339話 エンディング(N)


 ……パン! ……パン! ……パン! 


 太陽の国ハイランドの王都に花火が上がっている。

 もっとも昼間なので、白い煙が立ち昇るのみである。


 街がざわついている。

 あちこちで、演奏団が奏でる楽器の音が聞こえる。

 街の人々は、浮足立っている。


 理由は明確だ。

 今日が特別な日であり、お祭りだから。




 ――厄災の魔女の呪いからの解放




 ネヴィアさんがこの星全てにかけた呪いについて、人々の記憶にほとんど残っていない。


 仲間に話を聞いた所、ずっと夢を見ているような感覚だったらしい。

 誰も怒らず、悲しまず、笑っている夢の世界。

 それが解けた時、皆我に返り少しだけ寂しい気持ちになったのだとか。


 月の国ラフィロイグの女王のフリアエさんが厄災の魔女に身体を乗っ取られ、世界を灰色の呪いに染め上げたことは公には発表されていない。


 代わりに発表されたのは『光の勇者によって大魔王が討伐された』という結果のみ。


 今日から七日間は、それを称える祭日となっている。


 そして、英雄となった光の勇者さくらいくん太陽の国の聖女ノエル女王の結婚式(二回目)でもある。


 平和の式典と称して、各国の首脳陣やその関係者が集まっており、太陽の国の王都シンフォニアは大盛りあがりだ。


 世界を救った勇者を一目見たいと、大陸中から人々が集まり、彼らへ商売をするために商人が露店を数多くだしている。


 街中で聞かれるのは、勇者たちの勇猛さや、女神の巫女たちの可憐さや神々しさ。


 大魔王がどのように倒されたかは、正確には民に伝えられていないため人々は勇者や巫女たちの活躍を想像で語り、盛り上がっている。



 ちなみに大魔王の討伐の影に隠れているが、ひそやかに広まっている噂がある。


 曰く、最終迷宮ラストダンジョンの一つ『海底神殿』が何者かに攻略された、と。


 それを噂するのは、ちょうど遠洋漁業に出ていた漁師たちだ。


 中つの大海で、運悪く嵐に巻き込まれた漁師たち。

 そこで彼らは光景を目の当たりにしたらしい。


 もっともその話を鵜呑みにする人はほとんどいない。


 なんせ、実際に見た者ですら、海から天まで貫くような怪物がを受け止め、使が戦っていたなど。


 そして、誰かがそこに到達した途端、神獣の背にある海底神殿が黄金色に輝き出したなんて。


 むしろ見てしまったからこそ、夢だと信じて疑わなかった。


 よって海底神殿は、未だ人類未到達と思われている。


 現在、神界を賑わしている女神ノア様の復活。


 それを地上の民が知るのは、もうしばらく後の話である。




 ◇




「ねー、マコト、アヤ。早くハイランド城に向かわなくていいの?」

「ん?」「え?」

 俺とさーさんは、ルーシーのほうを振り向いた。


 俺たちがいるのは露店が立ち並ぶ王都の大通り。

 フリアエさんとソフィア王女は、先にハイランド城へ向かっている。

 王族は色々準備があるらしい。


 式典は昼から夕方まで続き、その後に祝賀パーティーが催されるらしい。

 長時間拘束されるため俺とルーシー、さーさんは王都で昼ご飯を済ませておくことにした。


「そんなに慌てなくていいだろ? どうせ式典は夕方まで続くんだし」

 と言いながら俺は露店で買った香辛料の沢山かかった肉串にかぶりつく。

 じゅわりと、肉汁が口中にあふれる。

 

「んー、甘い~♡ これ美味しーよ、るーちゃん」

 隣に座っているさーさんは、クリームとフルーツがたっぷり詰まったクレープを頬張っている。


「ふーん、じゃあ、いっか」

 俺たちを急かしていたルーシーだが、考えを改めたらしい。


「ねぇねぇ、これとこれとこれ頂戴」

 ルーシーが屋台で何かを買っている。

 しばらくしてコトン、と俺の隣に飲み物の瓶が数本置かれた。


「ほら! マコト! 飲みましょ☆」

「おい、ルーシー。これってお酒じゃ……」

「かんぱーい!」

 俺の戸惑いを無視して、ルーシーが小瓶に入った果実酒をぐびぐび飲んでいる。


「るーちゃん、昼間っから~?」

 さーさんが呆れている。

 でも、本当は串焼きと一緒に飲みたかったんだよな。

 俺の好みをわかっているルーシーは麦酒エールも買っている。


 俺はごくりと喉を鳴らし、瓶を手に取った。

 キンキンに冷えている。

 蓋を取り、ぐいっと中の液体を喉へ流し込んだ。


「くー、美味い」

 串焼きと麦酒エール

 昔の拠点、水の街マッカレンの冒険者ギルドを思い出す。

 ルーカスさんや屋台のおっちゃん、元気かなー。

 今度会いに行こう。


「あーあ、高月くんまでー。昼間っから飲むなんて駄目人間になっちゃうよー」

「いい子ぶってー、アヤも飲みなさいー」

「ちょっとー! 無理やり飲ませるなー! もー! ほら! これ食べて!」

 ルーシーの飲んでいたお酒を、さーさんが無理やり飲まされ、反撃とさーさんがクレープをルーシーの口につっこんでいる。


「えー、アヤの食べかけじゃない」

「文句言わない!」

「あ、でも美味しい」

「でしょ?」

 なんやかんやでさーさんも宴会に加わった。


 そして、昼間っから酒を飲んでいるのは俺たちだけじゃない。

 お祭りの陽気と熱気に当てられてか、平和の訪れに感謝してか、そこら中で宴会が繰り広げられている。


 聞こえてくるのは「光の勇者様に感謝を!」「ノエル女王バンザイ!」「太陽の国に栄光あれ!」みたいな声と、乾杯の掛け声だ。


(……祭りだねー)

