338話 平和な世界

「ではこれから北の大陸に向かうのですか? 本当に一ヶ所に留まらない人ですね」

 ソフィア王女が呆れたように言った。


 ここは水の国ローゼスの王都にある王城の一室。

 ソフィア王女の私室だ。


 ちなみに、厄災の魔女を倒してから既に一週間近くが経過している。

 水の国ローゼスは、ほぼ平常運行に戻ったようだ。


「ねぇ、マコト。本当に私たちも付いていかなくていいの?」

「そうだよー。北の大陸って魔族がいっぱいいるんでしょ? 危なくない?」

「大丈夫だって。古竜の王知り合いに会いに行くだけだから」

 そしてカインの神器よろいを返して貰わないといけない。


 あの野郎……やっぱり返しに来ないじゃねーか!


「そいつ魔王じゃない……」

「一番危ない奴じゃないの?」

 ルーシーとさーさんは心配性だが、それは取り越し苦労だ。

 古竜の王アシュタロトは共に戦った仲間だ。

 

「最強の魔王をそんな風に言えるのは貴方だけです」

 コトンと、俺の前にティーカップが置かれた。


 ソフィア王女が淹れてくれたようだ。

 俺はそれをゆっくりと飲み干す。

 うん、美味しい。


 その時、ふわりと頭を撫でられた。

 ソフィア王女が俺の髪を触っている。


「ソフィア?」

「……これが女神ノアサマの眷属となった証、ですか」

「そ、そうですが。何か?」

 ソフィア王女がノア様に『サマ』付けするイントネーションがやや取ってつけたように感じた。

 気のせいだと思うけど。


「マコトは黒髪のほうがいいのにー」

「ねー、前のほうがカッコいいよね。ソフィーちゃんは、どう思う?」

 ルーシーはポリポリとクッキーをかじり、さーさんはケーキを一欠片ぱくりと口に運んでいる。


「そうですね」

 なおもソフィア王女は、俺の髪をいじいじと指先で遊んでいる。

 あの、くすぐったいんですが。


「勇者マコトは黒髪黒目のほうが似合いますね」

「そうですか……」

 ルーシー、さーさんに引き続きソフィア王女も銀髪の俺はお好きではないらしい。


 どうしよっかなー。

 黒染めしたほうがいいのかな。

 でも、ノア様の眷属にしてもらった記念だし……。


 うーむ、と考えた末。

 俺は色んな人の意見を聞いてみようと思った。


「じゃあ、そろそろ出かけますね。紅茶ごちそうさまでした。美味しかったです」

 俺はそう言って立ち上がった。


「わかりました。でも、明日はですよ? 忘れないでくださいね」

「わかってますよ。じゃあ、行ってきますね」

 俺はソフィア王女に返事をしたあと、時の精霊に声をかけた。



 ――運命の奇跡・空間渡り



 これは俺が運命の女神様に教えて貰った空間転移テレポートの魔法だ。


 眼の前の景色が「ぐにゃり」と歪む。


 そして、俺は水の国を飛び出した。




 ◇




「うーん……、まだ空間転移テレポートに慣れないな……」

 あの後。

 中つの大海や、浮遊大陸など全然目的の場所と違う所に跳んでしまい。

 北の大陸に到着したのは、一時間以上経ってからだった。


「これなら水魔法で飛行機でも作って飛んだほうが速かったかなぁー」 

「おい、精霊使いくん。やって来るなら事前に伝えろ」

 俺に文句を言っているのは白竜メルさんだ。


 ちなみに、古竜の王の住処に単身でやってきたら沢山の竜たちに取り囲まれた。


 さて、どうしたものかと悩んだ末、以前古竜の王に貰った『竜王の証』を見せたところ全竜たちが平伏した。


 近くにいた竜に「古竜の王っています?」と聞いた所、「わかりません! ふらりといらっしゃることはあるのですが……!」と、居場所は知らないようだった。


 困っていたら「何の騒ぎだ?」と白竜さんが出てきてくれた。 


 現在、隠居した古竜の王の隠れ家とやらに案内してもらっている。


「君は我が父に勝利し、大魔王まで滅ぼした。現在のは精霊使いくんなんだぞ? もう少し頻繁に顔を見せてくれないと困る」

「……え?」

 いま、なんて言ったメルさん。


「何を変な顔をしているんだ、精霊使いくん?」

「いやいやいや! おかしいでしょ!?」

