335話 高月マコトは、再会する


 ――さて、じゃあ作戦会議ね!



 陽気な運命の女神イラ様の声が天から降ってくる。


「どうなってるんです? この声って」 

「高月マコトが神族になったから直接声を届けることができるのよ。念話と違ってノエルちゃんにも聞こえるから楽ちんね!」

「……ご配慮いただき恐れ入ります、イラ様」

 ノエル女王が畏まっている。


 俺たちが今居る場所は、太陽の国の王都シンフォニアがギリギリ見える位置。

 ハイランド軍が、王都防衛の隠れ基地としていた場所の一つだ。

 この基地については、イラ様に教えてもらった。


 水や食料はふんだんにある。

 が、人は居ない。

 みんな、厄災の魔女に操られてどこかに行ってしまったのだろう。


、どうしましょうかね?」

 俺は基地にあった保存食のビーフジャーキーを、ゴリと齧る。

 塩っぱい。

 喉が渇く。

 麦酒エールが飲みたいが、それは我慢。


 俺の視線の先にあるのは、呪われ黒く淀んでいるハイランド城。

 そして、そこからモクモクと吹き上がる灰色の霧。

 あれが世界を蝕んでいる呪いの大元だ。


 そして、王都の上空には、無数の人影。

 何百、何千との宙に浮く黒い影。

 あれが全て……厄災の魔女が操っているらしい。

 いや、虫じゃないんだからさ……。

 魔王のバーゲンセールかよ!



 ――神族になった高月マコトなら魔王が何人いようと、関係ないでしょ? 全員、やっつけちゃなさいよ。



 運命の女神イラ様は簡単に言ってくれる。

 

「神化した影響か、自分の魔法を上手く制御できないんですよ。一度、風の大精霊シルフを呼び出したらえらいことになりましたよ」

太陽の国ハイランドの王都で嵐を起こされるのはちょっと……」

 俺の言葉にノエル女王もコクコクとうなずく。

 となると、俺の取るべき行動は。


水の大精霊ディーア」 

 いつもの彼女を呼んだ。

 

「ここに、我が王」

 音もなく水の大精霊が現れ、俺に跪いている。

「ディーア……」

 話しかけようとして、ふと違和感を覚えた。

 水の大精霊の目は潤み、頬を染め、蕩けるような笑顔を浮かべている。


「あぁ……、我が王。ついに……ついに成られたのですね……。私たちを導いてくださる存在に……。あぁ、愛おしい……この麗しの肌……」

 俺の手をとりうっとりとした表情で、手の甲に頬ずりをしている。


「えっと……ディーアさん?」

 どうも彼女の様子がおかしい。

 


 ――ざっと千五百万年ぶりの新たなティターン神族の降臨に精霊たちが喜んでるみたいね



「ノア様?」

 よかった。

 やっと御声が聞けた。


「ノア様、水の大精霊ディーアの様子が変なんですけど……」


 ――テンションが上がってるだけだから、そのうち落ち着くと思うわ。あんまり気にしなくていいわ。


「そうですか」

 じゃあ、気にしなくていいのかな。

 いつも通り水の大精霊と一緒に、ハイランド城も攻略しよう。


 ――マコくん。得意の水魔法とはいえ、ぶっつけ本番は駄目よ? 神族化した影響で、とっても強力になってるから事前に試しておいてね


「あ、エイル様もいらっしゃるんですね」

 どうやらノア様と水の女神様はご一緒のようだ。

 そしてその忠告はありがたい。

 確かに、熟練度5000を超えている水魔法で失敗はしないと思っていたが、念には念を。

 

 移動用の水魔法は問題なかったが、攻撃魔法はまだ試していない。

 何の魔法を使うか、少しだけ考えたのち。


「水の奇跡・水弾ウォーターボール

 俺は最も初歩的な魔法である水弾を発動した。


「あれ?」

 通常なら掌の上にサッカーボールくらいの水の玉が浮かぶはずなんだが……。

 発動しない。

 ば、ばかなっ!

 水弾ウォーターボールを失敗するなんて、あるはずが。



 ――高月マコト、上を見なさい。



 イラ様の呆れた声が聞こえる。


「上? ……げっ」

「ひゃっ!」

 思わず変な声がでた。

 ノエル女王が、小さく悲鳴を上げる。


 俺の頭の上、10メートルほどの位置に。

 竜よりも大きな水弾ウォーターボールが浮いていた。

 なんで?



