第14話 スタート オブ ピーシーショップ ミナヅキ

 グレートソード村の秋は早い。


 都心ではまだ日中は上着なしで出歩いても寒くない時期に、もうモミジが紅葉している。

 基本的に山の中なので、辺りを見渡せば黄色、たまに赤に近いオレンジが目に飛び込んでくる。


 家の周りにも街路樹なのか天然のものなのか、木は多い。

 実家よりも断然田舎だ、と改めて思いながら、水無月は早朝から村の中を歩き回っていた。


 目的はビラ配りだ。


 パソコン屋宣伝のため、各家庭のポストに白黒のチラシを投函していっている。

 小さな村と言っても密集度はそれほど高くないため、見当たる限り全ての家庭に配り終えるころにはやや日が傾いていた。



 明日からいよいよ店を開ける。


 店舗のスペースとしては、納屋を使うことにした。

 当初付いていることにも気付かなかったのだが、玄関とは別にリビングへ繋がる部屋があり、土間のような作りになっていた。

 外に向けては四枚のガラス戸なので、客も入ってきやすいだろう。


 中古で買った長机を幾つか置いて、商品の陳列および商談スペースにした。



 商品の構成は決まったし幾つかは在庫も持った。

 オープン記念の来店プチギフトとしてうまい棒も箱買いしたし、チラシにはオープン後一ヶ月限定の特価も設定した。


 客が詰めかけてきて、対応に窮したらどうしようか、とほくそ笑みながら水無月は眠りについた。






 翌日、はやる気持ちからか水無月は普段より三時間は早く覚醒し、柄にもなくトーストとベーコンエッグ、サラダというきっちりしたアメリカンなブレックファストを食した。

 昂揚しているような、それでいて妙に落ち着いたテンションのまま開店時間を迎える。


 いける、と思った。


 本番を目前にした舞台俳優さながら、ベストコンディションだと確信した。



 そして結論から言うと、その確信は日が暮れるころには綺麗な下落曲線を描くことになる。


「いかん」


 と何度も独り言を呟かずにはいられなかった。


 なにせひとりも来ない。

 見事に、ここに店があることを誰にも知られていないかのようにいつもどおりだった。



 もう今日は閉店してしまおうか、いやいやもしかしたら仕事帰りの人が来るかもしれないと葛藤しながら、辺りが真っ暗になっても店に座り続けていた。


 するとひとりの男がドアをノックした。

 はい、と立ち上がると「ここはパソコン屋で?」と訊きながら店に入ってくる。

 そうです! と、つい今日一日分のいらっしゃいませを込めた勢いで答えたら、それに負けない語調の強さで相手も返してきた。


「ふざけんな!」


「……はい?」

「誰に断ってこんなもんをばら撒いていやがる」


 男が手に持って突き出してきたのは、水無月が各家庭に投函したチラシだ。


「誰かに断らなきゃいけなかったんでしょうか?」


 困惑を隠さずコメントすると、喧嘩売ってんのか、といった表情で


「てめえ、しらばっくれんなよ」


 と凄まれた。


「しらばっくれてなんかいませんよ。

 ただ、村に来たばかりで色々なルールみたいなものはよく解っていないんです。

 失礼があったなら謝りますが、よければルールを教えてもらえませんか?

 そもそもあなたが誰なのかも」


 憶さない態度にか言葉の中身にか、男は拍子抜けした顔になった。


「俺を知らねえっての? なるほど、新入りか。珍しい。だったら最初からそう言ってくれよな」


 どこにそんな暇があったんだよ、という台詞は飲み込んで


「水無月と言います。村長にパソコンを売って教えろと言われて、今日からオープンしたところです」

「そういうことか。で、上手い宣伝の方法が解らず思い余って奇行に走ったってわけか」


 奇行なのか? と思いつつ「そうです」と言った。


「だったら僕に言ってくださいよ、お客さん」

「うえ?」


 突然別人のように張り付いた笑顔と媚びるような揉み手で一歩迫ってきた男に、水無月は反射的に後ずさる。


「私生まれも育ちもグレートソード村、広告業なら村一番の伊達男、かみたきじんでござい」


 見栄を切るかのようなキメ顔の男に水無月はたっぷりと間を作った後、会釈した。


「あ、どうも」


 話を聞いてみると、上滝は広告作成から各世帯への配布までを一手に手掛ける広告代理店らしい。

 同じようなことをする業者は他にもあるが、暗黙のうちに縄張りが分かれており、それを崩すようなことは誰の得にもならないという。


「だからまあ、どこの馬鹿が喧嘩売ってきたかと思いましたがね、知らなかったんじゃあしょうがねえ。よし、ここはひとつ私が請け負いましょう。料金プランは……」

「ちょっと待ってください。まだ頼むとは決めてませんよ」


 上滝は口を開いたまま、餌をくれない主人を睨む中型犬のような目で水無月を睨んだ。


「解ってますよう。でも、料金が解らなきゃあ検討もできやしないでしょうに。それともなんです? 私が、クライアントの意思を尊重せずに広告枠を押し売りするざわ広告店と同じだとでも?」

