第12話 ないしょの盛じい

 村には電波がない。

 本当に?


 まずはそこから調べることにした。


 時間はいくらでもあったので、とりあえず村の入口から最奥地までを歩き回って、圏外ではないところがないかどうか調べた。


 この村は入口からずっと比較的大きな幅の道路が真っ直ぐ続いており、村の全景としてはとても縦長だ。

 中央辺りに役場等の公的施設が集中しており、奥に行けば行くほど店などはなくなって住宅と畑だけが建ち並ぶ。

 ブロックで言えば村の入口から「商店街」「公共機関」「田舎」という三区画で構成されているようだった。



 そして結果として、どこにも電波はなかった。

 少なくとも水無月の契約するキャリアでは。


 気を取り直し、盛部にインターネットが使えるところはないか訊いてみた。


「パソコンなら観光センターにあるぞ」


 と言われ、商業ブロックにあるというそこへ行ってみた。

 確かに今にも崩れ落ちそうなそのプレハブ小屋にはパソコンがあったが、観光情報をワード文書で閲覧できるだけで、ネットは繋がっていなかった。

 しかもパソコンは昔のテレビ以上に野暮ったい分厚さのCRTモニタと、PC-98と刻印された古き良き時代の骨董品だった。


 諦めて、村の外まで自分のタブレット端末を持ち出し、スタバでWi-Fiに繋いだ。


 キャリアのウェブサイトで、グレートソード村に電波が来ているか地図で確認する。

 国内最大手のDも、その他メガキャリアのSも、aも駄目だった。


 非常に近くの山間部までは来ているくせに、グレートソード村だけ意図的に外されてるとしか思えない空き方だった。


 念のためモバイルルーターのUも調べてみたがもっと駄目で、各社の謳う人口カバー率九十九パーセントとは一体なんなのか、とテーブルを叩きたい衝動に襲われた。



 次に、電話線は各家庭にあることを確認していたので光回線の対応状況を見てみた。当然のように現在サポートされていない地域、に該当した。

 ADSLも同じ、ケーブルテレビなど言わずもがなだ。


「駄目だ。この村にネットは来ない」


 その夜、頭を抱えて訴えると、盛部は


「野菜のネットならあるぞ」


 と軽快に言った。


「なにオヤジギャグかましてるんだよ」

「ジジイの俺からすりゃ、むしろオヤジと称されるのは若々しくていいじゃねえか」

「ああ……」


 確かに、と納得しそうになって首を横に振る。


「じゃなくて、インターネット。この世のあらゆる情報が存在する場所から、この村は隔絶されてるんだ」

「え、そうなの?」


 と言ったのは雪仁だ。


「そうだよ」

「そんなに凄いのか、インターネット」

「凄いんだよ」

「テレビや新聞より?」

「俺はそう思う」

「へー。村長のかわら版より?」

「多分」

「それは凄いね! でもその、インターネットと、パソコン? はどう関係するの?」

「パソコンはネットありきの機械だ。ネットに繋がってないパソコンなんてただの箱……って、高校時代の友人が言ってた」

「へー。だったらなんでインターネットっていう名前じゃないの?」

「ん?」

「テレビはテレビ番組を見る機械だからテレビなんだろ? 洗濯機だって冷蔵庫だって掃除機だって炊飯器だってできることが解る名前だ。だったらインターネットを見る機械がインターネット、って名前じゃないのは不自然じゃない?」

「それは」


 考えもしなかった。


 確かにパソコン、という字面はなんの機能も示していない。

 しかし最近ではテレビもネットに繋がるし、ゲームやスマホは言わずもがなだ。インターネットはパソコンの専売特許ではないから名前にならない、のだろうか?


 しかしスマホでもパソコンでもテレビは見られるのに、テレビはテレビという名前のままだ。

 主たる機能が名前になるなら、やはりパソコンはインターネット、と呼ばれてもいいのかもしれない。

 しかしそうなっていないのは、パソコンが元々ネットを見るための機械として商品化されていないことにある。


 パソコンは計算機であり、情報端末だ。


 あらゆる情報をデジタルに扱うことが本質であり、用途は限定されない。

 何者にでも染まれるし、だからこそ何者にも染まりきらない。


 そういう意味では紙に似ている。

 紙には絵でも文字でも書けるし、写真などの印刷もできる。


 かといって全ての紙の存在意義自体を例えば絵描きと思う人間はいないだろう。

 画用紙や原稿用紙など用途に限定した商品は存在するが、パソコンにとって、ある意味それはゲーム機やハードディスクレコーダーに相当する。

 内部のパーツ構成はほとんど同じなので、あれらは用途特化型のパソコンとも言える。


 つまり用途を限定しないパソコンがいわゆるデスクトップ型やノート型のパソコンであり、近年はその形がタブレットやスマホに広がっている。



 すなわち、


「パソコンの本質はインターネットにあらず」


 回りくどい思考を数秒で済ませ、口にした結論に雪仁は


「あ、そうなの?」


 とやや混乱気味の表情で言った。






 翌日、水無月は盛部と雪仁を呼び、プレゼンテーションを行った。

 タイトルは『生活にパソコンを――豊かなライフスタイルの実現』だ。


・パソコンにできることは幅広い。

・デジカメの写真を取り込んで保管、整理!

