330話 女神ノア

◇女神ノアの追憶◇


 ……私は目を覚ます。


 ほんのの短い眠り。


 ふぁ、と小さく欠伸をした。

 そのまま言葉を紡ぐ。



 ――私の可愛い精霊たち。世界はどうなってるかしら?


 

 ほぼ全ての神力を封印されている私だけど、唯一星の精霊の声だけは聞こえる。

 眠っている間の様子を、星の精霊たちから教えてもらう。


 もっとも詳しいことはわからない。

 大雑把な歴史だけ。

 私は精霊たちの囁きに耳を傾けた。


「…………はぁ」


 嘆息する。

 何も変わっていない。

 厳格なアルテナの規律に縛られたつまらない世界。


 

 ぼんやりと、海底神殿の天井を見つめる。

 もう一眠りしようかしら、なんて考えていた時。



「ノアー、おはようー! 元気げんき~? やっと目を覚ましたのね、このお寝坊さん☆」

 静寂な海底神殿内に、能天気な声が響いた。

 そっちに目を向けると、ニコニコと笑顔を向けてくるひらひらのドレスをたなびかせた軽薄そうな女神の姿があった。



 ――水の女神エイル



 海神から海底神殿の運営を任されている女神。

 そして定期的に私のところに監視あそびにやってくる女神でもある。


 ……うるさいのが来たわね。


「キンキン大きな声を上げなくても聞こえてるわ」

「あれ~、ノアったら寝起きで不機嫌なのかしら? ほらー、寝癖がついてるわよー。直してあげる☆」

 と言って私に後ろから抱きつき、許可もなく私の髪を整え始める。


 とてもティターン神族わたしたちの天敵、聖神オリュンポス族の女神とは思えない。


「ふふ~、いつ見ても綺麗な髪~」

「ふん、当たり前でしょ」

 私はため息を吐いて、なされるがままに髪を触らせた。


 水の女神エイルは若い女神だ。

 1500万年前の神界戦争の時には生まれてもいない。

 だから、敵対する神族である私にも気軽に接してくる。

 

 とは言え、ここまで馴れ馴れしいのは水の女神こいつくらいだ。

 だからこそ私の監視役をやっているんでしょうけど。


「ねぇねぇ、ノア。そろそろこの星で大魔王が復活しちゃうの。知ってた?」

 私の髪をとかし終えたエイルが、耳元で囁いた。


 どうやらこれが本題らしい。

 勿論、星の精霊から聞いている。


「へぇ、そうなの? わ」

 海底神殿に閉じ込められ、封印されている私が知っているはずがない。

 だから私はこう言うしか無い。


「じゃあ、教えてあげるわね!」

 と言うや、ペラペラと得意げに語る水の女神。

 もっとも、細かい話は本当に知らないので新しい情報も多かった。

 特に気になったのが。


「……異世界人を召喚するの? 世界が荒れるわよ」

太陽の女神アルテナ姉さまの決定だもの。それに今の世界に『光の勇者』スキルに適性のある勇者が居ないんだから仕方ないわ」


「光の勇者……、千年前の勇者に与えていたスキルよね。『太陽の光を浴びれば、どんな敵にも勝利する』だっけ? よくそんな無茶苦茶なスキルを作ったわね、アイツも。そんなスキルを持ったら、そいつが次の大魔王になるんじゃないの?」

「だーかーらー、聖人の心を持った子を召喚するの! 千年前はアンナちゃん、っていう優しい子が居たけど今の世界の人族は、傲慢になっちゃったのよね~」


「他人事みたいに言ってるけど、あんたらが管理してる世界でしょ」

 全く呆れた発言だ。

 もっとも水の女神は、地上への干渉が少ない女神でその点は私と価値観が似ている。

 信者が困った時だけ、ちょっとの手を差し伸べるスタイルだ。


 あとは、水の国が他の国から軽んじられてるとか、戦争って嫌よねー、という愚痴を聞かされた。

 正直、どうでもいい。


「じゃあ、また来るわねー☆」

「もう来なくていいわよ」

「またまた~、うれしいくせに」

 しばらく雑談したのち、私の悪態をさらりと受け流して、エイルは去っていった。

 そして、先程の会話を振り返る。



(……異世界人ね)