「何もおかしくない。今や北の大陸の魔王はただ一人。それを降した精霊使いくんが支配者でなくて、なんだというんだ」

「……拒否は?」

「それはできるが……、誰かが管理をしないと魔族や魔物たちは自由に暴れるぞ?」

「…………」

 よし、古竜の王に引き続きやってもらおう。

 今までずっとそうだったんだし。


「そろそろだ。我が父の隠れ家が見えてきた」

 それは北の大陸で一番高い山の頂上にある建物だった。

 隠れ家というわりに、あまり隠れていない。


 俺は白竜さんの背を降り、その建物に近づいた。


 何やら話し声が聞こえてくる。



「……その時だ。神獣リヴァイアサンと百万を超える天使の軍勢が押し寄せ……!!」

 この声は古竜の王だろうか?

 随分とテンションが高い。


「我が父……またか」

 白竜さんがため息を吐いた。


「メルさん?」

「ここ数日ずっとああだ。神獣と戦えたことがよっぽど嬉しかったらしい」

「へぇ~」

 こっちの都合に巻き込んだ形だったが、古竜の王は先日の神獣戦は楽しかったらしい。

 ……一回、俺たち死んだんだけどね。


「我が父! 精霊使いくんがやってきたぞ!」

 白竜さんが大声を張り上げた。


 古竜の王と、その部下? たちだろうか。

 が、一斉に振り向く。

 ちなみに、竜の姿だと場所をとるためか全員、人っぽい姿をしている。


「おお! 我が友、高月マコトではないか! よくぞきた!」

 古竜の王が満面の笑みで、俺の方にずんずんと迫ってくる。

 おまえ、キャラが壊れてるぞ。


「カインの神器を返してもらいにきた」

「………………」

 俺の言葉に、古竜の王が一瞬で真顔になる。

 

「アシュタロト?」

「………………うむ」

「いや、うむ、じゃなくて」

「……そうだな。もちろん、返すとも」

「ああ。今すぐ、返してくれ」

「…………今でなくては駄目か?」

「駄目に決まってるだろ!」

 ウダウダ言っている古竜の王に俺が声を荒らげていると。



 ――別にいいじゃない、百年くらい貸してあげれば?



 天から美しい声が降ってきた。

 

「ノア様?」

「おお! 復活されたという、美と自由の女神様。貴方様のお創りになった神器は素晴らしい!」

 アシュタロトがノア様をヨイショしている。


「ちなみに、我が父は女神ノアを信仰しているぞ」

「えっ!?」

 白竜さんの言葉に仰天する。 

 魔王がノア様の信者!?

 それっていいの?


 白竜さんに教えてもらったところ、古竜族が信仰する『竜の神』は聖神族や悪神族に敗れてこの星には居ないため、信仰する神は自由なんだそうだ。

 ちなみに、古竜族は悪神族が好きではないらしい。


「……わかったよ。ノア様がこう仰っているから、しばらくはカインの神器よろいは貸しておくよ」

「おおっ! 感謝するぞ、高月マコト!」

「感謝はノア様に」

「感謝致します、女神ノア様!」

 古竜の王が嬉しそうに天に叫んでいる。


 ノア様はまだ海底神殿に居るから、天界じゃないぞ、アシュタロト。


 はぁ~、と白竜さんがため息を吐いている。


 気持ちはわかる。 


 千年前に出会った時は、とてつもない迫力があった古竜の王。

 

 しかし、現在は自分の武勇伝を嬉しそうに話すおしゃべり好きのおっちゃんだ。


 冒険者ギルドで山のように見てきた連中である。


(あー、せっかくだし聞いておくか)


「メルさん、メルさん」

「何だ、精霊使いくん」

「俺の姿ってどう思います? 銀髪碧眼って似合ってますか?」

 と聞くと、メルさんは不思議そうに首を傾げた。


「何故そんなことを聞くんだ?」

「仲間たちから不評なんですよ。なので、色んな人たちの意見を聞こうかと」 

 というとメルさんの顔が少しひきつった。


「怖いもの知らずだな、精霊使いくんの仲間たちは。私は神族となった君の姿にケチをつけるなど恐れ多くてできん。私には神々しく見えるよ」

「そうですかー」

 何だかはぐらかされた気分だ。

 

「そもそも神族ならいちいち聞かなくても『読心』すればいいだろう?」

「まだできないですよ。神歴は数日ですからね」

 それどころか空間転移の腕前は、ルーシー以下である。

 ホンマに神様なのかな?


