第24話 呪いの正体と村の歴史
時は幕末。
……こら、いきなり引かないでよ。顔に出てるよ。
そこまでさかのぼる? って思うかもしれないけど、そこからじゃないと話せないんだ。
関東のとある小さな山村から、五人の血気盛んな身分の低い、ほとんど農民と変わらない暮らしをしていた下級武士の若者たちが京を目指して旅立った。
新撰組に加わるためとも、倒幕の志士に加わるためとも言われてるけど、その辺は定かじゃない。
多分、正確な情報なんてなにひとつ持っていなかったんだと思うよ。
風の噂で、貧しくても出世できるかもしれないと聞きつけて、決まり切った人生しか見えてなかったガキが早まった、というのが真実だと私は思う。
だって彼らが京に着いたころには、もう新撰組はとっくに解散して、大政奉還が済んで明治になってたんだ。
江戸城が開城して徳川の時代が終わったという情報を、五人は京都で聞いた、という間抜けな話だよ。
しかも五人は京都に行けばなんとかなる、と頭から思い込んで、片道分の旅費しか用意できてなかった。
そもそも家も捨ててきたし、帰る場所もない。
困窮した彼らは刀も質に入れ、そのお金も使い果たしてからはとうとう山賊になった。
刀もないのにどうやって山賊を始めたのか知らないけど、どうも五人とも相当に腕は立ったらしいんだよね。
山育ちで、狩りの連携も慣れてたって言うし。
だけど基本的には田舎者の甘ちゃんだから、金は取っても命は取らない、なんてポリシーを掲げてたらしい。
初めはそこそこうまくいってたみたいだけど、被害者がみんな生きて返るからすぐに討伐隊が組まれて、山も追われた。
そんなことを繰り返しているうちに、意図してなのか関東に近付いていった。
追われながらも以前よりは所持金も持ち物も増えていた五人のうち、ひとりがある日言った。
「村に帰るわけにはいかねえか」
って。
元々手柄を立てて出世した上で凱旋すれば、きっと村人たちも受け入れてくれると考えて村を捨てた。
手柄とは言えないまでも奪った物の中には、村では見たことのないような物もあった。
山賊をしていたとは言えないけどうまく話せばまた、村で暮らせるかもしれない。
彼らは希望を持って捨てた村に戻った。
夜が更けてから村長宅に忍び込んで、全員で土下座をした。
だけど村長はとりつく島がなく
「村を捨てた人間を赦すわけにはいかねえ」
と頑なだった。
けど他にはもう拠り所がない彼らも必死だった。
押し問答の末、はずみで掴みかかり、倒してしまった。
頭を地面に強く打ちつけた村長は、当たり所が悪かったのか息を引き取った。
運の悪いことにそのタイミングで使用人に見つかった。
根が悪人ではないからなのか彼らはそこに至っても口封じという選択ができず、怖くなって逃げ出した。
とうとうどうしようもなくなって、山奥で死ぬしかないかと観念した。
大義のない殺人だけは犯さない、というのが彼らの守ってきた最後の一線だった。
よりにもよってそれを村長相手に破ってしまった今、生きていられる理由が見つからなかった。
「一旗揚げて、故郷と我らが名を知らしめたかった」
ひとりが、奪った宝の中にあった、奇妙な装飾の剣を手に取った。
「機会さえあれば俺たちは英雄になれた」
知識のない彼らはそれを西洋の剣と思い込んでいた。奪った相手も金髪の異人だったし、剣のことを「グレートソード」と呼んでいたらしいから、無理もないけどね。
その剣を、人生の全てを込めるような気合いで振り下ろした。
それが、始まりになったんだ。
空が裂けた。
と言い伝えられてる。
どんな感じなのか私はもちろん知らないけどね。
なにもなかったところが切れて、違う景色が現れた。
目の錯覚でもなく、人が通れるくらいの高さがあったからくぐってみると、突然断崖だった。さっき見た景色だね。