 ここしばらく見ていない。

 厳密な管理を好む太陽の女神アルテナらしくない乱暴な手段だ。

 それだけ復活する大魔王を警戒しているのだろう。


「誰か私の信者になってくれる素敵な子はいるかしら?」

 ぽつりと呟く。


 その時の私には、露ほどの予感もなかった。


 封印されてから、永遠のように感じる時間。


 変わらない景色。


 海底神殿の外で起きる事件は私には関係がない。


 どうせ私はここから出られないのだから。


 こてん、と私は横になりそのまま瞳を閉じた。




 ◇数カ月後◇




「ねぇねぇ、ノアはどの子が気になる?」

「めぼしい子は、全員聖神族あんたらが勧誘し終えてんじゃない……」

 水の女神エイルが魔法で映している水の神殿の映像を見て、私は嘆息した。


 前にエイルの言った通り、この世界に迷い込んだ者たちの姿があった。

 合計三十人近い異世界転移者。

 ちなみに、強引に『神隠し』したわけでなく彼らは『不幸な事故』によって命を落とす寸前だったらしい。

 それをこちらの世界へ連れてきたわけだ。


 強力な能力スキルを得る事が多い異世界転移者が、これほど大量に現れることは非常に稀だ。

 そのため、西の大陸を管轄する女神たちはこぞって異世界転移者たちを、自分たちの領地へと招くように巫女へ指示を出したようだ。


 地位や富を餌にした甘い言葉によって。


(そんな現金な連中で、大魔王に勝てるのかしらね)

 気になる所だが、私には関係のない話だ。

  

 そして、現在水の神殿に残っているのは異世界転移者のなかで能力スキルに恵まれなかった者たち。

 元の世界では同じクラスメイトだったのに、明確な差をつけられ、心が荒んでいるように見える。


(あーあ、可哀想に……)

 世界は不公平よね。

 でも、仕方ないのよ。

 頑張って生きなさい。


 その時、水の女神が私をじっと見つめていることに気づいた。


「なに?」

「ノアのお眼鏡に適う子はいた?」

。当たり前でしょ。強い子は、あんたたちが信者にしちゃったんだから」

「残ってる子だって、そこそこ強い子だっているわ。……そりゃ、千年前のノアの使徒の子に比べたら見劣りするけど」

「カイン……ね。あの子には悪いことしたわね」

 

 強い子だった。

 これまで使徒にした子の中でも、格別に力を持っていた。

 だから、私が隠し持っていた神鋼アダマンタイトのほとんどを使って神器を作り上げ、与えた。

 

 そのかいあって、千年後になっても語り継がれる『勇者殺し』の魔王として名を残している。

 ……おかげで私の邪神としての知名度も上がっちゃったけど。


 カインに比べたら現在の水の神殿にいる子たちからは、輝くような才能は見いだせない。

 平凡な子たちだった。


「じゃあねー、ノア。信者が決まったら教えてね☆」

 いつもの笑顔でエイルは去っていった。

 どうせ水の神殿に居る間は、勧誘できないのを知ってるくせに。


 誰も居なくなった海底神殿で、先程のやりとりを思い出す。



 ――ノアのお眼鏡に適う子はいた?

 ――いないわ


 

 私は嘘をついた。


 実は、気になる子が一人だけ居た。

 ただ、確信が持てなかった。

 いつもなら『ひと目見れば』この子を使徒にしよう! ってわかるのに。


 強いスキルを持った友人たちが次々に去っていくのに、一人目をキラキラさせて魔法の修行をしている変わった少年。


 水魔法の使い手なのに、水の巫女から『修行が足りませんね』と言われた哀れな子。

 それを真に受けてか、日夜ずっと修行を続けている。


 それでも成果は全く出ていない。

 やってきた異世界人の中で、最弱の身体能力ステータス才能スキルの持ち主だった。




 ――名前を『高月マコト』というらしい。




 なぜだか、彼のことが気になった。

 

「……どうしようかしらね」

 私が信者にできるのは『一人だけ』。

 慎重に選ばないといけない。


 とは言え、時間は無限にある。

 無理に必ず選ばないといけないわけではない。

 見送ったっていいんだけど……。



「やあ、ノアくん。難しい顔をしているね。可愛い顔が台無しだよ」

 


 後ろから気障ったらしい言い回しで声をかけられた。

 

 振り返ったそこには、長い銀髪に浅黒い肌の女がニヤニヤとこちらを見下ろしていた。



「ニャル? あんた何しに来たのよ」

 私は不機嫌な声で言い放つ。


 千年前こいつの誘いに乗って、私は大切な使徒カインを大魔王の配下に加えた。

 