 俺は麦酒をちびちびと飲みながら、その平和で騒がしい様子を見物した。


「はい、高月くん、あーん♡」

 さーさんがどこで買ってきたのか、俺の口にピザのような食べ物を運ぶ。

 それをぱくりと頬張ると。


「美味っ!」

 濃厚なチーズとジューシーなハムの旨味が口の中に広がる。

 今まで食べたピザの中で一番美味い。


「でしょー? はい、もっと食べてー」

 ニコニコしたさーさんが俺の口に食べ物を運んでくる。

 いや、自分で食べられるし、ちょっと恥ずか……。


「マコト! こっちも美味しいわよ!」

 反対側に座っていたルーシーが、さーさんの手を押しのけて何かの木ノ実を素揚げしたようなものを口に放り込んできた。


「!!!??」

 ホクホクとして噛むとほのかな甘みとバターのような塩っぱさが口にとろけた。

 初めて食べる味だった。


「ルーシー、これなに!?」

「美味しいでしょー? 大森林でも珍しい『春の木』の実を揚げたものなの。偶然、屋台で見つけて買ってきたからマコトに食べてほしくって」

「サンキュー、ルーシー」

「えへへ」

 可愛く笑うルーシーの頭を撫でる。

 すると反対側から「むー」という小さな声が聞こえた。


「高月くん、これはどう? るーちゃんのより美味しいよ、きっと」

 さーさんに腕を引っ張られる。


「ちょっと、アヤ! 邪魔しないでよ!」

 ルーシーからも引っ張られ、綱引きの綱みたいな状態になった。

 これじゃあ飲めないなぁ……、なんて考えていると。



「おう、にーちゃん! 可愛い子二人も侍らせて随分と見せつけてくれるじゃねーか! お前には勿体ねーよ、なぁ」

「ああ、まったくだ。可愛いねーちゃんたち。そんなひょろっちい男より俺たちが可愛がってやるぜ?」

 酔っ払ったガラの悪い男たちが、目の前にやってきた。

 どうやらルーシーとさーさんに囲まれる俺を見て、絡んできたらしい。

 二人とも可愛いから、仕方ないね。


「あ?」

「は?」

 一瞬で、ルーシーとさーさんが真顔になりギロリと二人を男たちを睨む。

 その眼光だけで、ドラゴンが逃げ出しそうだ。

 流石は、紅蓮の魔女の娘と、オリハルコン級の冒険者。


「な、なんだよ……」

「お、怒った顔も可愛いじゃねーか……」

 男たちが一瞬怯むが、流石に女の子に睨まれて退散はできないらしい。


(……んー、まずいな)


 時の精霊に未来を視せてもらう。


 ルーシーの威嚇用の巨大な火弾ファイアボールと、さーさんの『威圧』スキルで男たちが腰を抜かす様子と、周りの人たちまで逃げていく未来が視えた。

 せっかくのお祭りにこれは良くない。


「まぁまぁ、兄さんたち。折角の祭りの日だ。もっと楽しいことをしようよ」

「マコト?」「高月くん?」

 怒るルーシーとさーさんを手で制し、俺は立ち上がって絡んできた男たちに近づいた。


「あ? なんだてめー」

「そんな華奢な身体で喧嘩できんかぁ?」

 どうやら俺が相手だとまったくびびらないようだ。

 ふふん、甘く見たな。




 ――月魔法・魅了




 俺は笑顔と共に、魅了魔法を発動する。

 神化したことで、フリアエさんから貰った能力も大きく強化されている。


「っ!?!!」

「…………!!!」

 俺が二人の男たちと目を合わせ、ぽんと肩に手をおく。

 するとさっきまで俺を睨みつけていた男二人は、顔をそらした。



「あ、ああっ……」

「っ!?」

「どうかした? お兄さん方」

 俺が片方の男の顔を覗き込むと、びくりと大きな体を震わせる。

 まるで子犬のように。


「ひ、ひぇぇ!!」

「僕たちが悪かったです!!」

「いやいや、何も悪くないよ。祭りだから、羽目を外しただけでしょ?」

 逃げようとする二人の男の肩をガシッとつかむ。

 はうっ! と男たちの口から変な吐息が出る。


 俺は真っ赤に震える二人の男に顔を近づける。

 二人は目を合わせようとしない。


「ゆ、許して……!」

「そんなに強く掴まないでぇっ!」

「ま、悪かったと思うなら今後は女神ノア様に祈ってもらおうか?」

「わ、わかりましたぁ!!!」

「女神ノア様に改宗させて頂きます!!」

「そうかそうか」

 俺はぽんぽんと肩を叩き、二人を解放した。


「「ひぃぃぃぃっ!!」」 

 俺が手を放すと、二人の男は脱兎のごとく走り去って行った。


 いいねぇ、神化した魅了魔法。

 性別関係なく、掛け放題だ。

 

 もっとも俺はそこまで使いこなせているわけではないので、さっきの男たちへの影響は丸一日程度だろう。

 一晩寝れば、魅了は解けているはずだ。


 とにかく、平和に解決できるのは素晴らしい。


「終わったよー。ルーシー、さーさん」

「「…………」」

 俺が笑顔で振り返ると、そこには見ちゃいけないものを見てしまった、みたいな顔をしたルーシーとさーさんが居た。

 


