323話 高月マコトは、思い悩む
「西の大陸の主要都市は、全て厄災の魔女の手に落ちていました……」
開口一番、太陽の国の騎士からの
「しかし!
「彼らに対しても
「そもそも各国の王族、貴族、将官までもが魔女に魅了されていますから、隠し戦力も把握されているのでしょう……」
「……そんな、ならば我々は完全に孤立していると?」
「まだ、そうと決まったわけではない!」
「しかし、実際どこに助力を求めれば……」
「ここにはまとまった兵力すら無いのに……」
既に会議室には重苦しい空気で満ちている。
黙っていようかとも思ったが、気になったことを俺は質問した。
「魅了されているかどうかはどうやって判断したんですか? もし相手が魅了されていたなら、ここの場所もバレてしまいませんか?」
カインの手助けによってなんとか逃げることができた場所が、あっさり特定されては困る。
「ご説明します、水の国の勇者殿。魔法通話の相手の声から、精神状態を測る魔道具があります。それによってこちらから連絡した者たちは全て魅了されていることが判明しました。魔法通話の発信元は辿られぬよう、偽装しております。魅了され、思考力が低下した者ではその偽装を解くことはできないでしょう……」
「そうですか……」
俺の素人考えの疑問点は解消された。
が、状況は全く良くない。
「報告を続けます。こちらに居た結界師による計測では、厄災の魔女による魅了の結界がこのハーブン諸島に届くまでに約14日。全世界を覆うにはさらに25日が必要となります。誤差はあると思いますが……」
「40日足らずでこの世界が魔女の手に落ちるというのか。何ということだ」
「なにか手は無いのか!」
「他の大陸はどうなのだ! 南の大陸のグレンフレア帝国は何をしている!」
「既に動いているらしいが……、詳細まではこちらに教えてもらえぬ」
「もともと親密な国交があったわけではないからな……」
グレンフレア帝国というのは、南の大陸で最大規模の国家らしい。
であれば、何かしらの手を打ってくれそうだが……。
しかし、それは他力本願過ぎるか。
「水の国の勇者殿……、何か案はありませんか?」
誰かが俺の方を見て言った。
ざっ、と一斉に皆の視線が集まる。
「いえ、残念ながら特には……」
俺は素直に応えるしかなかった。
海底神殿を攻略して、女神様の力を借りる……などと夢物語はのたまえない。
攻略の糸口すら無いのだから。
「「「……」」」
皆の表情が更に暗くなる。
西の大陸の全勇者は、厄災の魔女の手に堕ちている。
唯一の無事な勇者として、皆を元気づけるようなことを言えれば良いのだろうが、うまい言葉は出てこなかった。
そして解決策は出ないまま、会議はお開きとなった。
西の大陸の残存勢力を探す。
他の大陸への助力を求める。
その二点が今後の方針だった。
屋敷内は慌ただしい。
飛び交う会話の中には「ノエル様の亡命先は……」と言った声も聞こえる。
確かにいつまでもここの離れ小島に隠れ住むわけにもいくまい。
ここにはろくな戦力が無いのだから。
しかし、どこに……?
