328話 高月マコトは、神獣に挑む その2


 ――運命魔法・精神加速マインドアクセル



 俺は可能な限り、精神時間を引き伸ばした。

 ……ずきりと、強烈な頭痛に襲われる。


 無理をしているのは、はっきりと自覚した。

 が、この一分は俺の人生で最も貴重な一分だ。

 下手をすると最後の一分ですらあり得る。


 だから考える。

 今の俺に何ができるのかを。


(高月マコトよ。以前、私にやったように時の精霊で未来を捻じ曲げられないのか?)

(えっ……、古竜の王アシュタロト?)

(念話で話しかけただけだ)

 こいつ……、俺の精神に直接語りかけてくるとは……。

 密かに驚愕していると。


(ふふふ、アシュタロトくん。それは無理さ。星間戦争規模の神獣相手に時の精霊一体じゃ、とても干渉できないよ。時の大精霊でも呼べれば、辛うじてなんとかなるかもしれないけどね)

(上手くはいきませんな、ナイア様)

(それくらいでうまくいっちゃあ、面白くないよ☆)

 当然のように月の女神ニャル様まで精神に語りかけてきた。

 こいつら……、人の頭で雑談しおって。


 ちなみに時の大精霊とやらは、一度もお目にかかったことがないし、居ることすら知らなかった。

 きっと今の俺では絶対に会えないだろう。

 時の精霊を三体呼ぶのですら、寿命の殆どを捧げたのだ。


 俺は古竜の王と月の女神様の雑談を無視する。

 そして、改めて手持ちのカードを確認する。



 水魔法・初級。

 この世界に来て以来、俺の最初の武器であり、相棒とも言える能力。

 自身の魔力マナは少なくとも、水魔法の熟練度を上げ続けたおかげで今の自分がある。

 水魔法においてなら、どんな魔法使い相手でも渡り合える自信がある。



『精霊使い』スキル。

 女神様の信者になることで、賜ったスキル。

 魔力の少ない俺の切り札。

 一人前に戦えるようになったのは、精霊たちのおかげだ。

 魔王との戦いや千年前では、水の大精霊ウンディーネたちから力を借りられたから生き残れた。

 が、頼りになる大精霊たちも、今は天使の相手で手一杯だ。


  

 太陽魔法・初級。 

 千年前に渡る時に、太陽の女神アルテナ様から授かった能力。

 現在、ノエル王女と同調シンクロすることで聖女スキルの『勝利の行軍歌』を水の大精霊たちにかけて強化している。 

 天使軍団となんとか引き分けているのは、このスキルがあってこそだろう。



 運命魔法・初級。

 同じく千年前に渡る前に、運命の女神イラ様にもらった能力。

 現在進行系で運命魔法・精神加速マインドアクセルを使用中だ。

 千年前の強力な魔族や魔王相手に、よく助けられた。 



 女神ノア様の短剣。

 千年前に大魔王を倒した神器。

 何度助けられたかわからない。

 俺の知る限り攻撃力だけなら最強クラスだが、神獣相手には小さすぎる。



『明鏡止水』スキル。

 異世界にやってきて、しょぼいスキルしか与えられず水の神殿に取り残されても自暴自棄にならなかったのは、きっとこのスキルのおかげだ。

 自分より強い魔物や、魔王相手に物怖じせずに挑むことができた俺にとって蔭の立役者。

 現在、神獣相手に冷静に立ち向かえているのもこのスキルがあってこそだ。



 ここまでは、全て神獣相手に使ってきた能力だ。


 しかし、最後のは……。




 ――『RPGプレイヤー』スキル。




 よくわからないタイミングで俺に選択肢を表示してくる変な能力。

 たまに未来の危機を示唆してくれるような場面もあったが、その頻度は気まぐれ。

 結構なピンチに陥った時も、何も反応しなかったケースも多々ある。  


 視点切り替えや地図能力は有効に使えたけど……。


『選択肢が表示される』という条件を、俺は未だによくわかっていない。

 信頼はしているが、使いこなしているという感覚は薄い。

 しかし。


(これが最後だから……)


『RPGプレイヤー』スキル、頼む。


 


 藁にすがる気持ちで、俺は願った。

 その心の声に反応してか、ぽわんと空中に文字が浮かぶ。




『高月マコト。どちらへ進みますか?』


 上空から

 右上から

 右から

 右下から

 直進する

 左から

 左上から

 左下から

 下から



(これは……?)

