第2章 呼び方を決めるのが初回のラジオっぽいよね⑤

 コーナーが終わり一呼吸。


「いいね、シナジー起きているよ、ビビッと来たよ」


 植島さんが私たちに向かって褒める。


「ありがとうございます」


 佐久間さんが不安げな声で私に尋ねる。


「よしおかんはお酒飲むのね」

「うん、佐久間さんはお酒飲む人苦手?」

「うちのマ、お母さんが飲むとめんどくさいのよ。酔っぱらうと踊り出して、やたら絡んでくるの」


 佐久間稀莉の母親。即ち、佐久間理香。

 38歳にしていまだバリバリ現役の俳優さんだ。日本の主演女優賞を取ること数回。演技に定評があり、明るく、まっすぐ言う性格も人気である。なお、夫、つまり佐久間さんの父親は有名な映画監督である。

 酔うと踊るのは、確かに彼女の陽気なキャラぴったりだなと思うも、娘からしたら面倒なだけだろう。

 でも酔って踊るだけでも絵になりそうで、この子は凄い家庭で育っているなとしみじみ思う。


「私は普段は缶ビール一本だけだからそんなに酔わないよ……お金ないしね」

「そう、なの」

「あっ、でも正月とかだと一升瓶飲み干しちゃうかな」


 「一升瓶!?」と植島さんが慌て、周りのスタッフもざわつく。

 周りの反応に心配になったのか、佐久間さんがスタッフに質問する。


「えっ、私お酒飲めないからわからないけど、一升瓶って凄いの?」

「ああ、とんでもない酒豪がいたもんだ」


 スタッフさんが一升瓶と言うのはね、と手で大きさを示し、佐久間さんが引いている。

 思わぬ賛辞に私は「えへへ」と照れる。いや、けして褒められていないのはわかっている。


「だって、うちの親戚の人たちあまり飲まないんですよ。開けた瞬間が一番おいしいんで、もったいなくてつい、ね」


 佐久間さんが怯えた顔で私を見ている。


「大丈夫、年一。それも正月だけだから!」


 実際は、花見でもたらふく飲むし、クリスマスには愚痴を言いながら女友達とワインボトルを開けまくる。年三、四なんだが、これ以上佐久間さんの印象を悪化させたくないので、お口をチャックしておく。

 植島が苦笑いしながら合図を出す。


「じゃあ、次のコーナーに行こうか。お酒は抜きでね」

「わかっていますって」


 でも、一度ぐらいアルコールありのラジオ放送をしてみたいものだ。佐久間さんは絶対嫌がるだろうけど。



***

稀莉「私の隣にいる人は一回で一升瓶飲むらしいです」

奏絵「ちがっ、お正月だけだから。稀莉ちゃん、それは内輪だけの話でしょ。本番で言っちゃ、めっ!だよ」

稀莉「夜、知らない電話番号から女の人の声が聞こえたら、よしおかんですので、リスナーさんは温かい目ですぐ電話を切ってあげてください」

奏絵「あるぽんさんみたいに私は電話かけないからね、私は酔うと一升瓶抱えて寝るタイプだから」

稀莉「はい、続いてのコーナーです」

奏絵「ここも華麗にスルーです」


稀莉「〈よしおかんに報告だ!〉のコーナー(エコー)」


奏絵「おい」

稀莉「このコーナーではよしおかんに報告したい出来事、よしおかんに質問したいことを送ってもらう、何でもいいから送ってこいの、いわゆるふつおたのコーナーです」

奏絵「おい」

稀莉「はい、まず1通目行きましょう。『マッチョポンプ』さんからです」

奏絵「待って、ちょっと待って」

稀莉「何ですか、さっきからうるさいですね、よしおかあさん」

奏絵「さらに名前変わっているよ。って、そっちじゃなくて、コーナー、コーナー名が違うの!」

稀莉「えっ、〈よしおかんに報告だ!〉のコーナーですよ」

奏絵「それ!私の台本に書いてないから!私の台本には〈ふつふつおたおた〉のコーナーって書かれているから!」

稀莉「何ですか、〈ふつふつおたおた〉のコーナーって。ネーミングセンス皆無ですね」

奏絵「謝れースタッフに謝れー」

稀莉「だって、私の台本にはそう書いてありますよ」

奏絵「どれどれ……マジで書いてあるやないかい!おいスタッフ、出て来い、書いたスタッフ出てこーい!」


稀莉「さっきと態度急変していますよ。はい、諦めて読みますね。『マッチョポンプ』さんからです。『お二人はほぼ初対面?だと思いますが、お二人のお互いの第一印象を教えてください』だそうです」


奏絵「はい、実はラジオが初対面ではないのです。今放送中の『無邪鬼』で地味に共演していますー。稀莉ちゃんは全く覚えていないようでしたが」

稀莉「そう、らしいわね。ラジオが初対面じゃないわ」

奏絵「まぁでもラジオで初めて会った時は、制服だー、女子高生だーと感激しましたね。こういった現場で相手が制服なんてちょっと犯罪臭がしていけない気持ちになっちゃいますよね」

稀莉「え、マジで引くんですけど」

奏絵「稀莉ちゃん、物理的にも引かないで、椅子引かないで、遠ざからないで」

稀莉「こっち見ないで。アイマスクして」

奏絵「それじゃ台本読めないから」

稀莉「台本を読み込んでくるのが役者でしょ」

奏絵「そうだけど、それはアニメの現場で、ここはラジオの現場でしょ」

稀莉「そういって相手によって態度を変えるのね、残念だわ」

奏絵「私は誰にも正しく一生懸命です(にっこり)。で、いいから私の第一印象は?」

稀莉「き、」

奏絵「き?」

稀莉「綺麗だと、思ったわ」

奏絵「へ?ツンデレ?ツンデレなの、稀莉ちゃん。そうか、お姉さんは綺麗かー、アハハ、お姉さん嬉しいなー」

稀莉「あと大きい」

奏絵「大きい、何処が!? 背は少し大きいけど、はっ、もしかして稀莉ちゃんセクハラ、セクハラなのかい!? いや、そんなに私のは大きくないけど……」

稀莉「何、視線をさげて……っつ」

奏絵「ごめん、高校生の稀莉ちゃんにとって私のは大きいよね。そうだよね、ごめんね、大人でごめんね」

稀莉「ば、馬鹿―! この変態、おばさん、セクハラ女! あと、服装ださい」

奏絵「おい、最後の服装ださいは地味に傷つくから辞めろい!」

稀莉「むぅ」

奏絵「稀莉ちゃん、手を体の前でクロスさせて胸隠さないで、もう見ないから、じろじろ見つめないから。ごめんね、大人のお姉さんが悪かったの」

稀莉「…………」

奏絵「これからの成長に期待だね」

稀莉「……ムカつく」

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