バーチャルヨットコババス
「はーい、それじゃあね、今日の配信はぁ、いかがだったでしょぉーか?初見の皆様、チャンネル登録マイリス登録、ぜひぜひー、よろしくおねがいしまぁーす!
ではではー、また次回、おあいしまっしょーう!」
そろそろ10回をむかえて、だいぶ慣れてきたんじゃないかな?思ったよりもこの「バーチャルタレント」は使いやすい。配信者は若い女性(と思われるアバター)が人気だが、私のようなインテリ系大人女子にも少なからず需要があるようだ。
いや、それともコンテンツの勝利かな?
私、木野温子は某大学で助教をしている。
もともとVR系は自分の研究の一環だったが、いよいよ時代がVRに追いついてきた。
そんな中で、にわかに流行り始めたVRアバターを用いた動画配信。
様々なツールを駆使しなければならないことのハードルは高いが、それでもこの配信サービス「バーチャルタレント」、通称「vタレ」を使うことで、一時期よりはだいぶ楽になった。
時代の最先端を自称する自分がこのビッグウェーブに乗らずにどうする。
そこで生み出したのが、VRの技術的な解説を行う「バーチャルインテリ女子・アッコ先生」だ。
割とニッチな層に受けたのかチャンネル登録早くも500人。いつも視聴者の皆様にはお世話になっております。
今日の配信を終えて、反省会とばかりに動画についたコメントを見返してみる。
ふと、妙な単語が目についた。
「…?なにこれ?ヨットコババス?」
翌朝。
「…ということなのよぉ!日下部くぅん!」
研究室にやってきた院生の日下部君と昨日の奇妙な単語について話す。
ヨットコババス。あのあと、いろいろ調べてみたところ、どうもある特定の時刻にこの単語についてのコメントが集中している。
タイムシフトで自分の配信を見返してみたところ、自分の声ではあるが、妙に合成っぽい声で、確かに言っている。
ヨットコババス。
気になって検索をかける。すると、ここ一週間で同様の現象が他の配信者にも起きている。みんな自分では発言した覚えはないのに、なぜか自分の声でこの謎の単語を発音している。
また同時に、この現象をいち早くまとめたサイトの存在も発見した。ややオカルトよりなサイトではあるが、考察は至極全うで論理的。
曰く、VR世界は劇場で、配信者は演者。
演者には理解できない未知の言葉は、第四の壁の向こうからの挑戦状。
私達は、今まさにミステリの観客として、謎を解かされているのではないか、とのことだ。
「でね、このT4Wっていうサイトが結構まとまっててさ…」
それまでふんふんと聞き流していた日下部君の表情が急に曇る。やっぱり理系の学生にオカルトっぽい話題はまずかったかな?
「…ええっと…木野さん、わかってて言ってます?」
「は?何が?」
日下部君がスマホを取り出してちょいちょいと操作する。
その画面に現れたのは…T4Wの管理者向けページだった。
「そのサイト、俺のです…」
なあんだぁ!こんなに身近に詳しい人間がいるんじゃない!
それなら話が早い、私は次の話題を切り出す。
「まじでっ!?おー、じゃあちょっと協力してほしいんだけどさあ、日下部くぅん!」
日下部君は大いに困った顔で、
「いや、まあ…いいっすけど…木野さん、何が目的なんです?」
「そんなの決まってるでしょ?知的好奇心の充足よ。
ヨットコババスとは何か。なぜこんな事になっているのか。」
その日は昼の仕事をこなして、夕食時に日下部君はじめ数名の有志学生とともに学食へ。
「で、考えたんだけどね?音声をいじって出力しているということは、マイクから実際の配信までの間に噛まされているソフトに問題があると思う。」
オカルトチックではあるが、実際にオカルトなんかありえない。理論的にこういうことが起こりうるとしたら…そこからアプローチを試みる。
「ということで、各配信者の使用しているソフトを列挙して、この現象の起きた起きてないをチェックすれば、どれが問題のソフトかわからないかな?」
そう、この現象は一部の配信者にしか起きていない。起きた配信者には、共通点があるはずなのだ。
「いやー、でもさーアッコ先生、それだと極端な話、全vタレ調査することになりません?」
「今vタレって、確か一万人くらいいましたよね…」
「使ってるツールだって非公開だったりしねーっすかね?」
おぅ…学生は痛いところをついてくるなあ。
「じゃあ、うちのサイトで呼びかけるだけ呼びかけてみましょうか。一万人とは言わずとも、ある程度数が出てくればなにかわかるかもしれませんし。」
日下部君、えらい!
