337話 厄災の魔女

「リョウスケ! 大変よ、あなたの嫁が私の騎士に寝取られてるわ!」

 フリアエさんが、桜井くんの肩をつかみガクガクと揺さぶる。


「……え? あれ……、高月くん? なんだか雰囲気が変わったね」

 先程まで生気がなかった桜井くんの目に光が戻る。

 意識を取り戻したらしい。


「実は、イメチェンしたんだ」

「高月くんに似合ってるね」

「そりゃ良かった」

 ルーシー、さーさんには不評だった銀髪碧眼。

 桜井くんには好評らしい。


「リョウスケさん!」

 ノエル女王が、歓喜の声で駆け寄ろうとする。

 俺は彼女の腕をつかんだ。

 ノエル女王は、はっとした表情になり足を止めた。


「すいません……取り乱しました」

「いえ……冷静でよかった。姫、それに桜井くん。久しぶり」

 俺は油断なく二人に話しかけた。


「私の騎士……、どうしてルーシーさんやアヤさんじゃなくて、その女と一緒なのよ」

 フリアエさんがやや不満そうに唇を尖らせる。

 

 ……ドン! ……ドン! 


 その時、遠くで魔法の爆発音が響き、小さく地面が揺れた。

  

「ルーシーとさーさんは、あっちで暴れてくれてるよ」

 もしくは紅蓮の魔女さんなのかもしれないが。


「そう……、あの二人に会えたのね。よかった」

 フリアエさんが微笑む。


 隣の桜井くんは、何か言いたげな表情だ。

 魅了で操られていないのか?

 いや、そんなはずはない。


(……さて、どう仕掛けるか?)

 少しだけ悩む。


(とっとと、やっちゃいなさいよ。簡単でしょ?)

 軽く言うのは運命の女神イラ様だ。


 この女神様ひとは……まったく。

 苦笑しつつ、俺は行動することにした。


 同時に、ノエル女王の手を離す。

 神族になった俺が魔法を放つ時に同調をしたままなのは不都合が起きるかも、と思ったからだ。


「時の精霊さん……」

 俺がそう呼びかけると同時に。




 ――光の勇者。太陽の聖女を攫いなさい




 フリアエさんの口から、しかし彼女ではないような冷たい声が発せられた。

 そして、桜井くんが音よりも早くノエル女王に迫る。

 そして、何より驚いたのが俺にはこの光景が


 先程の悪魔の王との戦い。

 そこでははっきりと知覚できた未来。

 それが全く視えない。


(マコくん。厄災の魔女ちゃんは大魔王にして廃神イヴリースの神力を受け継いでいるの。だから貴方でも未来は視えない。油断しちゃ駄目よ?)

(ちょっとー! 気をつけなさいよ、高月マコト!)

(だからって、別に負けやしないわよ。私のマコトは)


 女神様たちが喧しい。

 もちろん、厄災の魔女の好きにはさせない。

 操られた桜井くんが、ノエル女王に触れる直前。

  


 ――時魔法・凍る世界



 俺は桜井くんとノエル女王の時間を止めた。

 二人は彫像のように動かなくなる。


「桜井くん、ノエルさん。少しだけ待ってて」

 もっとも二人にとっては1秒にも満たない待ち時間ではあるが。


 そして俺はフリアエさん――いや、その身体を乗っ取っている厄災の魔女に向き直った。


「久しぶりですね、厄災の魔女ネヴィアさん。相変わらずだまし討ちがお好きですね」

「……そのように易易と神級魔法をお使いになるなんて……。噂は本当だったのですね」

「うわさ?」

「邪神ノアが復活し、その使徒が神へと成った。……馬鹿げた与太話だと思ったのですが……」

 おお!

 ノア様の復活がもう広まっているのか!

