第13話 グレートソード様

 そんな流れでここ最近、開業するための準備を進めている。

 今組み立てているのは商品そのものではなく、サンプル機だ。


 自分がサポートまですることを考えたら、基本モデルとして売り出したいデスクトップパソコンは、自作をして売ったほうがいいと考えた。

 どういうパーツ構成で作るか模索しながら、色々と試している。


 組み立てたパソコンは最低二晩ほど負荷テスト(エージング)にかけた上で、実際に使ってみる。

 資料に書いた様々な使い方をしてみて、問題が生じないか確認する。


 昔ほど出なくなったが、パソコンのパーツには組み合わせによって相性問題が発生する。

 規格上は使えるはずなのに、何故かこのメモリとCPUを組み合わせると動かない、等だ。

 さながら人間に相性があるのに似ている、と水無月は思う。



 十通りくらいのマシンを並行して走らせているので、家のコンセントはフルに使う。

 リビング以外の二部屋は完全に作業スペースと化した。


 もはや季節は晩秋にさしかかっているのに、部屋はパソコンの放熱によって温暖な気候を保っていた。

 熱暴走するほどではないが、念のため窓を開けて外気を取り込む。


 パソコンがまだ組み立て途中の、外装がない状態で部屋を占拠する様を見て、雪仁は


「すげー、プロっぽい」


 と感心していた。

 なんのプロなのかは不明だ。



 近年、世の中的には下火であるデスクトップパソコンを水無月がメインに選ぶ理由は、ふたつある。


 同じ金額を出すならノートパソコンよりもハイスペックにできるし、故障箇所があったときに汎用パーツで代替がききやすい。

 メーカーが筐体に合わせて作り込んでいるノートパソコンは、メーカー純正の基板やケーブルじゃないと直せないことが多々ある。


 もっと言うとデスクトップパソコンなら画面サイズやキーボード、筐体デザイン含め個人のニーズに合わせて簡単に変更することができる。持ち歩くことがないなら、ノートパソコンにするメリットはほとんどない。



 ほとんどパソコンを知らない村人にとって、電子機器を持ち歩くという発想自体乏しいだろうし、そういうニーズを持ち始めるのはパソコンを具体的に自分の生活の中でどう使うかがイメージできるようになってからだろう。


 将来そうなってくれて、ノートパソコンを追加購入してくれれば言うことはない。


 自分のニーズが明確でないうちは、デスクトップパソコンから使い始めて、都度気に入らない部分をカスタマイズするのが最もおすすめだと思っていた。



 学生をやめてから約十年。

 社会人になってから初めて無収入となったが不思議と焦りはない。

 まだ実感としては生活に困窮してないからだろうか。



 深夜まで基本的に物音がない村でパソコンのファンの音をBGMに作業をしていると、今までのことがひとりでに浮かんでくる。


 村に来て、上城梓を見かけた直後に発した求婚の台詞には、我ながら何度でも苦笑する。


「結婚しよう」


 困るとか怒るとかそういう、解りやすい感情のある反応はなく、上城梓は固まった。

 驚きでも呆れでもない、形容しがたい立ち姿で表情筋が固定されていた。


 いつまで待っても上城梓はその場で頬を赤らめ頷きはしなかったし、感動のあまり泣き崩れることもなかった。

 ただし否定もしなかった。


「馬鹿じゃないの」とか「するわけないでしょう。帰って」とか「このストーカー、キモいんだよ!」とか、そういう類の反応を覚悟していたのだが、ひたすら待った後に出てきたのは


「じゃあ、負けないで」


 という一言だった。



 意味不明。



 彼女にとっては突然引っ越してきて求婚する水無月こそ意味不明かもしれないが、そのレスポンスとしてはさらに理解しがたい一言だった。

 とっさに上手い返しも思いつかず水無月が立ちすくむ間に、上城梓は家に戻ってしまった。


 考え続けた水無月の結論としては、こうだ。


「私は村に呪われてる」

「どういうこと?」

「部外者には教えられない」

「俺は君が好きだ。君を苦しめるものを知りたい」

「やめて。好きなんて、なんの義務も発生しない軽い言葉」

「じゃあ結婚しよう。結婚なら義務が発生するだろ、色々」

「解った。でもこの村でそうするにはとても大きな困難が待ち受けてるの。負けないでね」


 つまり肯定だ。


 今すぐプロポーズは受けられないが、その諸々に打ち勝ったとき、上城梓は受けてくれる。

 はずだ。


「ポジティブ過ぎるか? 俺」


 と呟いたりもしたが、少なくとも拒絶ではない。まずこの村にいることは認めてもらったと思っていいだろう。

 であれば今やるべきは実際的に上城梓の言う「部外者」ではなくなること、村に馴染むことが第一だ。

 プロポーズはそうなるという宣戦布告のようなもので、今すぐ受けてもらえると思って言ったわけではない。


 住居を移すことと、その土地の一員になることが全く違うことくらいは理解していた。


 現時点の水無月には、上城梓の言う呪いがなんなのか全く思い当たらない。






「なあ雪仁、グレートソード村、ってなんなんだ?」

「なにその質問」


 近くの公園で気分転換に大昔の週刊誌(引っ越しのとき見つかった)を読んでいたら、学校帰りなのか制服らしきジャケットを着た雪仁が通りかかったので、なんとなく思っていたことをぶつけてみた。


「いや、変わった名前だなと思って」

「そうなの?」

「お前、他がどういう名前か知らないの?」

「知らない」


 学生服に着られたようになっている十代なんてこんなもんだっけ? と思いつつ言う。


「熊谷とか、上尾とか、桶川とか、逢美おうびとか、うらそえとかだよ。カタカナは特殊だ」

「え、ここだけ?」

「えーと」


 少し上を向く。


「南アルプス市、とかがある。だけど俺が知る限り、稀だ」

「他にないならかっこいいじゃん。なにが問題なの?」

「いや問題っつうか、由来が知りたい。つい最近この名前になったのか?」

「ううん。生まれたときから。この村ができたときからだと思うよ」

「それっていつごろ?」

「何百年か前じゃない?」


 そんなことあるか?