五人は目の前に広がる光景を信じがたいと思いながらも、散策を始めた。
死ぬしかないと思い詰めたことも忘れるくらい、圧倒されていた。
そして、ここを見つけたんだ。木もない荒野の中に突然現れる緑。
周囲には集落があったけど、ほとんどの建物は破壊されていた。
内外にはかつて人であったものが転がっていて、酷い臭いだったらしい。
まだ火がくすぶっている場所もあったみたいだ。
燃え移っていてもおかしくないのに、この一角だけは見えない壁でもあるかのように無傷だった。
そして中に分け入ってみると小屋があって、そこに女性がひとり、倒れていた。
他の人間と同じく骸かと思ったけど、近付くと呼吸をしていた。
酷く衰弱している風でもあったから、五人は介抱をした。
濡らしたぼろきれを額に当て、何度も換え、水を口に含ませた。
それくらいしかやれることは思いつかなかったけど、惨状を見た後だったからか、なんとか繋ぎ止めたかった。
集落を歩き回ってみても、他に生きているものには出会えなかった。
やがて女性が目を覚ました。
初めは酷く怯えた様子だったけど、五人の献身的な態度に気を許したのか、徐々に表情の硬さも取れていった。
言葉は当然のように通じなかったけど、お互いにコミュニケーションをなんとかしようとしてたから、簡単な意思疎通はすぐに取れるようになった。
五人はもうとっくに、そこが日本ではないことに気付いていた。
女性が起き上がれるほど回復する前に、五人は集落の死体を埋葬し、可能な限り瓦礫も片付けた。
それでも女性は林から出て絶句した。
女性が小屋で気を失う前、広がっていた景色とはまるで違ったんだろうね。
男たちは集落の、まだ原形をとどめている家を修復してそこに住み始めた。
元の世界に居場所はなかったし、女性をひとりで置き去りにすることもできなかった。
この集落が何故滅びたのかも解らなかったし、危険がまたいつやってくるかもしれなかったけど、他に選択肢なんてなかった。
食料は、家々に蓄えられていたものを拝借した。
それがなくなってくると日本に戻って狩りをしたり、家々にあったものを質に入れて小金を調達していた。
それから数ヶ月かが何事もなく過ぎた。
男たちと女性は打ち解け、簡単な会話もできるようになった。
元々病弱なのか女性はいつまで経ってもどことなく調子が悪そうだったけど、一時期の、命が危ういほど衰弱していたころよりははるかに回復していた。
彼女はあるとき「村を復興したい」と言った。
何十年、何百年かかっても、ここにもう一度豊かな集落をつくりたい。
取り留めた命はそのために全て捧げたい、って。
そしてこう続けた。
「そのためにはたくさんの子どもたちが必要だ。だから協力してほしい」
男たちにとって、その女性……少女と言って差し支えない年齢だったみたいだけど、世話をするうちに掛け替えのない存在になっていたみたいなんだよね。
女性にとって男たちは命の恩人だったけど、男たちにとっても女性は恩人だった。
死を考えるほど追い詰まっていた精神が、瀕死の女性に会うことでやわらいだ。
このひとを助けなきゃという思いで生きてこられた。
回復していく姿、意思疎通ができていく過程に、五人とも生きがいを見出していた。
恩人なんてレベルじゃなくて、女神みたいに思っていた。
だからそれまで、女性を生身の異性として扱った男は、少なくとも表面上はいなかった。
誰かがそうした瞬間バランスが崩れ、今の生活が駄目になってしまう可能性があることを、全員が感じ取っていた。
だけど女性の「子どもが欲しいから協力してほしい」という言葉で、抑えていたものが解放された。
誰かが死ぬかもしれないという緊迫した雰囲気が漂い「死合いだ」という言葉が漏れ出た。
心の底では、女性を独占したいという気持ちがあるかと言われて否定できる者はいなかった。