 

「たった一人で天界全域を巻き込む神界戦争を起こしかけた狂った女神。そんな暴神が復活したと、天界のみならず、魔界、冥界、全宇宙の神々が恐れ慄いているとか」

「…………ノア様?」

 なんか滅茶苦茶言われてますけど。

 俺が言い返してやりますよ。



 ――特に間違ってないわよ、高月マコト。

 ――残念ながら、現在ありとあらゆる世界が大混乱に陥ってるからネヴィアちゃんの言葉は正しいわよ

 ――うっさいわねー。若き日の過ちってやつよ。



 女神様たちの御言葉が、天から降ってくる。


「この声は……、水の女神に運命の女神……あと一人はまさか……」

「ノア様ですよ」

「…………」

 その言葉に厄災の魔女さんの顔が引きつる。


「かつて大魔王イヴリース様はおっしゃいました。この世界には決して逆らってはいけない神々がいる。厳格なる全知全能の光の女神アルテナ。死と混沌を支配する闇の女神ナイア様。そして……この世界の全ての規律を乱す自由と破壊の女神ノア……」

「えらく物騒な名前でうちの女神様を呼びますね」

 失礼な。


 ――大魔王イヴリースは、魔界を追われた最下級の神族だから、拗ねてるのかしら

 ――神から力を与えられたマコくんとネヴィアちゃん。だけど主神が天と地ほど違うんだから、仕方ないわね

 ――ほら、高月マコト。とっとと終わらせちゃいなさい


 俺は呆然としているネヴィアさんに近づいた。


「今から姫とネヴィアさんの魂を切り離します」

「魂が融合した私たちを元に戻すなんてできるはずがない……と言いたいですが、できるのですね。神と成った使徒さんなら」

奇跡まほうは運命の女神様の作成ですけどね」

 そう言いつつ、慎重に厄災の魔女の正面に立った。


(……抵抗しないのか?)

 俺の疑問に答えるように、ネヴィアさんが口を開いた。


「無駄なことはしない主義なんです」

「信じませんが、では奇跡を使います」

 厄災の魔女さんは、すぐ嘘をつく。

 なので不審な動きがないか、監視しつつ俺はイラ様に譲り受けた奇跡を放った。




 ――運命の女神の魔法・AAA




(なんか魔法の名称が適当だけど……)

 一抹の不安を覚えるが、運命の女神イラ様の奇跡まほうだ。

 きっと大丈夫だろう。


 厄災の魔女――フリアエさんの身体が虹色に包まれる。


 そして、ふわりと蒼い人影がフリアエさんの身体から出てきた。


 それは千年前に見たネヴィアさんの霊体だった。


 フリアエさんの身体がくたりと倒れる。

 地面に着く直前に、俺は彼女の身体を受け止めた。

 小さく呼吸音が聞こえる。

 だが、意識は失っているようだ。


「……」

 霊体となった厄災の魔女さんがこちらを見ている。

 恨めしそうな顔ではなく、何かふっきれたような爽やかな表情だった。

 厄災の魔女の動きは気になるが、その前にやることがある。


 俺は時を止めてある桜井くんとノエル女王に近づいた。

 魅了された桜井くんが、ノエル女王に迫る直前。

 ここでやるべきは。

 

「ノエルさん、動いて」

 俺が告げると、石像のように静止していたノエル女王がびくっと身体を震わせた。


「えっ!? リョウスケさん? あれ……私は一体……何を……?」

「ノエルさん、桜井くんの魅了のろいを解いてください。その後に、桜井くんの時間を戻しますね」

「え……、時間を? ……えっと、わかりました。まずは魅了を解きます……えっと、これは止まっているのですか?」

 時間停止に慣れていないノエル女王が戸惑っている。



 ――地上の民が神級魔法の時間停止を見たことあるわけないでしょ。



 イラ様の呆れた声が聞こえた。


「でも、千年前はちょくちょく時間停止の魔法を使いましたよ?」



 ――それは高月マコトが、運命の女神わたしと同調したからでしょ! 普通は地上の民が神族と同調なんてしたら発狂するのよ。ほんと馬鹿なんだから



 あー、そう言えばそうでした。

 運命の女神様から神気を分けてもらったんでしたね。



 ――え? マコくんとイラちゃんが同調?

 ――あー……、そう言えばそんなことあったわね

 ――ノア、知ってたの!? イラちゃん!? それって神界規定違反よ! ねぇ!


 ――マコト……あんた同調したのね……私以外の女神おんなと……



 ノア様と水の女神エイル様が、急に騒がしくなった。

 二柱の女神様が慌てておられる。



 ――きゅ、急用を思い出したわ! 高月マコト、あとは任せたわよ! じゃあね!



 と言い放って、イラ様の声はそれっきり聞こえなくなった。


 

 ――マコく~ん、あとで聞かせてもらえる?

