第2章 呼び方を決めるのが初回のラジオっぽいよね⑥
***
奏絵「はいはい、お互いの第一印象は伝わったかな?」
稀莉「よしおかん嫌い」
奏絵「はいはいツンデレ乙。続いて次のメールです。『キリキリの毒舌を一日中浴びたい会長』さんからです」
稀莉「はい、次のメール行きましょう」
奏絵「まだ本文読んでないんだけど!?」
稀莉「嫌よ、そんな変態なラジオネームのお便り読んだら耳が汚れるわ」
奏絵「そうだね、稀莉ちゃんを汚していいのは私だけだものね」
稀莉「はい、そうだね、よしおかんだけだからね。って、んなわけあるかーい!」
奏絵「貴重な稀莉ちゃんのノリツッコミ!? レアだ、ノリノリだー。はい、稀莉ちゃんが睨んでくるので読みますね。『お二人の好物は何ですか?』」
稀莉「はい、ふつおたはいりません!(ビリビリ)」
奏絵「破かないで、稀莉ちゃん破かないー、あー破いちゃった」
稀莉「なにこのお便り。合コンの探り合いかーい! 行ったことないけど。聞いてどうするの、私達の好物聞いて、送って来てくれるの!?」
奏絵「まあまあ、好きな有名人の好物って知りたくない? 同じだったら、嬉しいし、違ってもこれから同じものできるだけ食べようとなるし」
稀莉「ほんと? 私が青汁大好きで毎日飲んでいますって言ったら、私のファンは毎日青汁飲んでくれるの?」
奏絵「そうだったら稀莉ちゃんのファンだけ、異様に健康的になるね」
稀莉「だからナンセンスなのよ。いい、このラジオにふつうのつまらないお便りはいらないから、いりませんから。送ってきたら問答無用で破るわ、覚悟しなさい」
奏絵「稀莉ちゃん東京生まれのくせに、関西人ばりにネタに厳しいわね」
稀莉「無益なことが嫌いなの」
奏絵「現代っ子ってこうなのかなー。ゆとりっていったい……」
稀莉「はい、次」
奏絵「いや、まだ『浴びたい人』に答えてあげていないから」
稀莉「余計名前悪化していない!?」
奏絵「せっかくだからお互いの好物を当てるクイズにしましょう」
稀莉「えー、めんどくさい」
奏絵「そういうこと言わないの」
稀莉「ダイヤモンド?」
奏絵「そっちの鉱物じゃないから」
稀莉「早く当てなさいよ」
奏絵「そんな無茶な。女子高生が好きな物……クレープ?」
稀莉「嫌いじゃないけど、好物って程ではないわ」
奏絵「うーん、難しい。何かヒント」
稀莉「冬に食べます」
奏絵「鍋?」
稀莉「具体的に」
奏絵「せんべい汁?」
稀莉「何よそれ」
奏絵「えっ、醤油ベースの汁に煎餅を入れて食べるアレだよ」
稀莉「知らないわよ」
奏絵「えーっ、青森では常識なのにな」
稀莉「おかんの中ではね」
奏絵「じゃあきりたんぽ鍋」
稀莉「何でどんどんマイナーになっていくのよ」
奏絵「東北では常識なのになー。じゃあ、すき焼き!」
稀莉「……正解」
奏絵「やったー。美味しいよね、すき焼き。何で好きなの?」
稀莉「だって、すき焼きならお母さん失敗しないんだもん……」
奏絵「き、稀莉ちゃん、苦労しているんだね」
稀莉「張り切って作る料理ほど食えたもんじゃないのよね」
奏絵「思わぬお母さんへのダメージ。稀莉ちゃんのお母さん聞いていないよね?私から謝っておきます。ごめんなさい」
稀莉「いいのよ、wikiにも書かれているらしいから」
奏絵「そんなにヤバいのね……。次は私のを当ててね」
稀莉「……綿、」
奏絵「綿? コットン100%?」
稀莉「飴」
奏絵「綿飴?」
稀莉「うん」
奏絵「どうして綿飴だと思ったの?」
稀莉「だって、空音の……」
奏絵「空音?」
稀莉「やめ、これはやめ。はい、答え、降参だから。早く答えを言いなさい」
奏絵「えー、答えはハンバーグでした」
稀莉「お子ちゃま」
奏絵「リアルお子ちゃまに言われたくありません」
稀莉「はいはい、このコーナー終わり。ふつおたはいらないんだからね。面白い話送ってきなさいよ」
