350話 高月マコトは、月の国へ行く

「わー、お祭りやってるー」

「あれ、今日って何かあったっけ? アヤ」

「いいね、楽しそう」

 俺とルーシーとさーさんとは、空間転移テレポート月の国ラフィロイグへやってきた。


 ポン! ポン! と空に花火の煙が流れている。


 街中にふわふわと風船? のようなものが浮かび街を彩っている。


 月の国の王都の住人は、みんな移動に『ほうき』を使っており、道を歩いている人は少ない。


 使役された獅子鷲グリフォン天馬ペガサスに乗って大通りを歩いている人もいる。


 普通に道を歩いているのは、外部からやってきた俺たちのような人間だけだろう。


(魔法使いの街だ……)


 太陽の国ハイランド水の国ローゼスにだって魔法使いは大勢いるが、魔法使いなのが月の国の特色だ。


 そして、もう一つ。

 月の国の民は全員が『魔人族』であるのも忘れてはいけない。

 皆、肌が青かったり、目が赤かったり、角が生えていたり、悪魔のような翼が生えていたりと外見のバラエティ豊かだ。


 かつてはそれを隠して生活していたらしいが、月の国ではみな堂々としている。


「姫との待ち合わせ時間っていつだっけ?」

 俺はルーシーとさーさんに尋ねた。

 二人はそれを聞いてきょとんとする。


「約束は昼の三時だけど……あのね、マコト。フーリは女王様なのよ?」

「姫って変じゃない?」

「でも、呼び名を変えなくてもいいって言われてるし」

 俺とフリアエさんは『守護騎士の契約』を結んでいるので、その関係性は変わっていない。


 約束の時間まであと一時間半くらい。


 俺たちは、せっかくなので祭りの雰囲気を楽しむために歩いて王都を散策することにした。

 何を祝っての祭りなのかは、さっぱりわからないが。


 奇妙な魔法道具や、珍しい魔法料理の屋台が立ち並ぶ一角をふらふらと散策する。

 お店を興味深そうに見ているのは、俺たちと同じく外から来たのであろう商人や観光客たちだ。


 俺は聞いたことのない魔物の肉で作られた串焼きを数本と、青色に輝く麦酒を注文した。

 ルーシーは、虹色の綿菓子を。

 さーさんは、金色のりんご飴を食べている。


「これ、結構イケるな……」

 初めて食べる串焼きはトリ肉よりも旨味が強く、濃厚なタレとよく絡む。


「ねぇ、マコト。一口ちょーだい☆」

「わたしもわたしもー!」

 ルーシーとさーさんが、許可を出す前に俺の串焼きにかぶりついている。

 予想通りだったので、俺は多めに買っておいて正解だった。


 その後も、いろいろなお店を見て回った。


 少し休憩するために通りの脇にあった公園のベンチに腰掛けた。

 ルーシーはまだまだ元気で、「何か買ってくるわ!」とお店のほうに行った。


 俺とさーさんがなんとなくベンチに座って、よく晴れた空を眺めていると。



「ねぇ、高月くん」

「ん?」

 さーさんが話しかけてきた。


「死者の国に行ったって言ってたよね?」

「ああ、そうだよ。冥府の神プルートー様に会って『大賢者様モモ』を生き返らせてもらったんだ」


「冥府って……、私のこっちの世界のラミア女王お母さんや姉妹たちもいるのかな?」

「!?」

 その言葉にはっとする。


 全ての死んだ生物が集まる冥府なら、さーさんのお母さんや姉妹の魂もいた可能性が高い。


「よし! じゃあ、姫に挨拶をしたらすぐに冥府に潜ってさーさんのお母さんたちを生き返らせるようお願いを……」

「ま、待って! 待って! 高月くん。そういう意味じゃないから!」

 さーさんが慌てて俺の身体をがしっとつかむ。


「でも、さーさんはお母さんに会いたいんじゃ……」

「うん、でもラミア族って普通に人間を食べたりしてたし、今の私と一緒には暮らせないと思うんだ。それに大迷宮では色んな魔物が縄張り争いをしてて、滅んだ群れなんていっぱいあるし……。私のいたラミアの家族だけ生き返らせてもらうのは何か違う気がする」

「そっか……」

 俺はさーさんの言葉に頷いた。


「あとは……、死んじゃったクラスメイトたちもいたのかな、とか考えちゃって」

「……そうだね」

 俺やさーさんがもといた世界のクラスメイトは、基本的に強力なスキルを得ているのでうまく生き延びている者が多い。


 とはいえ全員が無事なわけではない。

 魔物や魔族がいる弱肉強食の世界だ。

 音信不通のものや、命を落としたという情報が入っている者だっている。


「スミレちゃんは、こっちの世界に来てるのかなー」

「スミレ?」

 さーさんの言葉に俺は首をひねる。

 誰だっけ?