殺し合いを止めたのは、女性だ。
「人を増やしたいの、減らすのは駄目」
と言われれば、みんなうなだれるしかないよね。
じゃあどうすれば、となった男たちに、女性は平然と「みんなで協力して」と言った。
つまり、公式的な二股……ならぬ五股だよね。
もちろん五人と同時に子づくりしても、五人同時にできるわけじゃない。
ただし妊娠確率は上がるし、生々しくて恐縮だけど体内では殺し合いが行われるから、生命としてより強い子が生まれやすい、かもしれない。
そういう効率の部分も踏まえて、一妻多夫の生活が始まった。
これは、今では村でも代々の村長と巫女、その周辺くらいしか知らされていない話。
一妻多夫の価値観はさすがに馴染まなかったみたいだし、むしろ女の子が増えた時代には一夫多妻制だったこともあるみたい。
とにかく初期のころの村には性のモラルというものが根本的に欠落していて、妊娠していない状態の女性は「もったいない」とされていたらしいよ。
工場で、稼働してないラインがあるのと同じような見られ方だったんだと思う。
子どもを何人産んだか、というのがステータスで、女性自身も常に産むことを望む風潮があった。
ちょっと想像できないけどね。
そこから性病が流行ったりなんなりで、少しずつシステム化されていって……私が生まれたころにはもう今のシステムが確立されてた。
過去の無法状態の反省なのか、それでも完全な一妻一夫にできない後ろめたさなのか……巫女、という純潔の象徴が生み出され、厳格に守られてきた。
話、飛んだね。
女神と五人の始祖たちに戻るよ。
子作りを始めたころから、女神はここが世界の中でどういう位置づけにあったかを五人に話した。
村は高地で絶壁に囲まれていて、外から人が来るのは困難な場所にある。
だけどこの『緑の大地』のおかげで、なんとか生活を維持できていた。
基本的に種を植えても苗を移植しても枯れてしまう死んだ土が広がる世界で、珍しいほど大規模な緑なんだって。
そしてもうひとつ、この村には金鉱があった。
既に採掘し加工したものだけでも相当な量だったし、当時はまだ掘り尽くしてなかった。
辺境ながら緑の大地と金を狙って、それまでも何度か遠い他の集落からの進行はあったらしい。
そして過去最大の規模で侵略が行われ、村はあっさり滅びた。
ただし敵も生き残っていなかったところを見ると、なんとか相打つ形だったんだろうと言われてる。
五人を信じられると判断した女神は、身も心も村の資産も全て始祖たちに委ねた。
また始祖たちも、女神の持つ村の復興という夢に人生の目的を見出し、資産をどう活用するのが一番いいか真摯に議論した。
それで、出した結論は「日本に戻る」だったんだ。
この世界には他の集落がどのくらい、幾つあるか女神も正確には解らない、あったとしてもその多くは敵対する。
世界は狭く、自給自足で大きくしていくにはあまりに壁が高かった。
それよりは、文化的に成熟している日本のほうが余程可能性があると感じたんだろうね。
五人は、女神と子どもを残して拠点を今の彩珠県グレートソード村のある場所に移した。
村というか、最初はただ勝手にそこへ住んだだけだったみたいだけど。
一週間ごとに交代で、誰かが警備兼夫として異界に通う形を取った。
そして各々は、金鉱から得た豊富な資金を武器にそれぞれが得意とする分野で力を得ていった。
政権交代の狭間で経済的にも疲弊していた日本にとって、その財産は色々なところで役に立った。
政治、金融、軍、司法、商……一度は死んだはずの命を燃やすことに抵抗のなかった五人は、女神のため、できた家族や村のために類い稀なる覚悟でのし上がっていった。
余談だけど、彩珠県という名前は政界へ入ったひとりがそうさせたらしいよ。
空間を、
笑っちゃうでしょ?