・CDを何百枚も取り込んで整理、鑑賞!

・DVDを再生、映画鑑賞!

・パソコン専用のゲームをプレイ!

・テレビも視聴可能!

・ワープロソフトで大事な文書を作成、保存!

・表計算ソフトで家計簿、収支計算を簡単管理!

・辞書ソフトで解らない言葉をすぐに検索!

・作成文書や写真など、パソコンの画面は紙に印刷可能!


 と、いうようなことを朝方までかけて仕上げたプレゼン資料で説明した。


「すげえ! なんだか解らないけどすげえ!」


 これが雪仁の反応だ。盛部は


「なるほどな。で、これを村のやつらに出して売ろうってことか」


 比較的冷静なコメントだ。


「どうかな? 当たり前と言えば当たり前のことしか書いてないから、今さらなにを言ってるんだ? って言われるかもしれないと思ったんだけど」

「その点は心配しなくていい」


 盛部は唇を片端だけ上げて皮肉げに笑う。


「雪仁の反応は子どもだからっつうわけじゃねえ。村のスタンダードだと思っていいさ」


 しかしカタい、と続けて盛部は紙とペンを要求した。

 コピー用紙と筆ペンを渡すと、おもむろに文字を書き始めた。


・パソコンってなに?

・何ができるの?

・なんでもできるよ!

・ラジカセになる!

・ビデオデッキになる!

・ゲーム機になる!

・テレビになる!

・ワープロになる!

・電子辞書になる!

・アルバムになる!

・写真プリントもできる!

・ラジカセ15,000円、ビデオデッキ15,000円、ゲーム機30,000円、テレビ50,000円、ワープロ50,000円、電子辞書20,000円、アルバム百冊20,000円、合計200,000円。

・パソコンなら、全部できて


「いくらだ?」


 書き途中で訊かれ、とっさに言葉に詰まる。

 頭の中でチューナーやプリンタの分も計算し、「七万もあれば」と答える。


「もちろん、プリンタのインクは切れたら補充が必要だし、ゲームソフトは買わなきゃいけないけど」

「それは仕入値か? 売価か?」

「あ」


 指摘され、耳が熱くなる。


「俺が買う場合の値段だ」

「じゃあ三十パーセントは確保しねえとな」


・パソコンなら、全部できて100,000円!


「半額だ!」


 雪仁が歓声を上げる。


「魔法みたいだ!」


 いささか大袈裟だと思わずにはいられないが、少年はなんの含みもなく目を輝かせている。


「ちょっと取り過ぎじゃないかな?」


 秋葉原やネットを探せば七万円で買えるものを、十万円で売ることにはなんとなく抵抗があった。


「お前はこれを仕事にするんじゃねえのか?」


 盛部は困惑顔で水無月を見る。


「慈善事業ならいいけどよ、食ってくんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「この村に何人いると思ってんだ?」