一ヶ月と経たずに世界中が魅了される。
逃げ場など無い。
皆、暗闇の中を手探りで進むように延々と出口のない議論をしている。
何もできることがない俺は、そっと屋敷を出た。
外にはまだ青みが残る空と海が広がる。
この景色が完全に灰色になったとき、世界は厄災の魔女のものになる。
(俺はできることをやろう……)
他国への救援要請などは、ノエル女王じゃないとできない。
俺ができるのは戦闘のような荒ごとだけ。
ここに敵軍が迫れば、防波堤になろう。
それまでは海底神殿へ挑戦するくらいしかやることはない。
……世界が厄災の魔女に支配されれば、挑戦すらできなくなるかもしれないのだから。
◇
それから数日。
俺は海底神殿に挑戦し続けた。
と言っても玉砕すれば、あっさりと死ぬ。
なんせ精霊魔法が使えないのだから。
俺は神獣リヴァイアサンの様子を観察した。
しかし。
(全く動かない……)
普段の神獣は山のように一切動かない。
動きを見せるのは、
一度、水の大精霊を使って大量のクラーケンを神獣の縄張りに追い立てたことがある。
クラーケンの群れに紛れようと目論んだからだ。
結果は、散々だった。
瞬きをしている間に、クラーケンが神獣の魔法で串刺しになっていた。
俺も一緒に、魔法で殺されかけた。
勿論、
リヴァイアサンにとってクラーケンの群れは、メダカの群れ程度の扱いのようだった。
放置しても無害だが、狩ろうと思えばいつでも狩れる。
それならばと、深海の傷の初層から最深層までずっと『隠密』スキルで気配を消してみた。
しかし、縄張り入った瞬間、リヴァイアサンの視線がこちらへ向いていた。
隠密は何の意味も成さない。
神獣の眼は誤魔化せなかった。
水中で丸一日過ごして、神獣の様子を観察した日もある。
しかし何も新しい発見はなかった。
ノア様の話では1500万年前から、この星の海を守護し続けている神獣だ。
人間にとっての一日など、まばたきをする程度の時間なのかもしれない。
(打つ手が……思いつかない)
海底神殿に何度挑んでも光明が見えない。
千年前、カインと二人ですら全く歯が立たなかったのだ。
今回は一人きり。
(せめてルーシーとさーさんが居れば……)
いや、それでも無理か。
ルーシーの
人手がほしい。
しかし、仲間たちは全て厄災の魔女に魅了されている。
無いものねだりだ。
結局いくら考えても妙案は浮かばず、いつしか俺は砂浜の上で眠ってしまっていた。
夢に女神様は現れなかった。
◇
「マコト様? こんなところで寝ては風邪を引きますよ?」
誰かに身体を揺らされ俺は目を覚ました。
「…………ノエル……王女?」
「はい、ノエルです」
寝ぼけ眼をこする。
俺を見下ろすのは、ノエル女王陛下だった。
あ、王女って言っちゃった。
「失礼しました。女王陛下」
「いえ……」
俺が訂正すると、ノエル女王はふっと悲しげな表情を見せた。
「私は太陽の国から逃げてきた者……、女王を名乗る資格はないのかもしれません」
「そんなことはないです! ノエル女王は立派に皆を導いています」
慌てて飛び起き、その言を否定する。
ノエル女王は西の大陸で厄災の魔女に魅了されていない唯一の指導者だ。
彼女が居なくなれば、皆を引っ張れる人はいない。
「ありがとうございます、ところで毎日のように海底神殿へ挑戦されているそうですが、状況はいかがですか?」
「それは……」
俺は言い淀む。
お世辞にも良い進捗とは言えない。
ノエル女王が率いるハーブン諸島に在住していた騎士や魔法使いたちは、西の大陸の者への連絡や、他の大陸への連絡を毎日行っている。
俺はそういったやり取りには疎いため、特に手伝いなどはしてない。
代わりに屋敷の護衛という役割と、海底神殿へ挑み女神様の力を借りるという目的は共有してある。
ノエル女王が承諾しているため、他の者も特に何も言ってこないが、唯一の勇者が遊んでいるように思われているかもしれない。
実際、毎日のように
そろそろこっちの仕事を手伝えと言われるのだろうかと予想した。
が、違った。
「私は迷宮というものを実際に見たことがなくて……」
ノエル女王の口からでたのは、そんな言葉だった。
「それはそうですよね、危険ですから」
なんせ王族で女性だ。
迷宮に潜るお姫様など居ないだろう、と思っていた。
が、ノエル女王は首を横に振った。
「ソフィアさんは、巫女の修行のために大迷宮の中へ行ったことがあるそうです。木の巫女フローナさんは魔の森を探索したことがあると言いますし……、私はそういったことを経験していません。だから、今のような逆境に弱いのかもしれない……」
再びノエル女王が暗い顔になる。
うーん、かなり精神的に弱っているようだ。
いつも明るく振る舞っているノエル女王がふさぎ込んでいる。
何か元気づける方法は……、考えた結果がつい口から飛び出た。
「迷宮、一緒に行ってみます?」
「え?」
俺の言葉に目を丸くするノエル女王。
「この近くにあるのは海底神殿だけですが、途中までなら安全ですよ」
「えっ……えっと……、それって
「勿論、無理にとは言いませんが」
「そ、そうですね……、えっと、どうしましょう。まさか、そんなお誘いを受けるとは……」
戸惑っているようだが、嫌そうな雰囲気でもない。
しばらく「うーん」と悩んでいるようだったが、やがて決心したように俺のほうを見た。
「こんな機会はきっと最後ですし、一緒に行ってみたいです!」
という答えだった。
……自分で誘っておいて何だが、本当に一国の女王陛下を最終迷宮に連れて行ってもいいのだろうか?