 ――マコト、あとで説教ね。



 え、なにこれ怖い。


「マコトさん……大丈夫ですか?」

 挙げ句、ノエル女王に心配された。


「大丈夫……ですから、ノエルさんは桜井くんを」

「は、はい……」

 なおも俺に同情的な視線を向けつつ、ノエル女王が桜井くんの呪いを解く。

 黄金に輝く魔法が、ゆっくりと桜井くんの身体を包んだ。



「マコトさん、これで呪いは解けたはずです」

「わかりました。じゃあ、少し離れてください」

 と言うと、俺は桜井くんの真正面に立つ。


 今の桜井くんは、ノエル女王に向かって突進している。

 だから、時間停止を解けば音速で動き出す。

 それを誰かが止めなければならない。


「精霊さん……、時は動き出す」

 俺は時間停止を解いた。


 ドン!!!!!


 とすさまじい衝撃が俺の身体を襲う。

 桜井くんの身体を正面から受け止める。


(痛っ!!)

 猛スピードのトラックに突っ込まれたような錯覚を感じたが、なんとか止められた。

 神化したから受け止められた。

 以前の人族の俺なら、粉々になっていただろう。

 

 俺が受け止めた桜井くんは魅了が解け、 キョトンとした顔をしている。


「あれ……高月くん? 僕はどうなって……、一瞬厄災の魔女の声が聞こえた気がしたんだけど……」

「ネヴィアさんに操られてノエルさんに攻撃しようとしたのを止めたんだ。今は魅了は解けてるはずだよ」

「ゴメン……高月くん。僕はまた君の迷惑に……」

「いいって」

 落ち込む桜井くんの背中をぽんぽんと叩く。


「高月くんには助けられてばっかりだ」

「そうだっけ?」

 水の神殿で最初にパーティーに入らないかと誘ってくれたのは桜井くんだ。

 その後も、太陽の国で勇者となっても変わらず接してくれた。

 だから、一方的ってわけじゃない。

 

「自分が情けないよ……」

「困ってたらいつでも助けるよ」

「高月くん……」

 これはかなり弱ってるな。 

 さて、どうやって慰めたものかと思案していると。



「あんたら……男同士でいつまで抱き合ってるのよ」

「マコトさん! 身体は大丈夫ですか? リョウスケさんにぶつかって凄い音がしましたが……」

 気がつくと目を覚ましたフリアエさんとノエル女王が、すぐ側に立っていた。

 桜井くんは、落ち込んだままではいけないと察したのか表情を戻す。


「ノエル、助けてくれてありがとう」

「リョウスケさんっ!」

 ノエル女王が桜井くんの胸に飛び込む。

 桜井くんがその華奢な身体を抱きしめている。

 勇者と姫って感じで絵になるなぁ、なんて思っていると。


「私の騎士!」

 眼の前に黒髪の美女の顔があった。

 そして気がつくと抱きしめられていた。

 ……あれ? なんか逆では。

 

「姫、無事で良かっ」

 最後まで言えなかった。

 言葉を発する口は、フリアエさんの


 俺はゆっくりとフリアエさんの身体を抱きしめた。



 と、同時に『RPGプレイヤー』の視点切替で厄災の魔女さんに警戒した。

 