 目を見開く。


 9つもの選択肢が出現したのは初めてだ。

 この中に『正解』があるんだろうか?

 にしても9個は多いな……。


「ひっ……!」

 隣から悲鳴が聞こえる。

 俺の腕を掴み同調しているノエル女王が、青い顔でこちらを見ていた。

 彼女も選択肢が視えている?


 気になったが確認する時間がない。


 改めて9つの選択肢を眺める。

 正解があるとすれば、1/9。

 残り二体の時の精霊でやり直せても、3/9。


 いや、そもそも次も時の精霊でやり直せる保証は無い。

 相手は神獣だ。

 俺が時の精霊を使っていることを把握して、対策を打たれたら終わりだ。


 これが最後の機会ラストチャンスと考えよう。

 にしても1/9でノーヒントはきつい。


(『RPGプレイヤー』スキルさん……)

 心の中で問いかける。

 


(9個の選択肢から正解を選ぶのは厳しいんだ……)

 どうせなら、頼れるだけ頼ってみよう。

『RPGプレイヤー』スキルにここまで依存したのは初めてだ。



(ずるいかもしれないけど……、『正解』を教えてくれないかな?)

 ダメもとで言ってみた。

 まぁ、流石に無理だろうなぁ、と思いながら。

 



「…………え?」

 



 9つの選択肢の中の一つが、


 まるで『これ』が答えだといわんばかりに。

 おいおいおいおい。

 いいのか、これ?


(…………信じるぞ?)

 小さく深呼吸する。


「アシュタロト! このまま直進だ! まっすぐ海底神殿に向かってくれ!」

 俺は古竜の王に、『RPGプレイヤー』スキルが指し示した『答え』の通りの行き先を伝えた。


「正気か!?」

「本気だ。頼む!」

「……どうなっても知らんぞ!」

 古竜の王は、漆黒の大きな翼を広げ海底神殿に向かって一直線に突っ込んでいった。




◇ノエル・アルテナ・ハイランドの視点◇



 神獣リヴァイアサンとの戦い。


 始まってみればそれは、伝説にあるような神話のごとき戦いでした。


 天まで伸びる神獣の巨体。


 それに対して、降り注ぐ彗星。

 百万を超える水の大精霊と天使たちの戦い。

 そして私たちが乗っているは、最強の魔王と名高い古竜の王。

 

 息が止まりそうになったことは、一度や二度ではない。

 しかも、私たちは、神獣によって一度

 マコトさんの『明鏡止水』スキルと同調していなければ、今頃取り乱していたことでしょう。


(……マコトさん)

 私は水の国ローゼスの国家認定勇者の横顔を見つめました。 


 ――まだ諦めていない。


 その目が物語っているようでした。

 その時、私の手に何か糸のようなものが巻き付いていることに気づきました。


(え?)

 それは、気がつくと一本や二本ではなくいくつも、いくつも、いくつも、いくつも……。

 徐々に増え、まるで生き物のようにうねうねと動いていました。


(これは……運命魔法の因果の糸?)


 もともと太陽の巫女である私が得意なのは太陽魔法のみ。

 しかし、聖女となって七属性全ての魔法適性を得ている。


 大魔王との戦いで必要になるかもと、空いた時間で七属性の魔法についても多少は扱えるようになった。

 その中には運命魔法も含まれていました。



 ――運命魔法・因果の糸



 それは全ての生き物に繋がっている魔力マナのしがらみ。

 その糸を辿れば、相手の未来が視えるらしい。

 私はその域に達していませんが、どういったものかは大賢者様に教えてもらいました。

 因果の糸は、地位が高かったり、力が強い者ほどたくさん繋がっているんだとか。

 