奏絵「〈よしおかんに報告だ!〉のコーナーが初回にしてハードル爆上がりですよ」
***
「ははは」
自分で自分の番組を聞いて笑ってしまう。
火曜21時に放送の「これっきりラジオ」。
悪くない。2回目より格段に面白くなっていると自画自賛する。
1回目の反応では、「誰だよ吉岡って」、「聞くのが苦痛」、「稀莉ちゃんの声を聞くための修行」など散々だった。
それが2回目では「佐久間稀莉の印象違くない?」、「このラジオどうなんだろう」、「とりあえず様子見、今後に期待」と印象が変わった。
そして、3回目はSNSでサーチしてみる感じ、「よしおかんwww」、「二人の掛け合い最高だわ」、「こんな稀莉ちゃん初めて、面白い」、「腹筋が鍛えられます」、「♯佐久間稀莉を汚すな」、「毒舌を一日中浴びたい会に私も入会します」と反応が明らかに違う。
現にラジオのハッシュタグがランクインしている。
悪くない、いや3回目にしては上出来すぎる。
変えたことはたった二つだ。
「よしおかん呼びにさせたこと」
「佐久間さんに遠慮するなって言ったこと」
その二つだ。
収録が終わった後、佐久間さんは疲れ切っていたけど、どこか満足気な顔をしていた。
彼女は楽しんでくれた。嫌いな相手でも面白さは表現できた。
私たちはまだ仲良しじゃないし、パートナーじゃない。
でも、「不仲」スタンスは確立できた。いい意味でお互い弄りあっている。
希望が見えてきた。
けれども、さらに希望を輝かせるために私は何かを見つけなければいけない。その何かはまだわからないが、でも見えそうな、もう少しでわかりそうな気がする。
「それにしても、佐久間さんから空音の話が出るとはな」
『空音』とは、私が初めて主役を務めたアニメ「空飛びの少女」の女の子だ。
明るい髪色で性格も元気いっぱいの女の子。でも時に大人の顔を見せるパイロットだった。男勝りで口が悪く、でも恋に憧れる子でとても可愛いく、シナリオの面白さもあったが、彼女の人気もかなり高かった。
もう6年前のことだ。まだ大学生だった。
あの頃の私は調子に乗っていた。
2作目にして主役ゲット。
それも豪華なスタッフに、大人気原作。
最初は緊張し、失敗もしたが、最後まで無事務め上げ、評価も高かった。現にDVDもたくさん売れたし、イベントも大盛況だった。
この波に乗り、私はこれからもヒット作をゲットしていける! 人気声優になれる!と思っていた。だから親を説得し、就職を辞め、この道で生きていくことを決めた。
でも、そんなにうまくは行かなかった。
それからも役はちょくちょく貰えたが、主役・ヒロインを務めることはなかった。
だから、空音は私にとって輝かしい思い出であると共に、苦々しい記憶でもあった。
空音が人生の転換で、頂点だった。
後はころころと落ちるだけ、いまだ浮上することはない。
そんな空音のことをすっかりと忘れていた。
いや、忘れようとしていた。
空音に囚われない、空音じゃない私にならないといけない、と思っていた。頭の中にそっと鍵をかけ、閉じ込めていた。
でも、稀莉ちゃんにその扉は開けられた。
あんなに嫌っていたはずの稀莉ちゃんから『空音』の言葉が出てきた時、やっぱり嬉しいなと思った。
私は確かにいたんだ、声優だったんだと。
しかも空音の好物である「綿飴」を覚えているなんてなかなかにディープなファンである。
思わぬ共通点になるかもしれない。
左に積み重なった雑誌を一瞥する。
稀莉ちゃんファンからいただいた雑誌を辿れば、何か書いてあるかもしれないと思ったが、今は眠気が私を誘惑してくる。
ベッドに寝転がり、エヘヘと笑い声をこぼす。
今はただ、浮かんだ希望に縋り、良い夢に酔うのだ。
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