351話 高月マコトと月の国の女王

「バカ―! いつまで待たせるのよ! ……んっ!」

「ひ、め……」


 最後まで言葉を言えず、俺はフリアエさんに押し倒されながらキスをされた。

 

 一国の女王がはしたないんじゃないか、とかこんなところを見られたら、など心配だったが周りに人影はなかった。


 どれくらい時間が経っただろうか。


 おそらく一分以上の長いキスを終え、フリアエさんが唇を離した。


「…………」

「…………?」

 フリアエさんは澄ました顔で立ち上がった。

 俺も合わせて立ち上がる。


「ふん! よく来たわね、私の騎士」

 ふぁさー、と髪を掻き上げながら高飛車な態度になるフリアエさん。


 あ、通常ツンデレモードだ。

 さっきのはスルーしたほうがいいのかな?

 俺もフリアエさんに合わせて、『明鏡止水』スキルを使って表情を整える。


「ひさしぶり、姫。会いに来……え?」

 俺の冷静な態度が気に食わないのか、フリアエさんに部屋の中に引っ張り込まれる。

 ガチャン! と鍵をかけられた。


「こっちきて!」

「は、はい」

 フリアエさんが指さしたのは、部屋の奥にある天蓋付きの巨大なベッドだった。


 こんな昼間っから……? と思ったが、俺がベッドに腰かけるとフリアエさんは身体が触れるか触れないか、ぎりぎりのすぐ隣に座った。


 長い黒髪がキラキラと光を反射する。

 隣のフリアエさんから、ふわりと花のような香りがした。


「ねぇ」

「何でしょう、姫」

「どうして黒髪黒目なの?」

「え?」

 予想外の質問だった。


 確かに俺は女神様の眷属になったことで、銀髪碧眼となっている。

 が、今の俺は昔通りの黒髪黒目だった。

 その理由は。


「ルーシーとさーさんが好きじゃないって言うんだよね。はっきりとは言わないけど、多分ソフィアも」

 仲間の評判である。

 なぜか彼女たちから銀髪碧眼の評価は低い。


「……ふぅーん」

「銀髪に戻そうか?」

「要らないわ。私も黒髪のほうが好きよ」

「そっかぁ」

 俺は銀髪も嫌いじゃないんだけどな。

 ちなみにノア様に会いに行くときは、銀色に戻している。


「ところで明日は予定空けてるでしょうね?」

「ああ、数日は月の国に滞在する予定だよ」

 そう事前に約束している。


「そう、じゃあ明日は少し遠出するわ。場所は月の国ラフィロイグ太陽の国ハイランドの国境ね」

「あれ、仕事あるの? 忙しい時に邪魔したかな」

 申し訳なく思っていると。


「違うわよ。仕事ではあるけど月の国と太陽の国の定期会議があるの。リョウスケが私の騎士に会いたいんですっって」

「あー……、そういえば桜井くんに最近会いに行けてなかったなー」


「……あと、あの女も私の騎士に会いたいって言ってるわ」

「あの女?」

太陽の国の女王ノエルよ」

「へぇ、ノエルさんか。確かに挨拶しておいたほうがいいかな」

 俺が何気なくつぶやくと、フリアエさんがじっとりとした視線を向けていた。


「…………ねぇ。どうしてノエルのことをさん付けなの?」

「前も言ったけど、一緒に神獣リヴァイアサンに挑んだ時の仲間だからだよ」

「それは一時的な仲間でしょ。今は違うじゃない」

「俺もそう思って『様』に戻そうと思ったんだけど、怒られたんだよね」



 ――一緒に神の試練に挑んだ仲間に、どうしてそんな距離を作るんですか! 呼び捨てでも構いませんよ。



 と千年前の聖女アンナさんと同じ顔で迫られると断れなかった。

 流石に呼び捨てはできなかったが。


 というわけで、俺は西の大陸最大の国家の女王を『さん』付という不敬なことをしている。

 本人たってのお願いなので断れない。


「ふーん、手を出してないわよね?」

「出すわけないだろ!」

 この手のやり取りは、何度目かだった。

 フリアエさんは俺がノエルさんと仲が良いのが気に食わないらしい。


「ところで、明日の会議は何を話し合うの?」

 俺はやや強引に話題を変えた。


「大したことじゃないわ。むしろ話題なんてどうでもいいのよ。話し合いの場を持っておくことが重要なの。月の国の民と、太陽の国の民は仲が良くないから、お互い言いたいことを言う場を設けているってだけね。ちなみに発案者は、運命の女神様よ」