 霊体となっても呪い魔法を使える可能性はある。

 が、厄災の魔女は冷めた視線を俺たち……、特に桜井くんのほうに向けていた。


 ちらっとみると。

 桜井くんとノエル女王が熱いキスを交わしている。

 もちろん、フリアエさんも俺にキスをしているわけで……。


 それを少し離れた位置で、厄災の魔女さんは見せつけられていると。

 うん、そりゃやってられんわな。


 俺は心の中で侘びつつ、フリアエさんの気の済むまでキスをさせておくことにした。

 ちなみに、桜井くんも視線だけは厄災の魔女のほうに向けていた。


 たっぷり1分以上経って。


「こんなことをしてる場合じゃなかったわ!」

 フリアエさんが我に返った。

 ようやく俺から身体を離す。


 桜井くんのほうも、ノエル女王と離れている。



「終わりましたか?」

 厄災の魔女さんが、つまらなそうに長い髪をいじっていた。



「待っててくれるなんて優しいですね」

 俺は短剣を抜き、ネヴィアさんに向き合う。


「何を言ってるんですか。使徒さんも光の勇者さんも、私への警戒を怠ってなかったじゃないですか。あれでは何も仕掛けられませんよ」

「え? そうなの私の騎士」

「……ソンナコトナイヨー」

 余計なことは言わんでください、ネヴィアさん。



「では、お覚悟を」

 俺は女神様の短剣を構えた。


 厄災の魔女さんは、全てを諦めた表情をしている。

 抵抗はしない、ということだろうか。

 なら、せめて苦しまないように……。



 ――ストップ! ストッープ! マコくん。



「エイル様?」

 水の女神様から待ったが入った。



 ――止めは光の勇者くんにやってもらって! 神族のマコくんが世界を救わない方がいいの。



「どうしてよ! 私の騎士がリョウスケや私を救ってくれたのよ! なんで手柄を譲らないといけないの!」

 文句を言ったのは俺ではなく、フリアエさんだった。

 それを優しく水の女神様が諭す。



 ――いい? フリアエちゃん。地上の出来事に神族は関わらないほうがいいの。そういうルールになっているから。ここで神族になったマコくんが大魔王の力を受け継いだネヴィアちゃんを倒したら、どうなると思うかしら?



「そりゃ……世界が平和になるだけでしょ」

 納得いってないフリアエさんが反論する。



 ――そうね。でも、遠い未来はどうかしら。マコくんは神族だけどいずれ神界へ移り住むことになる。女神ノアの眷属だから。その後、地上にマコくんが居なくなって『そう言えばあの時、神族の高月マコトが大魔王を倒した。なら、次の大魔王はもっと強いやつでもいいな。どうせなら、神の力を持ったやつを送り込もう』って悪神族の連中や、他の神族まで思うかもしれない。そうすると誰もルールを守らなくなるわ。神代の無秩序の世界に戻ってしまう。



「それは……」

「いいってフリアエさん。じゃ、桜井くん、あとは任せたよ」

「ぼ、僕がやるのかい!?」

 俺が桜井くんに役割を振ると、目を丸くされた。


「ノエルさん。世界を救った伝承は、全部桜井くんの名義で後世に残してくださいね」

「私の騎士!? 何を言ってるの!」

「高月くん!? それは駄目だって」

 俺の言葉にフリアエさんと桜井くんが反対する。


「はぁ……。わかりました。まったくマコトさんらしいですね」

 ノエル女王は苦笑するだけだった。


 流石は海底神殿の攻略仲間。

 理解が早い。


「ねぇ、私の騎士。どうしてそんなにノエルあの女と親しげなの? そもそもそんな呼び方してたかしら……」

 ジトーっとした目でフリアエさんに睨まれる。



「さぁ、桜井くん! 厄災の魔女さんに引導を渡すんだ!」

 強引に話題をずらす。



「わかった……」

 桜井くんが剣を構える。

 その刀身が黄金に……そして七色に輝き始めた。



 厄災の魔女は――それでも動かない。



 晴れ晴れとした顔で、桜井くんを見ていた。



「そうですか……私にとっての死神は貴方でしたか。千年後の光の勇者さん」

 ネヴィアさんは、懺悔するように手を胸の前で組んでいる。


 桜井くんが輝く剣を大きく、上段に構えた。

 そのまま剣を振り下ろすかと思ったが、桜井くんが口を開いた。


「一つ聞きたいことがあるんだ」

「どうぞ。私も最後に言っておきたいことがあります」

 桜井くんの言葉に、ネヴィアさんが微笑む。 


「ネヴィア……君はもっとズルくできたはずだ。ここには高月くんやノエルの親しい者たちがたくさんいる。彼らを人質にとれば、高月くんはもっと困ったはずだ。だけど、君はそれをしなかった。誰も傷つけなかった。何故なんだ?」

