第30話 世界から世界へ

「俺だってあんな無茶な方法は避けたかったですよ。

 でも、どっかの誰かが刺客なんざ向けるから。

 しょうがないでしょう、死ぬとこだったんだから」


 祭は中止になった。


 突如拓いた『ゲート』の前に村人たちは浮き足立ち、それどころではなくなった。


 急遽対策本部が設けられ、メンバーには戦部や焔山の他、盛部や水無月も選ばれ、夜通し議論することとなった。


「当事者を外すわけにはいかねえ」


 という戦部の鶴の一声だった。


 異世界からさらに先へ続く新たな『ゲート』を歓迎すべきか警戒すべきか。

 ひとまず見張りは交替で付けることになったが、次の方針を決めなければならない。


 しかしまだ誰もが混乱の渦中にあり、議論は牛車にも劣る速度しか出ない。

 業を煮やした焔山の


「よりによって何故祭の日に。中止になってしまったではないか」


 という独り言のような愚痴に返したのが


「俺だってあんな無茶な方法は避けたかったですよ」


 だ。



 いいほうに捉えれば、新たな世界は可能性の塊だ。


「本当のグレートソード村」では枯渇した資源がまた見つかるかもしれないし、文明があれば新たな益を生み出す貿易対象になるかもしれない。


 逆に危険もあるかもしれないが、行き詰まりかけていた村人たちにとっては、世界が拓ける瞬間を目撃したこともあって「希望の始まりだ」と捉える向きが強かった。


 焔山もその世論に押されるように水無月の


「巫女を連れ出し、グレードソードを持ち出した」


 という罪については、まるで最初から咎めてなどいないというように口にしなくなり、同じテーブルにつくことにも反対しなかった。


 口には出さなくとも、誰もが奇跡を目の当たりにした、という思いを共有していた。


「祭は祭として終え、然るべき後に異界を拓く儀式を別途執り行うべきだった。

 そもそも拓く場所も滅茶苦茶だ。住宅街の真ん中に空港を作るようなものだぞ」


 焔山は愚痴に近いテンションで水無月に言う。


「だからそんな悠長な状況じゃなかったでしょうが」

「やめろ。過ぎたことを言っても詮ない。焔、お前らしくもないぞ」


 戦部の言葉に、焔山もばつが悪そうに口を引き結ぶ。

 盛部が場の空気を変えるような明るい声を出した。


「まあ、とにかく世界は拓いちまったんだ。知らんふりをするわけにもいかねえ。

 ほっといたところで、向こう側からの干渉がないとも限らねえからな。

 今こうしてる間にも、あっちから猛獣なり現地人なりが来るかもしれねえ」


 水無月も頷いてそれに続く。


「拓いた俺が言うのもなんですが、まず接し方の基本スタンス……積極的に関わるのか消極的に関わるのかを決めるべきだと思うんです。

 それから、積極的に関わるならその先で遭遇した動植物についての扱いや対処のルールを決めておく。

 それから、誰もが自由に行き来すると混乱が生じる可能性が上がりますし、向こうの世界と不測の事態を引き起こすかもしれません。

 調査団を組んでまずは情報収集するっていうのはどうです?」

「そこまで考えての行為か? 水無月。

 村の議論の矛先を、既存のシステムから新世界へ向けるつもりで?」


 戦部は怒っている風でもない。

 むしろ愉快さを押し殺すような仏頂面をしていた。


「滅相もない」


 水無月は悪戯っぽくにやついている。


「だけど衰退の一本道から、なんとか違う道に進みたいとは思っていますよ。

 村の一員として」

「よく言う」


 戦部は微かに口の端を上げた。


「お前が歴史的な大罪人になるか、未来を拓いた英雄になるか、それはこれから次第だろう。

 だが、歴史を変えたことだけは疑いようがない。

 いつ封印されたかも定かでないグレートソードを抜くことなど誰にもできなかった。

 あれは人を選び、時を選ぶと言い伝えられる。

 もしかすると意思を持ち、お前を利用したのかもしれん」

「それについてなんですが、ひとつ、提案してもいいですか?」

「言ってみろ」


 水無月は姿勢を正し、その場の全員を見るようにして言った。


「グレートソードは、次の世界に渡すべきだと考えます」

「拓いた世界にか」

「はい」

「なぜだ?」