 ――マコくん、水弾ウォーターボールは地の民が少ない魔力で、自分たちで使えるように工夫した魔法なの。神様が使うような魔法じゃないわよ☆


 ――マコトは、神になったんだから自分で奇跡まほうを創りなさい。


 再び女神様たちから助言を賜った。


「自分で魔法を作る、ですか?」

 ノア様の言葉に、驚く。

 が、冷静に考えると面白そうだ。

 自分で好きに魔法を作れるなんて。


 その時だった。


「ま、マコトさん!?」

 ノエル女王の焦ったような声が聞こえた。

 彼女の視線の方を見ると、こちらに向かってくる黒い影が見えた。


「あちゃー、魔王軍団に見つかりましたね」

 こんなでかい水弾ウォーターボールが浮いていれば、そりゃ目立つだろう。


「た、大変です。逃げないと!」

 ノエル女王があわわ、と言っている。



 ――何で?

 ――別に逃げる必要はないでしょ。

 ――マコくん、加減しなきゃ駄目よ?


 

 女神様たちは冷静だった。

 俺も冷静だった。

 

 これはあれだな。

 新しい俺だけの魔法を試す機会チャンスというやつだ。


 こちらに向かってくる魔王は20体ほど。

 ぱっと見、古竜の王アシュタロトには到底及ばない。

 不死の王ビフロンスよりもずっと弱いかもしれない。

 所詮は厄災の魔女に復活させられ、操られている魔王に過ぎない。


 俺は脳内で、こちらに向かう魔王たちを撃退できる魔法をイメージする。

 一網打尽にできるような魔法がいい。

 水だけだと攻撃力に欠けるから、氷属性を持たせよう。

 形はカッコいいから剣の形がいいな。

 よし、決めた。



水の奇跡みずまほう・降り注ぐ輝剣」



 宙に浮いていた巨大な水弾ウォーターボールが分裂し、無数の輝く剣の形となる。

 光を放つ空色の魔力の剣マナブレイドたち。

 それが雨となって魔王たちに降り注いだ。



「………………ッ!!」

「ッ!!!!」

「…………!!!!」


 魔王たちは躱そうと、あるいは剣を防ごうとした。

 しかし、どちらも叶わず輝く魔力の剣に貫かれ、氷像となった。

 

 

「……す、凄い」

 ノエル女王がぽつりと呟く。

 


 ――上出来じゃない? マコト


 ――でも、周りへの影響が大きすぎかなぁ。マコくん50点。



 ノア様からは褒められ、エイル様は辛口採点だった。

 やはり水魔法に関しては、厳し目ということだろうか。

 そして、エイル様の指摘はもっともだった。


 俺が魔法を放った一帯が、まっしろの雪原になっている。

 さっきまでは、青々とした草原だったのに、だ。



 ――マコくん、あとでこの氷を溶かさないと駄目よ?


 ――そうね、放置すると溶けないわね



「百年!?」

 ノエル女王が悲鳴をあげる。

 王都のそばがそんなことになったら、たまったもんじゃないだろう。


「あとで処理します……」

 駄目だ。

 使い慣れた水魔法ですらこの馬鹿げた威力。

 神化の影響が大きすぎる。


 ……どうしよう、このままハイランド城につっこんでいいのか?

 もう少し練習したほうがいい?

 でも、これ以上仲間たちを待たせるのも……。

 悩んでいた時。



 ゴウッ!!!!!

 


 と巨大な火の玉が落ちてきた。

 俺とノエル女王を狙った、というよりは雪原のど真ん中に落下し、ドン! と巨大な火柱が立ち昇る。

 俺が作ってしまった雪原がゆっくりと溶けていく。

 お、ラッキー。


 そして、その火柱の周りでは沢山の火の精霊たちが踊っていた。

 火の精霊魔法……?

 しかも、相当な使い手だ。



「ありゃりゃ? 変な魔法だなーと思ったら、ルーシーの彼氏くん?」

 空から声が降ってきた。

 女神様たちのものではない。

 

 声のほうを見上げると、そこには紅いローブとマントに、金髪をたなびかせるエルフの女性が浮いていた。

 そして両脇には誰かを抱えている。

 その抱えられた人物も気になったが、まずは精霊使いの女性に声をかけた。

 

 

