第3章 三度目は異世界

第22話 魔剣の先へ

 村に戻った水無月の日々は変わらない。

 知った秘密も村にとっては当たり前のことであり、むしろ村人からすれば


「え? 知らなかったの?」


 だ。


 それよりパソコンを手に入れたり習熟したりするほうが彼らにとっては重要で、店は相変わらず繁盛していた。


 かみしろあずさも手伝いを続けてくれている。

 もりの態度もいつもどおりだ。

 あの日のことがなかったかのように振る舞われていた。



 しかし、祭はもうすぐだ。


「ねえ、兄ちゃんはなにするの?」


 ある晩三人で食卓を囲んでいると、ゆきひとが言った。


「これと言って特技がないからなあ」


 気のない返事をする。


「格闘大会、じゃないよね? まさか」

「もちろん」

「料理大会?」

「こんなカレーで勝てるほど甘くないだろ。カレーだけに」

「その振り方……まさか漫才?」

「ちゃう」

「じゃあなに? クイズ大会? 筆記試験?」

「残念ながら頭脳派じゃないんだ、頭良さそうに見えるかもしれんが」

「陸上? サッカー? 野球? バスケット?」

「聞けよ。……俺が運動得意そうに見えるか?」

「見えないけど。じゃあ、芸術系? 彫刻とか絵とかを展示するの?」

「まあ、当たらずとも遠からずだな」

「なになに?」


 満を持さず、カレーをかき込みながら言った。


「パソコンを展示する」

「え、それだけ?」

「うん」

「パソコンをただ置いておくの?」

「いや、宣伝する。マイクパフォーマンスで」

「はい?」

「だって村人全てが一堂に会するんだろ? そこで宣伝しない手はない。新商品としてデスクトップ、ノート、それにタブレットも用意した。前夜祭で発表会をすれば村人の認知度は百パーセントだ」

「商魂たくましいな、水無月」


 と言ったのは盛部だ。


「そんなんで望みの女のひとをゲットできるの?」

「解んねーよ、俺初出場だもん」

「だったら」

「確かに花形は格闘王者とかスポーツ強者なのかもしんないけど、そんなの出ても勝てないからね。不得意分野でボコボコにされるより、いかに個性を出すかを考えたほうがいいんじゃねえ? そういう意味ではほら、パソコンならこの村では誰ともかぶらないし」

「なるほど……意外と考えてるんだ」

「そういう雪仁はどうすんだ? お前も十八だから初出場なんだろ?」


 訊くと、言い淀んだ。


「どうした?」

「……格闘とサッカーとクイズ」

「え、マジで?」

「色々出て、全部勝てばPRになるかな、って」


 安直!


