第3章 没続きはマジへこむ③
***
奏絵「それでは次のコーナーです」
稀莉「劇団・空想学!」
奏絵「はい、こちらのコーナーではリスナーから募集したお題を元に即興劇をやるコーナーです。今日で3回目! 稀莉ちゃん、自信のほどはいかがですか?」
稀莉「全くありません」
奏絵「弱気な稀莉ちゃん、珍しいですね」
稀莉「だって、いきなり話考えるの難しいじゃん!アドリブは苦手なの。話しているうちに何が何だかわからなくなってきちゃうの」
奏絵「うんうん、私達の芸人力が試されるよね」
稀莉「私達、声優だよね?」
奏絵「いつからそんな錯覚しているの」
稀莉「なん、だと」
奏絵「はい、茶番はここまでで、お題をこのボックスから引いていきますね」
稀莉「私はマジなんですけど」
奏絵「はい、では稀莉ちゃん引いてください」
稀莉「はいはい」
奏絵「はい、引きましたね」
稀莉「ラジオネーム『お家に帰り隊』さんから。この人は何でお家に帰れないんでしょうか」
奏絵「きっと仕事が忙しくて」
稀莉「あっ、ブラッ」
奏絵「本文に行きましょー!」
稀莉「お題『デートに遅刻して言い訳する彼氏と、2時間待たされた彼女』」
奏絵「2時間はないわー」
稀莉「ないですね」
奏絵「そんな男別れてしまえ! えっ、植島さん、何? それじゃ話終わっちゃうからやむを得ない事情を劇で考えて、ということです」
稀莉「じゃあどっちがどっちをやりましょうか」
奏絵「負けが彼氏で」
稀莉「彼氏が負けた方。これは負けられないです。それでは」
奏絵・稀莉「最初はグー。じゃんけん、」
稀莉「パー」
奏絵「グー」
稀莉「よっしゃ」
奏絵「あー」
稀莉「私が勝ちましたので、待たされた彼女役です」
奏絵「私が罪作りな役か、ふむ。言い訳、言い訳ね。女だったらお化粧に時間がかかったのとか、衣装選びに迷ったとかあるけど。男か、彼氏か、うーむ」
稀莉「はい、それじゃあ行きましょう」
奏絵「早い、もうちょっと考えさせて」
稀莉「レッツ」
奏絵「ああもう。デイドリーム」
===
奏絵(彼氏)「ごめん、待ったー?」
稀莉(彼女)「遅い」
奏絵(彼氏)「悪い、マジ悪いキリコ。まだお前が待っていると思わなくてさ」
稀莉(彼女)「カナオ最悪。私、2時間も待ったんだよ」
奏絵(彼氏)「2時間!? 2時間も待つなんてキリコまじすごくね。俺のこと好きすぎじゃね」
稀莉(彼女)「は? もう帰るわよ」
奏絵(彼氏)「ちょっ待ってよー」
稀莉(彼女)「離して!」
奏絵(彼氏)「キリコの手冷てー」
稀莉(彼女)「寒かったんだから」
奏絵(彼氏)「ごめんなキリコ。俺って最低だよ。お前の手をこんなに凍えさせちゃうなんて」
稀莉(彼女)「そうよ屑野郎よ」
奏絵(彼氏)「俺の手で温めてやるからさ」
稀莉(彼女)「やめてよ。手離して! そもそも何で遅れたのよ。遅れるならせめて連絡しなさいよ」
奏絵(彼氏)「悪い、携帯、川に落ちちゃってさ」
稀莉(彼女)「川?」
奏絵(彼氏)「ああ、川で犬が溺れていて、飛び込んだ時にな」
稀莉(彼女)「だから髪が濡れているのね。もしかして靴が片方ないのは」
奏絵(彼氏)「道路に飛び出した男の子をトラックから助けるために、トラックを止めた時にいっちまった」
稀莉(彼女)「ええ、トラックに!? じゃあ、服の袖が焼け焦げているのは?」
奏絵(彼氏)「ちょっと隕石を止めた時にな」
稀莉(彼女)「だからあんなに街で騒ぎが起きていたのね!? ごめん、あなたがそんな大事件に巻き込まれていたなんて知らずに怒っちゃって」