 ――今回の大魔王は強いよ、ノアくん! きっとこの星を暗黒に染め上げるだろう! 惑星ノアの支配が悪神族に取って代わられる! いつもの取って取られてじゃなく、この星から聖神族の支配を駆逐するんだ!  いっちょ、この波に乗らないかい? 僕の巫女はもうよ! なぁに、悪神王ティフォンとは話がついている。ノアくんが味方してくれれば、きっと海底神殿の封印だって壊してくれるさ。


 今思えば怪しい言葉だった。

 しかし、太陽の女神アルテナの支配する世界にうんざりしていた私は、ついついその言葉に乗ってしまった。



 ……結果は、大失敗だった。



 確かに、過去に登場した中でもそこそこ強い大魔王ではあったが、聖神族の支配を消し去るほどの強さは持っていなかった。

 あげくアルテナが創った『光の勇者』とかいう反則じみたスキルによって、大魔王や私の使徒は倒されてしまった。


 私は邪神認定され、信者の一人を作るのも厳しい状況となり。

 月の女神ナイアが信仰されていた国は滅んだ。


 だが、ナイアはもともと地上に無関心な女神。

 滅んだ国を立て直すこともなく、放置していた。

 割りを食ったのは、結局私だけだ。


「あんたのせいで、私の立場が更に悪くなったのよ。とっとと消えなさい」

「立場? おいおい、たった一柱ひとりで天界に喧嘩を売って、最後の神界戦争を引き起こそうとした自由の女神ノアの言葉とは思えないね。まさか聖神族と仲良くなりたいのかい? いつからそんな負け犬根性になってしまったのかな?」


 居なくなるどころか、鼻がくっつくほどの距離でニヤニヤしながら私を煽ってくる月の女神ナイア

 それにカチンときた私は、ナイアを突き飛ばし地面に押し倒し、静かに告げた。


「殺すわよ」

「おお、怖い怖い。やっぱり怒った顔が一番美しいね、ノアくんは」

 何故か嬉しそうな顔のナイア。

 ……何なのかしら、こいつは。


「怒る気も失せるわね……」

 私は怒りを引っ込めた。


「で、何の用なの?」

「ふふふ……、君にいい話を持ってきたんだ。千年前のお詫びをしたくてね」

「私が信じると思うの?」

「僕を信じないのは無理ないけど、これを見てくれないかい?」

 そう言った月の女神がパチンと指を鳴らす。


 すると、ふわりと空中に沢山の映像が表示された。


「異世界人じゃない……」

 何を今更、と言いかけた所で気づく。


 見覚えの無い顔が多い。

 こいつらは……、水の神殿で保護された異世界人じゃない?


「ニャル、この子たちは何なの?」

「異世界転移子たちだよ」

「転移できずに……転生したってわけね」

 察しが付いた。


 エイルが水の神殿で保護した子たちは、転移者。

 そして、ナイアが今見せているのは転生者たちだった。


「馬鹿な聖神族やつらだと思わないかい? 自分たちで呼んでおいて見落とすなんてさ」

「ラミア女王の子……、古代神人……、長く北極を支配している氷の女王の娘なんてのも居るわね……ふぅん」

 異世界転移に身体が耐えきれず、生まれ変わってしまった子たち。

 彼らは異世界転移者以上に、強い能力を持った子が多い。 


「見てごらんよ、このラミアの子の能力。魂が5つもある」

「へぇ……、面白いわね。いにしえの英雄と同じ能力じゃない」

 西の大陸の大迷宮。

 そこに住むラミア族の子供の一人に転生した女の子。


 とてつもない身体能力と強力なスキルを合わせ持っている。

 確かに、育てれば凄まじい戦士になるわね。

 他にも勇者クラスの子たちがゴロゴロ居る。


「それからこの子も面白いよ」

 ナイアが指差すほうには、小太りの男の姿。

 その能力を見ると……。


読心記録ハートボイスレコード……、確かどこか別の星だと、を成し遂げたスキルだったわね」

「その通り! 心を読むだけなら大したことはない。それを永続的に記録でき、いつでも読み直せるのは破格のスキルだ。もう少し文明が進んだ世界なら、覇権を取れるだろうね。この世界でもやりようによっては、国一つ乗っ取るくらいなら容易い。ノアくん、興味無いかい?」