 と言いかけたが黙っておいた。

 十代の若者に一芸に秀でるよう精進しろとは言いにくかったし、変に個性を探すほうが逆効果だろう。






 前夜祭当日の朝は、村中が夜逃げしたかのように静まり返っていた。


 いつもは夜明けから生活の気配が立ち込め、起きて一息つくころには最初の客が扉を叩く。

 しかしその日は自分の息遣いしか聞こえないくらいの朝だった。


 家を出ると、南の方角に濃い気配を感じる。

 広場まで行くとさっきまでの静寂はどこへやら、既に村人の全てが興奮の中にいた。


 普段は無駄に思えるほど広々としたスペースが、組み上げられた施設と人でまるで迷路のようだ。

 出し物のステージ、格闘のためのリング、クイズ会場、それと水無月の出張店舗を含む小さなブース群。

 中央には当然、村の象徴たるグレートソードが鎮座しており、祭りに酔う人々を見守り、煽り立てていた。


 太陽の光で十分明るいのにそこかしこでかがり火が焚かれているためか、シャツ一枚という格好でも暑いくらいだった。


 水無月が昨晩設営した自分のブースに行くと、既に馴染みの客が数名待っていた。

 場の雰囲気に引きずられるように、常にない大声で「いらっしゃいませ!」と叫んだ。

 そうしなければかき消されてしまうほど、周りにはあらゆる音が充満していた。


 客の応対を行いつつ新商品発表会、抽選会を終えるころ、水無月は懐かしい感慨に襲われた。

「この感じ、なんか知ってる」と思った。


 要するに、大人が文化祭と体育祭をやるようなものだ。

 盛り上がればなんでもあり。


 飲食店や出し物がジャンル問わず混在する様は正に高校や大学の文化祭の雰囲気に近い。

 それに陸上競技の体育祭、さらにはサッカーや野球などの球技大会が同時開催されている。


 結婚相手へのアピールという目的はあるにせよ、この日めがけて村の男たちは自らの持つ力を磨き、発散する。

 己の懸けてきたものがどれほどのものか試す。

 この日が村の一大イベントになるのは、結婚がかかっているから、だけではない気がした。



 この前夜祭は夜明けから次の日の朝まで通しで行われる。

 そして次の日中には宴会がそこかしこで行われ、夕暮れ時から巫女交代の儀式、本祭が執り行われる、らしい。


 ブースに「休憩中」の表示を掲げ、格闘大会やステージの様子を見て回り終えたころにはもう一日目の夕暮れだったから、半分近く過ぎたことになる。


 水無月は人知れず広場を離れた。


 向かったのは村の最北にある建物だ。

 水無月は先日、改めてあの、村へ来る前に参加したツアーのルートをなぞってみた。



 全国総本山、大いなる鶏皮神社、は村の入口付近。

 交通の要博物館、は入口付近にある街の少しはずれ。

 史上最高の古墳、は役場の近く。

 時の止まった小江戸、も広場近辺。

 巨人の箱庭、は水無月の家に近い。



 つまり村の入口から徐々に奥へと進んでいる。

 そこから導き出すと、『輝ける星原、魔法使いの庭』は村の最奥としか考えられなかった。


 しかし行ってみるとそこに原っぱなどはなく、コンクリートの巨大な真四角の建物がそびえ立つだけだった。

 村人に訊くと、バスの車庫だと言っていた。


 この車庫になにかある。


 水無月はほとんど確信していた。

 そして直感的に、魔法使いの庭に至ることで、もう一段階深く村の核心に近付けると思っていた。

 それは上城梓に近付くことと同義だった。


 普段は門の前に守衛が立っているが、今日はいない。

 祭りで広場以外が手薄になるのを期待したが想像以上だ。


 建物の入口に扉はなく、床もコンクリートそのままだった。

 逢魔が時だが、無数にある高い小窓から射す光だけでもそれなりに明るい。

 停車している一台のバスの先へ進むと、鍵のない木の扉があった。



 そしてその先には、あっけなくその場所が広がっていた。



 地面から光が溢れ、星形の葉を持つ植物を照らしている。

 それが目に見える範囲全てに広がり、日本らしからぬ、というよりこの世のものとも思えない光景だった。


 二度目なのに一瞬、全ての思考を奪われるほど見とれ、立ち止まった。

 村のどこにこんな広大な土地があったんだ? と、半年以上住んだ今だからこそ余計に違和感を覚える。

 空も見えることから、扉までが建物の中であったことに気付いた。


 我に返り、そのさらに先、を目で探す。

 道らしきものはないが、右手奥のほうに小屋が見えた。


 植物をなるべく踏まないよう気を付けながら葉をかき分けて進む。