「じゃあ、俺はそろそろ帰りますね。太陽の国にモモに会いに行くんですがご一緒にどうですか?」

「……本来北の大陸の支配者である精霊使いくんが不在で、我が父が隠居しているせいで私が魔王代行をしていて目の回る忙しさなんだが? 君が新体制の規律作りを手伝ってくれるなら弟子にも会いに行けるな」

 ずいっと、高身長の白竜さんに睨まれる。

 やば、やぶ蛇。


「その話はまた今度」

「あぁ……、落ち着いたらゆっくり話したいな」

 メルさんが苦笑した。

 

 北の大陸のことはよくわからないので、古株の白竜さんに任せるのが一番だろう。

 俺は両手を合わせて詫びた。

 そして、時の精霊に声をかける。


「また、遊びに来ますねー」

「ああ、そうしてくれ」

 メルさんの声が遠くに聞こえる。

 

 俺は太陽の国に移動した。




 ◇




「マコト様! 全然会いに来てくれないじゃないですか!」

 俺が大賢者様の屋敷に行くとぷりぷりと怒るモモが待っていた。


「ごめん、ごめん。色々と立て込んでてさ」

「いいですよー。どうせ私は役立たずでしたからねー」

「そんなこと無いって」

 むくれるモモの頭を撫でる。

 空間転移が俺よりも上手いモモは、会いに来ようと思えばできたはずだが入れ違いにならないように待っていてくれたらしい。


 それに、厄災の魔女の呪いの後始末もあったはずだ。

 太陽の国は一番の被害国だ。

 大賢者として、やることは多かったはずだ。

 疲労の色も見て取れた。


「それにしても太陽の国の王都はすっかり元通りだな。真っ黒だったハイランド城も元の姿に戻ってるし」

「厄災の魔女が居なくなって、灰色の呪いも綺麗さっぱり消え去りましたからねー」

 

 厄災の魔女の呪い。

 星を覆うほどの呪いの解除は、膨大な労力を想像していたのだが思ったよりあっさりとなくなった。


(いや……、あれはネヴィアさんがそうしてくれたのかな……)

 

 光の勇者さくらいくんに斬られる直前。


 厄災の魔女の顔は晴れ晴れとしていた。

 やれるだけやって思い残すことはない、という顔に見えた。


 呪いの強さは、悔いの強さだと以前フリアエさんに教えてもらったことがある。

 ならばあの時の厄災の魔女は、きっと悔いは少なかった。


(桜井くんに感謝……)

 あの女たらしめ。

 大魔王にまで気に入られたか。


 そう言えば、あれ以来まだ会っていない。

 話したいけど、きっとノエル女王共々大忙しだろう。

 明日の式典で、少しだけでも絡めればいいけど。


「マコト様……」

 俺が物思いに耽っていると、くいくいと袖を引かれた。

 

 見るとモモが上目遣いで、物欲しそうに俺を見つめている。

 正確には俺の首筋を。


「ああ、悪かったな。好きなだけ飲んでいいよ」

「やったー♪」

 モモがぴょんっと、俺に抱きつく。

 そして小さな牙が俺の首元にさくりと刺さり……。


「あっ……」

 と気づいた時には、モモがコクコクと俺の血を飲んでいた。


(神族になった俺の血をモモが飲んで大丈夫かな……?)


 不安に思ってモモの様子を見るが、特に異変は無い。

 むしろ頬を染めて実に美味そうに俺の血を飲んでいる。




 ――別に平気よ。女神ノアわたしの眷属に聖属性は無いから。モモちゃんが血を飲んでも滅んだりしないわ。




 ノア様の声が降ってきた。

 よかった。

 その時、ぱっとモモが顔を上げた。



「じゃ、邪神ノア!?」

「おい、モモ」

 失礼を言うんじゃない。

 女神教会の八番目の女神様だ。

 俺にとっては一番だが。



 ――というか、モモちゃん。女神ノアわたしの眷属であるマコトの血を飲んだから、ちょっとだけ神気が感染ってるわよ。実質、遠い眷属みたいになってる。



「わ、私が!?」

「モモがノア様の眷属なんですか?」

 俺とモモが驚愕していると。



 ――一時的なものよ。マコトみたいに神化はしないから、心配しなくていいわよ

 ――というか、マコくん。神族になったんだから地上の民に気軽に血を与えちゃ駄目でしょ……



 ノア様の声と共に水の女神様の声が聞こえてきた。

 こちらは苦言だ。

 最近、エイル様が俺に厳しいんだよなー。



 ――マコくんはもう神族こっち側なのー! いつまでも女神に導いてもらえると思っちゃ駄目でしょ!