「ノエルはざっと、数千本の因果の糸が繋がっているな。ま、王族は誰でも似たようなものだが……、おまえは格別多い。聖女の生まれ変わりも大変だな」

「そ、そうなのですか? 私にはほとんど視えないのでわかりませんが……」

 自分の身体をきょろきょろと見回したことを覚えている。

 私の運命魔法の熟練度は低く、大賢者様と同じようにはなりませんでした。


 それから対大魔王との戦いで役に立つかもと、王務の合間で運命魔法の修行を続け、うっすらと因果の糸が視えるようになりました。

 そして、急に私の身体に沢山の因果の糸が巻き付いている。

 が、よく見ると私ではなかった。

 この糸が繋がっているのは、私の隣にいる……


「……ひっ!?」

 思わず悲鳴のような、声が漏れる。


 私が腕を掴んでいるマコトさんの身体中に因果の糸が巻き付いている。

 ありとあらゆるところから、因果の糸が伸びマコトさんへと絡みついている。


 因果の糸は増え続けている。

 すでにマコトさんの姿をほとんど見ることができない。

 ぐちゃぐちゃに絡み合った因果の糸で黒く塗りつぶされたようになっている。


 まるで、因果の糸が繋がったような……。


 そして、その因果の糸の塊はどんどん大きくなる。

 あっと言う間に、恐ろしい数の因果の糸の塊に私は

 目の前が真っ暗になった。

 

(な、なんですか!? これは)

(ふふふ……、面白いよね。ノアくんの使徒は)

(な、月の女神ナイア様。これは一体何が起きて……)

(『RPGプレイヤー』スキルと、彼は呼んでいるらしいよ。詳しくは僕にもわからないけどね)

(ナイア様でもわからないのですか……?)

 そんなことはありえるのでしょうか?

 女神様でもわからない能力?


 そもそも一体、マコトさんは何をしているのか。

 疑問は尽きない。

 真っ暗になった時間は、それほど長くなかった。

 ほんの数秒くらいでしょうか。


「アシュタロト! このまま直進だ!」

「正気か!?」

「本気だ。頼む!」

「……どうなっても知らんぞ!」


 気がつくと私たちを取り囲んでいた因果の糸は消えていました。

 そして、古竜の王がまっすぐ海底神殿に突っ込んでいく。


 凄まじい加速。

 一瞬で周りで戦っている水の大精霊や天使たちを置き去りにする。

 しかし、さきほどは古竜の王ですら避けられない攻撃で私たちは殺されたのでした。


(どうか……太陽の女神様……、ご加護を……)

 私は祈り続けました。 




 ――ォォォンン!!!!



 

 一瞬、私たちの上空すれすれをとてつもなく巨大な何かが、通り過ぎた気がしました。


「かわしてやったぞ! 神獣リヴァイアサン!」

 古竜の王の歓喜の声が聞こえた。

 が、すぐに苦悶の声に変わる。


「ぐっ……くそっ!!」

 一体何が……、と思うまでもなかった。

 古竜の王の片方の翼が根本から折られ、無くなっていた。

 そ、そんなっ……、と思った次の瞬間。



空間転移テレポート

 という古竜の王の声が聞こえ、古竜の王の姿が消えました。

 お、墜ちる!?


「水の不死鳥、俺たちを運んでくれ」

 マコトさんの魔法で私たちは、落下せずにすみました。



 ……ぐわああああああああ!!



 遠くで古竜の王の悲鳴が聞こえた。

 古竜の王が天使たちに取り囲まれている。

 そこでやっと私は、古竜の王が私たちを逃がすために囮になったことに気づきました。

 空間転移をして私たちを逃してくれたのだ。


「時の精霊、古竜の王を助けてくれ」

 マコトさんが精霊に指示を出している。

 そして、同時に海底神殿を目指し前へ進む。


 しかし、マコトさんの水魔法を使った移動は古竜の王に比べてスピードが遅い。

 神獣だけでなく、天使たちまでが私たちに殺到する。

 

 海底神殿までの距離は、まだ遠い。


「時の精霊、俺たちの周りの時間を止めてくれ」

 ぴたりと、周りの景色が止まった。

 天使たち、水の大精霊たちが動きを止める。


(こ、こんなことができるなら……)

 ほっとした瞬間だった。



 いきなり私たちを大きな影が覆った。

 止まっているはずの時間の中で、平気に動いているのは……


「やっぱりリヴァイアサンには効かないか……」

「きゃあああああ!」

 悲鳴を上げた。


 巨大な何かが、私たちに迫る。

 あぁ、あのリヴァイアサンの攻撃に押しつぶされて私は……死。



 ――ォォォンン!!!!



