第1章 タイトルコールは突然に④

「疲れた」


 収録し終えて、感じたのはただ一つ、それだけだった。

 ラジオの収録は終始、私が話して、彼女が適当に相槌をうつという状況だった。

 何も面白くなかった。

 相性が悪いという次元ではない。何も話が展開せず、ただただ時間が過ぎるだけだった。

 ラジオ中も猫かぶりすれば良いものの、彼女は寡黙で、ひたすら受けの姿勢だった。無気力だった。

 あっちの方が売れているから仕方ない。こんな売れない私と仕事をしたくないのだろう。

 そうだ、数字を持っているのは彼女だ。聞いてくれるリスナーの大半が彼女の元からのファンだろう。誰も私目当てでラジオを聞かない。

 でも、年下に舐められるのはムカついた。

 私にも意地がある。

 この業界で6年生きてきた、実績はないけど、プライドがある。


「お疲れ様―、良かったよ、面白かった」


 植島さんが収録を終えた私たちに賛辞を贈る。

 本当に面白かったのか?

 私を嫌う相手との会話が楽しいというのか。他のスタッフたちの暗い顔が見えていないのか、この敏腕作家さんには。


「次回予定はまた連絡するんで宜しく」


 植島さんがにこやかな顔で手を振る。

 彼の中では何か掴むものがあったのか。私にはさっぱり理解できなかった。



 エレベーターに乗り込み、1階のボタンを押す。

 前を見ると制服姿の女の子が目に入ったので、「開」ボタンを押し、彼女が来るのを待つ。


「先に降りて良かったのに」


 そう悪態をつきながら佐久間さんはエレベーターに乗ってきた。


「お疲れ様」

「うん」


 空間には二人しかおらず、気まずい静寂が流れる。

 彼女がぼそりと呟いた。


「あと何回持つかな」

「え?」

「いや、何でもない」


 1階に到着し、彼女が先にエレベーターから出ていく。


「ねえ、佐久間さん」


 つい言葉が出ていた。

 声をかけられた彼女が振り向き、不思議そうな顔をする。


「この後良かったら、ご飯行かない? 親睦深めるというか、ラジオ初収録記念というかさ、そんな感じで」

「えっ」


 冷たい視線で私を見ていたはずの彼女の眼が私を見て、泳いでいる。動揺していた。


「な、何、私を軽々しく誘っているのよ。フランス料理でも予約してあるのよね?そこらへんのレストランじゃ私は満足しないんだからね」

「え、予約してないけど」

「本当、使えないわね。じゃあ、さようなら」


 そう言って彼女は駆け足で建物を後にした。

 すぐ断られると思ったが、彼女の動揺が見えた。けど、結果はやっぱり断られた。わかっていた通りだ。

 でも、私は彼女とラジオを続けていくしかない。

 嫌いだ。ムカつく。生意気だと思う。


 だが、それではいけない。

 相手に嫌われていようがなんだ。お互いを知らないとやっぱり面白いラジオ番組ができないし、そのシナジーやら化学反応は私たちが接しないと起きないんだ。

 必死になるしかなかった。

 だって、そうしないとこの番組がすぐ終わってしまう。

 レギュラーゼロ生活に戻るのは嫌なんだ。しがみつく。嫌な相手、生意気な小娘に媚びへつらってでも私は声優業界に生き残るんだ。


「あと何回持つかな」


 そう、彼女は言っていた。

 何回持つか、わからない。

 スポンサーが気に入らなければ、放送お蔵入りもあり得るかもしれない。

 それでも、私はこのラジオを少しでも多くやらねばならない。

 生きるため、違う。食べるため、違う。

 これは私のプライドだ。

 諦めるのは、もうこれっきりだ。



 冴えない顔だ。

 地下鉄に乗り、窓に映る自分の顔を見ながら今日の収録のことを考える。

 植島さんは「面白かった」といっていたが、やはり私はそう思わない。

 会話のキャッチボールは成立せず、彼女は私のボールを無視して突っ立っているだけだった。

 佐久間さんのラジオはいつもこんな感じなんだろうか。他の人でも同じ態度なのか、私だけなのか。

 そんな悪評は聞いていなかったが、私の耳に入っていなかっただけなのかもしれない。

 まずは彼女のラジオを聴くことから始めよう。



「つまらない」


 佐久間さんのラジオを聞いた率直な感想だ。

 家に帰って早速、アニメ番組宣伝用のラジオを聞いたが、台本を読まされている感マックスの、淡々とした喋り。相方への反応は私より幾分良いが、やたら間が多かった。カットされてこれだから現場はもっと辛かったことが想像される。

 ただただ宣伝するだけのラジオだった。いや、それ目的で作られているから正しい在り方なのだが、パーソナリティが全くいきいきしていない、ただの情報番組だった。

 SNSで視聴者の感想を調べたが、「稀莉ちゃんの声かわいい」、「次回アニメ本編が楽しみだ」などラジオの内容に関係ないことがほとんどだ。


 こんな放送に、佐久間さんはどう思っているのだろうか。

 収録は楽しいのだろうか。仕事だから仕方なくやっているのか。ラジオの仕事なんてしたくないのか。相手に遠慮しているのか。それとも本当につまらないのか。

 わからない。

 私は女子高生じゃないし、売れっ子じゃない。

 でも、理解しないといけない、彼女をイキイキとさせねばならない。

 ならば、どうするか。

 佐久間稀莉は私に興味がない、嫌っている……そこまでじゃないかもしれないが、好んではいない。

 それなら彼女を私に興味津々、大好きにすればいい?

 いや、違う。

 むしろ、それを助長させてあげればいい。

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