奏絵(彼氏)「いいんだ、遅れた俺が悪いんだ。それでこれ」
稀莉(彼女)「(紙袋を受け取る)これってもしかして」
奏絵(彼氏)「今日、キリコの誕生日だろ」
稀莉(彼女)「覚えていてくれたの?」
奏絵(彼氏)「当たり前だろ、お前の彼氏なんだから」
稀莉(彼女)「嬉しい。開けていい?」
奏絵(彼氏)「ああ、いいよ」
稀莉(彼女)「これはネックレス。欲しかったの。つけていい?」
奏絵(彼氏)「ああ、いいよ」
稀莉(彼女)「あれ、うまく」
奏絵(彼氏)「つけてあげるよ」
稀莉(彼女)「ありがと」
奏絵(彼氏)「着け終わったよ」
稀莉(彼女)「……どう?」
奏絵(彼氏)「綺麗だよ、キリコ」
稀莉(彼女)「ありがとう、嬉しいわ。あれ、ネックレスの裏になんか書いてある」
奏絵(彼氏)「君の名前さ」
稀莉(彼女)「H,I,r,o,m,i?」
奏絵(彼氏)「やべえ、ヒロミに渡すのと間違えた」
稀莉(彼女)「おい、この屑野郎!」
===
稀莉「ないわー」
奏絵「ないですね。ごめんなさい」
稀莉「遅れた挙句に二股野郎とか最悪じゃない」
奏絵「オチが必要じゃん」
稀莉「いや、なくてもいいのよ。私達芸人じゃないんだから」
奏絵「かー、私の芸人魂が余計なことしちゃったか」
稀莉「それはいいとして、遅れた理由がなんなの」
奏絵「寝坊とか、おばあちゃんを助けて遅れたとか普通なんで凝ってみました」
稀莉「川に入って犬を助けるのはまだいいわよ。何でトラックを止めたり、はたまた隕石受け止めたりしているのよ! 超展開にも程があるわ」
奏絵「しかも靴が破けたり、袖が焼け焦げたりするだけで済むという超人っぷり」
稀莉「何よ、彼氏はロボットなの?」
奏絵「私の彼氏はサイボーグ」
稀莉「そんな彼氏嫌よ。それにどことなくチャラい」
奏絵「うちのマネージャーを参考にしてみました」
稀莉「93プロデュースは碌なのがいないのね」
奏絵「うぉい、事務所批判はやめてくれい」
稀莉「ともかく今回のはなかったわ」
奏絵「ですよねー。リスナーはキュンキュンするのを望んでいるはずなのに、ただのギャグになりました」
稀莉「萌え台詞も苦手だけど」
奏絵「はい、次回は稀莉ちゃんの萌え台詞が聞けるようなお題を送ってきてください!」
稀莉「送ってきたら破るわよ」
奏絵「劇団・空想学のコーナーでした!」
***
「お疲れ様です」
5回目、連続して6回目の収録も無事終わり、明るかった空も気づけば真っ暗になっていた。
さて、ここからがある意味本番だ。
「長田さん、長田さん」
眼鏡でいつもスーツをきっちり決めている佐久間さんのマネージャー、長田佳乃さんに声をかける。
「何でしょう、吉岡さん」
私と年齢はあまり変わらなそうだが、格好も話し方も落ち着いている。大人の女性とは長田さんのような人のことを言うのだろう。ジャージばかり着ている私は悪い大人の見本だ、良い子は真似しないように。
「お願い……というか、許可をいただきたくてですね」
今、佐久間さんはお手洗いに行っているのでここにはいない。これは内緒の交渉だ。
私の話を顔色ひとつ変えず、ふむふむと相槌を打ちながら長田さんは聞く。
「ああ、いいですよ、面白いですね。上手くやりましょう」
そのポーカーフェイスな表情から、本当に面白いと思ったのかは判断しかねるが、ともかくマネージャーからの許可は得た。作戦に移すのみだ。
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