「でも、この子は運命の女神イラの信者みたいよ?」

「それがね……、イラくんは、彼の重要性に気づいてないんだ。これほどのスキルの持ち主なのに、放置している。水の国の小さな街で商人なんてやってるのがその証拠だよ。だったら……奪ってしまってもいいんじゃないかい?」

 ナイアがニヤリと笑う。


 聖神族の女神が見落とした転生者や、隠れた実力を持った転移者か……。

 確かに面白いかもしれない。

 特にラミアに転生した子は、魔物だからどの女神の信者でも無いし。


 私は少し考える。

 そして、口を開いた。


「止めておくわ。私の信者はあの子にしようと思うの」

 そう言って、私は水の神殿で修行をしている少年を指差した。

 それは『水魔法・初級』というとても弱いスキルを頑張って鍛えている彼だった。


「…………彼? すぐに死んじゃうんじゃないかい?」

 ナイアが怪訝な表情を浮かべた。


「能力は……ふぅん、一応固有スキルを持ってるね。しかし弱すぎるよ。ノアくんが使徒にする価値があるとは思えないけどね」

「いいじゃない。頑張ってる子を応援するのも悪くないでしょ?」

「ノアくんは気まぐれだからなぁ。ま、好きにするといいよ。僕はそろそろ行くね。別の世界から呼ばれてるんだ」

「あんた色んな所に顔を出しすぎなのよ」

「僕って人気者だからさ☆」

 誰かさんと違ってね、と最後に嫌味を言ってきたので、ニャルの背中を思いっきり蹴ってやった。


「酷いなー」と笑いながらナイアは去っていった。


 私は改めて水の神殿で修行をしている少年を眺める。


 水の女神エイル月の女神ナイアは同じ意見だった。


 あの少年に、可能性を感じていない。


 だけど、私は喉に小骨がささったような、かすかな引っかかりを感じていた。




 だから会ってみようと思った。



 ◇





「じゃあ、あなたの『魂書ソウルブック』を貸してもらえる?」




 保護期間である一年を過ぎ、水の神殿を追い出された少年――高月マコト。

 私は彼に接触コンタクトした。


 残り僅かな神鋼アダマンタイトを使って、とっておきの神器ナイフを造った。

 それに偽装の魔法をかけ、海底神殿から放り投げる。


 星の精霊たちにお願いして、彼のもとに送り届けてもらった。

 さまざまな生き物を経由して、最終的には水の国を徘徊していたゴブリンが拾い、それを高月マコトが倒すことで彼の手に渡った。


 私の造った神器を手にした少年。

 私とあの子の間に繋がりができ、彼の精神体を私のところに呼び出した。


 そこまでは計画通りだった。

 問題はここから。



(わ、私の魅了が効かない……!?)



 神族すら魅了できるはずなのに!

 何なの、この子!?


 おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい絶対におかしい。


 頭では混乱したままだったけど、なんとか泣き落としで信者になってもらうことができた。


 こうして、どうにか千年ぶりの信者を手に入れた私は、彼の才能スキルを確認するために魂書ソウルブックを受け取った。


 それにざっと目を通す。

 書いてあることを理解するだけなら1秒とかからない。

 

 低い身体能力と、さほど強くない幾つかのスキル。

 が、その中にある奇妙な文字に目が止まった。




『RPGプレイヤー』スキル

 ――『M■■■■E■■■■■』の発動回数(2)




(なにこれ?)


 

 この世にあるどんな言語だろうと、数秒もあれば解析できるはずの私がいくら目を凝らしても読めない。


 私に読めないということは、太陽の女神や月の女神でも読めないということだ。

 あの二柱は、私とほぼ同格の神格。 

 だから誰もこの能力がどんなものなのかはわからない。


 そんなことがあり得るのだろうか?

 いや、それよりもこの子が私の信者でいいの?

 何をしでかすのか全くわからない。


 つまりは、博打だった。


(面白いかも……)


 神族すら抗えない私の魅了が効かない子。

 上位神格の私が理解できない能力スキル


 一体、この子は何を引き起こしてくれるんだろう?

 ワクワクする。


(でも、このスキルは隠蔽しておいたほうがよさそうね)


 私は魂書ソウルブックに細工を施した。

 文字化けをしたような『M■■■■E■■■■■』という文字は見えなくなった。

 これで、よし!