「え? 高月くん、指扇スミレちゃんのこと忘れちゃったのっ!?」

「……い、いやー、モチロンおぼえてるよー。うん、指扇スミレさん、さっしーさんだよね」

「そんなニックネーム無かったんだけど!?」

 墓穴をほった。


 すいません、クラスメイトで話すのはさーさんとふじやん、たまに桜井くんくらいだったもので。


「あんなに美人な子をよく忘れるね!? 私はスキー合宿の時に同じ班だったんだー。サキちゃんや私と仲良かったんだから」

「んー、うっすらと覚えているような……」

 なんか茶髪でふわふわした天然な雰囲気の美人な子がいたような気がする……。


「でも、こっちに異世界転移したメンバーに入ってなかったんだよね?」

「……そう、なんだよね」


「でも、そしたらさーさんと同じようにこっちの世界の人に『転生』している可能性が高いんじゃない?」

「うん、でもそしたら再会するのは難しいよね。私が高月くんと会えたのは、女神ノア様が大迷宮に行くように指示してくれたからでしょ?」


「そう……だよなー」

 確かに人間ならともかく、さーさんのように魔物に転生していたら再会は難しいだろう。


 しかも、転生場所は西の大陸とは限らない。

 この世界には『北の大陸=魔大陸』『東の大陸』『南の大陸』『浮遊大陸』『北極大陸』など、それぞれ異なる文化が形成されている。


 しかも、大陸間の情報共有はさほど活発じゃないのが現状だ。

 

 運命の女神イラ様なら知っているかもだが、常に多忙でこれ以上手間をかけさせたくない。

 それにイラ様は西の大陸担当なので、他の大陸ならおそらく把握はしていないだろう。


「ま、のんびり探してみようよ」

「うん、もし会えたら嬉しいな」

 俺とさーさんは少ししんみりとしながら頷いた。



「あれ? どーしたの? 二人とも暗い顔して」

 そこへ両手にクレープやアイスを買ってきたルーシーが戻ってきた。


「おかえり、ルーシー」

「わぁ、るーちゃん。買い過ぎだって」

「美味しそうだったんだもん。それに割引してもらえたわよ☆」

 美人なルーシーが相変わらず露出の多い服だから、きっと声をかけられることが多いんだろう。


「はい、マコト。ドラゴンフルーツのクレープ」

「な、なにこれ?」

 ルーシーに手渡されたクレープは、なぜか果物なのに口があり火のようなものを吐いていた。


 ドラゴンフルーツってこんなんだっけ?

 絶対に違う。

 これが異世界のドラゴンフルーツ、なのか?


