The 4th Wall .com
濱矢 裕@はんぷ亭
転生したら日常だった件
正直、自分達の日常なんて人様に見せるほど面白いもんじゃない。
だから、漫画や小説みたいな展開なんて、ありえないし誰も求めていない。
ましてや、読者の存在なんて。想定外にも程がある。
「あーおかえりー!もー、お兄ちゃん!今日は大変だったのー!」
帰宅するやいなや、開口一番甲高い声で妹の愚痴が始まった。
「…ちょっと待ってろ。話は部屋で聞くから。」
そもそもこっちは平日は夜遅くまで研究室に詰めているんだ、帰宅してから妹の世話を焼くほどの時間もないんだけどな…金曜の夜とは言え、もう23時近いし。
ともかく、自室に戻ってPCを立ち上げる。
俺はPCチェアに腰掛ける。妹は勝手にベッドの上に座る。
日下部ゆり。俺の妹。
兄妹仲は、周囲からしてみればとても良い方だ。学業成績は優秀、兄の俺からしてみても、控えめに言って美人な方だと思う。それだけに、いろいろ悩みも多いようだが。
「で?今度はなんだ?ナンパか?誰かに告られたか?」
「…うーん、それがね?ナンパっていうか…ストーカーみたいな感じで…」
ゆりは寝巻き姿で俺の枕を抱きしめ、困り顔でぽつぽつと語りだす。
「なんかさあ、言ってることがだいぶ変なの。私のことだけじゃなくて、あきちゃんのこともかおちゃんのことも、それからお兄ちゃんのこともよく知ってるみたいだったんだよ?」
あきちゃんとかおちゃんはゆりとよくつるんでいる。いつもの三人だから、ゆりのことを知っていれば自ずと知っているはずだろう。
ただ、兄である俺の存在はそこまで有名だろうか?
「それにさあ、どう考えてもおかしいんだよ!その人、私達三人がいつ、どこに遊びに行ったかとか、かなり正確に言い当てるんだよ?それでなんで知ってるのかって問いただしたら、『漫画で読んだから』って!」
「…漫画?それは俺達の世界が漫画の世界だって言ったのか?」
「そうなの!お兄ちゃんの専門でしょ、こういうの。」
「…ああ、どうやらそれっぽいな。」
俺は日下部志郎。ネット上では、「四壁シン」で通っている。
この世界にときおり現れる、何らかの方法で世界をメタ視点で観測しているとしか思えない事象。演劇における「第四の壁」を元に、「T4W」と呼称する不可思議な案件。そしてその当事者であるところの「観客」。
T4Wを調査し、観客がどのように世界の外から観測を行っているかを究明するため、まとめサイト「t4w.com」を運営している。
早速、自分のサイトで類似の案件を確認してみる。
この世界が映画などの創作であるとする事例は、確かに前例がある。どのような媒体、ジャンルであると主張しているかはケースバイケースだが…観客の行動は一貫して、「演者と接触し、シナリオを改変する」ためのものであるらしい。
「…うーん、ともかく本人の話を聞いてみたいかな…」
結局の所、その観客が知っているシナリオの内容と、どう改変したいかを聞かなければ、なんとも、だ。
「そういうと思って、明日のお昼にあきちゃんとかおちゃんとその人、誘っておいたから!」
「…はあ?」
我が妹ながら…なんと大胆な。
翌日。
ファミレスのテーブル席。
対面にはゆりと、あきちゃんとかおちゃん。
こっちには俺と…例の観客の男の子。
「えーっと、ゆりの兄の志郎です。」
「はい、はじめまして。スズキイチロウです。」
うーん、普通の青年だなあ?名前もかえって偽名を疑うレベルのごく平凡なものだ。
「お兄さんの本名、シロウさんって言うんですね。漫画では出てこなかったから…」
「はは…俺は漫画ではどういう役回りだったの?」
「時々出てきて、三人にアドバイスするくらいですね。」
なるほど、脇役だから名前もついてなかったのか、俺は。
「ちょっとぉー、シロにい、こいつの言うこと信じるわけぇ?」
不服そうな声をあげたのは、あきちゃん。軽音部所属の活発キャラ。どうやら彼女はイチロウ君の話を信じてはいないらしい。
「…あき、まずはシロウ先輩の話、聞こう。」
対照的に、至って冷静なのは、かおちゃん。水泳部所属でスポーツ万能、とてもおとなしい性格。
「あー、まず確認だが…イチロウ君、君の言ってることがデタラメではないことを確認したい。三人しか知りえないことを君が知っている、と聞いたんだけど…」
