この話に意味なんて無いし地球は滅ぶ

未録屋 辰砂

この話に意味なんて無いし、地球は滅ぶ

 この前行った喫茶店でさ、変な事があったんだよ。

 初めて行ったところでさ、入ってすぐは緊張してたんだけど、コーヒー飲んで、ケーキ食べて、だんだん寛げるようになってきたんだ。

 そしたら自然と他の客の会話も耳に入ってくるわけ。

 別に盗み聞きしようってわけじゃなくて、本当に自然と耳の中に入ってくる……あ、わかる? それならよかった。

 んで、他の客の会話の中で、気になるやつがあったんだよ。

「あれ? あの人、田中じゃね?」

 二人組の客が座っていた方向からそんな言葉が聞こえてきたんだ。

 そのとき俺はスマホをいじってたし、別にソイツらの言う『田中』って奴の顔なんて知らんから見ても仕方ないだろって事でその客が誰の事を指しているのかは見なかった。

 まあ、ぶっちゃけ、この時点ではそこまで気になった訳ではないんだけど、問題はこの後からなんだよ。

「田中って誰だったっけ?」

 どうやらもう一人の客は『田中』のヴィジョンがピンときていないようだったんだ。

 まあ二人の客と『田中』の三人には何らかの繋がりはあるんだろうけど、話している客と『田中』間、そしてピンときていない客と『田中』間には面識レベルの差があるパターンかなとか俺なりに考えていたんだよ。

「ほら、学部は違うけど大学が一緒で高校も俺らと同じだった田中だって」

 なるほどそういうパターンかって俺は納得したわけ。コレ、大学と中学が一緒だったパターンもあるんだけどさ、なかなか思い出せねぇんだわ……あ、お前もわかるか。よかった。

「あー……いや、ウチの高校って同学年だけで二十人くらい田中がいたじゃん。パッと思い浮かんだだけでも八人はいるんだけどさ、その田中の性別はどっち?」

 いや、何で一高校の一学年に同じ苗字の奴が二十数名いるんだよ。可能性はゼロじゃないかもしれないけど訳わかんねぇだろ、卒業式の証書授与の時に田中ラッシュが起こったクラス絶対あるだろソレ。とか、ツッコミが俺の脳内をグルグル回っていたけど流石にそれは言えなかった。

「男だよ」

「あ、一人に絞れたわ。ソイツ、野球部だよな?」

「そうそう、出場した全公式試合でノーヒットノーランを成し遂げた『完全怪物パーフェクトモンスター』の異名を持つ田中だよ」

 何で性別でそこまで絞れるんだよ田中ウーマンどんだけおんねんっていうツッコミが思い浮かんだ時には更なるツッコミどころが待っていたわけだ。何だよ、パーフェクトモンスターって。

 というか、そんな凄い奴なら忘れたくても忘れられないだろ。

「なるほどな! あの『完全怪物』の田中か! それならちゃんと田中吉田マルクス権田って言ってくれよなー!」

 俺は思った。『は?』

「あ、悪いな、確かにアイツは他の田中と違って正式名称があったからな。田中吉田マルクス権田って言えば一発だったか!」

 俺は再び思った。『は?』

 田中吉田マルクス権田って何だよ。いや、そもそも名字の正式名称って何だよ。

 例えハーフやクォーターだったとしてもそうはならんやろって、冷静に突っ込んだんだ、心の中で。

「たしかに、言われてみれば田中吉田マルクス権田に似ている気がするわ……けど、アイツと比べると結構線が細い気がするな」

 これからは田中じゃなくてずっと田中吉田マルクス権田って言うのかなとかどうでもいい事を考えていたんだけどさ、ふと本題を思い出したんだよな。

 そうだわ、これ、この店内にいる客の誰かがその田中吉田マルクス権田に似てるって話じゃんって。

 最初はそこまで気にならなかったけど、ここまでくると何故か無性に知りたくなるんだよな。別にそれを知ってどうこうなる訳じゃないのにさ。

 んで、チラッと二人の方向を見てみたんだよ。

 ……どう見ても視線が俺に向いてるんだよな。

 念のために周囲の席も見てみたけどその時には俺の周りに誰も座ってなくてほぼ確定状態だったんだよ。

 いや、俺かいッ! 俺が田中吉田マルクス権田に似てるんかいッ! って、心の中で何度も叫んだ。

「はっはっは、たしかに彼はよく似ているネェ……あの平成最後の怪物、田中吉田マルクス権田に」

 いや誰だよこのオッさん!? とか思っていたらいつのまにか喫茶店のマスターも二人の話に加わっててもう訳がわからなかったね! いや、おい……そんな笑わなくてもいいだろ。


 それから数十分、二人はとっくに別の話をしていて俺はスマホをいじってた訳なんだけど、やっぱり田中吉田マルクス権田の事が頭から離れなくてモヤモヤしていたんだよ。

 まあ、名字と異名とソイツが野球部って事くらいしか知らないんだけど、何か妙に衝撃的だったんだよな。俺に似てるっていう話だし。

 そしたらさ、その客が突然大きな声を出したんだ。

「あ、おい! 外を歩いてるアイツ、田中吉田マルクス権田じゃねぇか!」

 言い出すなり彼は店の外に出て行った。

 似てると言われた俺としてはその見た目がかなり気になっていたからすぐに外を見たわけ。

 けど、丁度窓から見えない場所にいるみたいでさ、見えないんだ……ああ、うん、そうそう。死角ね、死角。

 惜しいなぁとか思ってるとその客は戻ってきた。

 ムッキムキの男と共にな。

 一目見た感想としては『ええええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!』って感じだな。

 これがもう、全ッ然、似てねぇの!

 何かスッゲエ肌が黒いし地下闘技場で闘ってんのかってくらいに筋骨隆々で俺に似ている要素が一つも無くて逆にビビったね!

 いや、マジで、全試合ノーヒットノーランっていうのも相手全員が恐れ戦いて逃亡したんじゃねぇかなってくらいに覇気が凄い。

 人違いするのはいいけどせめて少しは似ててくれよな―って思ったわ。

 酒井、お前はそういう経験無い?




「いや、僕は高橋だよッッ!!!!!!!!!!!」

 その言葉が発せられた数十秒後、地球は滅びた。

 友人に名前を間違えられたその悲しみは甚大なもので、その悲しみ、怒りは高橋の瞳から熱光線が発せられるようになる程のモノであった。

 高橋の瞳から発せられた熱光線は辺り一面を焼き尽くし、それでも感情の昂ぶりを抑えきれなかった高橋は自身の身体を放棄し炎と一体化し炎の化身と成ったのである。

 変化した彼の全身から発せられた熱波動はものの数秒で地球という惑星を滅したのである。

 こうして宇宙空間へと放り出された高橋はその過酷な環境に耐えきれずに爆発四散した。

 友人が彼の名前を間違えなければ、この惨劇は避けられたものだった。

 名前の呼び間違いなど些細な問題であろうと思う者もいるかもしれない。

 そのような些細な事象の積み重ねが今回のような取り返しのつかない事態になる可能性がある事を決して忘れてはいけないのだ。

 我ら田中吉田マルクス権田一族は今回の件を経て、この事実を胸に深く刻んだのである。

 

  著者:田中吉田マルクス権田 邦雄

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