「イラ様かー」

 仕事が多忙だろうに。

 そんな些事にまで首をつっこんで……。


(違うわよ。万一太陽の国と月の国で戦争なんて起きちゃったら、それこそ私の仕事がやばくなるの。だから戦争を起こさないようにする布石ね)


 脳内に声が響く。

 俺とフリアエさんの会話を聞いていたらしい。


(大変ですね。運命の女神様は)

(だから手伝いに来なさいよ!!)

 と言って、一方的に念話は切られた。


「どうしたの? 私の騎士。話聞いてる?」

「も、もちろん」

 イラ様に話しかけられて少し上の空だった。


 その後、しばらくはフリアエさんとの雑談(愚痴聞かされ)が続いた。


 国のトップとして心労が絶えないのだろう。

 その苦労は想像もつかない。

 しばらく俺は、フリアエさんの苦労話に相槌を打っていた。


「特にさぁ。最近、側近たちがうるさいの。を作れって」

「……へぇ」

 何気ない会話の続き。


 のはずなのだが、空気が変わるのを感じた。


 以前の俺なら気づかなかっただろう。

 神族になって俺は変わった。



(そんな偉そうにいうことかしら?)

(マコくん以外なら誰でも気付くレベルのアプローチだと思うの)

 脳内に二柱の女神様ノアさまとエイルさまの声が聞こえた気がするが、無視した。



「どう思う? 私の騎士」

「そりゃ、月の国の王族は姫一人だから部下の人たちは心配だろうね」

「だからって勝手に結婚相手候補を選出されても困るわ。私には『私の騎士あなた』だけだもの」

 と言いながら、フリアエさんが流し目を送り、身体を寄せてくる。


「……姫」

「…………私の騎士」

 怪しく輝く瞳が、俺を覗き込んでくる。


 黒水晶のような美しい目を向ける絶世の美女であるフリアエさんに俺は言った。


「俺に魅了は効かないよ」

「……わかってるわよ」

 フリアエさんが、唇を尖らせる。


 俺には魅了が効かない。


 けど、フリアエさんの望みは伝わった。


 目の前の彼女の頬に手を添え、俺は彼女にキスをした。


「え? 私の騎士……」

 戸惑うフリアエさんを俺は押し倒した。


 そして、ゆっくりとフリアエさんの黒いドレスの一番上のボタンに手を伸ばした。



 …………………………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……






 ◇




「なーんか手慣れてたわね」

「そ、そう?」

 が終わり、俺とフリアエさんはベッドの上でだらだらとしゃべっていた。


 シーツで裸体を隠すフリアエさんが色っぽい。


「まあ、いいわ。私の騎士から迫ってくれたし。ルーシーさんとアヤさんの時は、二人のほうからのアプローチで、ソフィア王女の時は媚薬を使ったんでしょ? ふふ、私の時だけね。私の騎士から来てくれたのは」


「……あの。なんで知ってるの?」

 俺のプライベートが筒抜けだった。


「秘密☆」

 フリアエさんがクスクス笑う。


「……ふぁ」

 フリアエさんが小さくあくびをした。

 眠そうだ。


「……私の騎士。ちょっとだけ寝るわ。帰っちゃ駄目よ?」

「わかってるよ、姫」


 ほどなくして「すー、すー」という寝息が聞こえた。


 さて、では守護騎士としての役目を果しつつ、運命魔法の修行でもしようかと思っていると……。


「…………」

 視線を感じた。


(曲者か?)