「マコト…………なに? 今の?」 

「…………高月くん……何をしたの?」

「ただの魅了魔法だけど」

 端的に答える。


 その後、神化した影響なども二人に説明した。


「というわけで、今後は二人に絡んでくる悪い男は、俺が撃退するよ!」

 任せといてくれ! と親指を立ててニッとルーシーとさーさんに笑いかけた。

 が、ルーシーとさーさんの表情はより険しくなった。


「マコトは魅了禁止!!」

「もう使っちゃ駄目!!」

「え? なんで?」

 俺としては今後もどんどん活用していきたいんだけど。


「絶対に、ロクなことが起きないわ!」

「事件の匂いしかしないよ! 高月くんなんだから!」

「ソンナコトナイヨー」

 失礼な。


 俺たちがわーわー、騒いでいると。



「高月マコト!! 何をやってるんですか!?」

「マコトさん!! 見つけましたよ!」

 こちらに近づく大きな影があった。


 それは天馬ペガサスに跨る黄金の鎧の女騎士。

 その後ろには、水色と白の高貴な服に身を包む王子だった。


「ジャネットさんとレオナード王子? どうしました?」

「貴方たちが一向に現れないので迎えに来たんです!」

「マコトさんたちの場所は、ソフィア姉様が水の女神エイル様に教えていただきました!」 

 二人の剣幕に、俺とルーシー、さーさんは顔を見合わせる。


「もう式典は始まってるんじゃないの?」

「世界を救った高月マコトが不在で、開始できるわけないでしょう!」

「ノエル女王陛下がお待ちです!! 早く移動しましょう!」

 やべ。


 遅刻していく気満々で、宴会してたんだけど。


「ルーシー、すまん。移動を頼む」

 と俺は空間転移テレポートを頼んだ。


「マコトも空間転移使えるでしょ?」

「失敗することのほうが多い」

「……はぁ。仕方ないわね。ジャネットさん、レオナード王子も掴まって」

 俺とさーさんは既に、ルーシーの腕を掴んでいる。

 ジャネットさんとレオナード王子が、慌ててルーシーのマントの端を掴む。




 ――空間転移テレポート




 俺たちは光に包まれた。



 ◇



「マコトさん!!!!! 何をやってるんですか!!」


 会場に到着すると、白いドレスを着たノエル女王がぷんすか怒っていた。

 その隣には、騎士の正装に身を包んだ桜井くんが困った顔で微笑んでいる。


「いやー、美しいですね、ノエルさん。それに桜井くんもかっこいいね!!」

 とりあえずノエル女王の怒りを鎮めるために、ヨイショする。


「私の騎士、時間は何度も伝えたでしょ? 聞いてなかったの?」

「フリアエ、この男はこの手の式典はすぐサボろうとするんですよ。話なんて聞き流してますよ」

「あぁ、そうだったわね……」

 俺を冷めた目で見ているのは、フリアエさんとソフィア王女だ。

 理解が早くて助かる。


「マコトさん!! 貴方は世界を救った英雄なんですよ! どうして貴方抜きで式典が始められるんですか!」

「全然、俺抜きでいいんですけどね」

「そんなわけには…………あら?」

 俺に詰め寄っていたノエル女王が、怪訝な顔をする。


「……まさか、お酒を飲んでます?」

「はは、まさか」

 はい、飲んでました。


「ノエル姉様。高月マコトは、大通りでルーシーさん、アヤさんと宴会をしてましたよ。私たちが呼びに行かなければ、あと数時間は現れなかったでしょうね」

 ジャネットさんに全てバラされた。


「………………」

 目を見開いたノエル女王は、無言で俺の顔を掴むと回復魔法をかけてきた。

 一瞬で、酔いが冷める。


 間近でアンナさんそっくりの蒼い瞳が、俺を射抜くように見つめている。

 そして、ニッコリと微笑む。


「マコトさん、いくつか式典の場で発表することがあります。この場で回答していただきますね」

「……はい」

 その迫力に、俺はこくこくと頷くしかできなかった。


 そして、いくつかの確認事項を伝えられた。

 遅刻のお詫びに、俺は全て「OK」と答えた。




 ◇




「皆様! 世界を救った偉大なる光の勇者様と太陽の国の聖女様です! 大陸全ての国に栄光あれ!!」


 司会の人が、場を盛り上げる。

 会場からは盛大な歓声があがる。


 演壇には煌めく白い騎士姿の桜井くんと、天使のような純白のドレスのノエル女王が微笑んで手を振っている。


 ちなみに、数千人が集まっている式典(結婚式)の広い会場において、俺たちの席は演台の真正面の最前のテーブル席だった。


 というわけで、桜井くんとノエル女王の姿はよく見える。

 

「退屈ね、他人の結婚式なんて」

 フリアエさんは、スパークリングワインをぐいっと飲みながら頬杖をついている。

 というか、何で同じテーブルに居るの?