 桜井くんの疑問は、俺も持っていた。

 正直、こんなに簡単に決着がつくとは思っていなかった。

 もっと苦労すると思っていた。


 桜井くんの言う通り、ルーシー、さーさん、ソフィア王女、大賢者様モモに危害を加えると脅されたら、俺はもっと動きを制限されていた。

 何よりフリアエさんも実質、人質だった。

 しかし、運命の女神様の奇跡を使う時だって無抵抗だった。


 桜井くんの言葉を聞き、ネヴィアさんは可笑しそうに笑った。


「ふふっ……、何を言ってるんです? 私は傷つけたじゃないですか、貴方を。式典の最中、光の勇者さんを刺すように黒騎士の魔王カインに命じたのは私ですよ」

「僕のことはいいんだ。ネヴィア、君はそれ以外の人は誰も傷つけなかっただろう」


「いや、良くないでしょ」

「リョウスケさん、少しは自分を労ってください…」

 フリアエさんとノエル女王が、同時にツッコむ。


「桜井くんらしいね」

 自分がどんなにひどい目に遭っても、そのことは一瞬で忘れている。


 まるで聖人だ。

 でなければ狂人だ。

 狂っているほど優しい。


「お人好しにも程があるでしょう……」

 呆れたとため息を尽き、厄災の魔女さんの霊体がゆっくりと桜井くんに近づいた。

 何かする気か? と身構えたが魔法を使うような仕草はなかった。

 ただ、桜井くんの目の前に立っただけだ。


「ごめんなさい、光の勇者さん。私は誰も傷つけたくなかった。だってそれは私の望む世界ではないもの。本当は貴方だって傷つけたくなかった……」

 ネヴィアさんが桜井くんの頬にそっと触れる。

 

「いいよ。気にしてないから」

 いや、ちょっとは気にしろ桜井くん。

 剣で刺されたんだぞ?


「あの……私は地下牢で閉じ込められてたんですが」

 ノエル女王がぼそっとつぶやいた。


 その言葉を聞き、厄災の魔女がノエル女王のほうを向いた。

 そして、わずかに顔をしかめる。

 

「だって……仕方ないでしょう。千年前に心の傷トラウマを植え付けられた相手とそっくりなんですから」

「トラウマ…………アンナさんですか?」

 確かにノエル女王は、アンナさんと瓜二つだ。


「あの女に『真っ二つ』にされた記憶が蘇るのですよ……、太陽の聖女を見ていると」

「あー、それは仕方ないですね」

 少しだけ同情する。


「それは貴方も同じですよ、使徒さん」

「俺ですか?」

 ネヴィアさんが小さく俺を睨む。


「使徒さんが千年前にやってきてから、全ての計画が狂っていきましたから。今回も同じです。千年後に戻ってきた使徒さんと、あの女にそっくりな太陽の聖女が一緒に逃げた時、私は悟りました。『あぁ、今回も計画は失敗した』と」

「今回はかなり危なかったと思うけどね」

 正直、千年前の比じゃなかった。

 海底神殿の攻略も、人生全ての幸運を使い果たしたくらいの気持ちだったし。


 そこで、ふと海底神殿攻略を手伝ってくれた女神様の言葉を思い出した。

 危なっ。

 忘れてたら、あとで絶対に怒られるところだった。


「ネヴィアさん。月の女神様からの伝言です」

「ナイア様が……?」

 厄災の魔女さんの目が大きく見開く。



「一体、何と……?」

「『頑張ったね』だそうです」

「…………」

 俺の言葉に、ネヴィアさんは何も言わなかった。

 一瞬だけ目を閉じ、小さく笑った。


「ふふっ、相変わらずあまり褒めてくださらない女神様ですね」

「そうなんですか?」

「そうよ! 月の女神なんて、巫女のことなんて何にも気にしてないんだから!」

 ネヴィアさんの言葉に、激しく同意したのはフリアエさんだった。

 月の巫女二人から同じように言われてる。


「でも、月の巫女ではなくなった私のことを覚えていてくださったんですね。失敗した私のことなんて忘れていると思っていたのに」

 ネヴィアさんはうれしそうだ。

 伝えることができてよかった。


「じゃあ、ネヴィア」

 桜井くんが告げる。


「ええ、覚悟はできています」

 厄災の魔女さんが目を閉じる。


 桜井くんが持つ光の剣が強い輝きを放つ。


 これでやっと……、全てが終わる。




 ――ん? ねぇ、エイルこれって。

 ――あ、あれ? ちょっとまずいんじゃ……

 


 その時、天から声が降ってきた。

 考えるまでもなく女神様たちだ。


「ノア様、エイル様? どうしたんですか?」

 真面目シリアスなシーンに割り込まないで欲しい。



 ――ねぇ、マコト。ネヴィアちゃんとフリアエちゃんの魂の分離、

 ――このままネヴィアちゃんを倒すと、フリアエちゃんのほうにも影響でちゃうかも



「「「「「え?」」」」」

 これには一同驚く。

 というか厄災の魔女ネヴィアさんすらびっくりしていた。

 本人も気づいてなかったのか……。

 


「これって……運命の女神様のミス……ですか?」


 ――みたいね

 ――はぁ、イラちゃんってば。


 あの女神様ひとはー!

