329話 海底神殿
大天使たちの追跡を躱しながら、俺とノエル女王は海底神殿の敷地に飛び込んだ。
「痛っ……!」
地面と激突するのを水魔法で衝撃を緩和する。
が、全ては防ぎきれなかった。
よろよろと立ち上がり、抱きしめているノエル女王に顔を向ける。
腕の中にいるノエル女王は気を失っていた。
呼吸音は正常で、怪我はしていない。
ノエル女王も心配だが、まずは俺たちを追っている大天使を何とかしないと。
「…………あれ?」
慌てて振り向くが、先程まで冷酷な暗殺者のように無表情で俺たちを追い回していた大天使たちの姿が無くなっていた。
いや、それだけでなく。
「天使たちが居ない?」
空を埋め尽くすほどの天使たちの姿が消えている。
代わりに何かがパラパラと海に落ちている。
あれは……、リヴァイアサンの鱗か?
残っているのは俺が呼び出した
「我が王! おめでとうございます!」
呆然とする俺の前に、目を潤ませた
その身体は、血こそ流れていないがボロボロだった。
「ディーア、大丈夫か? それにこれは一体……」
「到達されたのですよ! 我が王は『
「ディーアは酷い怪我をしてるじゃないか。休んでいたほうが」
「ふふ……、私は精霊ですよ。こんなものはすぐに治ります。それよりも早く女神様の所へ……」
にこやかに微笑みディーアの姿が見えなくなった。
忙しないが、ディーアが無事でよかった。
力を貸してくれた水の大精霊たちも、もとの星に戻っていくようだ。
まだ、現実味がなくて頭がふわふわしている。
あと、心配なのは……。
(よくやったな、高月マコト!)
(
念話で話しかけてきたのは、囮になってくれた魔王だった。
(時の精霊に助けられたな……、だが神獣の攻撃で、半身を失った。しばらくは動けそうにない。今は適当な島で身体を癒やしている)
(は、半身!? 全然大丈夫じゃないだろ!)
というか普通は死ぬだろ。
(神器の鎧のおかげだ。本来なら瀕死の肉体が復活していく。くくく、素晴らしい神器だ。このようなものを寄越してくれて礼を言うぞ、高月マコト)
(…………貸してるだけだからな?)
(………………さて、私は疲れた。少し眠るか)
(お、おいっ!)
念話を切られた。
あいつ、
しかし、アシュタロトも無事で良かった。
カインの形見である神器が、役立ったようだ。
たはー、っと大きく息を吐く。
そして、なんとなく空を見上げると。
………………ズズズズズズズ
と、一生懸命
そういえば落下中だったね……お月さま。
というか、戻ってもらわないと困る。
自分の頭より大きい月をよいしょ、よいしょと、押している神獣は少し愛嬌があった。
(頑張れ~、リヴァイアサン)
そんな俺の心を読んでか。
――ギロリ
とこちらを睨まれた。
ヒエッ!
思わず目を逸らす。
その先に――――黄金に輝く海底神殿があった。
「でかっ……」
一言目は、そんな言葉だった。
遠くから見た海底神殿は東京ドームくらいかな? と思っていたが、全然違った。
高さは高層ビルほどもあり、横幅は長すぎて端が見えない。
人工ではありえない規模の建造物だった。
「…………ん」
その時、気を失っていたノエル女王が目を覚ました。
「ノエルさん? 大丈夫ですか?」
「ここ……は?」
まだ意識がはっきりしていないようだが、顔色は悪くない。
怪我などはなさそうだ。
月の女神様について聞いた所、既に降臨はしていないらしい。
長時間の降臨は廃人コースらしいから、そこはきちんと配慮してくれたようだ。
桜井くんに顔向けできないようなことにならなくて良かった。
「…………凄い」
ノエル女王は海底神殿の雄大さに圧倒されている。
かく言う俺も、似たようなものだが。
「ノエルさん、行きましょうか」
「は、はい」
いつまでもここに突っ立っているわけにもいかない。
ここに来た目的は、ノア様に世界を救うための助けを求めに来たのだ。
俺が先頭に、少しあとに俺の服を掴んでノエル女王がついてくる。
ゆっくりと俺たちは海底神殿のほうへ進んでいった。
◇
「なかなか着きませんね……」
「ですね……」
俺とノエル女王は、かれこれ一時間近く歩いている。
目の前に海底神殿は見えているのだが、その敷地だけで
しかも、何も無いだだっ広い広場ではなく、手入れの行き届いた美しい庭園である。
しかし、
平和な庭園内を俺とノエル王女は、黙々と進む。
水魔法の不死鳥で、飛んでいくこともできたが人類未到達の最終迷宮。
何がでてくるかわからないため、慎重に進んだ。
が、結局何も起こらず、ただの散歩となった。
やっと建物の近くにたどり着いた時には、へとへとだった。
「……やっと着きましたね、ノエルさん」
「……入りましょうか、マコトさん」
海底神殿は古代ギリシャの建物のような形状で、太い柱が周囲をぐるりと取り囲んでいる。
奥は暗く、どうなっているか入り口からは見えない。
神殿の中には、ぽつぽつと炎の祭壇が奥へ続く道を照らしている。
――『索敵』スキル
突然、敵が出てきても対応できるよう引き続き慎重に進む。
しかし、それは取り越し苦労だった。
暗い神殿の中にも、魔物はおろか生物の気配は一切ない。
「静かな場所ですね」
「そうですね」
俺とノエル女王の会話とコツコツという足音が神殿内に、不気味に響いた。
こんな所に、本当にノア様が居るのだろうか?