「は、はい」

 とまあ、こんな感じである。

 甘やかしてくれるママ的存在だった水の女神エイル様はもういない。 

 悲しい。



 ――別にいいじゃない、ちょっとくらい。マコト、好きにしなさいー



 反対にノア様は、めっきり俺に甘くなっている。

 


「なんか、怖いですね……。マコト様の行動って常に女神に監視されてるんですか?」

 大賢者様が俺に、気の毒そうに言った。

 俺にとっては今更だが、声が聞こえるようになって周りからは大変そうに映るらしい。


「すぐ慣れるよ?」

「マコト様がおかしいだけだと思います……」

 理解は得られなかった。


 それからしばらくモモに血を飲ませたり、だらだらおしゃべりをした。

 モモも、白竜さんと会いたがっていたのでそのうち三人で集まろうと約束をした。



「じゅあ、そろそろ行くよ。明日の式典は参加するだろ?」

 俺が言うとモモはあっさりと。


「サボりますけど?」

 当然の顔で返事された。

 こいつ……。

 太陽の国の最高権力者の一人である立場は強い。


「式典中、暇だったら遊びに行くよ」

「待ってますね♪」

 満面の笑みで返された。


 さて、移動しようということで時の精霊に声をかける。


 その時、聞くべきことを思い出した。

 

「なぁ、モモ。俺の銀髪と碧眼ってどう思う?」

「んー……」

 問われたモモが、少し宙を見て指を口元に当てた。


 悩んでいるように見えて、すぐに俺のほうに視線を戻し。


「似合ってないですね!」

 断言された。


「そ、そっか……」

 ルーシー、さーさん、ソフィア王女、モモ……。

 親しい人からの反応が芳しくない。


 俺は落胆しつつ、次の場所へ移動した。




 ◇




「マコトくん!? えっ! その姿って……、あれ? 今は水の国の王都ホルンにいるはずじゃ……」


 俺の姿を見て目を白黒されているのは、マリーさん。

 水の街の冒険者ギルドで、散々お世話になったギルド受付嬢――は昔の話で、現在は副ギルド長らしい。


「空間転移で会いに来ました。忙しかったですか?」

「えっと、忙しいか忙しくないかで言えば、猫の手も借りたいくらいだけど、とりあえずお茶を出させるから応接室に案内するわね!」

「忙しいなら出直しますが……」

「ソフィア王女殿下の婚約者を出直させるわけに行かないでしょ!」

 怒られた。

 

 マリーさんに手を引かれて、俺は応接室にやってきた。

 

「で、本日のご用件は何でしょうか? 水の国の英雄の高月マコト様」

 正面のソファーに座ったマリーさんに真剣な目で聞かれた。


「え? マリーさんに会いに来ただけですけど」

「…………は?」

 理解できない言葉を聞いたかのように、マリーさんが固まった。


「海底神殿を攻略したおかげで、新しい力が手に入ったんですよ。女神ノア様の神気を分けてもらいまして。おかげで空間転移とかも気軽にできるようになったので、色んな人に会いに行こうかなーって…………あの? マリーさん?」

 俺がぺらぺらと状況を説明していると、マリーさんが俯き肩を震わせていた。


 つかつかと歩いてきて、俺の隣に腰掛けた。


「マーコートーくーんー?」

 横からヘッドロックをかけられた。

 マリーさんの柔らかい胸に頭をうずめる。


「マリーさーん! だから出直すって言ったじゃないですかー」

「この子はー!! 本当にー!」

 マリーさんはなおも強く頭を抑えてくる。

 

 ……なんか、こんなやりとりが懐かしい。


 結局、10分くらいマリーさんに離してもらえなかった。



 その後、俺はマリーさんに、これまでのこととかを色々と話した。

 どこまで本当か、少し疑わしく思っているようだけど。

 