「はい、お気に入りのエピソードがあってですね、三人で温泉旅行に出かける回が好きなんです!そこでゆりさん達が浴衣姿になるんですけど、ちょうどカラーページで!ゆりさんがピンクで、あきさんがオレンジで、かおさんが紫で!もう本当に尊くて!」
ゆりは困り顔で、彼の発言に補足する。
「…あの日は結構遠くまで旅行に行ってるし、浴衣の色も正確なんだよね。もしそんなこと知ってるとしたら、その場にいるか、あるいはどうにかしてずっと見続けていなければいけない。」
「つまり、ストーキングにしてはコストが高すぎるし、いちいちそれを回りくどくこんな形でひけらかして近付こうっていうのもおかしい。だから、彼は本物だと思った、と。」
俺の質問にゆりはこくりとうなずく。
イチロウ君曰く、この世界は日常系漫画で、この三人娘が主役。特にゆりがメインヒロイン。彼は転生してこの世界にやってきた、そうだ。そのあたりの話は、そういうものだとしておこう。
だが、どうにも腑に落ちない点がある。
「イチロウ君、君の目的はなんだ?まさか漫画のヒロインとお近づきになりたくてやってきたわけじゃないんだろ?君はこの作品をどう改変したい?」
イチロウ君は面食らったようで、一瞬驚いた顔を見せたが、こちらが彼の言い分を理解しようとしていることが伝わったのか、言葉を選びつつも話し始めた。
「…ええと…ちょっと言いづらいことなんですが…実はですね、この漫画、打ち切られてしまったんですよね…あまりにも日常系すぎたのがいけなかったんでしょうかね。」
言われてみれば、こうして三人並んだら漫画のキャラっぽくはある…が、確かに傍から見て面白いかと言われると、大いに疑問だ。
日常なんて、ただただ淡々と日々をこなしていくだけだ。些細なドラマで読者が満足するとは思えない。
「つまり、君はなんとかしてこの漫画が打ち切られるのを回避したいと。」
「はい、そのとおりです!お兄さん、話がわかる人でよかった!」
どうやらイチロウ君の信用を得ることができたようだ。で、早速打ち切り回避のためのテコ入れ案が検討されることになった。
「…よーするにさあ、私達の日常にスパイスが足りないわけよねー。例えば…恋愛とか?」
あきちゃんの提案。恋愛要素を足してみる。
「えー?でも私達だれも彼氏いないし、どうするの?」
ゆりの疑問は最もだが。
「…いっそ、ゆりとイチロウ君が付き合っちゃうとか。」
かおちゃんが衝撃発言をぶっこんできた。兄としては聞き捨てならないぞ、それは。
「いや、だめですよ!僕はあくまで一読者であって、登場人物になりたいわけじゃないんです!」
えらいぞイチロウ君。ということでこの案は却下されそうになったが、
「じゃ、じゃあさー、私とシロにいが…とかは…」
あきちゃん、まだ恋愛要素を諦めきれないようだ。しかしよりにもよって俺と、って、人選がテキトーすぎるだろう。
「いや…でもこの漫画の主役、ゆりさんだしなあ…」
イチロウ君の発言が癪に障ったのか、あきちゃんがおおよそ漫画のヒロインがしてはいけない感じの表情で睨む。
まあ、ともかくこの案は却下だ。
「じゃあ、目標に向かって頑張ってみる、とかは?部活とか…大会とか…」
続いてかおちゃん案。目的を作ってみる。
「えー?でもさあ、私天文部だし…他の部員はみんなユーレイ部員だし…」
確かに、ゆりにとってはなかなか難しい問題かもしれない。
「私が水泳頑張っても、さっきの話だとあんまり意味ないんだよね…」
かおちゃんは申し訳なさそうにつぶやく。
「じゃーもういっそさあ、三人で軽音やろうぜ!」
「あ、それは別の漫画とかぶりますね。」
あきちゃんの思いつきをイチロウ君が根本から否定する。あきちゃんが確実に漫画のヒロインがしたらまずい感じの表情で睨む。
それはともかく、いい線は行ってるんじゃないかな。ゆりにとっても悪い話ではなさそうだ。
「いいんじゃないかな、天文。好きなことに打ち込んでみたら?」
「う、うん…頑張ってみる…」
ということで話をまとめてみた。
が、一つ大きな疑問がある。
「イチロウ君、ところで、もし仮に打ち切りになったらこの世界はどうなる?まさかこの世界が終わるわけではないだろう?単に読者が続きを読めなくなるだけなんじゃないか?」
「あ、えー、それは、その…」
イチロウ君がしどろもどろになる。
「…えっと、わからない、としか…」
確かに一介の読者にしてみたら、打ち切り後の世界がどうなるかはわからないだろう。だが、彼は少なくとも、打ち切りになったとしたら、その打ち切りの直前に何が起きるのかは、知っているはずだ。
