第2章 呼び方を決めるのが初回のラジオっぽいよね
第2章 呼び方を決めるのが初回のラジオっぽいよね①
こないだとは違った顔をした女が地下鉄の窓に写っていた。
収録の帰り。ぽつぽつ席は空いているものの、私はつり革を持ち、地下の何も見えない景色を眺める。
やっとスタートラインに立てた。そんな気がする。
でも、まだスタートラインだ。油断してはならない。
――では、人気のラジオ番組をつくるために私に何ができるか。
まず、佐久間稀莉のことをもっと知ることだ。
売れっ子声優であることしか知らず、彼女がどんな性格なのか、どんな役を演じてきたのか、ほとんど知らない。
インターネットで調べるのは限界があるかもしれないが、出来る限りの情報を仕入れ、彼女のことを知っていこう。
次に、面白い声優ラジオには何が必要なのかを掴む。
学生時代にはラジオをよく聞いていたが、最近はほとんど聞いていない。
昔と今じゃ違う。今は何がウケるのか、流行っているのか、流行り廃りを知らなくてはいけない。面白いラジオには面白いだけの「何か」があるはずだ。ただ人気声優だから面白い番組になるわけじゃない。ともかく人気のラジオを片っ端から聞き、分析をしよう。
やることはたくさんだ。
目標は次の収録まで。
幸か不幸か声優の仕事はほとんどないので、時間はある。コンビニのバイトのシフトも減らしていこう。
私の諦めの悪さを甘く見てはいけない。
あの小娘の相応しい相方になり、人気ラジオを作り出す。
気づくと窓に笑っている私が映っていた。座っていたサラリーマンが変な顔して私を見ているが気にしない。
一生懸命になれることはいいことなのだ。
周りからどう見られようがいちいち気にしていては大きな事を成し遂げられない。それに売れない声優の私なんか、誰も興味はないのだ……自分で言って悲しくなってきた。少しは興味持ってくれていいんだよ?
「ただいまー」
ドアを開け、挨拶するが、誰も返事しない。当たり前だ。ここは一人暮らしの私の家だから返事が来たら怖い。そういうの苦手だから幽霊が本当にいたとしても空気を読んでほしい。
元気な声で帰ってきたが、手に持っているのはスーパーのビニール袋である。
本日の夕ご飯はスーパーの半額弁当なり。
カップラーメンだけじゃ栄養が偏るからスーパーに寄れるときは、こうやって弁当を買って帰る。
ちなみに私は料理が全くできない。しないのではなく、すると色々と実害がでるから、しない。
黒炭製造機。
そう何でも人には向き不向きがあるのだ。きっと実家の母親が泣いていることだろう。
大学入学と同時に上京してきたので、18歳の時から一人暮らしをしていることになるが、料理スキルだけは一向に向上する気配がない。誰かお嫁に来てください。
電子レンジでチンした少し温い状態の弁当を食べながら、タブレットPCを操作する。
『佐久間 稀莉』
検索すると可愛い画像の他、事務所のページ、情報をまとめたページが出てくる。すかさずクリック。
彼女の情報が開示される。
見ただけでわかる、長い。さすが人気声優だ。私の簡素な出演情報だけのページと違い、様々なエピソードがぎっしり書かれている。熱心なファンがいたものだ。
10歳の時に、ドラマでデビュー。元は子役だった。
って、10歳でデビューということは芸歴7年目になるのか。
私は21歳の時にデビューしたので6年目。
芸歴だけなら彼女の方が1年多い、先輩ということになる。
「佐久間先輩!」
「どうしたの吉岡」
うん、何だか、凄く違和感がある。というかムカつく。
そんな彼女は16歳で声優デビューを果たす。
女児向けアイドルアニメでサブキャラを演じ、その後はヒロイン3本、8本出演ととんとん拍子。
17歳になり一気に火がついた。
歌も上手く、キャラソンながら何本かCDを出している。
才色兼備。
演じて良し、歌って良し、可愛い。
そして、若い。
女子高校生、まだ制服という圧倒的ステータス。
何処にも欠点はなかった。何というチートキャラだろう。いくら課金しても勝てそうにない。
彼女はSNSをやっていなく、ブログを時々更新しているぐらいだ。
主に出演情報やイベントの報告だけだが、後で一通り目を通しておくことにしよう。
自分で調べられるのはここまでかと、携帯電話を手にする。
『何っすか、吉岡さん』
電話の相手はマネージャーの片山君だ。
「佐久間稀莉の出ている雑誌、インタビュー記事を集めて欲しいんです」
『あー佐久間さんっすか。相手側の事務所に確認してみまーす』
「宜しく、頼みます」
『あっ』
「何ですか?」
『思い出した、そうだ、そうだ。俺のマブダチで稀莉ちゃんの大ファン、稀莉ちゃんマジリスペクトの奴いるんすよ』
「稀莉ちゃんにナデナデされたい」が口癖の友達がいるらしい。その友達、大丈夫だろうか。
『そいつに聞いてみますね、だいたい持っているはずなんで』
「了解。お願いします」
電話を切って数分後に片山君から返事があった。
『ほとんどの雑誌持っているみたいで、布教用をくれるそうっす。明日取りに行くんで、夕方には事務所に置いておきますねー』
「ありがとう、片山君。いい友達を持ったわね」
『いやー、そんな褒められても』
君を褒めてはいない。
「彼にもお礼を言っといてくれます?」
『別にいいっすよ~。いつもイベントのチケット斡旋しているんで。これぐらいしてもらわないとっす』
ギブアンドテイクということか。
何はともあれ、これで佐久間さん捜査はひと段落。
次は、面白いラジオの法則を調べる。
そんなのすぐわかるはずがない。
ともかく聞く。気合と根性だ。
ひとつでも何か掴めればいい。
弁当をゴミ袋に入れ、さっきコンビニで買った真新しいノートを開く。
さぁ、夜は短い。聞けよ乙女!
……乙女って歳ではないというツッコミは受け付けない。
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