲み物を交互に見る。
挙動不審だった。
私と視線が合い、佐久間さんがびくっと震える。
そして、意を決したのか、恐る恐るストローに口をつけて、キャラメルラテを口にする。
「どう?」
「……甘い」
真っ赤な顔で彼女はそう答えた。キャラメルラテを飲むだけなのに、赤面する要素はあったのだろうか。
いや、そうか、初めて喫茶店で飲むキャラメルラテに緊張したのか。なるほど、奢りがいがあるってもんだ。
さて、飲み物も揃ったので、打ち解けタイムを展開していくとしよう。
目指せ、『仲良し』ルート。
「佐久間さん、『空飛びの少女』好きなの?」
「ぐふっ」
急にむせる目の前の女の子。
「何よ、急に」
いきなり本題に入りすぎたかとすぐさま後悔。でも、私には回りくどく話す技術がないんだなー、これが。
「こないだのラジオの時、私の好きな物に綿飴って言ったよね」
「忘れなさいって言ったでしょ!」
佐久間さんが大きな声を出し、椅子から立ち上がる。
いきなりの大声に周りの人たちが私たちを見る。
彼女も周りの注目に気づいたのか、急にハッとして恥ずかしそうに席に着く。
小さな声で彼女に謝る。
「ごめん、ついつい」
「忘れてよ」
「で、『空飛びの少女』見ていたの?」
彼女は声を出さずにこくんと頷く。
「6年前だと佐久間さんは11歳か。小学生?わかっ!」
時の流れというのは残酷で、あの時小学生だった子がもう高校生になっていて、立派な声優になっていた。いや、そんなの稀なケースで、ほとんどの小学生が今もなお普通の学生なのは知っているが、6年という期間は人を変えるには十分な長い時間だと実感する。
「私、主役の空音を演じていたんだよ」
「知っているわよ」
「そうなんだ、えへへ」
なんだか照れ臭くなる。
深夜放送のアニメだったので、小学生の、それも女の子が見ていたなんて驚きだ。親が役者ということもあってアニメを見ることが許されていたのだろうか。私は両親が理解なくて、学生の時はこそこそ見ていた。
「いやー、アニメを見てくれた当時小学生の女の子と、こう同じラジオを作るなんて感慨深いな」
「……そう」
淡白な返事だったが、嫌そうな印象は受けなかった。
「空音のどこが好きなの?」
今度は答えがすぐに返ってきた。
「かわいくて、芯があるところ」
「そっか、そっかー。空音は可愛くて、かっこいいもんね」
「何であんたが照れているのよ。あんたを褒めたんじゃないんだからね」
「それはわかっているよ。でも、演じたキャラは私の大事な子供であり、友達であり、パートナーであり、一心同体なんだ。だから私が褒められたのと同じことなの」
「その気持ちは……わかるわ。演じたキャラは私のかけがえのない一部だもん」
「でしょ、そうでしょ。本当、大事で、愛おしくて」
その近さ故に、時に自分を傷つける。理想になりすぎて、届かなくて、もがく。
「空音を演じて良かった?」
私の心を読んだのか。彼女の突然の質問にきょとんとする。が、やがて私は笑ってこう返した。
「もちろん、空音に出会えてよかった」
たとえ理想にもがき苦しもうとも、空音に出会えない人生はありえなかった。
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