 しかし、敵意はない。


 どこから……、と当たりを見回し気付いた。


 こちらを見つめる、一対の大きな目。


 人間のそれではなく、魔獣の瞳。


 正体は俺の使い魔たる魔法の黒猫――ツイだった。


「久しぶりだな、黒猫ツイ

「うむ、ご主人。姫様とようでなにより」

「……おい」

 いきなり生々しいことを言われた。

 というか、こいつは俺の使い魔なのになんで全然側にいないの?


「それは無論、本当は赤毛のエルフ殿やラミア女王殿と一緒に冒険に行きたいが、行くことができずにストレスが溜まっている姫様の話し相手をするためだ。ご主人は、色々な女に会いに行くのが忙しいのでな」


「…………ありがとう、ツイ。本当に助かってます」

 ちゃんと使い魔だった。


「ちなみに、吾輩は『交尾』の場面は見ていないが、きちんとできたのですかな?」

「交尾言うな!!」

 なんつー使い魔だ。

 しかし、覗き見はしてなかったようだ。


 黒猫ツイは、俺の近くにやってきてベッドの上で丸くなった。

 目を閉じて、柔らかそうな黒い毛並みがわずかに上下している。


「って、お前も寝るのかよ……」

 話し相手になってもらおうと思ったのに。


 フリアエさんの普段の様子とかも聞きたかったが、それは次の機会にしよう。


 黒猫と女王陛下が寝る部屋で、俺は魔法の修行で時間を潰した。


 その日、フリアエさんが目を覚ましたのは夕方になってからで「なんで起こしてくれないのよ!」と怒られた。


 それから遅めの夕食を月の国の王城でフリアエさんと一緒に食べた。


 ちなみに黒猫ツイは、豪勢な焼き魚を食べていた。


 王城専属の料理人が作った焼き魚らしい。

 良い生活をしているようだ。


 夕食後に魔法の修行をしようとしたら、「付き合いなさい!」と言われて、フリアエさんと月の国の王都を散策した。

 もちろんお忍びで。


「見つかったら、騒ぎにならない?」

 と俺が聞くと。


「魅了魔法で口封じをすればいいわ」

 さらっと怖いことを言われた。

 厄災の魔女ネヴィアさんっぽいこと言わないで。


 結局、俺の『隠密』スキルで散歩をした。

 神級『隠密』なら、安心だ。


 適当に王都をぶらついた後、その日はフリアエさんの部屋に泊った。


 こうして、月の国訪問の一日目は終わった。




 ◇翌日◇




「ルーシーとさーさん、遅いね」

「もしかしたら何か事件に……あの二人に限ってはないわね」

 俺とフリアエさんは、王城で仲間の二人が来るのを待っていた。


 てっきり午前中には来るものと思っていたが、昼近くになっても姿を現さない。


 俺は少し心配だったが、フリアエさん曰く冒険者ランク神鉄オリハルコンである『紅蓮の牙』にケンカを売るバカは、月の国にはいないらしい。

 

 しかも月の国の女王フリアエさんの友人だ。

 危害を加えたりしたら、月の国から追い出される。


 ついでに言うと、月の国の魔物でも『名前付きネームド』の魔物は、ルーシーとさーさんを見ると逃げ出すのだとか。

 確かに事件に巻き込まれる要素が皆無だ。


 となると残りの可能性は。 



 ピピピピピピピ!