「きっとそうやって、あの剣は世界を渡り歩いてきたからです」


 そもそもどう見ても日本のものではない。

 さりとて幕末に日本近海まで来ていたどの国の文化にも当てはまらない。


「多分あれは、地球とも違う場所からやって来た剣です。空間を切り裂いて」

「ってことは、地球上にはグレートソード村以外にも『ゲート』が存在するってことか?」


 盛部の質問に頷く。


「恐らくね。ひとつかもしれないし、ひょっとしたら意外とたくさんあるのかも。

 まあ、立て続けに使えるものじゃないみたいだから、そんなにはないかもしれないけど」


 水無月が振った後、グレートソードは光沢を失い、カルシウムの塊が張り付いたような姿になった。

 力を失ったということが一目で解る変貌ぶりだった。

 盛部がそれを見て


「俺が小さいころ、ここまでではなかったが膜が張られたようになっていた」


 と言っていたので、連続利用はできないようになっているのだと推測された。


 数十年か数百年の間ゆっくり力を溜め込み、空間を切り裂くまでに至るのだろう。


「日本で使われ、こっちのグレートソード村でも今回使われた。

 次は向こうの世界で、それからさらに先へ……それがあの魔剣の意思であるように思えるんです」

「お前に、グレートソードが語りかけたとでも?」


 戦部が問う。


「明確な声が聞こえたとかではないです。

 だけど振った後なんとなく、そう思うようになりました。

 あの剣は幾つもの世界と世界を繋ぐことを存在価値としているんじゃないか、あるいは生みの親がそういう意図で作ったんじゃないかって」

「大航海時代に於ける船みてえなもんか。

 地球の現代で言えばロケットかもしれねえな」


 盛部が遠い目をする。


「馬鹿馬鹿しい」


 不機嫌な声で口を挟んだのは、焔山だ。


「……と、言いたいところではあるが、それを言えばそもそも剣一本で世界が繋がるなどということが馬鹿げているな。

 信じていなかったわけではないが、目の当たりにするとやはり驚く。

 まあ、我々は長い間グレートソード様を祀ってきたのだ。

 あの剣がどんな経緯と意思で作られていても不思議ではない、か」

「お、珍しいな焔殿。否定から入るのがおぬしの基本スタンスではなかったか?」


 わざわざ盛部が挑発するような調子で言葉を差し挟んだ。


「私はグレートソード様を否定したことなどない。

 何故村の外から来た男が選ばれたのかは、理解に苦しむがな」

「俺自身不思議ですよ」


 水無月が苦笑いする。


「でもきっと、俺じゃなくたってよかったんです」

「ほう?」


 戦部がその意図を尋ねる声を出す。


「現状に納得できなくて、新しい世界を拓きたい奴だったら、多分、誰だってよかったんですよは。

 けど残念ですが、長い間既存のシステムでやってきた村の人たちの中には、そういう人がいなかったんじゃないでしょうか?

 もしかしたら盛部さんだったら、抜けたのかも。

 試したことある?」

「ねえな。

 まあ、多分やっても無理だったと思うぜ。お前の言うことが本当だとしても、な。

『新しい世界を一片の曇りもなく心底切り拓きてえ』って心を持つのは、そう簡単なことじゃねえさ。

 そうありてえ、と思ったとしてもだ」

「そうかな?」

「そうさ」


 横で聞いていた焔山は、不機嫌そうに唇を曲げながらもなにも言わなかった。

 それを眺める戦部が口の端を上げる。


「よし、雑談はここまでだ。

 他の面子もいることを忘れるな。

 水無月が言ったことは検討事項のひとつとし、議論を再開する。いいな?」


 戦部の低く通る声に水無月も盛部も焔山も頷く。


「人口減少、新生児の男女比崩壊、結婚と育児システムの破綻、巫女システムの崩壊、電子機器に関する文化水準の著しい遅れ、資金源の枯渇、そして他集落の侵攻対策、今回できた新たなゲートに関する基本方針の策定……この村が抱える問題はあまりに多い。

 脳味噌と手はいくらあっても足りん。

 盛部殿、水無月。

 外を知る者として、この対策本部のみならず今後も力を貸してくれ」

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