「あなたには期待してるから」


 

 最後にそう告げて、私は信者となった彼に笑顔を向けた。


 ずっと不審げな視線を送ってきた彼だったけど、最後に笑顔になってくれた。




 ◇



 

「え……何こいつ、全然言うこと聞かないんだけど……」



 たった一人の信者、高月マコトを導いてあげようと色々と声をかけたのだけど……。

 兎に角、指示に従わない男だった。


 命を大事にしろと言っても、格上の魔物に突っ込む。

 適性も無いくせに、強力な火魔法使いと同調して死にかける。

 

(こんな使徒、初めてだわ……)


 それでも私への祈りは欠かさないし、信仰心は本物だった。

 私は彼に『精霊使い』のスキルを与えた。


 使いこなすには長い修業が必要な癖のあるスキル。

 さて、果たしてどこまでものにできるかしら?

 なんて呑気に眺めていたら。


 大迷宮で光の勇者を助け。

 水の国では、国家認定勇者になった。

 太陽の国で、稲妻の勇者に勝利して。

 木の国では、魔王の復活を阻止した。

 

 毎度、綱渡りながらもどんどん精霊たちを使いこなしていく。


 私の使徒なのに、聖神族の女神からも受けが良い。


 水の女神は、マコトを気に入っているようだし。

 運命の女神も、マコトを認め始めていた。

 あげくに、太陽の女神は弟の失態があったとはいえ、頭を下げていた。


 アルテナが頭を下げる所なんて、1000万年は見たことがない。



 そして、マコトは私の信者を離れ、千年前に旅立っていった。


 この時になると、私はマコトのスキルについて大体の予想がついていた。


 しかし、そんな能力が本当に存在するのだろうか?


 相変わらず、マコトの魂書ソウルブックをいくら見ても、文字化けのようなスキルは読めない。


 つまり私でも制御コントロールできないスキル。


 私はそれを観察し続けた。




 千年前から戻ってきたマコトは、水魔法の熟練度が5000を超えるという、人外の存在になっていた。


 地上の民で、ここまで水魔法を極めた者はかつていない。


(マコトは本当に海底神殿までやってくる気なのね)


 聖神族が聞けば、鼻で笑うだろう。

 この星の三大最終迷宮の一つなどと呼ばれているが、実際は違う。


 海底神殿を守る神獣リヴァイアサンは、神界戦争でいくつもの星を潰してきた神代の怪物。

 地上の民がどうこうできる存在ではない。



(でも……マコトなら……もしかして)


 

 そう思わせる何かがあった。

 

 私にできることはもはや少ない。


 信じて待つだけ。


 余計な干渉は、かえって邪魔をしてしまう。


 恐らくあのスキルは、そういうモノだ。


 自由にさせることで、可能性を広げていくモノ。

 

 星間規模の神獣相手に、地上の民が挑むという愚行。


 それを成し遂げる有り得ない可能性。


 それがいつになるか。




 思ったよりも早くその時はやってきた。


 千年前の月の巫女の暗躍。

 

 復活した大魔王の残滓。


 それらがこの星に致命的な呪いをかけた。


 この星はゆっくりと死んでいく。


 今頃、天界は大混乱だろう。


 


 ……実を言うと、この状況は大分前から


 

 聖神族は気づいていない。

 

 知っているのは私と月の女神だけ。


 最近になって、珍しく月の女神がたびたび私の所へ訪ねてきた。





「計画は順調みたいだね」

 面白いことに目が無いこいつは、楽しそうだ。

 かくいう私は、半信半疑。


「ねぇ、ニャル。うまくいくかしら?」

「うーん、危ないのは古竜の王かな。今の使徒くんでも、唯一敗北する可能性がある」

「じゃあ、そこだけは私が力を貸すわ。私の精神体だけ、魔大陸に飛ばすのを手伝いなさい」

「人使いが荒いなぁ、ノアくんは。ま、それくらいはいいけどね。僕と君の仲だ」

 そう言って馴れ馴れしく私の肩に腕を回す。

 それをぱしっと払い除けた。


「それより……神獣リヴァイアサンだけは、自力じゃ絶対に攻略できないわ。本当にマコトに手を貸す気なの? 神界規定に違反するわよ?」

 私は付き合いは長いが、まったく信用のおけない友人の女神に疑いの視線を向けた。


「ふふふ……、それは上手くやるよ。ノアくんの未来予測が完璧なら、天界は僕の降臨に気づけないはずだからね」

「……大丈夫かしらね」


 そんな会話をしていた。




 ――そして、神獣リヴァイアサンの守りを潜り抜け、マコトは海底神殿へ到達した。




(珍しく月の女神が素直に言う通りにしたわね)