 背中ぎりぎりをリヴァイアサンの攻撃は通り過ぎました。

 私たちは死ななかった。 


 そして、海底神殿の姿がはっきりと見えてくる。

 もう少し……。

 あと少しで……。


「我が王!」

 水の大精霊ディーアさんが、突如マコトさんの隣に現れる。

 目の前を、鋭い槍の先が通り過ぎた。


 気がつくと、他の天使よりも強い魔力を放つ天使がすぐ側に迫っていました。

 その天使をディーアさんが迎え撃つ。


「……こいつは大天使です。ここは私が抑えます!」

「すまん、ディーア」

 マコトさんは振り向かず、前へ進み続ける。

 私だけが後ろを見ていた。

 

 ああ!

 ディーアさんの所に、沢山の大天使たちが!?

 このままでは……、と思う暇はなかった。


 私たちのところにも大天使たちが迫っている。

 彼女たちには、時の精霊の時間停止も通じないらしい。


「飛ばします、ノエルさん」

 マコトさんが小さく呟く。

 大天使と戦うつもりは無いようです。


 ぐんっ、と古竜の王と遜色無いほどのスピードとなった。

 でも、その飛行は酷く乱暴で古竜の王のものとは比べ物にならないほど荒っぽい。


(あぁっ……駄目)

 上下左右無茶苦茶に飛びながら、大天使たちの追尾を避けながら海底神殿を目指すマコトさんの水魔法に私は耐えられず意識を失いました。


 ……目を閉じる直前。


 海底神殿が放つ不思議な光が目に入ってきた気がしました。




 ◇




「ノエルさん? 大丈夫ですか?」

 肩をゆすられ私は、意識を取り戻しました。


「ここ……は?」

 先程まで乗っていた水魔法の不死鳥の背ではない。

 硬い石畳の上で私は寝ていました。


 いえ、これは本当に石なのでしょうか?

 ぼんやりと光りを放つ不思議な素材でできた地面。 


「月の女神様は、まだおられますか?」

 マコトさんが尋ねてきました。

 そういえば、30分が降臨の限度でした。


「……いえ、どうやら今は降臨はされていないようです」

 ふらふらとしながら、私は自分の意識を確認する。

 

 先程までのように、身体を女神様にお貸ししている感覚はなくなっていた。

 おそらく月の女神様は、身体から出ていかれたのでしょう。

 それにしても、まだ意識が朦朧とします。

 私はどれくらい気を失っていたのか……。


「着きましたね」

 マコトさんの感慨深げな声で「はっ!」としました。

 そうだ、私たちは神獣リヴァイアサンや大天使たちの猛攻を避けてきた。

 そして、目的地は……。

 

 恐る恐る前を向く。

 目の前の景色に、思考が一瞬停止した。


(こ、これが……)

 震える身体を抑えながら、私はその建造物を見上げました。


 造りはとてもシンプル。

 ただし、とてつもなく巨大な建物。

 高さはハイランド城のゆうに十倍はあるのではないでしょうか。

 横幅は大き過ぎて端が見えない。


 神獣リヴァイアサンの背に建っているのを見た時は、その巨大さがわからなかった。

 柱の一本一本が塔のようで、かつ遠目にも美しい彫刻模様が彫られている。

 人の手でこの建物を再現しようとすれば、どれほどの年月がかかるのでしょうか。


 いえ、人の手で再現などできないのかもしれない。

 あまりに雄大であまりに華美。

 幻想的ですらある。

 その理由は、建物全体が黄金に輝いているからでしょう。


「美しい建物ですね」

「……」

 マコトさんのつぶやきに私は同意できなかった。

 どちらかというと、あまりの存在感に見ているだけで押しつぶされそうな錯覚を覚えました。

 人の住む建物ではない。

 ここにいらっしゃるのは……。



「辿り着きましたよ、ノア様」



 マコトさんの声に、私はごくりと喉が鳴りました。

 過去、千年。

 いえ、それ以上前から誰一人到達したことがないと言われる最終迷宮ラストダンジョンの一つ。

 


 ――海底神殿の入り口に私たちは立っていました。

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