「これ……本当に食べられる?」

「ふふふ、見た目すごいでしょ? 私とアヤも最初はびっくりしたんだけど、味は美味しいから」

「そうそう! るーちゃんと私もよく買うんだー。食べてみてよ、高月くん」


 どうやら二人は食べたことがあるらしい。

 恐る恐るかじりつくと、見た目と反してとんでもなく美味しかった。


「美味っ!」

 燃えるような甘さと、凶暴なほど複雑な味が口の中に広がる。


 ど、ドラゴンだ……。

 これはドラゴンフルーツだ。


「ねーねー、るーちゃん。私のは?」

「これ最近流行ってる『きらきら星のアイス』だって。初めてだからアヤと一緒に食べようと思って」

 アイスのほうも、クレープに負けず奇抜な見た目だった。


 きらきらとアイスの周囲で光が弾けている。

 ……あれ、絶対に魔法がかかってるよな。

 食べてもいいものなのだろうか。


「アヤ、一緒に食べよ☆」

「もうー、るーちゃんってばすぐ変なの買ってきて」

 さーさんが「はぁ~」とため息を吐きながらも、嫌がってはないようだ。


 ルーシーとさーさんは、ベンチに腰掛け正面に向かい合う。

 そして、アイスの棒を持っているルーシーの手に、さーさんの手を重ねる。


「食べよ?」

「うん」

「あーん」

「んー」

 ルーシーとさーさんの顔が近づき、二人は反対側からキラキラ光るアイスに齧りついた。


「えっ!?」

「わっ!?」

「ど、どうしたの?」

 目を見開く二人に、尋ねる。


「なにこれ、美味しっ!」

「うわっ、目の前がチカチカする!」

 それ、変な魔法かかってない? と心配しつつも一心不乱にアイスをかじる二人を眺める。

 もっとも二人とも美味しそうに夢中でアイスを食べている。


 アイスの大きさはそれほど大きくない。


 ……ペロ……はむ……カプ……ペロ……


 二人のアイスを食べる音が聞こえる。

 両側からアイスをかじっていると当然。



 ……ちゅ



 ルーシーとさーさんの唇がぶつかる。


 が、二人とも気にする様子もなく、アイスを食べ続けている。


 アイスを食べているのか、キスをしているのかよくわからない音が響く。


 ここは月の国の王都の大通りから少し外れた公園のベンチなので、人は少ないがゼロではない。


 二人の美少女が一つのアイスを食べる様子を、周りの人たちも気になるのかチラチラ見ている。


 勿論、俺も目が離せなくなっているわけだが。



(相変わらずルーシーとさーさんは仲良しだなぁ)

(これって仲良しっていうのかしら?)

 俺の心のつぶやきに、脳内からノア様がツッコミを入れた。


(これはノア様。先日の冥府の神様への手紙、ありがとうございます。無事にモモが生き返ることができました。報告が遅くなり失礼しました)

(視てたからわかってるわ。こっちこそ冥府の女王プロセルピナのやつが悪かったわね。あいつと昔ケンカしたことをすっかり忘れてたわ)

 恐れ多くもノア様から謝られた。

 そして、プロセルピナ様との因縁は忘れていたらしい。


(いえいえ、『塵の怪物』にはちょっとひやっとしましたけど、面白かったですよ)

(……相変わらずマイペースねぇ)


(あのね、マコくん。天界だとノアの眷属が早速『他の神族』を倒したって、ちょっとしたニュースになってるんだけど?)

(そうなんですか?)

 水の女神エイル様の言葉に驚く。

 天界ニュース、広まるのが早いな。


(用事が落ち着いたらこっちに顔だしなさい。マコト)

(地上で暴れちゃ駄目よー☆ マコくん)

 そう言ってノア様とエイル様からの念話は切れた。


 ちょうど、ルーシーとさーさんがアイスを食べ終えたようだ。


「ぷはっ! 美味しかったー♡」

「はぁ~、面白いアイスだったねー♡」


 アイスを食べ終え、お互いの口元についたアイスを舐め合っていた二人が唇を離した。


「あ、ごめん! マコトにアイスを残すの忘れてた!」

「もう一個買ってこようか、高月くん」


「あー、いや十分なものを見れたのでごちそうさまでした」

「「?」」

 ルーシーとさーさんが、きょとんとしている。


 この二人は『素』でこれなんだよなぁ。


 その時だった。


 慌ただしく、立派な服を着た魔法使いの団体が箒に乗ってやってきた。



「紅蓮の牙のお二人がいると聞いた! どちらにいらっしゃるのか!?」

「はーい、ここだけど」

 どうやらルーシーとさーさんを探しているらしい。

 というか何でここにいるってわかったんだろう。


「おお、ルーシー殿! それにアヤ殿も相変わらずお美しい! それと一緒にいらっしゃるのは水の国の英雄の高月マコト殿でお間違いありませぬか!?」

「は、はい」

 話しかけてきた男性のテンションの高さに圧倒されつつ、俺は頷いた。



「フリアエ女王陛下がお待ちです。伝言魔法を預かっております!」

 そう言うや、パチンと指をならす。




 ――どこで油を売ってるのよ、私の騎士!!! 月の国に着いたなら、さっさと王城に来なさいよ!! 




「以上です」

 耳がキーンとするほどの大声だった。

 ちなみに『油を売る』という言葉は、俺やさーさんの会話から覚えたらしい。


「あー、行きましょうか、マコト、アヤ」

「そうだねー、予知魔法で見てたのかな?」

「移動用の乗り物はこちらに準備しております」

 手際よく案内をされる。

 ちなみに女王陛下のところに、いきなり空間転移で乗り込むのは駄目らしい。


 俺たちは魔法使いの人が持ってきた『魔法の絨毯』に乗った。


 魔法の絨毯がふわりと浮かび、王都の上空を飛んでいく。


 上から見上げるとその繁栄ぶりが、顕著に見られた。 


「にしても、月の国の発展はすごいな。数年前まで廃墟のようだったのに」

「国民全員が『上級以上の魔法使い』だからねー。ここじゃ王級魔法使いだって珍しくないわ」

「でも、集団行動が苦手でまとめるのが大変ってふーちゃんが言ってたよねー、るーちゃん。」


「耳が痛いですね」

 俺たちの会話を聞いてか、魔法使いの人が苦笑した。


「いえ! 貴方達のことを言っていたわけじゃなくて! …………ただ、最近ちょっと良くない噂を聞いたんですけど」

 さーさんが意味ありげな顔をする。


「よくない噂……ですか?」

「心当たりありますよね?」

「さて、さて……」

 魔法使いの人が、明らかに心当たりがある素振りでとぼける。 


「言っておくけど、私もアヤも知ってるからね! 急激に力をつけた月の国の軍部が、たびたび太陽の国との国境線で軍事演習をしているとか。いっておくけど戦争とかしても『紅蓮の牙』は力を貸さないからね!!」

 ルーシーがぴしゃりと言い放つ。


(……え? ていうか、軍事演習? 戦争って何?)