「フリアエさん、月の国の人たちと一緒じゃなくていいの?」

 俺たちの座っているテーブルは、ソフィア王女をメインとする水の国の関係者の席だ。


「何よ? 私が居ちゃ悪いっての?」

「別にいいけど」

 多分、女王特権を使って席を無理やり変えたのだろう。

 

「高月マコト、ところでその銀の髪色綺麗ですね。私は好きですよ」

「ありがとうございます、ジャネットさん」

 そして何故か、同じテーブルに座っているジャネットさん。

 貴方は太陽の国の所属だろうに。


「ジャネット、先程はありがとうございました。水の国うちの英雄を迎えに行ってくれて」

「別にいいわよ、ソフィア。でも、ペガサスで探しにいくより空間転移の使い手に頼んだほうが早かったんじゃないの?」

 ソフィア王女が気にしてないあたり、他国の人間が居ても問題ないのだろう。


「それが……水の国唯一の空間転移の使い手が一緒にサボっていたんですよ」

 ちらっとソフィア王女が、赤毛のエルフのほうに視線を向ける。


「ち、違うわよ! 私は王城に向かったほうが良いって言ったんだから! ダラダラしてたのは、マコトとアヤよ!」

 ルーシーはぶんぶんと首を振って、己の非を否定する。


「でもるーちゃんが、いっぱいお酒買ってきたよねー。私はクレープ食べたら行こうと思ってたけど」

「そうそう。ルーシーのお酒を残すわけにはいかないからなー」

「う、裏切ったわね、アヤ! マコト!」

「……はぁ、三人とも同罪です」

 俺たちの責任のなすりつけ合いをソフィア王女が一蹴した。


 

 その時だった。


「水の国の英雄高月マコト様! 月の国の女王フリアエ様! 壇上へお上がりください!」

 俺とフリアエさんの名前が呼ばれた。 

 そういえば、さっきノエル女王から途中で名前を呼ばれるって言われたっけ?


「ほら、行くわよ」

 フリアエさんに手を引っ張られ壇上に向かう。


 俺とフリアエさんは、盛大な拍手とともに壇上へ上がった。



「フリアエ様は、この度の大魔王討伐において厄災の魔女の呪いを一手に引き受けるという困難を乗り越えられました! その影響で数日の昏睡状態になっておられたのですが、無事に目を覚ましこの場にいらっしゃいました! これからは月の国を率い、七カ国同盟の指導者の一員として大陸の平和に尽力くださるそうです!!」

 司会の人の発表に、会場が盛り上がる。


 どうやらフリアエさんが厄災の魔女に身体を乗っ取られたことは、隠すのでなく『呪いを引き受けた』という解釈で世の中には発表することになったようだ。

 まぁ、そっちのほうがみんなに受け入れられやすいだろう。


「ご覧ください! 二人の聖女様の仲睦まじいご様子を! これぞ平和の象徴となることでしょう!」

 みるとフリアエさんとノエル女王は、身体を寄せ合い会場の人たちに笑顔で手を振っている。


 確かにとても仲良さそうに見えるのだが……。




 ――『聞き耳』スキル




(茶番ね)

(そういうことを言わないでください、フリアエ)

(冗談よ。感謝してるわ、ノエル。私が厄災の魔女に乗り移られたと知られたらきっと問題になるでしょうし……)

(そうですよ。そんなことになったらマコトさんやリョウスケさんも悲しみますから)

(…………ねぇ、ノエル)

(何ですか?)

(リョウスケはともかく、どうしてそこで私の騎士マコトの名前が出てくるのよ?)

(だってマコトさんにとって貴方は大切な仲間でしょう?)

(それは、そう。なんだけど……)

(マコトさんとは一緒に海底神殿に向かった仲ですから。ふふっ、まさか女王になってからあんな冒険ができると思いませんでした)

(あんた…………、自慢のつもり?)

(あら、そんなつもりはありませんよ。自慢に聞こえましたか?)

(そんなこと言ってるとリョウスケに勘違いされてもしらないわよ!)

(…………あの……フリアエ)

(何よ?)

(私の夫をそのように呼び捨てにするのはやめてくれますか?)

(……別に呼び方くらい自由でしょ。それにリョウスケが好きに呼べって私に言ったのよ)

(…………むぅ。そっちこそマコトさんに勘違いされても知りませんよ)

(…………)

(…………)



 何の会話をしてるんだ、二人とも。


 が、表面上は一点の曇りもない笑顔で会場の人々に手を振っている。


 見事な聖女様たちだ。


 やれやれと思っていると。


「高月くん」

 ぽんと肩を叩かれた。


「桜井くん」

「本当によかったのかな……、世界を救ったのは高月くんなのに、僕の手柄にしてしまって」

「いいって。そっちのほうが気楽だから」

 俺にとって大事なのは、世界がどうこうより、ノア様の封印が解けたことなのだから。

 

 それにイラ様が言っていた。

 水の国の勇者が世界を救ったとなると、今後の西の大陸の盟主としての、太陽の国の地位がゆらぐ。

 下手な紛争の火種は、無い方がいい。


 桜井くんは納得してなさそうだったが、俺は話題を変えることにした。 


「それにしても桜井くんが、太陽の騎士団の総長になるとはね」

 少し前に発表があったことだ。

 どうやらユーウェイン総長は退任し、総長は桜井くんが任を引き継ぐらしい。

 

「周りは引き止めたし、僕ももっと色々と教わりたかったんだけど……」

 どうやら本人の意思は固かったそうだ。

 太陽の騎士団は、大陸で最強の軍隊でそこのトップは実質大陸連合軍の総大将のような位置づけだ。

 大魔王復活前からこれまで、相当なプレッシャーの中でその役割をこなしていたのだろう。


 退役後は、南の島でゆっくり過ごすのだとか。


「大変だね、桜井くん」

「はは……」

 心の底から言うと、桜井くんはいつも通り優しく笑った。


 苦労人だなぁ、と思っていると桜井くんが何かを思い出したように口を開いた。


「ところで高月くんは、フリアエや佐々木さんだけじゃなく、ノエルとまで冒険したんだね」

 おや?


