第3章 没続きはマジへこむ
第3章 没続きはマジへこむ①
「絶対、絶対負けないんだからー」
平日の昼間から熱唱していた。
アラサーの独身女がカラオケで1人。
そう希望が生まれたというのは単なる幻想で、妄想だったのだ。
オーディションに落ちた。
これまで何度も落ちているので、一つ落ちただけでいちいち落ち込んではいられない。いつものことだった。
それなのに、私はカラオケで熱唱しなきゃやってられないレベルでへこんでいた。
あまりに色々なことが重なりすぎたのだ。
まず、オーディションを受けたアニメがキャストを発表していた。
朝、何気なくタブレットで情報を収集しているとキャスト発表を見つけてしまった。
これはいい。特に連絡もなく、選ばれなかったことがわかるのがほとんどだ。
だが、私が受けたサブヒロインの役に、名前も知らない新人が起用されていた。私は無名の新人に負けたのだ。
実力で負けたかどうかはわからない。相手の事務所の力かもしれないし、配役のバランスで無名な声優を起用したかったのかもしれない。私も今や無名だけど。
そうこれは別にいいのだ。
次だ。
今度は丁寧にお祈りメールが届いていた。
「吉岡奏絵様の今後の一層のご活躍をお祈り致します」
オーディション落選の連絡だった。
テンプレしれないが、丁寧な文章が送られてきた。ただ文章の印象などどうでもいい。落ちた、私は選ばれなかった。
勝手に祈らないでくれ。一層のご活躍って、いつ私が活躍した?嫌味か、嫌味なのか。
心が荒んだ。
3つ目は、電話での連絡だった。
『吉岡さん、おはようございまっす。非常に言いにくいことなんすけど』
マネージャーの片山君からの連絡だった。
役が決まっていたソーシャルゲームの開発中止が決まったとのことだった。
ソシャゲとはいえ、久しぶりの役名のあるキャラだった。ソシャゲがヒットすればアニメ化もあり得る、だから手を抜かずに、頑張ろうと意気込んでいた仕事だった。
でも、そんなやる気は必要なくなってしまった。恨んでも仕方がない、色々な事情があるだろう。怒りの矛先が何処にも向けられず、やるせなかった。
中止になったので、今週の収録がなくなってしまった。二重線を引くため、スケジュール帳を開くとさらにため息が出た。
真っ白だった。
ラジオの収録以外予定がなかった。
ラジオに集中しようとコンビニバイトのシフトも削ったので、本格的に暇だった。
急に不安になり、貯金通帳を確認する。突然一億円が振り込まれているわけがなく、底が見えてかけていた。
マジでヤバい。
今月の家賃が払えないし、ガスがストップするかもしれない。さすがに女子としてシャワーが浴びられなくなるのは致命的すぎる。
日雇いバイトも考えなくてはいけないか、と郵便受けを開けると手紙が床に落ちた。
差出人を確認すると、青森に住む高校の友人の名前だった。
実家に帰る度に会う友達だ。急に連絡なんてどうしたんだろう。中を開けるとその答えはすぐに出た。
それは結婚式の案内状だった。
顔が引きつった。
彼女が付き合っている人がいるのは知っていた。地元の役所の職員という話を聞いていた。でも結婚まで話が進んでいるとは知らなかった。
早いと思ったが、27歳だった。
別に早くもなかった。
27で結婚なんて普通のことだった。地元ではむしろ、やっと結婚したかーぐらいのノリだろう。
27歳で幸せの絶頂を迎える彼女。
一方で、仕事もなく、貯金残高もつきそうな、独り身の女。
何処で差がついたのか。
私の幸せって? 夢を追って幸せだったの?
地元に残って、無難に結婚して、無難に子育てして、歳をとっていくのがちょうど良かったんじゃないの? ねえ、吉岡奏絵は声優になるべきじゃなかったんだよ。
「っつ!?」
気づいたら案内状を破いていた。
「はあはあ……」
破った後、一気に罪悪感と後悔が押し寄せた。
彼女は何も悪くない。幸せになるべきだ。余計な自問自答などせずに、私はただただ祝福するだけで良かったのだ。
これは単なる八つ当たり。
息を整え、冷静になる。
破れたものは元に戻らない。
どうせ金がないのだ。地元に戻って、結婚式に参加するのは難しかっただろう。交通費は新郎新婦側で出してくれるかもしれないが、それをあてにしているようでは悲しすぎる。
言い訳して、無理やり罪の意識を軽くする。
後でメールで謝っておこう、参加できなくてごめん、そしておめでとうと。
そんな短文を打つのも気が重かった。
手に持つ携帯が震えた。
こんなときに連絡なんて、まさかと思ったが、急いで出ると電話の向こうの相手は母親だった。
『ねえ、マチちゃん結婚するらしいわよ』
案内が届いたばかりだ、知っている。
すぐ切りたかったが、おばちゃん特有の長い世間話に付き合わされる。
相手は何処に勤めていて、好青年だとか、実家はその地方では名家だとか。どうでも良かった。
そして決まり文句は、『いつあんたは相手を連れてきてくれるの?』だった。
『あんたも27歳でしょ。東京にいい人いないの? 早く孫の顔が見たいの』
私は何も言い返さない。母親は私が無反応なことも気にせず、言いたい放題だった。
『ねえ、あんたはいつまで声優なんてやっているの?』
私は電話を耳から離した。まだ何か喋っているのは聞こえたが、関係なく切った。
自分でもわかっている。
私はいつまで声優なんてやっているの?
自分がわかっていることを他人に言われるのはイラっとくる。
わかっている、わかっているんだ。
私はいつまで声優をやっていられるのだろう。
家にいるのが億劫でサンダルを履いて、飛び出した。
逃げた先がカラオケなんて、なんかかっこ悪くて、情けなくて、私らしかった。
「辞めたくないよ……」
歌の途中で、言葉が漏れていた。
情緒不安定。めんどくさい女だ。頬を伝う水滴を手で拭う。
私の世界は真っ暗で、何処にも行けなくて、誰も連れていってくれなかった。
ただかろうじて蜘蛛の糸がかかっているだけだ。
これっきりラジオ。
それだけが光へと進む道標だった。
声優の仕事をこれっきりなんてしたくなかった。
机に突っ伏し、嗚咽をこらえる。
真っ暗闇の中で、佐久間さんの顔が浮かんだ。
こんな泣き顔の私を見て、罵倒してくれるだろうか。
「何泣いてんの?気持ち悪いんだけど」
そんな風に言ってくれるだろうか。
可笑しい。
罵倒されているのに嬉しい。
ちょっと元気が出た。
あー何泣いてんだろう、馬鹿らしい。
10歳差の子のことを考えて、元気が出るなんて、私も彼女に毒されている。ラジオネーム「浴びたい会」さんを馬鹿にできない。
希望は浮かばないし、良い夢を見ても、それは所詮夢で、すぐ消える希望だ。
ただ今は歩くしかない。
早くラジオの収録が来ないかな。
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