若干の不安を感じ始めていた時。
「「え?」」
突然、目の前の景色が変わった。
どこまでも続く新緑色の平原。
色鮮やかな平原に、キラキラと輝く泉や真っ赤な果実がなった木が点在している。
幻想的な風景だった。
そして、その平原には多数の生き物の姿があった
「マコトさん! これは一体……」
「ノエルさんは俺の後ろに! 気をつけてください!」
何が起きた!?
俺たちはさっきまで薄暗い神殿内を歩いていたはずだ。
それが、どうして突然外に出てしまったんだ?
「マコトさん! あれを見てください!」
「
ここからそれほど離れていない位置に、二匹の竜が身を寄せ合って眠っている。
そして、その近くにはゴブリンやオークなどの魔物の姿もある。
が、様子がおかしい。
(こっちには気づいていないのか?)
魔物同士で争っておらず、こちらを気にする様子も無い。
見ると他にも、さまざまな生き物や魔物が至る所でのんびりとしている。
「私たちに気づいてないのでしょうか?」
「そんなはずが……」
遮蔽物のようなものは何も無い。
普通ならとっくに魔物がこちらへ襲ってきそうなものだ。
その時、バサバサと大きな翼がはためく音が響く。
俺たちのすぐそばに二匹の大きなグリフォンが降り立った。
「「!?」」
索敵スキルに全く反応しなかった。
俺は慌てて女神様の短剣を構え、いつでも魔法を使えるよう集中する。
が、二匹のグリフォンは仲睦まじい様子でじゃれあっている。
目の前に餌となる人間が居るのに、全く目に入っていないようだ。
「ゆっくり……離れましょう」
「はい、マコトさん」
俺とノエル女王は、グリフォンを刺激しないようゆっくりと距離を取った。
魔物たちから離れることができて、一息つく。
「一体、何なんでしょう? ここは」
「海底神殿の中にいたはずですよね」
俺とノエル女王が戸惑った声で会話していると。
「ここが、海底神殿だよ」
後ろから突然声をかけられる。
振り返ると、そこには銀髪褐色の美女がふわふわと浮いていた。
「
「女神様っ!?」
俺の言葉に、ノエル女王が慌てて跪く。
少し遅れて俺も同じように跪いた。
「手を貸して頂き、ありがとうございます。無事に海底神殿へ辿り着くことができました」
「ふふふ……、良いものが見れたよ。まさか本当に神獣リヴァイアサンの試練を突破するとはね」
月の女神様は、機嫌が良さそうだ。
「あの……、ナイア様はどうして女神様のお姿のままで降臨されているのでしょうか?」
「ノエルちゃん、質問に答えよう」
月の女神様が、くるりと空中で一回転した。
「僕たち神族は、地上への直接の降臨が禁止されている。だけどここは、地上と天界の間にある異界のような場所だ。だから、このままの姿で来れるのさ」
なるほど、だから月の女神様は夢の中で会ったままの姿なのか。
その時、はっと気づく。
「ノエルさん、大丈夫ですか? 女神様を直接見ても」
「え? えぇ、大丈夫ですが」ノエル女王はきょとんとしている。
神様を直接目にすると、精神がおかしくなってしまうという話はよいのだろうか。
「ノエルちゃんは、さっきまで僕を降臨させていたからね。僕の神性に強い耐性を持ったんだろう」
「そうですか……、よかった」
安心して月の女神様と話すことができる。
「月の女神様。さきほどここが海底神殿だとおっしゃいましたね?」
「そうだよ。ここは海底神殿の中だ。おめでとう、騎士くん! 君は惑星ノア史上、初の攻略者になったんだ! 大いに誇りたまえ!」
\ワー!/\キャー!/ パチパチパチパチ
月の女神様の声と共に、どこからともなく大勢の人の歓声と拍手が聞こえてきた。
……わざわざ魔法で演出してくださったようだ。
「あ、ありがとうございます」
二度御礼を言う。
「ここの魔物たちは、私たちを襲ってこないのでしょうか? そもそも見えてすらいないような」
ノエル女王の疑問は、俺も同じだった。
ここは
当然、見たこともない魔物が闊歩していると思っていたが、ここにいるのはどこにでもいる魔物たちだった。
そもそも馬や羊など、魔物ですらない生き物も多数いる。