 もしかして、桜井くんは俺がノエル女王と海底神殿に向かったことを不審に思ってる?

 そりゃ、嫁と二人きりで迷宮探索をすれば、心配するか。

 これは何か言い訳をしないと……と思っていると。


「僕はまだ高月くんと一緒に、どこにも冒険に行ってないのに……」

 違った。


 どうやら、桜井くんは俺と一緒に冒険に行きたいらしい。

 そういえば、前にも似たようなことを言ってたっけ?

 これまでは、世界を救う光の勇者の使命があったから気軽に誘えなかったけど、今後は時間も作れるはずだ。


「じゃあ、今度休みが取れたらどこかに遠出しようよ」

「いいの?」

「もちろん」

「じゃあ、約束だね」

 俺が言うと、桜井くんがニカっと、笑った。 


 その笑顔で、幼い頃によく一緒に遊んでいた記憶が蘇った。 


 ああ、そう言えば小学校に入る前くらいは、毎日のように次はどこで遊ぶか約束してたっけ?


 懐かしいな。


 そんな幼き日のことを思い出していると。



「そして、高月マコト様! 水の国の英雄は魔大陸の支配者『古竜の王』に打ち勝ち、『竜王の証』を魔王から受け取りました! つまり魔大陸は西の大陸の英雄に敗れたのです!」

「ん?」

 司会の人の演説の内容がかわった。


 どうやら俺のことを言っているようだ。 


 古竜の王に勝ったという話で会場が沸き上がる。


「しかし、未だ魔大陸には数多くの魔族がひしめいており、新たな魔王が生まれてくる可能性は大いにあります! 今後の北征計画をどうするか、それはノエル女王陛下から語っていただきます!」

 司会の人がそう言うと、ノエル女王がすっと前にでた。


 ……しん、と会場が静まる。


 一拍をおいて、ノエル女王が口を開いた。

 


「ここにいる全ての皆様のおかげで西の大陸に平和が訪れました。もう大魔王を恐れる必要はありません。どうか安心して、日々を営んでください」

 ノエル女王の言葉に、会場の人々が割れんばかりの盛大なスタンディングオベーションをする。


 それが収まるのを待ち、再びノエル女王が口を開いた。


「ですが西の大陸は北の大陸……魔大陸と地理的に近く、魔族や魔獣の脅威は決してゼロにはなっていません。最強の魔王を倒した今こそ、北の大陸を人族の手に収めるべきだ、という考えの人々がいることは知っています」

 そんな意見があったのか。

 もう戦争なんてやらなくていいと思うけどなぁ……。


「ですが、私はこれ以上の争いを望みません。そして、西の大陸の民を魔族の危険にさらすこともしたくありません」

 会場の人々は、ノエル女王の語りを静かに聞いている。


「私はこれからは戦争でなく対話で、北の大陸と交流したいと考えています」

 その言葉に人々がざわめく。

 魔族たちと話し合いするってこと?


「まさか……」「無理に決まっている」「あり得ない」という声がちらほら上がっている。 


「不可能だ……と思われる人が多いでしょう。ですが、ここにいる英雄、高月マコトさんは古竜の王に対して交渉する、いえ『命令』をすることができます」

「「「「「「「!?」」」」」」」

 そこで人々のざわめきが頂点に達する。


 この話も、さっきノエル女王と打ち合わせた内容だ。

 命令はやや、誇張表現だと思うがあえて強い表現をしたのだろう。


「ねぇ、本当にそんなことできるの?」

「んー、まぁ、貸しはいっぱい作ってるかな?」

 フリアエさんにつんつんとひじでつつかれた。


・一対一の勝負で勝っている

・カインの神器を貸している

・神獣戦での協力……は、むしろ俺の借りか? でも時の精霊で生き返らせたし。半々かな。


 という説明をした。


「ふーん……」

 フリアエさんが何とも言えない顔をしている。


「ですから、もう戦争に怯えることはありません! みなさんは大魔王が居ない平和な世界を大いに喜び、日々を過ごしてください」

 パチパチパチ……と最初は小さな拍手が。


 それが徐々に、大きくなっていく。


 最終的には割れんばかりの盛大なものとなった。


 魔王や魔族が支配する魔大陸と対話していく、というノエル女王の方針に疑念を持っている人は多そうだ。


 が、やはり『もう戦争はまっぴら』と考える人はもっと多いのだろう。



 そして、式典は大盛況のうちに終わり、そのまま祝賀パーティーへと移っていった。




 ◇




 本日の主役はもちろん、光の勇者と太陽の国の聖女。

 二人の周りには、大勢の人だかりができている。


 そして、二番目に多くの人たちが集まったのが――俺の所だった。


「高月マコト様!」

「水の国の英雄殿!」

「一言ご挨拶を!」

「どうかこれを受け取ってください」

 ノエル女王の発表のせいか、俺のところに知らない人からの挨拶が殺到する。

 人見知りの俺にはとてもつらい。


(お、『隠密』スキル……)

 たまらず、神級の隠密のスキルを用い会場を抜け出した。

 パーティー会場ではとても楽しめるような状況ではないので、王都に繰り出そうと思った。

 昼間の宴会の続きでもしようかと思っていたら……。


(ルーシーとさーさんは……)