「伊沢広告店は知らないけど、なかなかの勢いだったので」


 さりげなく同業をディスる根性に、半ば感心しながら水無月は椅子を勧める。


「とりあえずお茶でも持ってきます。せっかくだからゆっくり話を聞かせてください」






 結論から言うと、上滝に仕事を依頼することにした。


 そして同時に、パソコンを買ってもらった。



 話は実に三時間半以上にも及び、その八割はパソコンの話をしていた。


 水無月は相手が広告代理店だろうと店に入った以上はお客様第一号だと思っていたし、だから椅子を勧めて煎茶まで出した。

 上滝もなんのことはない、怒鳴り込んできた目的の半分はチラシの内容に興味があったからだと打ち明けた。


 広告依頼の話がほぼまとまった段階で


「ところで水無月さん、パソコンってのはそんなに便利なもんですかい?」


 と身を乗り出してきたときには、投網に魚が自らかかりにきたと思った。



 大袈裟にならないよう淡々と、事実としてパソコンを使ってできることを解説すると、上滝は勝手に盛り上がって様々な質問を繰り出してきた。

 その全てが冷やかしではなく購入検討のための確認事項だと感じたので、宿題事項にせず、解らないこともその場で調べて可能な限り返答した(こういうとき、インターネットがないのは非常に不便だと思う)。


 文書作成や画像の編集、プリンタによる印刷などをひととおり実際に見せて、さらにゲーム画面なども見せた。

 仕事にも遊びにも使えることが十分に印象付けられたところで


「でも私に使いこなせますかね?」


 と上目遣いをする上滝に、パソコン教室の紹介もした。



 結果、一年間タダでチラシを配布してもらう代わりに、教室の授業料もタダにするという約束になった(パソコンは水無月の言い値で買ってもらった)。

 文書で約束を取り交わしますか、と言った水無月に対し


「この村でそれは要らねえ」


 と上滝は言い切った。


「約束を違えれば、村長が黙ってねえ。そうじゃなくても、ここで商売をするのに一番大事なのは信用ですんでね。信用を失ってあいつは約束を守らないなんて噂が流れた時点でアウトだ。そいつは村を追われることになります」


 言い淀みのない淡々とした口調に凄味を感じ、水無月はなるほどと頷いた。


 結果的には初日に顧客第一号をゲットし、まあ順調だろう、と思うことにした。


 しかしそれから七日間、他の客が来ることはなかった。


 上滝は本当に広告を打ってくれているのかと疑い、こっそり夜明け前に幾つかの家のポストを漁ってみたが、約束の曜日にはきっちり他のチラシと一緒に入っていた。


 場所が解りにくいのかと思い、模造紙にでかでかと「パソコン屋」と書いて窓ガラスの内側に貼り付けたが、効果はなかった。






 さすがに半月を過ぎても来客がないと、準備期間にはなかった焦りが生まれてくる。


 このままではいずれ生活も立ち行かなくなるし、村にもいられない。

 上城梓のいう呪いどころではなかった。



 なにが悪いのかと、思い余って見知らぬ人の家に何軒か訪問してみた。

 チャイムを鳴らし、チラシを片手に


「あの、チラシが入ってたと思うんですが、パソコン屋の」


 と名乗った時点で


「うちは要らないよ」

「押し売りはやめてくれ」


 など、散々な反応だった。



 早々に打つ手がなくなり、水無月はアドバイザーに助けを求めた。


「もりべもん、助けてくれ」

「なんだよその呼び方」


 珍しく水無月から誘ってくるからなにかと思えば、と盛部はあくびをかきながら水無月の用意したハバネロカレーを口にした。


「意外といけるな、この辛さ」


 ここ最近、盛部が飯をたかりに来ることはなかった。

 その理由は


「水無月も事業開始で忙しいと思ったしな。俺も仕事が入った」


 とだけ説明された。

 へえ、仕事してるのか、と思ったが


「で、どうだよ。店のほうは」


 と訊かれ、意識が切り替わる。


「それなんだけど、全然客が来ないんだ」

「え、そうなの?」

「そうなんだ」


 開店からの経緯を説明すると、盛部は言った。


「村長には言ったのか?」

「なにを?」

「店を始めることを」

「それ、言うものなの?」

「当たり前だろう」

「常識?」

「この村ではな」


 水無月は額に皺を寄せ苦笑いする。場所によって簡単に「当たり前」の形が変わる。


「でもさ、それ、言うとなにかが変わるの?」


 村長への報告と客が来ないことには因果関係はないだろう。

 しかし盛部は呆れたように首を横に振る。


「村長かわら版がある」


 その存在は最近、水無月も知った。

 役場の前にある古びて今にも倒れてきそうな木造の掲示板だ。

 そこには求人の知らせや村のイベント、交通安全の注意喚起(基本車は走っていないくせに)などが所狭しと貼り出されている。

 まるでいつの間にか登録されていたネットショップのメルマガみたいにスルーしていた。


「あれ、誰か見てるの?」

「テレビの電波も一部しか届かないグレートソードでは、一番影響力のあるメディアだ」


 うっそだろ、と反射的に突っ込むが、盛部が「うそぴょーん」と続けることはなかった。


「試せば解る。まあ、載るか載らないか、どの程度の大きさかは村長の裁量次第だけどな」

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