第2章 呼び方を決めるのが初回のラジオっぽいよね②
「もう食べられません……」
チュンチュンと鳴く小鳥の声が耳に届く。遠くからは電車の音が響く。
うるさく主張する目覚まし時計を止める。
「朝……か」
夢の中の私はお菓子の家に行き、好きなだけケーキを食べていた。幸せな夢だった。どんだけ飢えているんだよ私……。食に? 職に?
固くなった背中を伸ばし、目をこする。
ラジオを聞き続け、気づいたら寝落ちしていたらしい。
ノートに垂れた涎をさっとティッシュで拭く。ノートにはぎっしりと文字が詰まっていた。こんなに必死に文字を書いたのはいつ以来だろう。受験勉強の時でもこんなに真面目に取り組んだ記憶がない。
数にして14本。
ひたすらラジオを聞きまくった。主に私たちと同じ女性声優二人組で送るラジオを中心に研究した。
振り返る前に、まずはこの気だるい顔をリセットしたい。顔を洗って、家にはお菓子もケーキも朝ご飯すらないので、コンビニに買いに行くのだ。
5月も近づき、羽織るものが必要ないぐらいに外の空気も温かさを増してきた。天気が良かったので、公園のベンチに腰かけ、コンビニで買ったクリームパンを食す。
スーツを着たサラリーマンが汗だくで走っている。始業時間に間に合うために必死だ。
一方、私は優雅に公園で朝食を食べている。平日の朝の通勤時間にこんなにゆったりしているなんて、私はなんていいご身分なことでしょうか。いやぁ、売れないって悲しいですね。
パンをモグモグしながら、ノートを開き、調べた結果を振り返る。
注目すべきは、女性パーソナリティ二人の関係性だ。
面白い声優ラジオの二人の関係性には、3パターンあると私は考える。
一つは「百合」関係。
ともかくひたすらイチャイチャするのだ。
リスナーそっちのけで二人だけの空間を演じる。音声だけをいいことに、抱き着いたり、髪の匂いを嗅いだり、やりたい放題。本当にやっているかわからないが、やっていないとしたら相当な演技力だ。
話の中心はお互いのことばかり。相手の好きな所を言ったり、褒めたりする。
さらに仕事だけにとどまらず、プライベートでの交流を述べる。「お家に遊びに行ったときに~」、「こないだ旅行に一緒に行って、温泉に一緒に入って~」など二人の赤裸々な出来事を語るのだ。
いわゆる「ビジネス百合」、「百合営業」だ。
リスナーも望んでおり、コメントには「貴い」、「キマシタワー」などが溢れかえる。
いや、マジな百合関係じゃないよね? 私は共学だったからそういう感覚はわからないが、実際に「お姉さまー!」な姉妹関係など存在するのだろうか。想像がつかない。
だが、この「百合的関係」は私と佐久間さんでは無理だろう。
10歳差の子とビジネスとはいえ百合百合するなんて犯罪臭がやばい。
年の差百合、お姉さまと慕われるのも一部需要はあるだろう。しかし、何故かわからないが私は佐久間さんに嫌われている。
「佐久間さん、百合関係になろう」と言っても、「は? あんた頭でも打った?」と一蹴されるだけだ。これは無しだ。
では2つ目の「仲良し」関係はどうだろう。
百合までは行かないまでも、友人としてお互いが仲良いことをラジオ内でアピールする。「こないだ一緒にご飯行ったときにですね~」、「ネズミ王国に遊びに行ったんですよ、二人でー」など二人だけの出来事をアピールする。
リスナーだって、二人が上に決められた、ただの仕事の相方より、私生活に食い込む仲良しな関係、友達であることを求める。
何より、このラジオだけでしか聞けない特別感、お得感がある。仕事、作品のことだけではなく、プライベートな話題を聞くことで、声優のことをより理解でき、リスナーはより親近感を持ってくれるのだ。
個々で友達の話をしてもダメだ、共通の話題であるべきだ。だから、二人だけの出来事、仲良しエピソードを押し出した方が良い。
しかし、これも現状佐久間さんが私を嫌っているので、なかなかに難しい。
ご飯も断られたし、相手は女子高生だ。何処か一緒に行くにも、平日連れまわすことは出来ないし、夜遅くまでいられない。土日遊ぶにしても親の許可がいる……のかな?ともかく女子高生を誘うのはハードルが高い。
だが、いずれ共通の話題つくるために、達成すべき目標ではある。二人だけのプライベートな出来事を作り出すことは今後不可欠だ。いつか距離を縮めていきたい。
「百合」は無し。「仲良し」は現状無理。
それなら、どうすればいいか。
それが3つ目のパターン、「不仲」関係である。
ラジオ内でお互いのことを馬鹿にし、罵り合い、興味なさそうにする。ともかく不仲であるように見せる。
2回目で少し実践したが、それを売りにするレベルまでに作りこむ。
けれども、この不仲関係が成立するのは、実は二人が「良い関係」だからであると醸し出さなければならない。
喧嘩するほど仲が良い。
ただ単純に仲が悪いだけだと不快なラジオになってしまう。
「もうそんな悪口言って、本当稀莉ちゃんは私のこと大好きなんだから」
「ば、馬鹿、あんたのことなんか好きじゃないんだからねっ!」
という具合だ。
いわゆるツンデレ。
好きだからこそ、ついつい相手に悪口を言ってしまう、小学生男子のノリ。愛情の裏返しなのだ。
現状これが一番近いし、2回目である程度成功している。
だが、まだ甘い。
2回目はただの悪口の応酬で、笑いに繋がっていたかもしれない。けれど、それだけでは通じない。実は二人は悪口を言い合える、良い関係であると醸し出せていない。
もっと罵りのレベルを上げる。
そして、悪口ばかりの彼女を私の言葉で、態度で、ツンデレへと昇華させる。
当面はこの「不仲」関係を押し出し、笑いを取る。
いずれ二人だけのプライベートな話題を作り出し、「実は二人は仲良しなんじゃないか?」、「稀莉ちゃんはついつい好きな人に悪口を言っちゃう子なんだ」と思わせ、「仲良し」関係であることをリスナーさんに理解してもらう。
「不仲」から「仲良し」へ。これが当面の目標だ。
指針が決まった。やることが決まれば、後は簡単だ。
今は「不仲」を強調し、「不仲」を笑いに変える。そのために私は自分を貶めることになろうと、喜んで演じてみせる。
私はプロの声優なんだから、演じるのが仕事なんだから。
私を騙せ。リスナーを騙せ。それが人気ラジオ、売れっ子声優に到達するための条件だ。
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