まぁ、本人が行きたいというのならいいか。
気分転換にはなるだろう。
「いつにします? 俺はいつでも大丈夫ですよ」
「そう……ですね。今日はもう夕方なので、明日の早朝でもよろしいですか?」
「いいですよ、ではのちほど」
「はい! よろしくおねがいしますね、マコト様!」
そう言ってノエル女王は去っていった。
最初に声をかけられた時より、少し元気になったように感じた。
◇翌朝◇
「お待たせしました……、こんな服装で大丈夫でしょうか?」
「おはようございます、ノエル様。いいと思いますよ」
やってきたノエル女王はいつものようなドレスでなく、戦場で見るような軍服だった。
冒険者用の服など持っていないからだろう。
ぱっと見ただけで、軍服には幾つもの防護魔法がかかっているのがわかる。
これなら冒険者の服装よりも安全だろう。
「じゃ、行きましょうか」
俺は右手を伸ばす。
ふと女王の手を握るというのは不敬かなと思ったが、タイミングが遅すぎた。
「は、はい」
緊張した様子のノエル女王が俺の右手を掴む。
不敬とか考えるのは止そう。
最終迷宮で、しっかりと護衛しよう。
――
俺は同調でノエル女王と
かつて太陽の女神様にもらった魔法が役立つ。
「では、行きましょう」
「はい!」
俺とノエル女王は海の中へと飛び込んだ。
「きゃぁ! 凄い、水の中なのに息が苦しくないですし、寒くもないのですね! わー! 魚が沢山います! あちらを泳いでいる蛇はとっても大きいですね!」
ノエル女王のテンションが高い。
初めて迷宮へ向かうの割には、肝が座っている。
「あれは
「えっ!? 危なくないのですか?」
「
そう言って俺は水の大精霊を呼び出し、ノエル女王に紹介した。
「というわけです、太陽の巫女。少し落ち着きなさい」
「貴女が水の大精霊……、よろしくおねがいしますね。迷宮のことはさっぱりでして」
「仕方ないですね、私がレクチャーしてあげます」
「わー、ありがとうございます!」
ディーアの口調が乱暴なのでヒヤヒヤしたが、ノエル女王は気にしてなさそうだ。
あっさり馴染んでいる。
ノエル女王のコミュ力は高い。
しばらくはディーアとノエル女王の雑談を聞いていた。
やがて
俺はノエル女王に向き直った。
「ここから深海へ潜ります。暗くなりますが、慌てずに。水温は俺が水魔法で調整します。水圧もです。魔物が一気に強力になりますが、水の大精霊が居れば襲ってこないでしょう。たまにこちらに近づいてくる魔物がいますが、俺が追い払います。何か質問はありますか?」
「大丈夫です」
ノエル女王は真剣な顔でこくんと頷く。
特に気負ってはなさそうだ。
俺はゆっくりと海底に向けて出発した。
◇
「あー、怖かったっです。
「最初の冒険で
途中、何度も引き返そうとしたのだが、ノエル女王が「もっと先が見たいです!」と言うので、神獣の手前まで行ってしまった。
ノエル女王の度胸は、魔王より上らしい。
「最終迷宮が直接見れてよかったです」
ノエル女王が服装をただしながら、笑顔で言ってきた。
海水で濡れた服は、既に魔法で乾かしてある。
「このあとは仕事ですよね? お疲れじゃないですか?」
時刻はまだ昼にもなっていない。
多忙だろうに、大丈夫だろうか。
「いえ、丁度よい気分転換になりましたから。……もし、リョウスケさんが無事に戻ってこられたらご一緒にまた行きたいですね」
笑顔が少しだけ悲しげなものになる。
「そうですね、桜井くんも誘えたら百人力なんですけど」
俺も少ししんみりする。
彼は厄災の魔女のもとで無事にいるだろうか。
フリアエさんが悪いようにはしないはずだけど……。
「では、私は会議があるので屋敷に戻ります。マコト様は……?」
「俺は海底神殿への挑戦を続けます。もしくは、厄災の魔女の軍が迫ってくるようならそれを足止めしますから」
「わかりました。あまり無理をなされないよう」
そう行ってノエル女王は屋敷へ戻っていった。
足取りは軽そうだった。
この後は、また今後の対策についてずっと会議を続けるのだろう。
タフな人だ……。
「我が王、また海底神殿へ向かうのですか?」
気がつくと水の大精霊がすぐ後ろに立っていた。
「ああ、他にやることは無いし」
