第3章 没続きはマジへこむ④

「なんで、迎えの車来ていないのよ」


 エレベーターで1階に降りたら佐久間さんが長田さんに文句を言っていた。


「どうやら街に隕石が落ちて、大渋滞を起こしているそうです」


 この人嘘下手か!


「何よ、その嘘!」


 すぐに嘘とバレる。


「あと30分もすれば着くと思いますが」


 長田さんは携帯を見て、慌てているフリをする。あくまで運転手に落ち度がないように思わせた。

 だが、彼女は折れない。


「電車では帰りたくないし、タクシーで帰る」


 すかさずその提案をつぶすべく、私は行動に移す。


「やあ、何だか大変そうだね、佐久間さん」


 トラブっている二人に私は何も知らない体で話しかける。


「何よ、あんたには関係ないわ」

「関係なくない。だって私は佐久間さんのラジオの相方だから」

「こ、こんなところで、街中でそんなこと言わないでよ!」

「時間あるんでしょ、お茶していかない?」


 自分で言って恥ずかしい。私は一昔前のナンパ野郎か。


「タクシーで帰るんだから行かない」

「必死に向かっている事務所の人に悪いじゃん」

「いいの、早く帰るの。佳乃!」


 長田さんが申し訳なさそうな顔で佐久間さんを見る。口を開かない彼女を不安に思ったのか、佐久間さんは問う。


「何よ、黙ってどうしたの?」

「申し訳ございません、今日財布を忘れたみたいでタクシー代出せないです」


 もちろんそんなことはないだろう。嘘だ、演技だ。でも、彼女の演技に佐久間さんはまんまと騙され、弱々しい声に変わる。


「えっ、財布忘れたって。私も今日はそんなに持ってないし……」


 今だ。ここぞとばかりに私はにこやかな笑顔で彼女を誘う。


「じゃあ、しょうがないね。車を待つしかないね。その間、何処か行こうか」


 彼女は私をじっと睨み、やがて降参したのか、「仕方がないわね」と小さな声で承諾する。

 よし、騙す形になったのは申し訳ないが、第一関門突破だ。



 佐久間さんと入ったのは何処にでもあるコーヒーのチェーン店。

 お客はまばらで、私たちは奥の壁側の席を選んだ。


「何でチェーン店なのよ。私を誘うのだからもっと高級なお店に入りなさいよね」


 席に座るなり、文句が始まる。


「へへ、金欠なもんで」


 最初だったら彼女の言動にいちいちムカついたが、6回も収録したからか、彼女の毒舌にも慣れてしまっていてノーダメージだ。耐性ってつくもんだな……。

 長田さんも誘ったのだが、「私は外で車待っていますから」と二人だけで入ることになった。正直、佐久間さんと二人だけの会話は気まずかったので、第三者の長田さんもいてほしかったがしょうがない。これ以上お願いするのは申し訳ない。

 初めての二人だけの会話となった。ある意味ラジオ放送中もそうだが、あの場には色々な人がいて、二人だけの空間ではない。


「何飲む? 私、買ってくるよ」

「わかんないから私もついていく」


 そう言い、レジへ向かう私の後ろをトコトコついてくる。

 ちらっと後ろを振り向くと、緊張していそうな顔だった。

 もしかしてお店に入るの初めてなのだろうか。コンビニに入ったこともないと言っていたし、お嬢様の彼女ならあり得る話だ。

 ただ機嫌を損ねて帰ってしまうと困るので、疑問は心の中に留め、口に出さない。

 レジに立つと、綺麗なお姉さんが、お姉さんといっても大学生ぐらいで私よりも年下なのだろうが、「いらっしゃいませ。ご注文どうぞ」と明るい声で話しかけてくる。


「キャラメルラテのトールで。佐久間さんは何にする?」


 彼女はメニューと睨めっこしている。その表情は真剣で、悩んでいることがわかった。救いの手を差し伸べるか。そう思い、口にしようとしたが、先に彼女が口を開いた。

 彼女はお姉さんを見上げ、誰よりも綺麗で良く通る声で注文する。


「アイスコーヒー、普通のサイズでお願いします」


 そんなに気合入れて注文するもんでもないが、彼女にとっては大冒険なのだ。よくわからなかったから無難なのを注文した感じだろう。頑張ったねと褒めてあげたい。

 お金を払い(先輩の威厳を示すため、私の奢り)、しばらくするとカウンターに飲み物が置かれる。


「佐久間さん、ガムシロップとミルクはそこにあるから好きに取っていってね」

「わかっているわよ。私はブラックがいいの」


 そう言って、先に席へとスタスタ戻っていく。

 ブラックで大丈夫なんて、最近の女子高生は大人だと感心する。

 私がブラックを美味しいと思えるようになったのは最近で、それまではともかく砂糖を入れて、甘く、より甘くするのが当然だった。

 人生は苦いより甘い方がいい。せめてコーヒーだけでも甘くしてくれ。


 席に座り、先についていた佐久間さんと向かい合う形になる。

 佐久間さんは制服でなく、私服で、キャップを被り、黒縁の伊達メガネをして変装している。

 とはいえ、売れっ子声優と二人きりだ。周りの人に佐久間さんだとバレたりしないだろうか。

 急に心配になり、きょろきょろ辺りを見渡すが、誰も私たちのことを気にしてはいない。声優の認知度なんて普通の人からしたら大したことないのかもしれない。

 むしろ身バレするより、10歳差の女の子と一緒にいる組み合わせの方が注目を集めるのかもしれない。頼む、姉妹が仲良く喫茶店でお茶しているように見えてくれ。決して母娘関係ではないぞ、勘違いするなよ。

 私の心配をよそに、佐久間さんはアイスコーヒーのストローに口をつける。そして、彼女の顔は渋い顔へと変わった。


「苦いの?」

「苦く、ない」


 どう見ても苦そうで、その声は強がっていた。


「苦いんでしょ?」

「強がってない、私はブラックが好きなの」


 そう言ってストローで吸うが、冴えない顔をしている。

 年少ながら演技派声優として名高いが、舞台を降りると顔に感情が出やすいようで、バレバレだ。

 仕方がない。フォローするのが相方だ。

 私は自分の飲み物を一口飲み、発言する。


「あー、このキャラメルラテ甘すぎて駄目だわー。とってもおいしいけど、おいしいんだけど、カロリー多すぎな甘さだわー。お姉さんダイエットしているからこれ以上糖分取るのは駄目だわ」


 白々しい演技をするが、彼女は希望に満ちた目で私を見てきた。


「あれ、ちょうどいいところにブラックコーヒーが。あー私の我儘で申し訳ない、申し訳ないんだけど、良かったら私のキャラメルラテとそのブラックコーヒー交換してくれない?」

「するわ」


 即答だった。どんだけ嫌だったんだよ、ブラックコーヒー。

 こういう所は子供だなと微笑む。

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