「そうねえ!こっちでもvタレのフレに呼びかけて調査してみーよぉっと。」
こういうのは、地道にやるしかないのだ。ひとまずこんな感じで調査方針は決めてみた。が…
「いやー、それにしてもアッコ先生、ヨットコババスって結局何なんでしょう?」
「実は誰かのハンドルネームだったりするんですかね…」
「そもそもそう聞こえるだけでぜんぜん違う言語だったりしねーっすかね?」
そこなんだよなあ…
特徴的な単語ではあるけれども、この件が明るみに出るまでは特に検索にひっかかる単語でもなかったようだ。
無論、日本語以外の言語の可能性のほうが高いんだが、つづりが全くわからない以上、これ以上突っ込んで調査することもできないし…
「うーむ…そこはほら、あれだ…調べていくうちにだんだんわかっていくんじゃないかなあ?」
その日から、私と日下部君とで地道な調査を開始した。
(言っとくけど業務時間外よ、念のため。)
と、わずか一日で急展開。
私達の行動を知って、なんとvタレ系ニュースサイトがコンタクトを取ってきたのだ!
直に利害関係が及ぶ(売名行為を疑われるのも嫌だ)私の名前は出さず、あくまでT4W.comとのコラボ、という形にはしてもらったが、私達の知りたい情報をオンラインアンケートにしてもらい、匿名で使用アプリとヨットコババスの有無を答えてもらう。集計結果はリアルタイムで誰でも利用できるように公開。
あっという間に、原因ではないかと思われるアプリが判明した。
VoiceHaamo。確かに、私これ使ってるわ。
要するに音声から情動認識をして、口パクや表情に反映を行う。
だけでなく、ボイチェン機能やピッチ変更なども行う機能がある。
これはクローズドソースだもんで、ソースを解析して挙動を見る、ということはできない。確か最近作者が起業して、法人向けにPro版を発売したんだっけか。
だが、そんなことなどネットではお構いなしだ。有志がブラックボックステストを行い、ヨットコババスを確認。これが決め手となり、VoiceHaamoは諸悪の根源として扱われるようになった。
これが金曜日の夕方。
作者の会社は土日は沈黙。
そして有志は土日にヒートアップ。
ついには、怒れる技術者によってオープンソース版のOpenVHの作成が始まる始末。
「…そんなつもりじゃ、なかったんだけどな…」
炎上させたかったわけじゃない。
それに、未だにヨットコババスの謎は解明されていない。
アンニュイだ。
月曜の朝。早速VoiceHaamoはサイトごと見られなくなった。
作者からはなんの発表もなし。
このまま逃げる気だろうか。追加燃料にしかなってない。
月曜は昼前にラボの研究会がある。
学生の進捗は、先生として気にしなければならない。
しかしなんかぼーっとしてしまう。
このままヨットコババスの謎はわからないんだろうか…
ヨットコババス。
ヨットコババス。
YTCoBBS。
は?
「ちょいまち!それ、何?」
進捗発表していた学部生がビビってこっちを見る。
「え、えーっと、情動認識について調べてたらこれを見つけたので…さらに調べたら、著者の方がオープンソースでライブラリを公開していたので、試してみたんですけど、出力になんか変なノイズが乗っちゃうんですよ…」
「それ今聞ける?」
「はい、えーっと、これです。」
うわ…マジか…
「ヨットコババスだ…」
この件にかんでいた学生が全員そうつぶやいた。
ヨットコババス改め、YTCoBBSとは、情動認識のためのアルゴリズムだったのだ。
なお原著論文の著者はVoiceHaamoの作者ではなかった。
libytcobbs。
学生がつまってしまったのは、おそらく作者の仕込んだいたずらに引っかかったのだ。
チュートリアルのコードをそのままコピペするとヨットコババスと聞こえるノイズが混入する。
単純な話だ。ニューラルネットの学習結果に変なのをわざと混入してあった。
ほぼ同時に、libytcobbsの存在に気づいた有志により、VoiceHaamoのバイナリの解析がなされた。
やはり、libytcobbsが使われている。
だが、これは大問題だ。
libytcobbsのライセンスは著者の明示を求め、商用利用不可となっている。
VoiceHaamoはそのどちらにも違反している。
これを受けて、作者は盗用を認め、正式にVoiceHaamoは配信停止。
また、OpenVHはlibytcobbsを使わないことを宣言。
これにてヨットコババス事件は、月曜のうちに解決を見た。
私は結局、何も手を出さないままに、いち観客として事の顛末を見ていた。
「でもさぁ日下部クゥン、なんか変だと思わない?なあんでこんなにも偶然が続くかね?
偶然、VoiceHaamoがヨットコババスのトラップを踏んだ。
偶然、同時期に異変に気づく人が出た。
偶然、YTCoBBSの情報が出回った。
…これ、偶然かねぇ?」
「…何が言いたいんです?」
訝しげな顔の日下部君がコーヒーを啜る。
ある日の午後、研究の合間の雑談だ。
「いやー実は独自に調べたのよ。これらのクリティカルな情報の最初の発信源。一つ一つ違うSNSのアカウントで、発信はその一回のみ。いわゆる捨て垢ってやつよ。ただし、アカウント名のイニシャルはどれも共通して、原著者と同じなのよ!
これってさあ…もしかして、原著者が報復のためにやってたりしないかね?」
「…少なくとも、原著者はもうそんなことできないでしょ…」
日下部君がカップを洗いながらつぶやく。
「半年前に亡くなってるんですから。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます