第1章 タイトルコールは突然に⑤

 ジングルが鳴り、ラジオの収録が始まる。


*****

稀莉「佐久間稀莉と」

奏絵「吉岡奏絵がお送りする……」

奏絵・稀莉「これっきりラジオ~」


奏絵「始まりました、2回目のこれっきりラジオ―」

稀莉「始まっちゃったよ」

奏絵「あれ、稀莉ちゃん。どうしてそんなつまらなそうな顔しているのかな?」

稀莉「だって、おばさんと会話しても話合わないし、老いが移るし」

奏絵「稀莉ちゃん、老いを移すことができたら、それはノーベル賞ものだよ」

稀莉「1回目の収録終わって家帰ったら白髪があったんですよ」

奏絵「白髪染めってめんどうよねーって、あんたは10代やろ。私の老いが移ったと言いたいのかな?」

稀莉「おばさんパワーを注入されました」

奏絵「稀莉ちゃん、収録終わったら楽屋でお話しようね」

稀莉「それってパワハラ、セクハラっていうやつですか?」

奏絵「はい、そこー。そこの構成作家笑わない!」

稀莉「というわけで老人ホームからお送りするぽっくりラジオ」

奏絵「違うー、ぽっくりじゃない、これっきり! これっきりだから!」

稀莉「人生はこれっきりということですね」

奏絵「10代で色々悟らないでー」


*****


 2回目の収録が始まる前に私は佐久間さんにこう告げた。


「罵ってください」


 彼女は石像になったかのようにぴたりと動きを止めていた。


「私を罵ってください」


 反応がないのでもう一度声に出した。


「聞こえているわよ」


 私は嬉しそうに、「じゃあ罵ってくれるの?」と答える。


「あんた、ドMなの?」

「違うけど、罵ってください」

「どう違うのよ!」


 私は変態じゃないし、そういう性癖もない。


「ねえ、佐久間さん」


 私の優しい問いに彼女はじっと私を見て、言葉を待つ。


「1回目の収録、楽しかった?」

「…………」


 沈黙が答えだった。


「いや、1回目だけじゃない。今まで担当してきたラジオ楽しかった? ラジオの仕事楽しいと思ったことある?」

「仕事だし」


 答えるのを逃げた。でも、気持ちはわかった。


「はっきり言うよ。佐久間さんのラジオはつまらない」


 彼女が私を睨む。


「全部聞いたわけじゃないからわからないけど、でもだいたいわかる。つまらない」


 彼女の眼差しがさらにきつくなる。


「だって、上辺だけの言葉なんだもん。気持ちの入っていない演技。棒演技。アニメではあんなに役になりきっているのにさ」

「私に喧嘩を売っているの?」


 ああ、そうだ喧嘩を売っている。


「上辺はいらない。その感情を出せばいい」

「言っている意味がわからないんだけど」

「私に対する感情を出せばいい。売れないモブばかりの声優、アラサー声優。嫌悪を口に出すの。私を嫌え、馬鹿にしろ」


 それが、


「私を罵ってください、という意味」


 私の熱い視線に彼女は目を逸らす。


「上手くやろうとするな。波風たてずに進行しようとするな。感情がぶつかり合うから面白いんだよ」


 ただやりすぎると不快になっちゃうかもね、と言葉を加える。


「馬鹿じゃないの」

「いいね、そういう感じ」

「そういう意味じゃないんだけど」


 もう一押しだ。相手は子供、女子高生。


「売れっ子の佐久間さんなら出来るよね。演じられるよね。演じるより楽だよ、だって自分を出すだけなんだから」

「いいわよ、やってやるわよ」


 のった。

 二人の間に、和気あいあいとした空間はいらない。私を罵る時間が始まった。


*****

奏絵「では、今回はお互いにニックネームをつけたいと思いますー」

稀莉「あーきたきた。ラジオの初回あるあるね」

奏絵「はーい、文句言わない。稀莉ちゃんは何て呼ばれること多い?」

稀莉「うーん、稀莉ちゃん、キリキリが多いかな」

奏絵「なるほど、私もついつい稀莉ちゃんって呼んじゃっていたね」

稀莉「許可した覚えはないわ」

奏絵「認可必要なの?」

稀莉「1回千円」

奏絵「高い! 私、何回も呼んじゃったよ」

稀莉「今のところ、2万7000円よ」

奏絵「律儀に数えている!?」

稀莉「で、あんたのニックネームは何なの?」

奏絵「ふふふ、何でしょう、稀莉ちゃんが考えていいよ」

稀莉「2万8000円」

奏絵「カウントやめい」

稀莉「おばさん」

奏絵「ねえ、確かに17歳の稀莉ちゃんにとって27歳の女なんておばさんよ。うん、わかっている、わかっているんだけど私が許しても社会が許さないよ。世間が怒っちゃうよ」

稀莉「こんなこと言うの、吉岡さんだけだよ」

奏絵「そんな特別扱いいらんかったー」

*****


 基本的に佐久間さんがボケ、私がツッコミ。たまに入れ替えるが、進むうちに2回目の収録のスタイルはこのように出来上がっていた。

 いや、彼女が何処までボケているのか、本気で言っているのか、わからない。

それでもラジオは一回目とは打って変わり、スムーズに進行していった。


*****

稀莉「〈もうこれっきり!〉のコーナー!」

奏絵「はい、このコーナーはリスナーさんから、辞めたいのに辞められない、もうこれっきりにしたいことを募集します」

稀莉「おばさんはもうこれっきりにしたいことあります?」

奏絵「そうだね、おばさんって呼び方をこれっきりにしてほしいかな」

稀莉「うけますね」

奏絵「何がうけるの!?」

稀莉「必死に若作りしているのうけますよ」

奏絵「くっ、化粧いらずの女子高生め」

稀莉「何でそんなにお金と時間かけるんですか?」

奏絵「君もいずれわかるときが来るさ」

稀莉「私は永遠の17歳だから大丈夫ですよ」

奏絵「リアル17歳が言うと嫌味にしか聞こえないですからね! はい、回答、回答しましょう。私は課金を辞めたいかな……。自分が声をあてたキャラが欲しくてついついソシャゲに課金しちゃうのよね」

稀莉「課金、ダメ絶対」

奏絵「いやいや、絶対ダメってことはないから。私達ソシャゲに声あてたりするから変なことは言えないよ。私の大事な収入源なんだから。コホン、課金は用法・用量を守って正しくね」

稀莉「一度しちゃうと戻って来られないのよね……」

奏絵「こらこらー。稀莉ちゃんはこれっきりにしたいことある?」

稀莉「私はこのラジオをこれっきりで終わりにしたいかな」

奏絵「わー、まだ2回目! いったい彼女に何があったのでしょうか」

稀莉「だって、お腹空いたし……」

奏絵「負けたよ! 食欲に負けたよ、このラジオ」

稀莉「学校から帰ってきたばっかりだし」

奏絵「構成作家さん、次回からちゃんとケータリングお願い」

稀莉「ドーナッツがいい」

奏絵「姫は甘いものを所望しているぞ。宜しく、宜しくねスポンサーさん。えっ、無理、そこを何とか……はい、コンビニで買ってきてくれるそうです」

稀莉「コンビニのドーナッツじゃ物足りないのよね」

奏絵「姫は我儘です。はい、〈もうこれっきり!〉のコーナーはこのように、このように? 全然参考になっていませんね、リスナーさんの悩めるお便りをお待ちしています。どしどし応募してくださいね!」

稀莉「ねえ、もう帰っていい?」

奏絵「はい、相方で悩むのはもうこれっきりにしたいですね」


]*****


 手ごたえはあった。


「いいね」


 植島さんが短い言葉で称賛した。

 1回目とはテンポが違った。

 スタンスを変えたら、急に佐久間さんから言葉がポンポンと出てきた。

 佐久間さん本人も驚きを隠せないようだ。

 予想以上に、毒舌キャラがうまくはまった。

 今までの可憐な女子高生声優はそこにいなく、ファンは嫌がるかもしれない。

 でもラジオとしてはこれが正解だ。

 感情のぶつけ合い。相手に向かって暴投しまくるキャッチボール。でも、お互いにキャッチできていた。

 でも、まだだ。

 まだまだできる。

 もっと面白いラジオにしないと。もっと人気が出るラジオにしないと。やるからには全力を尽くさなきゃ勿体ない。


*****

奏絵「はい、では2回目どうだったでしょうか」

稀莉「30分なのに、30分の感じがしなかった」

奏絵「そうだね、実際は1時間録ったもんね、私達頑張ったよね」

稀莉「甘いものを要求する」

奏絵「姫がお怒りだー。はい、ではこんなところで終わりますー。ここまでお送りしたのは吉岡奏絵と」

稀莉「佐久間稀莉でしたー」

奏絵「せーの……」


奏絵「もうこれっきりにしてー」

稀莉「…………」

奏絵「稀莉ちゃん、ここは合わせるところだからー、あー終わっちゃう、あーまた聞いてねー」


*****


 前途多難だが、一歩進んだのだ。

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