 まぁ、神獣リヴァイアサンの話とか説明しても、自分で言っててウソっぽいんだよなー。

 月が落ちてきて、それを神獣がうけとめたとか。



 …………コンコン



 その時、ドアがノックされた。

 マリーさんが「誰かしら? ギルド長は遠出してるんだけど……」と言いつつ出迎えると。


「タッキー殿! ここに居ると聞きましたので!」 

「高月サマー! ご無沙汰しておりマス!」

 ふじやんとニナさん夫妻でした。


「領主代行様!?」

 マリーさんが仰天している。

 そして、ふじやんは水の街の領主であるクリスティアナさんの夫でもある。

 そのためギルドの職員は、ここまで案内したようだ。


「ふじやん! 明日の式典で探そうと思ってたよ」

 俺は駆け寄って、親友の肩を叩いた。

 

「ちょうど、水の街に戻っておりましたので。タッキー殿が冒険者ギルドに現れたと聞いて駆けつけましたぞ」

「それって、ここに来てから一時間も経ってないんだけど……」

 ふじやんの情報収集能力が神がかっている。

 怖いわ、この人。


「それにしても、見違えましたな! その銀髪と蒼い目! 女神様の眷属ともなるとそのように神々しいのですな!」

「変じゃない?」

「気品あふれる姿! 羨ましい限りですぞ!」

「そっか。ありがとう」

 どうやら、ふじやんからは高評価なようだ。


 ちなみにニナさん、マリーさんからも「カッコいいですネ!」「マコトくん、おしゃれになったねー」と悪くない反応だった。


 うーむ、評価が分かれるな。


 俺たちはしばらくおしゃべりし、マリーさんはギルドの仕事に。

 ふじやんとニナさんは、明日の太陽の国の式典の準備があると戻っていった。



 その後、木の国や火の国の知り合いのところへも顔を出した。

 

 空間転移はやっぱり便利だ。

 それに、神族だけあって魔力マナが尽きない。


 たくさんの知り合いに会うことができた。

 残念だったのは、紅蓮の魔女ロザリーさんだけは再会できなかったことだ。


 囮になってくれた御礼を言いたかったのに……。


 ルーシー曰く「一度いなくなると、絶対に見つけられないわよ」とのことだった。

 木の国のエルフの里でも、同じことを言われた。


 ロザリーさん……。

 まじで自由人!



(さて最後は……)



 向かう先は決まっている。



 俺は時の精霊を呼び出した。






 そこは王城だった。

 築一年も経っていない美しい城。


 それほど広く無いローゼス城や、何度か行ったことがあるハイランド城と違い建物の構造がわからない。


(迷った……)


 しまったな。


 空間転移でいきなり城の内部に入ったから、場所がわからん。

 

 一応、勝手に入っていいと『城の主』から言われているから問題はないのだけど……。


 ふらふらと歩いていると、突然誰かが凄いスピードで迫ってくる足音がした。


 そっちを振り向く前に。


「どこをほっつき歩いていたのよ、この馬鹿騎士ー!!!」


 フリアエ女王陛下から飛び蹴りを食らった。




 ◇




 フリアエさんは厄災の魔女を倒した時、一時的に魂が同化していた影響で深い眠りについた。



「目を覚ました時に私の騎士が居なかったら許さない……わ……よ」



 俺はその言葉通り、ずっとフリアエさんの側で目覚めるのを待った。



 ――フリアエちゃんなら、三日で目を覚ますわ



 って、運命の女神イラ様に言われたので。


 ちなみに目を覚ましたのは、四日目でした。


「ちゃんと、目を覚ました時に居ただろ?」

「だからって、それからすぐに居なくならなくてもいいじゃない!」

「お世話になった人たちに挨拶しておきたかったんだよ」

「…………まぁ、それはわかるけど」

 俺の言葉に理解はするが納得できない、みたいな顔で唇を尖らせるフリアエさん。


 ちなみに、今いる場所はフリアエさんの私室だ。

 外は薄暗い。

 

「今日は泊まっていきなさい」

 フリアエさんに命じられた。

 これは断れなそうだ。


「わかったよ」

「よし! じゃあ、夕食は食べた? どうせまだ何でしょ。用意させるわ」

「あー、そう言えば朝から何も食べてないかも」

 今日口にしたのはソフィア王女に淹れてもらった紅茶とか、ギルドで出されたお茶だけだった。


「倒れるわよ?」

「それがさ、神族になった影響なのかお腹が減らないんだよね」

「…………そうなの?」

 フリアエさんが気味の悪いものを見る目で見てくる。



 ――神族が空腹なんて不便なもの感じるわけないでしょ。

 ――ずっと寝なくても平気よ? マコくん

 ――あー、でも美味しさを感じるためにあえて空腹状態になることは可能ね!