「え? あ、そういえば何人なんだ?」


 考えたこともなかった。いよいよ呆れ顔になって盛部が大声を出す。


「八百人だよ。何年かいれば少なくともなんとなくは全員の顔が頭に入るくらいの人数だ」


 確かにそれなりに大きな学校なら全校生徒でそれくらいはいる。


「そのうち商売相手になりそうな年齢層は多分半数くらいだ。そこへの普及率も百パーセントにはならねえだろうから、仮に五十パーセントとしよう」


 盛部は紙に「800→400→200」と書いた。


「二百人が、当面の見込み顧客になる。月に何人に売れると思う?」

「えっと、五十人くらい?」

「水無月って、サラリーマンだったんじゃねえのか?」

「え、いや、そうですけど」


 何故か思わず丁寧語になる。


「あんまりビジネスを組み立てる側ではなかったか?」

「いや、まあ、はい」


 本当は企画担当だったので、市場調査や販売見込み数の算出やそれによる収支計算は業務のコアと言っても過言ではなかった。

 しかし今盛部に言われるまで、今回の件についてはほとんど頭を働かせていなかったことに気付いた。


「月、上手くいって五台から十台でしょうか」


 言い直した水無月に盛部は満足そうに笑う。


「そうだ。当初はそれも難しいだろう。あと敬語はやめろ」


 指摘されて頭を掻いた。


「例えば月間平均五台なら年間六十台。十台なら百二十台だ。粗利単価三万でも、年間粗利は百八十万から三百六十万」


 360、と書いて丸で囲み、その下に「年収」と付け足した。


「どうだ? 水道光熱費、店舗維持費、在庫を揃える資金、税金、生活費、その他諸々が全てまかなえるか? 月収は十五万から三十万だ」

「一番上手くいってこれってこと?」

「ああ。粗利が二万なら年収百二十万から二百四十万、一万なら六十万から百二十万だぞ」

「さすがにきついね」

「三万の粗利が妥当、むしろ少ないのは解ったろう」

「解った」

「ただな、月に十台売れると、ターゲットの二百台には一年と八ヶ月で達しちまう。奇跡的に普及率百パーセントでも三年と四カ月だ。その後はどうする?」

「え、新機種を売る?」

「売れねえよ。三年で物を買い換える奴は村にいねえ」

「じゃあ商売を変えるしかないじゃないか」

「大根でも売るか? それこそ競合事業者が山ほどいる。それに、お前からパソコンを買った奴らは購入後も色々訊いてくるぞ。事業替えしたからと言って、その手間は続く」

「じゃあどうしろって?」

「考えてみろ」

「三年で確実に壊れるパソコンを作る」

「水無月タイマー搭載、か? ばかったれ」

「冗談だよ。じゃあ、レンタルする、とかは?」

「パソコンを?」

「例えば月額三千円とかで。そうすれば三年で掛ける三十六の……十万八千円だから、三年間で考えれば同じだけの利益になるし、それ以降も同じお金が入ってくる」

「なるほどいいじゃないか。しかしそれだと、月十台で三万円、以後月に三万ずつ収入が増える計算になるから」


 盛部は紙に計算式を流暢な手つきで書く。


「年間二百四十三万か」

「月五台だと百二十万くらい。だけどこれは、二年目からも増えてく見込みのお金だ」

「まあな。考え方はいい。でもな、元手はあるのか?」

「元手?」

「今言ったのはあくまで入ってくる金の総額だろ。さっきの販売モデルで言えば売上であって利益じゃねえ」

「あ、そっか」

「月十台を買い続ける資金が必要だ。原価七万掛ける十台掛ける十二カ月で、八百四十万円。年間二百四十三万の収入だから、約六百万プラス毎月の維持費や雑費生活費……例えば最低三十万として、一年三百六十万。今、九百万の資本金がないと一年もたずキャッシュフローが破綻する。二年目もしばらくは黒字化しないだろうから、事業開始時点で最低一千万とか一千二百万は持っていたいな」

「ない」

「まあ、そうだよな」

「だめかー。月額料金を一万とかにする? 頭金として、初回だけ数万円貰う?」


 誰が年間十二万も出してパソコンを借りるというのか。

 口にしながら自分の発言を内心否定した。

 しかし盛部は投げやり気味に放った最後の言葉を拾って指差した。


「それだよ」

「うえ?」

「よく気付いた。それこそがこの村で事業継続する数少ない手段のひとつだ」


 およそ老人の固定観念とはかけ離れた情熱的な瞳に向け、水無月は言った。


「どれ?」

「最初ガバッと貰って、月額料金も貰う、だ」

「そんな都合いい話ある?」

「塾やればいいんだろ?」


 と、言ったのは雪仁だ。すっかり話から外れてると思いきや、しっかり聞いていたらしい。


「数字の話は解んないけどさ、回りくどいこと言わずに盛じいもさっさと教えればいいじゃん」

「答えだけ言っても身にはつかねえよ」

「そうかなあ」

「あの、話が見えないんだけど」


 水無月は村人二人を交互に見た。


「雪仁が知ってるほどメジャーな方法があるってこと?」

「小学校で習うんだよ。村で生きていくには、ずっとなにかを売り続けなきゃいけない。そのとき、一番大事なのが消費サイクルなんだ。食べ物とかは毎日でも消費するから考え方は簡単だけど、長持ちする高い物は欲しい人に行き渡るのが早い。そういうときは、形のない物を売るんだって」

「形のない物?」

「サービスだ」


 盛部が言う。


「例えば雪仁の言った塾、つまり知識を売る」

「パソコン教室?」

「そういう言い方になるか。どっちみち、村の連中はパソコンのなにがいいのか解ってない。そこは理解してんだろ?」

「うん」

「だったら魅力や使い方、活用方法を伝えることが普及には必要不可欠だ」


 確かにパソコン教室なら、本体代金を貰った上で月額料金を取っても不思議ではない。

 そこで水無月は戦部村長の言葉を思い出す。


「パソコンを売って、教えろ」


 だった。

 最初からこういうことを言っていたのだ。


「ただし、さんざん収支のことを言ったが、一番大事なことを最後に教えてやろう」

「うん?」

「商売の本質は金儲けにはない。どれだけ市場に対してなくてはならない存在になるかだ。代替のきかない価値を提供できたとき、利益は自ずとついてくる。お前が富むことを第一に考えれば、いつかお前は村から必要とされなくなるだろう。それが」

「この村の文化?」

「そうだ」


 外でもそれは同じじゃないかと思ったが、口には出さず水無月は頷く。

 代わりに訊いた。


「盛部さん、あんた何者?」


 先程からのやりとりは、ただ長く生きているというだけでは納得できないほど的確で迷いがない。

 老人は人差し指を乾ききった唇の前に立てた。


「ないしょ」

「気持ち悪いよ、盛じい」


 雪仁が引いた。

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