 その時、部屋にあった魔道具から、電子っぽい音が響いた。


「あら? 緊急連絡ホットライン魔法の通信機ね。もしもし……アヤさん?」

「え?」

 何で女王陛下の緊急連絡ホットライン魔法へさーさんから? と疑問に思ったが、どうやら友人のルーシーとさーさんは自由に扱えるらしい。


 職権乱用も甚だしいが、フリアエさんがこの国の法律だ。


「アヤさん、いまどこなの?」

 フリアエさんが尋ねた。


 ――ごめん! ふーちゃん。さっき起きたところなの。るーちゃんと飲みすぎて寝坊しちゃって……


 さーさんの申し訳なさそうな声が聞こえた。


「迎えに行こうか?」

 俺が横から口をだした。

 拙いながら、一応空間転移が使えるし。


 ――高月くん? うーん、ちょっとわかりづらい場所なんだよね。王都の酒場じゃなくて、冒険者の野営地に移動してそのテント内でるーちゃんと二人で飲んでたから、高月くんは場所がわからないんじゃないかなぁ


「確かに……。なんでそんな場所で?」

 と聞いた所、酒場で色んな冒険者にナンパされるのが鬱陶しかったらしい。

 なるほど、二人とも可愛いから仕方ない。


 ――ふぁぁ……、んー。よく寝たー。あれ? アヤ、誰と話してるの?

 ――もうー、るーちゃん。寝坊だよー。ふーちゃんに連絡してるの!

 ――え? あああああ! ええ!? もうこんなに明るいの!? 大変、テレポートしなきゃ!

 ――だめだめだめ! そんな格好で外に出ちゃだめだよ!! ごめん、るーちゃん寝ぼけてるからあとで追いかけるね!


 がちゃん! と音がして緊急連絡ホットライン魔法が切れた。


「「……」」

 俺とフリアエさんは顔を見合わせる。 

 ルーシー……、どんな格好してたんだ?


魔法使いルーシーさんって、酔うといっつも脱ぎだすのよね……」

「変わってないのか、その癖は……」

 ルーシーは火の魔力マナを体質的に多く持っていて、暑がりだ。

 お酒を飲むとさらに体温が上がるらしくたいてい露出が多くなる。


(酔っ払って脱ぎだしたルーシーを、よくマリーさんが叱ってたっけ?)

 水の街の時代を思い出した。

 懐かしい。


 にしても、ルーシーがいないとなると移動をどうしようかと思っていたら。


「フリアエ様。移動用の魔法陣をご利用になりますか?」

「そうね、そうするわ。私の騎士も一緒に」

「かしこまりました」


「ほら、行くわよ。私の騎士」

「あ、ああ。ありがとう」

 幸い移動手段は、別に用意されていた。


 もっとも、長距離を二人で空間転移するには魔法使い10人分の魔力が必要だとか。

 それを一人で余裕で行える、ルーシーやロザリーさんの魔力量はやっぱりずば抜けているのだろう。


 俺とフリアエさんは月の国の魔法使いたちの協力で、太陽の国の国境にあるという巨大な砦までやってきた。


 転移先は砦の最上階のようで、俺は『RPGプレイヤー』スキルの視点切替で周囲を確認した。



「砦……ってより城だね」

 作りは砦だが、大きさはローゼス城と大差ない。


「この砦は、月の国と太陽の国で共同管理してるわ」

「なるほど、ここで定期的に国の首脳陣が話し合いをしてるってことか」

 この規模なら、王族が集まっても警備面は安心だろう。


「フリアエ様! お待ちしておりました! 太陽の国の皆様は既にご到着されております!」

 月の国の国章が入ったローブを着た人が、俺たちを案内してくれた。


「あらそう。すぐに向かうわ」

 俺とフリアエさんは、案内人のあとに続き砦の下階へ続く階段を降る。

 会議室は一階にあるらしい。


 一階に降り、大きな扉が見えてきた。

 どうやらあそこが目的地のようだ。


 俺とフリアエさんが、やや早歩きでそちらへ向かっている時。


「高月くん!」


 名前を呼ばれた。


 振り向かなくても声で誰かわかる。


 なんせ同じ保育園で、高校まで一緒という0歳からの付き合いだ。


「桜井くん、久しぶり」

「会いたかったよ!」

 笑顔が眩しい。


 爽やかな風貌に、白基調の鎧がよく似合っているのは現代の救世主――『光の勇者』桜井リョウスケくんだった。

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