そして、なぜかどの生物も二匹セットで行動していた。
「二匹でいる理由は簡単だよ。ここにいる生き物は全て『雌と雄』。要は
「つがい……夫婦ということですか」
なるほど、たしかにどの生き物も仲良さそうに見える。
「そんなことより、君たちはノアくんに会いに来たんだろう?」
「は、はい」
月の女神様の言う通りだ。
最終迷宮の中に足を踏み入れ、緊張感が張り詰めていた。
が、危険が無いなら先を急ぐべきだ。
「案内しよう。と言っても、ここから見えているけどね。ほら、あっちの建物を見てごらん」
月の女神様の指差す方向。
――『千里眼』スキル
そこにはポツン、と草原の中に建物が見えた。
形状は、リヴァイアサンの背中に見えた海底神殿と同じように見える。
つまり、神殿の中に小さな神殿があるということか。
ドクン……、と胸が高鳴った。
理屈でなく、感覚で理解した。
(あの建物に…………
思わず駆け出しそうになるのを堪える。
ここにはノエル女王と月の女神様も居る。
ここから神殿までは遠い。
どうやらここにいる魔物たちは、俺たちを敵と認識しないらしい。
なら、多少目立っても大丈夫だろう。
「水魔法・不死鳥……ノエルさん、乗ってください」
水魔法で乗り物を形成し、俺はノエル女王の手を引いた。
そして、ふわふわと浮いている月の女神様と目が合う。
どう見ても飛んでいるが、一緒に水魔法に乗ってもらったほうがいいのだろうか?
悩んでいると……、ぽんと月の女神様が俺のすぐ隣に座った。
「ほら! 出発進行ー☆」
「ゆっくり飛びますね」
女神様と女王様を乗せているのだ。
安全運転で俺はゆっくりと浮上した。
「これは……」
「凄く広い……、それに生き物がこんなに沢山」
上空から見下ろすと海底神殿の広さを再認識した。
草原の果てが見えない。
そして、そこに居る生き物の数もとてつもない。
まるでこの世の全ての生き物がいるような……。
「この世の全ての生き物がいるんだよ」
そう告げたのは、月の女神様だった。
その言葉に、俺とノエル女王は顔を見合わせる。
「何のためにですか?」
「そりゃ、種の保存さ」
俺の疑問に、月の女神様はあっさり答えてくれた。
「種の保存……?」
ノエル女王はピンと来ていないようで、首をかしげている。
俺は、前の世界の知識を口にした。
「確か、絶滅のおそれのある生物を保護する活動……のことですよね?」
口にしながら、眼下の光景との差異に俺も首をかしげた。
草原に居るのは、見慣れた魔物や生き物たちだ。
牛や豚、ゴブリンやオークが絶滅の恐れがあるとはとても思えない。
「そんなことはないさ。地上のか弱い生き物たちは
月の女神様の口調には、謎の説得力があった。
まるでそんなことは『ありふれている』かのような。
「ネヴィアちゃんの呪いだってそうさ。あの子は世界を平和にするために、全ての地上の生き物から『争い』を取り除こうとしている。その
「平和になることが危険なのですか?」
ノエル女王が質問した。
「争いを無くすってことは、競争を無くすってことだからね。『生存競争』をしなくなった生き物は脆いよ。些細なきっかけで滅んでしまう」
「…………はぁ」
ノエル女王はピンときていないようだが、生存競争が生物の進化を促すと聞いたことがある。
厄災の魔女に呪われた世界だと、誰も争わないかわりに、進化が止まるということだろうか。
……何か、話が脱線しているな。
「結局、この場所は何なんですか? 最終迷宮の中が、生き物の保管庫ってわけですか?」
それがよくわからない。
「もともとは女神ノアを封印するために創られた何も無い異界だった場所さ。ところが、長年ノアくんを封印していたせいで漏れ出た神気や精霊たちが、勝手に『世界創造』をしたんだよ」
「ノア様が居ただけで、ここができたってことですか?」
割ととんでもなかった。
しかし、そんな理由ならここが平和なのも納得だ。
「では、ここの生き物たちも女神ノア様が……?」
「いや、生き物を集めたのは
「ここの生き物たちは、食べ物はどうしてるんですか?」