 仲間に声をかけようと、キョロキョロと探す。


 が、ルーシーは木の国スプリングローグのエルフの里の人たちと。

 さーさんは、オルガさんや横山さん、河北さんたちと楽しそうに話している。


 邪魔しては悪い。

 一人で行くか……、と思っていると。


「勇者マコト? コソコソとどうしたのですか?」

「……ソフィア?」

 神級の『隠密』スキルを使っているはずが、何故か見つかった。

 あとで聞いたところ、水の女神エイル様に教えてもらったらしい。


「パーティー会場だと落ち着かないので抜け出そうと思いまして」

「そう……ですか。申し訳ありません、本来なら私が間に入るべきなのですが、小国の王女ではできることもあまりなく……」

 ソフィア王女がしょんぼりしている。

 俺が色んな権力者に言い寄られていることに、責任を感じているらしい。

 相変わらず生真面目な王女様だ。


「ソフィアも一緒に抜けます?」

「え?」

 そう言って彼女の手を掴む。

 俺が手を引いて会場の出口へ向かうと、戸惑った表情ではあったが嫌がる素振りはなかった。


 そして、喧騒溢れる街中へと繰り出す。


 ふと、ソフィア王女の姿を見る。

 派手さはないが、氷のように美しい水色のドレスと気品あふれる容姿。

 このまま外に出ると、目立ち過ぎるかな。



 ――『変化へんげ』スキル



 さーさんから教わったスキル。

 以前は、髪型を変えるくらいしかできなかったが、今の神化した俺なら色々と自由にできる。

 貴族と一発でわかるソフィア王女のドレスを、庶民的なものに変える。


「あら? これは一体……」

「『変化へんげ』スキルで見た目を変えました。手を離すと元に戻ってしまうので注意してくださいね」

「わかりました。じゃあ、手を離さないでください」

 俺の言葉に、ソフィア王女が微笑む。


 手をつないで王都を散策する。

 

 薄暗くなっても王都の祭りは、ますます盛り上がっている。

 王城のパーティではろくに食事ができなかったので、その辺の露店で食べ物やお酒をいくつか買った。

 隠密はもう解いている。


 大通りに面した広場に沢山のベンチがあったので、その一つに俺とソフィア王女は腰掛けた。

 その上に買った料理を広げ、夕食にする。


 買った料理は、麺を炒めたものやパンに肉を挟んだ、ジャンクで濃い味のものばかり。

 王族のソフィア王女の口に合うかと心配したが「初めて食べますが、美味しいですね」とお気にめしたようだった。 


 ついでに、飲み物として買ってあった果実酒も口にしている。

 俺も買った麦酒を、瓶のまま飲み干した。


 しばらく、二人で屋台の料理で夕食を楽しむ。


 広場の中央ではキャンプファイヤーがなされており、その周りを多くに人々が音楽に合わせて自由に踊っている。

 知らない音楽だったが、踊っている人々も自由に踊っている。


 俺とソフィア王女は、ぼんやりとそれを眺めた。


「平和ですね……」

 ぽつりとソフィア王女がつぶやいた。

 その横顔は、珍しく憑き物が落ちたように見えた。


 ふと桜井くんから聞いた、引退を予定しているユーウェイン総長のことを思い出した。

 ソフィア王女も、今まで大きな重圧を感じていたのだろう。

 何か元気づけられないだろうか?

 

「踊りますか?」

「え?」

 戸惑うソフィア王女を、踊りに誘った。

 キャンプファイヤーを囲んでいる人々に混ざる。


 周りの見よう見まねで、ソフィア王女と踊ってみる。

 が、悲しいかな初心者ではうまく踊れない。


「違いますよ、ほらこうして」

 ソフィア王女のほうが踊りを嗜んでいたらしい。

 俺をうまくリードしてくれた。


 ……なんか、想定の逆になったような。


「ふふふっ、楽しいですね。貴族のパーティーのダンスとは違いますね」

 ソフィア王女が笑っている。

 なら良かったのかもしれない。


 踊りでは敵わないので、得意分野で攻めることにした。

 つまりは水魔法だ。


「水の精霊たち」

 俺が声をかけると、キラキラと輝く水の精霊が広場を、いや王都全体の空に広がる。


 本来の水の精霊は人々に視えないのだが、太陽魔法を使って水色に光る精霊を演出した。


「綺麗……」

 ソフィア王女がうっとりと俺に身体を預ける。

 ちょっとは、良いところが見せられただろうか。

 


「お、おい! あれって水の国ローゼスの王女様じゃないか?」

「相手の男は……、水の国の英雄か?」

「でも高月マコトは黒髪黒目の地味な男と聞いたぞ?」

「水の国の英雄が地味なわけないでしょ。……美しい銀髪」

「素敵ね……、お似合いだわ」

 どうやら踊りに夢中で、『変化』が解けていたらしい。

 もっと人々に驚かれるかと思ったが、騒ぎはおきなかった。

 

 俺とソフィア王女は、周りの人たちと一緒に、夜遅くまで食べて飲んで踊った。


 楽しい時間が過ごせたと思う。




 ◇翌日◇



 

「私の騎士! 今日は私と王都に出かけるわよ!」

 朝にフリアエさんがやってきて、開口一番宣言した。


「あら、フーリ。おはよう」

「ふーちゃん、昨日はお疲れさまー」

 現在の場所は、水の国の王族が貸し切っている宿の食堂だ。

 ソフィア王女は、仕事でハイランド城に出かけている。


 俺はルーシーやさーさんと一緒に、朝ごはんを食べているところだった。


「どうしたの、姫?」

「どうしたのじゃないわよ! 昨日、水の国の王女と英雄がお忍びで祭りに参加をしていたって街中で噂になってるわよ! ズルいじゃない!」

「へぇー」

 そんなに噂になってるのか?