「ロザリーさん?」

「紅蓮の魔女様!?」

 俺とノエル女王の声が揃う。



 俺たちを見下ろしているのは、木の国スプリングローグの英雄にしてルーシーのお母さんである紅蓮の魔女ロザリーさんだった。




 ◇




 ――ロザリー・J・ウォーカー



 紅蓮の魔女の二つ名を持つ凄腕の精霊使い。

 そして、ジョニィさんの孫娘。


 最近は全然姿を見てなかったのは、修行中だったからのはずだ。

 が、大魔王との戦いの時ですら居なかった気がする。

 そうか、ロザリーさんは操られていなかったんだ。


「んー? あれー? ルーシーの彼氏くん、なんか雰囲気変わった? おしゃれになってるー」

 相変わらず対人距離パーソナルスペースがほとんど無い人だ。


 俺の銀髪碧眼を興味深そうに、じろじろと舐め回すように見てくる。

 そして、俺もロザリーさんに聞かないといけないことがあった。


「あの……、ルーシーとさーさんは大丈夫なんですか? そもそも何で二人を抱えてたんですか?」

 ロザリーさんが抱えていたのは、俺の仲間二人だった。


 今は二人とも気を失って、地面に寝かされている。

 それをノエル女王が回復魔法で癒やしている状況だ。


「うーん、私がハイランド城に来たらさ? なんか王城が真っ黒になってるじゃない? おっ! これは何か事件があったな、と思って大賢者のやつでも探そうと思ったのよ。そしたら、ルーシーとその友達のアヤちゃんがやってきて『逃げて! 私たちは操られてるの!』とか言ってくるじゃない? 生意気にも『ママを怪我させちゃう!』とか言うからさ。してやったわ!」

「返り討ちにしたんですか……」

 相変わらずロザリーさんがとんでもない。

 ルーシーは相当強くなったし、さーさんに至っては勇者クラスのはずなんだけど。

 あっさりと二人を打ち負かしている。


「二人は怪我はしてないですよね?」

 ルーシーはロザリーさんの娘だが、俺の大切な仲間でもある。

 さーさんだって同じだ。

 見た所大きな怪我はしてないようだけど。


「ふっ、安心しなさい。峰打ちよ」

「…………はぁ」

 魔法に峰打ちはないだろう、と思ったが相手は紅蓮の魔女ロザリーさんだ。

 どうとでもなるのだろう。

 要は手加減をして、ルーシーとさーさんを圧倒したらしい。

 やっぱ、ぱないわ。


「次はこっちの質問に答えてー。彼氏くんの外見ってどうしたの? この銀髪綺麗ねー、さらさら。それに瞳の深い青い色も美しいわ」

 無遠慮に俺の髪の毛を撫でられたが、嫌な感じはしない。

 女神様とはまた違った安心感があった。

 俺はロザリーさんの質問に、端的に答えた。


「実は海底神殿を攻略しまして。女神ノア様に力を分けていただいたんですよ」

「……………………………………へぇ」

 てっきり信じて貰えないと思いつつ説明したが、ロザリーさんの目が鋭くなった。


「その話、あとで詳しく聞かせてもらっていい?」

「ええ、もちろんです」

 今説明しろ、と言われると長くなりそうだったので助かった。

 そして、ロザリーさんからの質問が止まらない。


「ねぇねぇ、それからあっちの高貴そうなお姫様はだぁれ? また、新しい彼女? 確か彼氏くんって水の国の王女様と婚約してなかったっけ? 隅に置けないなー!」

「……誰かご存知ないんですか?」

 いくらロザリーさんとはいえ、失礼では?

 現在の太陽の国ハイランドの女王だぞ。


「あれ? そんなに有名な人? えっと、そう言えばどこかで見た覚えが……」

太陽の国ハイランドのノエル女王陛下ですよ。今は一緒に行動しています」

「げっ、女王様!? そうだ! 見たことあった!」

 ロザリーさんがのけぞる。

 本気で気づいてなかったらしい。


「やっば、彼氏くん、やばー! ハイランドの女王様に手をだしたの!? うわー、すごーい! やっぱり只者じゃないと思ってたのよねー」

「違いますよ! 何でそーなるんですか!」

 とんでもない誤解だ。

 ノエル女王は、幼馴染の桜井くんの奥さんだ。


「え、でも二人で冒険してるんでしょ? 海底神殿も一緒だったの? キスくらいはした?」

「するわけないでしょ!? 頭おかしいんですか!」

「えー、男女二人で冒険して何もしないなんてある?」

「ありますよ!」

 あるよな?