日本と異界の繋がりを、明らかな形にしたかった、と伝えられてる。
そんなわけで、それからまた長い時間が経って……日本からも人が加わりながら、グレートソード村は人口を増やしていった。
山を切り開き、異界への「ゲート」を隠し、異界の集落を復興させながら、表向きは世の中の流れとはあくまで隔絶された形で存続してきた。
女神や始祖が全て死んだ後も、意思を受け継いだひとたちが日本という国の根幹に入り込みつつ、村が存続できるよう時には超法規的対応も促してきたみたい。
あくまで第一優先順位は異界のグレートソード村の発展、という構造のままやってきた。
ちなみにその全体の旗振りをするのが今でいう戦部、つまり村長だよ。
異界と、彩珠と、日本中枢に入り込んだ村民全てを束ねるだけのカリスマ性を持ち、歴史の全てを知り、外から来た人間も取り込み、村にとって最適な次の一手を決めなければいけない。
戦部もその前の村長も、凄い人なんだ、とは私だって思う。
だけど世の中の変化は村が想像していた以上に急激になってきた。
コンピューターが各家庭に普及するなんて予想は全くなかったし、ましてやひとりひとりが携帯するなんて想像もできなかった。
さらにその使い方はソーシャルでネットワークでコミュニケーションで、と来ればついていくどころか理解の範疇すら越えてたんだよ、村にとっては。
しかもたった二、三十年前には一切形になっていなかったものなんだ。
ライフスタイルがリニア並の速度で移りゆく様を目の当たりにして、村長は危機感を覚えている。
君のことを異常に買っているのも、そういう背景によるんだと思うよ。
そうでなくとも村は今、岐路に立たされてる。
まず金鉱が枯渇した。
まだ蓄えはあるけどカウントダウンは始まってる。
この異界ではついに数年前からちょっとした国の軍隊が攻めてくるようになった。
金鉱が枯渇したと言っても信じてはもらえなくて、今はまだ小競り合いで済んでいるけど、いずれ本格的な戦闘に発展してしまう可能性は高い。
そして、どうしてか女性がほとんど生まれなくなってしまった。
放っておけばいずれ出生率は、世界的に低いと言われる日本の平均すら大きく下回ることになる。
村の観光ツアーだって対策の一環だよ。
村がブランド化されれば金に変わる収入源になるし、女性を含めた移民も期待できるかもしれない。
戦部村長は恐らく君を、そこに深く関わらせたいと思っているはず。
なんだかんだ言ってもインフラが整ってない村には、外の人は移住したがらないことを村長は解ってるんだ。
当然君が私を追って村に来たことも知ってるし、今回私と結婚したがるであろうことにも感づいている。
それを許してでも、君の持つ力が欲しいんだ。
時代と渡り合うだけの力が。
君はそんなものない、一般的な知識だと言うかもしれないけど、それこそこの村にとってどう手に入れたらいいかすら想像できないやっかいなものだったんだよ。
最初からそのつもりだったならともかく、気付いたら置いて行かれてたんだからね、世の中から。
残念ながら、始祖の中に技術畑の分野に進んだ人間はいなかったんだ。
さて、長くなったけど私の話もそろそろ終わり。
もう呪い、のことはだいたい解ってくれたよね?
私が大分前に言ったこと、覚えてるかな。
九割のしょぼい観光資源と一割の本当の異世界で成り立つ、存在自体がファンタジーみたいな村。
それがグレートソード村だよ。
この村は女神と五人の始祖たちの遺志に呪われてる。
積み重ねてきた歴史、今目の前にある困難から、村は目をそらせない。
そして私も、結局捨てることはできなかった。
滅びゆくかもしれない故郷から逃げて、知らないふりをして生きていくことが、たとえ許されたとしてもできなかった。
滅びたとしても誰も困らないのに、この村の結婚のシステムとか、間違ってると思うことだらけなのに、誰にも知られずなくなっていくことを想像すると、吐き気が込み上げて、胸の奥が痛くなる。
そしてほら、涙まで出てきた。
こんな村滅びてしまえと思いたいのに、どうしてか、守らなきゃって思っちゃうんだ。
それが私にかかった、呪いの正体だよ。
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