 と思ったけど、調子にのって水の魔法でど派手にパフォーマンスしてたからなぁ。

 きっと目立っていたのだろう。


「噂になってるなら、お忍びじゃないんじゃないの?」

「昨日は高月くんとソフィーちゃんが二人で抜け出してたんだよねー。ズルいよね」

 ルーシーとさーさんには、昨日の話はすでにしてある。

 今日は一緒に、街をめぐろうと約束をした。


「そうよ! だから今日は私と二人で街を回るの!」

 フリアエさんが、決定事項だと言ってきた。


「「えー」」

 ルーシーとさーさんの約束を上書きされてしまったが、最終的にそれぞれ別で時間をとることで話がついた。


「じゃあ、出かけるわよ! 私の騎士」

「了解、姫」

 街に繰り出すため、一応庶民っぽい服装に着替えたフリアエさんと出かける。

 もっとも、人類最美のフリアエさんの目立ちようは全く隠せていない。


「マコトー、酔っ払って誰彼構わず魅了しちゃわないかしら?」

「大丈夫かなー、あの魅了コンビを街に解き放って……」

 ルーシーとさーさんのつぶやきが聞こえてきた。

 まったく心配性の二人だなぁ、と思っていたのだが。

 

 人目を引くフリアエさんは、街中で声をかけられた。


 最初はスルーしていたのだが、後半は面倒になって二人で『魅了』魔法で言うことを聞かせていたら、「月の国の女王様!」「フリアエ様! 万歳!」「水の国の英雄様のお通りだ!」と大騒ぎになって神殿騎士たちが止めに来る事態になった。


 そして、ノエル女王にこってりと怒られた。


 翌日からも、ルーシーの買い物につきあったり。


 さーさんとカフェ巡りをしたり。


「なんで会いに来ないんですか!」

 と怒るモモに乗り込んでこられたり。


「さ、今日は私と出かけましょう」

 とジャネットさんに連れ回されたり。


「海底神殿の話を聞かせてくれ!」

 とジェラルドさんがやってきたりと。  

  

 ――平和を祝う七日間の祭りは、あっという間に過ぎ去っていった。





 ◇海底神殿にて◇



 海底神殿には、空間転移でやってきた。


 ちなみに、一度攻略をすれば毎回神獣と戦う必要はないらしい。

 

 そして現在、問題が発生している。


 女神ノア様がご立腹だった。


「マコト、私は怒っているわ」

「申し訳ありません、ノア様」

 条件反射で謝る。


 が、ノア様のご機嫌は晴れない。

 なので、詫び続けるのみだ。


「やっほー☆ ノアー! 遊びに来たわよ、マコくんも居…………貴方たち何やってるの?」

 いつものように朗らかな水の女神エイル様が、空間転移でやってきた。

 そして、俺とノア様を見て怪訝な顔をする。


 それはそうだろう。


 なんせ、俺はになり、俺の背中にノア様が腰掛けているのだから。


 要は、俺はノア様の椅子になっている。


「これは罰よ。悪い子に罰を与えているの」

「申し訳ありません、ノア様。………………ところで何で怒ってらっしゃるのでしょうか?」

 今日、何度目かの質問をした。

 ノア様が怒っている理由がさっぱりわからない。


 ちなみに、神様になったら読心できるのかと思ったら、それにも長い修業が必要らしい。

 どのみち遥か格上の神格であるノア様の心を読むことは、俺にはできないらしいが。


「どうして私が怒っているのだと思う?」

「わかりません」

「考えなさい」

「はい」

 ずっとこんなやり取りである。


 うーむ、俺って何かしたっけ?


 神化しても、ノア様への祈りを欠かしたことはない。

 俺に話しかけてくる人には、ノア様への信仰も勧めたりと使徒活動も行っている。

  

「もうー、マコくんってば鈍感なんだからー。ノアはね、もっと早く会いに来て欲しかったのよ☆」

「ちょっと、エイル!! 勝手に言うんじゃないわよ!」

 口を挟んできた水の女神様を、ノア様がぽかぽか叩く。

 あれ? そんなこと?


「呼んでいただければ、最優先で参上しましたよ?」

 一応水の国の勇者として七日間、太陽の国の王都に滞在したが、ノア様に呼ばれればすぐに駆けつけるつもりだった。

 が、結局呼び出しはなかった。


「……ふん」

「わかってないわねー、マコくんは」

「…………?」

 ノア様はそっぽを向く。

 エイル様は、出来の悪い弟を諭すように苦笑した。


「こーいうのはね、呼ばれる前に会いに行くのが大事なの。ふふふ……、ノアってば大魔王を倒したのにマコくんが全然戻ってこないからずっとイライラしてたのよ」

「そうなんですか?」

 それはいけない。

 慌てて詫びようとするが、椅子になったままだとうまく顔を見れない。


「もういいわよ」

 ノア様がふわりと俺の背から宙に浮く。

 俺は慌てて、その前に跪いた。


「ま、地上の民にとっては記念すべき日だから。マコトの身体はまだ地上にあるんだから、そっちの付き合いも大事でしょ」

「そうそう。それにソフィアちゃんをダンスに誘ったのはポイント高いわよ! マコくん、成長したね☆」

「視てたんですか」

 どうやら俺からダンスを誘ったくせに、ソフィア王女にリードされる情けない姿も視られていたようだ。

 