「正直、このままでは難しいと思うのですが……」
普段は傍若無人なディーアの発言が弱気だ。
「心配するなって」
笑顔で返す。
もっとも笑顔は『明鏡止水』スキルのおかげだ。
俺もあまりいい精神状態ではないのかもしれない。
その日は、二回海底神殿に挑戦した。
その後、さらに数日が過ぎたが事態は好転することはなかった。
ただ、空と海だけが色を失っていき、灰色に染まっていく。
ノエル女王配下の騎士が俺の所にやってきて「そろそろこの島を発とうと思います」と言われた。
厄災の魔女の『魅了』の影響が出てきたらしい。
向かう先は南の大陸。
一応、帝国が受け入れてくれる手筈と聞いた。
俺は一緒に行くと伝えた。
魅了の影響を受けない俺は残ることもできるが、それは無責任だろう。
今日が海底神殿への最後の挑戦できる日になった。
深夜まで粘り、ずっと
結果は……、いつも通りの惨敗だった。
――俺は海底神殿を攻略することができなかった。
◇
「ここ……は?」
目を覚ました。
明日は島を出発する日。
最終迷宮の攻略で疲れ果てた俺は、砂浜で寝ていたはずだ。
満天の星の下で。
しかし、目を覚ましたら俺が立っていたのは満天の星
宇宙空間の中にぽつんと立っていた。
慌てて口を抑える。
しかし、呼吸は全く問題なかった。
つまり、ここは宇宙ではない。
混乱しかけたところを『明鏡止水』スキルで落ち着ける。
おそらくここは夢の中で。
しかしこれほどリアルな夢はすなわち……
「やあやあ、
上から声がふってきた。
ぞわりと肌が粟立つ。
あまりにも透き通った声が、脳天から突き抜けるようだ。
慌てて声のほうを見上げる。
そこに立っていたのは――
星のように輝く白く長い髪。
滑らかな陶磁器のような褐色肌。
そして、全ての均整が完璧に取れた容姿。
ひと目で、
それよりもノア様と初めて会った時に匹敵するような圧迫感と恐怖感……
俺は無意識に跪いていた。
「高月……マコトです、女神様」
そう言って頭を下げた。
「おや」
とからかうような声が頭上から聞こえる。
「僕を直視してその反応は面白いね。流石はノアくんのお気に入りだ。大抵の子は僕を見たらすぐに発狂してしまうのに」
その言葉に、相手が女神で間違いないことを知る。
しかしどうして女神様が?
そもそも厄災の魔女の『灰色の世界』の影響で、女神様との会話はできなくなっている。
女神様の空間に行くこともずっとできていない。
ノア様も、運命の女神様も……。
にもかかわらず、目の前の女神様は当然のように俺の前に姿を現した。
「いやぁ、それにしてもこの星はしばらく見ないうちに面白いことになっているね。細かい性格のアルテナくんが格別に目をかけて管理していたはずなのに。おかげで僕にとってはノアくんが封印されているという事以外、実につまらない星だったわけだけど。神を拒絶する結界か……、今頃聖神族の女神たちは大慌てだろうね。想像するだけで笑えてくるよ。そもそも……」
「女神様は……ノア様と親しいのですか?」
思わず問いかけてしまった。
饒舌だった女神様の目がすっと細くなる。
「僕の話している最中に口を挟むとは、……死にたいのかな?」
心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。
ぶるりと身体が震えた。
怖い。
「失礼……しました」
「ふふっ、冗談だよ。僕は優しいからね」
嘘だ、と直感した。
目の前の女神様は、気まぐれで人を殺す神様だ。
虫を潰すように。
しかし、ここまでの言葉からわかったことはある。
ノア様と仲がよく、聖神族ではない女神様は一柱だけだ。
俺の心中を読んだのか、目の前の女神様が口を開く。
「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかったね。これは失敬失敬」
「…………」
再び口をはさむ愚は犯さず、俺は静かに次の言葉を待った。
「僕の名前はナイアルラトホテップ。騎士くんには
ニィ……と笑ったその顔は、面白い玩具を見つけた子供のようだった。
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