彼の様子から、ここでは言えない何かを知っていることは間違いない。だが、ここで詮索しても無駄だろう。
「…そうか、わかった。」
一度、話を打ち切る。
今日はここでお開き、ということにして、店を出る。三人娘はそのまま街へ繰り出していった。
一方、俺はさっきの話の続きをしないといけない。イチロウ君を引き止めなければ…
「お兄さん!」
と、イチロウ君の方からこちらにすがりついてきた。
「さっきの話、三人の前ではどうしても言えなかったんです… 打ち切りエンドになったら…このまま最終回を迎えたら…三人とも、死んでしまうんです!」
「…詳しく説明してくれないか。」
彼の説明によると、さっきの打ち切り回避のためのテコ入れですら、元々のシナリオに近いものであったそうだ。
恋愛要素の追加。天文ネタの追加。
だが健闘むなしく、作品の人気は落ちていき、そして…
「最終的に、作者と出版社が激しく対立してしまったんです。最終回では、作者がヤケになって…居眠り運転の車に、三人が轢き殺されてしまうんです。ちょうど出版社の前で…」
そんなものよく刊行できたな…だが彼の悲壮な感じからして、どうも事実らしい。
「つまり、君が変えたいのは、打ち切りではなく、最終回の内容ということだな?」
「はい…でも、打ち切りにならなければ回避できると思ったんですが、このままだとやっぱり打ち切りになってしまう…」
「まあ待て。打ち切りになったとしても、だ…最終回の内容さえ変えればいいんだろ?」
確かに、彼の案には一理ある。だが、そのために三人の人生を過剰にドラマティックに演出するのもどうかと思う。日常は日常として、平穏無事に過ごしてもらうのが一番だ。そして、その日常を崩すようなアクシデントをピンポイントで回避すればいい。
結局、三人娘には最終回の内容は伏せることにした。一方で、イチロウ君から聞き取った最終回までのイベントの内容と、ゆりから日々起きたことを報告してもらうことで、今自分達が何話目にいるかを見当付ける、
そして、おそらくは今日が最終回だ。
土曜日の午後。三人揃ってでかけた先。確かに、近くに出版社がある。そこを三人が通りかかるのを、なんとかして阻止すればいい。
「おーい、ゆりー!」
イチロウ君からの聞き取りでは、最終回に俺の出番はない。なら、出番を作ってやれば、シナリオが狂うはずだ。
「あれー?お兄ちゃん、どうしたの?」
こちらに気づいたゆりが反応する。
そうだ。
これで三人をあの通りから遠ざければいい。
「あぶないっ!」
後ろからイチロウ君が叫ぶ!
理解が追いつかない、何が起きている?
三人はその場で固まってしまった。
まさか、車が突っ込んできているのか?
だとしたら、まずいぞ!
急いで声の主の方を見る。
イチロウ君が道路に飛び出していく。
車?来ている!だが、イチロウ君の、車の、進行方向にいるのは…犬?
イチロウ君が路上で立ちすくむ子犬を抱きかかえる。
車はイチロウ君の横をかすめ、三人の目の前を横切り、歩道に乗り上げて、ちょうど出版社の壁に衝突して止まった。
徐々に、周囲が事態を把握する。車から助け出された運転手は、放心状態。どうやら居眠りで、信号無視で突っ込んだようだった。子犬の飼い主らしき人が泣きながらイチロウ君に礼を言っていた。
結局、俺がゆりに呼びかけて三人が足を止めたことと、イチロウ君が助けた子犬が轢かれなかったことで、車の直撃コースを外れたらしい。
最終回の惨劇は回避され、一人の読者がこの世界で三人と一匹の命を救うことになった。
その後…
「そうですね、もう打ち切りになったあとの世界ですから、特に普通ですよ。」
イチロウ君は、この世界の一般人となった。最初は読者とキャラクターという線を引いていた彼だったが、今では普通に日常に溶け込んでいる。
それどころか、この一件を通じてゆりは彼とお付き合いを始めたそうだ。
自分達の日常は十分面白いと思う。
それを人様に見せるほどとはやっぱり思えないが…
「…結局彼が、どうやってこの世界を観測していたのかは、わからなかったか…」
すでに観客としての彼の役割は、完全に終わっていた。
T4W案件は、観客の目的が達成されれば、何事もなかったかのように終息する。今回も、なぜ発生したのか、については、わからずじまいだ。
第四の壁の向こう側に手が届く日は、来るのだろうか?
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