「マコト、今度私が踊りを教えてあげるわ」

「ノア様がですか?」

 驚いたが、どうやら精霊たちというのは総じて踊りや祭りが好きらしい。

 なので、精霊使いの俺も踊りが出来て損は無いのだとか。


 相変わらず、ノア様にはお世話になりっぱなしだ。


「ノア様」

「どうかしたの? マコト」

 俺は改めてノア様に、忠誠を誓った。


「これからの攻略方針をご指示ください」

「「え?」」

 俺は改めてノア様に指示を乞うた。

 が、ノア様だけでなく水の女神様からも戸惑った声が聞こえた。


「マコトは神化したばっかりよ。まずは慣らしていきなさい」

「そうそう、マコくん。しばらくゆっくりすればいいでしょ?」

「はい、ですが目標があったほうが修行が捗りますし」

 海底神殿攻略のように。


 例えば、かつてノア様が失敗したという神界戦争を……いや、戦争は駄目だ。


 ノア様の望みは、『奈落の底タルタロス』に封じられているという古いティターン神族の復権。


 ならば俺もそれに倣うべきだろう。


 よし、今後は『奈落の底タルタロス』の攻略を主軸に……。


「あのさぁ、マコト……」

「ストップ! ストップ! マコくん」

 俺の心の声が聞こえたのか、ノア様が眉間に皺をよせ、エイル様が手で☓を作る。


「『奈落の底タルタロス』は、まだ早いわ。待機しておきなさい」

 タルタロスは、目指しては駄目らしい。


 目標が無くなってしまった。

 さて、どうしたものか。


「仕事が無くて困っているようね! 高月マコト!」

 シュオン! と金色の魔法陣と共に運命の女神イラ様が現れた。


「仕事というより、目標が無いという感じですかね」

「そんなあんたに朗報よ! 運命の女神わたしの仕事が山積みで困っています! 今すぐ手伝いなさいたすけて!」

「またですか……」

 この女神様は、いっつも仕事に追われてるなー。

 でも、色々話したいこともあったし。


「じゃあ、イラ様の仕事部屋に行きますね」

 ちなみに、運命の女神様の仕事を手伝うと運命魔法の熟練度がちょっとだけ上がる。

 微々たるものだが。

 これも修行の一環と考えればいいだろう。

 

「え? 本当? やったー!!」

 イラ様がぴょんぴょん飛び跳ねている。


「ほら、こっちよ」

 イラ様が俺の手を引き、そのまま引っ張られていると。


「待ちなさい、マコト」

「ストップ、イラちゃんとマコくん」

 ノア様とエイル様に止められた。


「どうしましたか、ノア様?」

「エイル姉様、私急いでるんですけど」


「マコト……、まさかもうどこかに行く気?」 

「イラちゃんー、今のマコくんは神族なのよー? 若い男女が部屋に二人きりとか駄目でしょー?」

 ノア様とエイル様の圧が強い。


「「……」」

 俺とイラ様は顔を見合わせた。


「マコトはここに残る!」

「は、はい」


「イラちゃんの仕事は水の女神わたしが手伝うから」

「え? エイル姉様が? でも姉様ってすぐさぼってお茶にしましょって言うし……、どっちかというと配下の天使を貸してくれたほうが……」

「はいはい、移動するわよ」

 と言って水の女神様と運命の女神様は、空間転移で去っていった。


 再び、海底神殿には俺とノア様だけになる。


「…………」

 ノア様は何も語らない。


 少しだけ不機嫌そうに、俺を見下ろし時たま足を組み替えている。


 しばらく無言が続いた。


 んー、話題はないかな。


 ふと、俺は何となく『それ』を口にした。




「ノア様、ますよ」



 

 さっきから眼の前で、宙に浮いたノア様が足を組んでいるのでどうしても下着が視界に入ってしまう。


 でも、昔はどんなことをしても決して見えなかったのだが。


 これも神化の影響か。


 ……こんなことに神の力を使ってもいいのだろうか?


「え? ……ちょっ!!??」

 顔を真赤にしたノア様が、慌てて短いスカートを押さえる。


 不敬であると思いつつ、とても可愛い。


「ばかー!!!」

 ノア様にぽかぽか叩かれた。


 悪いのは俺なのだが、……そう言えばかつてノア様に言われた言葉を思い出した。


「昔、信者になったらスカートの中を見せてくれるって言ってましたっけ?」

「忘れなさいよ! それは!」

 随分と前の約束が、今頃果たされたわけだ。



「はぁ………………」

 ノア様が大きくため息を吐いた。

 そして、俺の目を見て静かに告げた。



「マコト」

「はい」

「やっぱりあなたには、何か役目を与えておいたほうがいいかもしれないわね。自由にさせておくと何をしでかすかわからないし」 


「どうぞ、仰ってください」

 俺は跪き、頭を下げた。

 

「そうね。じゃあ、マコトにお願いをしたいのは……」


 女神ノア様は厳かに、次なる神託を俺へ告げた。





 こうして俺は新たな『お願い』を得たわけだが…………それはまた別の機会に語ろうと思う。


  

 とある雪山で遭難したのち。


 異世界へやってきてから『信者ゼロの女神サマ』と始めた長い長い異世界攻略物語は、これにて閉幕を迎えた。


 

 これから何が起きるのか。



 神に成ったばかりの俺には、遠い未来のことはわからない。



 けど、これまで通り女神様や仲間と一緒に乗り越えていこうと思う。


 


-おわり-

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