 今度会ったら、文句言わねば。



 ――マコト。今確認したけど、フリアエちゃんが死んじゃうようなことは無いわ。

 ――そうねー、多分だけどこれまで魂が混じってたネヴィアちゃんが居なくなると、一時的に魂が欠損したと勘違いして、長い眠りについちゃうくらいかも


「長い眠り……?」

 俺とフリアエさんが目を見合わせる。


「具体的にはどれくらいですか?」


 ――数日~数年かしら?


「振り幅が大きい!」

 数日はいいけど、数年は駄目だ!

 厄災の魔女さんを倒すのは、中止だ! 中止!

 だが……。


「別にいいわよ。それくらいなら。眠っちゃうだけでしょ」

 当の本人であるフリアエさんが、おかしなことを言い出した。



「姫? 何を言ってるんだ」

「私の騎士、そんな顔しないで。ちょっと眠るだけよ。気にしないで」

「いや、気にするって……」

 ついさっきまで、厄災の魔女に身体を奪われ。

 何でまた、長い眠りにつかなきゃいけないんだ。

 桜井くんといい、俺の周りには自己犠牲を厭わないやつが多すぎる。



 ――マコトほどじゃないと思うけど。

 ――マコくんに言われちゃねぇ

  


 そうですか?


「さぁ、リョウスケ。やっちゃっていいわよ」

「フリアエ……」

 桜井くんが心配そうな顔で、俺とフリアエさんの顔を見比べる。


「大丈夫ですよ、マコトさん。私の回復魔法とアルテナ様から賜った神杖もあります! フリアエ、何かあれば私が回復させますから!」

「そう、じゃあお願いするわね」

 ノエル女王からの言葉に、フリアエさんが軽く微笑んだ。

 

 そして三人の視線が俺に集まる。

 その時、ふわりと空中に文字が浮かんだ。  




『厄災の魔女』を滅ぼしますか?

 はい

 いいえ




 結局、これかい!

 俺が選ぶのか……。


「絶対に、あとでイラ様に文句を言ってやる……」

 俺は心に誓った。


「……桜井くん、頼んだ」

 俺は『はい』を選んだ。

 フリアエさんの意思を尊重した。


「使徒さんは、いつも大変ですね」

 これから倒されるという相手に同情された。


「ネヴィア……苦しまないようにするよ」

「大丈夫ですよ。霊体である私に痛みはありませんから」

 厄災の魔女は、笑みを絶やさない。



 ――光の勇者くん。そんなに思い詰めなくても、ネヴィアちゃんの魂は天界で裁かれて、罪は償う必要があるけど……、そんなに重くないと思うわ。世界を支配したのに、全然人死がでてないし


 ――変な大魔王よねー。歴代で一番被害が少ないんじゃないかしら



 女神様たちの声が聞こえた。

 それで覚悟を決めたか、桜井くんが小さく息を吐いた。



「さようなら、厄災の魔女ネヴィア


「お元気で、優しい勇者さん」


 次の瞬間、閃光が走った。


 光の斬撃が、厄災の魔女さんが立っていた場所を切り裂く。


 瞬きをした時、そこには誰も居なかった。


「あっ…………」

 フリアエさんが、くたっと倒れる。

 俺は慌ててそれを受け止めた。


「姫……」

 俺が顔を覗き込むと、フリアエさんは眠たそうに笑った。 


「少し眠るわ……、目を覚ました時に私の騎士が居なかったら許さない……わ……よ」

 と言ってフリアエさんが目を閉じた。

 

 すー、すー、という静かな寝息が聞こえる。

 命に別状はなさそうだ。

 ほっとする。


 そして、桜井くん、ノエル女王と目を合わした。


 皆で小さくうなずく。


(終わった……)


 異世界に来てから幾年経ったか。


 長かった。


 けど、ようやく。

  



 ――世界は救われた。

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