 木で作られた簡素な小屋の中には、さらに目を疑うものが存在していた。


「グレートソード……」


 大理石とおぼしき大仰な台座に鎮座する一本の奇形の剣。

 広場にあるものをそのまま持ってきたようにうり二つの形をしていた。


 ただし大きさが違う。

 広場の剣は刀身が二メートルはありそうだったが、ここにあるものはせいぜいが三十センチ。ミニチュアのようだと思った。


 あれを抜けた人間は全てを切り裂くことができる。


 雪仁が言っていた、この村の伝説らしい。

 広場の剣には手が届かなかったが、このサイズなら簡単に抜けそうだ。


 試してやろうと思い台座に片足をかける。

 見たところ刀身は台所の包丁刺しのように置かれているだけだ。

 こんなの誰にだって抜けるよ、と思いながら片手で柄を握って持ち上げると、イメージどおり抜くことができた。


「水無月くん……!」


 突然声をかけられて身がこわばる。

 首を向けると上城梓が小屋の入口から顔を覗かせていた。


「あ、あずちゃんか……って、どうしてここに?」

「そんなことより、それ……」


 示されたのは水無月の手にあるグレートソードだ。


「ああ」


 目の前に掲げてみる。


「やっぱ、勝手に持ったらまずかった?」

「まずいというか」


 上城梓は顔面蒼白だった。


「抜けるはずがない。広場のやつならともかく、本物が」

「え?」

「水無月くん、絶対それを振らないで。お願いだから」

「え? ああ、うん。危ないもんね」

「そう、危ない」



 かちゃり。



 前触れなく、鍵の開くような音がする。

 部屋中に響いた。

 ドアから、ではない。もっと近くからだった。


「ん? なんだ、今の」

「ロック……」


 上城梓が言いかけた瞬間、カメラのフラッシュのように一瞬だけ光が広がった。


「な、なんだよ……」


 確かに剣が発光したように見えた。なんらかの説明を期待して上城梓を見ると、少し離れた位置からでも唇が震えているのが解った。


「寒いの?」


 確かに日が落ちてきた分少し冷えるが、村の常と変わらない。


「信じられない」


 独り言のように呟きながら、上城梓はその場に座り込んだ。


「ど、どうしたの」


 駆け寄ってしゃがみ、顔を覗く。


「どうしたのじゃないよ」


 酷く疲れた顔で上城梓は笑った。


「腰が抜けた。あなたは本当に、次々と私を驚かせるね」

「心臓に悪いかな」

「そう言いたいけど、実は、生きてるって感じがしたりもする」


 もう一段階深く笑ってみせた上城梓の顔がこれまで見たことがないくだけかたをしていたので、水無月は場違いと自覚しつつもにやけてしまった。

 触り心地の良さそうなニットにピーコートとベージュのミニスカートとレギンスを合わせた姿のどの部分を見ても、三十路という言葉の響きには似つかわしくない、と改めて思った。


「なにを狙っているの? 水無月くん」

「買いかぶり過ぎだよ」


 残念ながらなにも狙ってない、と笑う。


「ただ、知らないと自覚してるだけだ。そして、今日しかチャンスがないと思った」

「駆け落ちでも誘われるのかと思ってたのに」

「期待してた?」

「半分ね。あと半分は、そんな選択はしないでほしいって思ってた」

「しないよ。君を不幸にする選択は」


 手を差し出し、上城梓を助け起こす。


「この剣が村の呪いなの? ここが、最奥なの?」

「最奥? そんなわけない」


 なにかを嘲るような顔になった。

 入ってきたドアとは違う方向を示す。


「あの扉を開けてみなよ、水無月くん。そこにあるものが全ての始まりで、その剣が切り拓いてしまったものだよ。あの星木も、その先から持ってきたものだ」


 鉄格子に阻まれた先にさらにもうひとつ、鋼鉄製の扉がある。

 上城梓はその脇の壁にある操作パネルに指紋を当て、数字のボタンを慣れた手つきで押した。


「銀行の金庫並みのセキュリティと強度だよ」


 と言いながら鉄格子をスライドさせた。


 手で示され、水無月が鋼の扉を押すと、重い感触と共にドアがゆっくり開いていった。



 村の象徴であるグレートソードの「本物」よりも厳重に隠さなければならないものとは一体なにか。

 小部屋に鍵の付いた宝箱か金庫でもあるんじゃないかと想像しながらドアを開ききった水無月は、その光景に声を失った。



 断崖絶壁だった。

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