 俺は話についていけず、目をぱちぱちとする。


「……はは。まったく手厳しいですな。軍部にはフリアエ女王陛下も手を焼いておりまして」

 魔法使いさんは、否定しなかった。


(さーさん。今の話って本当?)

(そーいう噂があるってだけ。冒険者ギルドがきな臭い噂は早めに教えてくれるの)

 さーさんに小声で聞くと、教えてくれた。


 まじかぁ。

 せっかく大魔王が倒されて平和になったというのに。


 でも、月の国の魔人族は長年太陽の国で差別されてきたから……。

 なんとも言えない気持ちになる。


 俺は微妙な空気を振り払おうと、話題を変えた。

 

「ところで今日はお祭りみたいですが、何のお祝いなんですか?」

「え?」

 俺が魔法使いの人に尋ねると、びっくりした顔をされた。


「ご存知ないのですか!?」

「「「?」」」

 俺とルーシーとさーさんが顔を見合わせる。

 知ってて当然のように言われたが、三人とも知らない。




「フリアエ女王陛下と英雄のですよ」




「「「…………は?」」」

 俺たち三人が大きく口を開いて固まる。

 今……なんて?


「えっと、このお祭りはフーリがマコトと会うために開いたってこと?」

「ええ、そうですね。正確にはフリアエ女王陛下が『私の騎士がもうすぐ会いに来るわ! 盛大にもてなしなさい!』と側近たちに命令をしたところ、『盛大』の部分が拡大解釈されてしまったようですが」

 

「うわー、側近って……みんなふーちゃんの信者みたいな人たちだからなー」

 さーさんがぼやく。

 

「そろそろ王城に到着いたします。本来は城門から入っていただく必要がありますが、貴方がたは要人ですので、二階のバルコニーへ直接ご案内いたします」

 その言葉とおり、魔法の絨毯は王城の二階にある広いバルコニーに着陸した。


「どうぞ、こちらへ。フリアエ女王陛下がお待ちです」

「は、はい」

 この祭りが俺が原因と聞いて、やや緊張する。

 まさかここまで大げさに出迎えされるとは。


「では、私はここまでで。フリアエ様は奥の扉でお待ちです」 

 そう言って魔法使いの人は去っていった。


「じゃあ、行こうか」

 と俺はルーシーとさーさんに声をかけたところ。


「私はパス」

「私もー。あとで合流するね、高月くん」

「え?」

 ルーシーとさーさんの足が止まった。


「フーリと会うの、久しぶりなんでしょ? 邪魔しちゃ悪いし」

「私たちは、いつでも一緒にいられるしねー。るーちゃん、どこ行こうっか?」

「んー、さっきのお祭りに戻る?」

「でもお腹いっぱいだよ?」


「じゃあ、酒場よ! 飲むわよ! アヤ!」

「いいけど、酔って脱がないでよ、るーちゃん」

「アヤこそ酔って暴れちゃ駄目よ?」

「るーちゃんがすぐ変な男にナンパされるからでしょ!」


「だって、アヤが守ってくれるし♡」

「るーちゃんだって強いんだから、自分で追い返せるでしょー」

「私が魔法使ったら酒場が吹き飛んじゃうから」

「もうー!」


「じゃあね、マコト!」

「またあとでー、高月くん」

「あ、あぁ……」


 二人は手をつないで、シュイン……と空間転移でどこかへ行った。

 俺はぽつんと取り残される。


(んー、気を使わせたかな)


 そんな気がする。

 あとで二人にお詫びしようと決めつつ、俺は奥の扉をノックした。


「誰?」

 中から美しい声が聞こえる。


 勿論、顔を見るまでもなく声の主はわかる。 


「来たよ、姫」

 俺が告げると、すぐにぱたぱたと足音が近づいてきて


 ――バン! とドアが大きな音を立てて開いた。


「遅いのよ!! いつまで待たせる気!!」

 そう言って飛びついて、そのまま俺を押し倒す勢いで抱きついてきたのは長い黒髪の絶世の美女。


 月の国を治めるフリアエ女王陛下だった。

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