 ――珍しいんじゃない? ま、私のマコトは誠実だから


 ――マコくん、草食よねー。


 ――未だに童貞なんでしたっけ? エイルお姉様


 ――そうそう、信じられないわよねー、イラちゃん 


 ――別にいいのよ、マコトはずっと童貞のままで。

 

 女神様たちからまで、口々に言われた。

 ノア様、童貞のままは嫌です。


「ちょっと! 集中できないので静かにしてもらえませんか!!」

 ノエル女王に怒られた。


「「……はい、ごめんなさい」」

 俺とロザリーさんは素直に謝った。

 女神様たちも静かになった。


 ロザリーさんは女神様たちの声に、怪訝な顔をしている。

 ノエル女王の回復魔法を待っている間に、現在の状況を説明した。


 大魔王のこと。

 世界中の人々が魅了されていること。

 元凶の厄災の魔女のこと。

 

 ロザリーさんは、別の世界で修行をしていたようでこの星の状況を全く理解してなかったので説明には時間がかかった。


 ようやく、一通りの説明を終えた時。


 無事にルーシーとさーさんは目を覚ました。




 ◇




「あれ……私は……?」

「うぅ……頭がぼんやりする……かも」

 ルーシーとさーさんがふらふらと立ち上がる。

 その瞳は、『魅了』されたものではない。



「ノエルさん、『魅了』の解除はうまくいったみたいですね」

「ええ、太陽の女神アルテナ様から賜った杖のおかげです」

 ノエル女王が微笑む。

 よかった。


「るー……」

 俺が二人に声をかけようとする前に。


「おはよう! ルーシー。あとアヤちゃんも! 呪いは解けてる!? ママの顔はわかる?」

「ママ!? どうしてここに?」

「るーちゃんのお母さんだ!」

 ロザリーさんが娘の頭をぽんぽんと叩いた。


 先を越された。

 が、娘を心配する母のほうが優先だろう。

 俺は静かに見守ることにした。


「あんたたちが操られてたから、私が助けてあげたわよ! と言っても、呪いを解いたのはこっちのノエル王女様だけど。御礼を言っておきなさい!」

 ロザリーさん、王女じゃなくて女王陛下ですよ。


「ノエル女王、ありがとうございます」

「ノエル様、ありがとうございます。ところで……ソフィーちゃんや他の人たちは居ないんですね」

 ルーシーとさーさんが、ノエル女王に御礼を言っている。


「無事に目覚めてよかったです、ルーシーさん、アヤさん。残念ながらソフィアさんや他の巫女は、厄災の魔女に囚われています。私が無事なのは、マコトさんのおかげです」

「…………え?」

「…………マコ……高月くん?」

 ノエル女王の言葉に、二人が反応する。


「マコトは無事なんですか!?」

「高月くんは、どこにいるんですか!!」

 凄い剣幕だ。


 って、俺はここに居るんですけど?


「あの……、ルーシー、さーさん?」

「マコトさんはこちらですよ」

 俺が二人に声をかけるのと、ノエル女王が俺の方へ顔を向けるのは同時だった。

 ルーシーとさーさんが、ばっとこちらを見る。


「マ……コ……ト……?」

「え…………高月……くん?」

「ああ、俺だよ。二人が無事でよかった」

 俺は笑顔で二人に近づく。


 てっきり、いつものようにルーシーとさーさんに抱きつかれると思って身構えていたのだが。

 二人は、銅像のように固まっている。

 あれー? 



「……………………」

「……………………」

「ルーシー? さーさん?」

 おーい、と手をふる。

 が、反応が薄い。

 ようやく二人が口を開いた。


「マコト……その髪……」

「高月くんの目……」

「ああ、これ?」  

 どうやら銀髪碧眼になったことで、二人は戸惑っていたらしい。



女神ノア様を海底神殿から助け出して、眷属になったんだ。その証だよ」

 俺は胸を張って答えた。


 が、仲間からの反応は薄い。


「ルーシー、さーさん。どうしたの?」

 俺が尋ねると、二人はワナワナと肩を震わせていた。


「なんか違う……、マコトなんだけど、私の知ってるマコトと違う」

「チャラくなってる……。私の高月くんがチャラ男になってる……」

「…………えぇ」

「マコトが変な女神おんなの影響でおかしくなった!!」

「大変だよ、るーちゃん! 高月くんが悪い女に騙されてるかも!!」



 ――こらー!! 誰が変な女よ!!



 ノア様の声は二人に届かなかった。


「まぁまぁ、見た目は変わっても中身は同じだよ」

 俺は二人をなだめた。


「うぅ……、マコトは前のほうがカッコいいのに」

「だよねー、るーちゃん」

「そっかぁ……」

 神化した俺の姿は、ルーシーとさーさんには不評でした。

 

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