 子どもの言うことだからな、と思いつつ質問を続ける。


「で……由来は教科書とかに載ってる?」

「いや、クデンだね」

「クデン?」


 口伝か、と脳内変換する。


「学校では習うけど、ノートを取るのも禁止。残念ながら詳しい話を水無月にすることはできない」

「俺がよそ者だから?」

「や、俺が覚えてないから」

「なんだそりゃ」

「聞いただけじゃ馬鹿長い話を覚えてらんないよ。けどなんでこの村がグレートソード村って言うのかくらいは解るよ」

「おお、教えてくれ」

「グレートソードがあるから」

「は?」

「広場に刺さってんじゃん。あれを抜けた人間は全てを切り裂くことができる」

「好きな漫画の話?」

「この村の話」


 この現代にそんな馬鹿な話があるか、と思いながら、雪仁と別れて中央広場に来てみた。

確かにそれは、そこにあった。


 隅のほうにぽつんと置かれている歴史的な石碑みたいなものだろうと高をくくっていたが、ど真ん中に、無造作に刺さっていた。

 土台は一応大理石のようなものがあり、簡単に触れることができないように周囲には円形の柵が張り巡らされている。

 柵の外四方向には賽銭箱まであってそんなに多くはないが手を合わせて詣っている人もいた。


 これまでにも何度か前を通りかかっていたはずだが、全く視界に入っていなかった。



 ソードというから西欧風の剣を想像していたが、刀身は日本刀のようにしなっており、ただし人間の胴回りほどに太い。

 柄は大雑把にさらしのような布が何重にも巻かれているだけで、先端が風にはためいている。

 地中に埋まっている部分がどれくらいか想像するのは難しいが、出ているところだけで二メートル以上はある。


 抜くとか抜かないとかの問題以前に、手がまともに届かない。



 とりあえず手を合わせて拝んでみたがなにも出てこないし、周囲を見渡しても説明書きらしきものはない。

 詣っていた老婆に


「これはなんなんですか?」


 と訊いてみたが、返ってきたのは


「グレートソード様」


 だった。



 それでやむを得ず、グレートソード様の件は一旦置いておくことにしたが、水無月にはもうひとつ気になっていることがあった。


 土地勘を得るためにあちこちを歩いてみたのだが、この村は何時間かかければ端から端まで歩くことができる。

 道も、中心を貫く大通りと派生する多くの小道で成り立つシンプルな構成なので迷いにくい。


 にもかかわらず、あの場所が見つからない。


 観光で最後に行った『魔法使いの庭』が。


 地図で確認しようと、村唯一の図書館に行ってみたが、手がかりはなかった。

 彩珠県の地図帳も見てみたが、どこまでめくってもグレートソード村の詳細地図はなかった。



 雪仁に訊いてみても「どこそこ?」だし、盛部も「そんなハリウッド映画みたいな名前の場所が、この村にあるわけねえだろ」と笑う。


 手掛かりがなくなったので仕方ない、と自分に言い聞かせつつ、水無月は上城梓を訪ねた。



「それ、私に訊いちゃう?」


 一応はドアを開けて立ち話に応じた上城梓は、呆れを隠さず口にした。


「訊いちゃう。だって、他に訊くとないって言われるんだもん」

「じゃあ、ないんだよ」

「そんなわけないでしょ。一緒に見たじゃないか」

「そうだっけぇー?」

「ほら。変わってるね水無月くんは、と言ってたあのときだよ。周りは絶景見て叫んでたけど、俺は容易に叫びたくないって説明したらさ」

「そうだっけぇー?」


 阿呆面を作っておどける上城梓も可愛い、と思いつつ顔では呆れを示す。


「絶対覚えてるでしょ……」

「知ってどうするの?」

「いや、単純にまた見たいなと」

「じゃあやっぱ覚えてない」

「じゃあ、ってなんだよ」

「好奇心だけで触れないほうがいい」

「疎外感」


 目を閉じ、唇を引き結ぶ。


「なに?」

「こういうとき、俺はよそ者なんだと思い知らされる」

「そんな落ち込んだ風の顔しても駄目だよ」

「好奇心じゃないって言ったら?」

「なんなの?」

「グレートソード様と関係あるんじゃないか?」


 上城梓の顔色があからさまに変わる。


「どうしてそれを」

「当てずっぽう」

「……なんだ」

「でも、そうなんだ?」

「まあ、関係してるっちゃしてる」

「じゃあ俺はそれを知らなきゃいけない」

「なんで?」


 玄関先で気だるげに立つ上城梓は、会社で見かけていたときとは大分雰囲気が違う。

 猫を被ってたのか、今がリラックスしてるのかは解らないが、不思議と失望感はなかった。


 水無月は、自分が一番まともに見える角度で歯を見せる。


「根拠はないけど、グレートソードが『呪い』に関係してるんだろ?

 君を苦しめるものを見過ごすわけにはいかない」


 上城梓が爆笑した。


「キモいよ、水無月くん」

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