眠っている生き物は居るが、食事をしているモノは居ない。
これだけの数を飼育するのは、維持費がかなり大変だと思うんだけど。
「あぁ、その辺に沢山『命の実』が成っているだろう? あれを食べると何百年もお腹が減らないんだよ」
「い、命の実!?」
ノエル女王が素っ頓狂な声を上げる。
かく言う俺も、まじまじとそこら中に生えている赤い果実の木を凝視した。
一説には『不老不死』の効果があると言われている命の実。
昔、冒険者ギルドでその取引価格を見たら、天文学的な金額だった記憶がある。
勿論、見るのは初めてだ。
そんなものが、ごろごろと生えている。
海底神殿、怖い。
「ほら、そろそろ到着するよ」
月の女神様の言う通りだ。
雑談をしているうちに、神殿のすぐ近くまで来ていた。
俺は水魔法を操り草原へと降り建つ。
そして、目の前の七色に輝く神殿へ向き直った。
(ここに……
月の女神様は何も言わない。
だが、俺には確信めいたものがあった。
間違いなく『ここ』にいらっしゃる。
小さく深呼吸し、俺はノエル女王の手を引いた。
が、それは予想外の力で引き戻された。
「ノエルさん?」
「あの……マコトさん……」
ノエル女王は、自身も戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「どうしました?」
「
「え?」
何を言ってるんだ。
やっとここまで来たというのに。
「ノエルさん? 何を言って……」
「マコトさん! 違うんです! ここまで来た目的を忘れたわけではないんです! でも足がこれ以上前に進まないんです!」
必死に訴えるノエル女王に、俺も異常を悟る。
何かが起きている?
「……どうやら、ノアくんが拒否しているみたいだね」
月の女神様がぽつりと言った。
「ニャル様。どーいう意味ですか?」
「残念ながら、僕もこれ以上進めない。封印が解けたノアくんに祝いの言葉でも、と思ったんだけどね」
「月の女神様も進めないんですか?」
「ああ、封印が解けたノアくんが本気で拒めば、僕だって敵わないさ」
月の女神様が肩をすくめた。
俺は何ともない。
何の違和感も感じない。
……俺だけが来い、というわけだろうか?
「マコトさん、私を置いて行ってください」
「それしか無いだろうね、騎士くん。ノアくんに会えるのは君だけだ。全く羨ましいよ」
ノエル女王が俺の手を離す。
月の女神様は、ニヤニヤとした表情で俺へ手を振っている。
なぜ、ノア様はノエル女王や月の女神様を神殿内に入れたくないんだろう?
せっかく一緒にここまで来たというのに。
「ノア様!!」
俺は大声で、神殿に向かって叫ぶ。
今更ながら、封印が解けたというなら俺に話しかけてくれてもいいはずだ。
なのに、相変わらずノア様からの声は聞こえない。
目の前で神聖な光を放ち続ける神殿の中にノア様は居るはずだ。
なのに何も答えてくださらない。
(直接、聞くしか無いか……)
俺はノエル女王に振り向き言った。
「では、
「はい、お願いしますね」
ニッコリと微笑むノエル女王の表情には、取り残される不安な感情が僅かに滲んでいた。
迷ったが、俺がここに残っても事態は進展しない。
ノエル女王の隣に居る月の女神様は、「ふぁ~」とあくびをしている。
どうやら一緒に待っているつもりらしい。
「ノアくんによろしく言っておいてくれたまえ。ノエルちゃんは僕が見ておくよ」
「わかりました、月の女神様」
俺は大人しく頷いた。
お言葉に甘えよう。
「ノエルさん、少しだけ待っていてください。なるべく早く戻ります」
「はい、お待ちしてますね。お気をつけて、マコトさん」
そう微笑むノエル女王の姿が、アンナさんと被る。
その幻影を振り切り、俺は神殿の奥へと進んだ。
(この先に、
期待と緊張感が入り混じった、奇妙な感情を『明鏡止水』スキルで押さえつける。
俺はゆっくりと神殿内へ足を踏み入れ……。
――そして、ついに
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