 意外だった。

 

 絶対に、何か変なことをしてくると思ったのに。


 案外、マコトのことが気に入ったのかもしれない。


(ま、私の自慢の使徒だから) 

 

 ついつい笑みがこぼれてしまう。


 ……もうすぐ、あの子がここへやって来る。


 私に会うために、あんなに無茶をした可愛い可愛い私のマコト。


 どうやって褒めてあげよう。


 もう私の神気は戻っている。

 

 私は女神としての力を取り戻した。


 何だってできる。


 私をずっと閉じ込めていた、忌々しい神獣リヴァイアサンの首を捻りきってやってもいい。

 

 まぁ、でも。


 そんなことはいつでもできる。


 計画はまだ途中。


 最後の仕上げ。


 それが、これからだ。 


 ……さぁ、おいで。


 私の可愛い可愛いマコト。







 ◇高月マコトの視点◇




 ……コツコツと、音を立てながら硬い大理石が敷き詰められている神殿の通路を歩く。


 建物内は、不思議な光で溢れていた。


 どれくらい歩いただろう?


 月の女神様やノエル女王と別れて建物に入った瞬間、時間の感覚がぼんやりと曖昧になった。


 ついさっきなのか、もう10分は歩いたのか。

 

 それすらもわからない。


「ノア様……?」

 だけれども、歩く速度は緩めなかった。


 不思議とこの先に女神ノア様がいるに違いない、という確信があった。

 

(いっそ大声で呼んでみるか?)

 

 ここに居るのはノア様だけ、のはずだ。

 そう決意し、俺が大きく息を吸い込んだ時。



「……マコト」

 


 耳元でとろけるような美声が響いた。

 そして、虹色の光であたりが包まれ、景色が変わる。

 

 

 ――そこは美しい花が一面に咲き乱れている花園だった。



 見たこともないような幻想的な花々に取り囲まれていた。

 魔法による幻かと思ったが、花の香り、足元に感じる土の感触、手に触れる瑞々しい花びらはどれも本物としか思えない。

 

 そして、その美しい花園の上で数々の精霊たちが遊び回っている。

 水の精霊、火の精霊、土の精霊、風の精霊……そして見たことのない精霊たち。

 本来なら俺が視ることができないはずの精霊まで姿を現していた。


 その不思議な光景に心を奪われ、あたりを見回し――ある場所で、視線が止まった。




「よく来たわね」


 


 キラキラと美しく光る長い銀髪。

 星のように煌めく青い瞳。

 雪よりも透き通る白い肌。


 大魔王と戦った時より。

 太陽の女神様や月の女神様に対面した時よりも。

 神獣リヴァイアサンに挑んだ時よりもさらに。 



 ――息ができなくなるほどの圧迫感プレッシャーと畏怖。



 夢の中で会話をしていたノア様と御姿は変わらない。

 なのに、なぜか身体の震えが止まらなかった。



「どうしたの? マコト。変な顔をして」

 ノア様がキョトンとした顔をする。


 10歩も歩けば触れられる距離に女神ノア様がいる。


 俺はまだ口が開けない。

 何か言わなければと思うのに、何も思いつかない。


「変なマコトね」

 ノア様はクスクス笑いながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。 


 美しい花々がノア様に踏み潰される……ことはなく、まるで生き物のように花が道を開けている。

 その花の道を、ノア様が進んでくる。


「ねーえ、どうしたのー? 私に会えて嬉しくないのー?」

 目の前にやってきたノア様が首を傾げ、俺の顔を覗き込んだ。


 ここでやっと意識が戻ってきた。

 慌てていつものように跪く。


「海底神殿を攻略し、ノア様に会いに来ました」

「ええ、視てたわ。ありがとう、流石は私の自慢のマコトね」

 ぽん、と肩に手を置かれ、労いの言葉をかけられる。


 肩に置かれた手は、一瞬火傷をするかと思うほど熱を感じた。

 

 そして、実感する。

 目の前のノア様が夢ではなく、本物だと。

 そして、聖神族の封印が解かれて、力を取り戻した女神様なのだと。


 七色の光を放つノア様からは、どんな願いでも叶えてくれそうな全能感を発していた。

 

 薄桃色の唇から、美しい声が紡がれる。

 

「ねぇ、マコト。あなたの望みは何かしら?」

  

 極上の笑みを浮かべたノア様は、俺の目を真っ直ぐ見つめて尋ねてきた。

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