 ――神様に成り立てのマコくんには、まだ難しいかなー


 

 いつものノア様&エイル様の声が天井から降ってきた。

 言うだけ言って、また声は聞こえなくなった。


 その声をフリアエさんが、不気味そうな口調でぼそりと告げた。


「いつもああなの?」

「そうだよ」

「た、大変ね……私の騎士」

 モモと同じことを言われた。

 別に大変じゃ無いんだけどな。


 その後、フリアエさんと一緒に夕食をとって、月の王城のメイドさんに客室へ案内された。


 高級ホテルのような内装の客室だ。


 俺は部屋にある大きなソファーに腰掛け、一息ついた。


(流石に……疲れたな)


 一日で大陸中の各国を巡るのは無茶だったかもしれない。

 神様だろうが、疲れるものは疲れる。


 そのまま横になりたかったが、「コンコン」とドアがノックされた。


「はい」と返事をすると、さっきまで一緒だったフリアエさんが「お邪魔するわね」と言って入ってきた。


 その格好は、女王としての服装でなく薄手の寝巻きにカーディガンを羽織ったものだった。


「姫?」

 俺がドキリとしつつ、声をかけると。


「ねぇ、今日は朝まで一緒よね」

 俺の隣に腰掛け、しなだれかかってきた。

 

 こ、これは……。


 一瞬、女神様たちからちゃちゃ入れが入るかと思ったが、静かなままだ。


「私の騎士……やっと二人きりになれた……」

「ひめ……」

 頬を染めたフリアエさんが、俺に迫る。

 

 男ならば、優しく抱きしめその想いに答えるべきだろう。


 が、俺の周りに飛び交う『時の精霊』たちが、せわしなく俺に忠告してくる。


 そう、今から一秒後。


 俺には未来が視えている。


「あ、マコトだ」

「やっぱりここだったねー」

「夜分に押しかけてしまって良いのでしょうか……」

 ルーシーとさーさんとソフィア王女が、空間転移でやってきた。


「………………?????」

 フリアエさんが、俺を押し倒そうとしたまま硬直している。


「みんな、どうしてここに?」

「ふーちゃんの側近の人が、『うちの女王陛下が、支援国である水の国の王女の婚約者に夜這いをかけにいった。国際問題になる前に止めてほしい』って魔法通信で連絡があったんだよ」

「で、私のテレポートで来たってわけ」 

「な、なるほど」

 さーさんとルーシーが淀みなく答えを教えてくれた。


 フリアエさんは真っ赤になったあと、すぐに青ざめた。


「あ、あの……ソフィア王女。これは……ちがくて……」

 おろおろとフリアエさんが何かを言おうとする。


「別に私はそこまで気にしないのですが……」

 ソフィア王女は静かに告げた。


「「「「え"?」」」」

 その場に居た全員が、ソフィア王女のほうを振り向く。


「英雄に妻が多いことは当然ですし、勇者マコトなら何人の妻が居ても平等に愛してくれるでしょう」

 ニッコリと微笑み、有無を言わせぬ迫力でソフィア王女が微笑む。


「そうですよね? 勇者マコト」

「は、はい……」

 ソフィア王女は『気にしない』と口にしているが。

 ……これは違うな。

 額面通りに受け取ってはいけない。


 あまり流されすぎるのはやめよう。

 そう誓った。


 ちなみに、ルーシーやさーさん、ソフィア王女も月の王城に泊まることになった。

 

 全員分の客室が用意され、みんなが俺の客室から出ていこうとした時。


「そうだ、姫」

「なによ? 夜這いに来るなら私の部屋は城の最上階よ」

「「「……」」」 

 ルーシーとさーさんとソフィア王女がこっちを見てるんですが。


「俺の銀髪と碧眼ってどう思う?」

 みんなに聞いて回っている質問をしてみた。


 フリアエさんは迷うこと無く答えた。


「前のほうが良いわ!」

 ビシッと言われた。

 ルーシーとさーさんとソフィア王女が、うんうん、頷いている。


 ……フリアエさんもか。


 やっぱり黒く染めたほうがいいのかなぁ。

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