321話 高月マコトは、太陽の国の女王と語る

 どこまでも広がる青空と大海原。

 ただし、空と海は灰色に濁っており決して鮮やかな青色ではない。

 それでも太陽の国ハイランドの王都と比べると、まだ青色を残している。


 俺とノエル女王は、水魔法・水龍に乗って移動中だ。


「「………………」」

 ノエル女王は何も喋らず、俺はぼんやりと空と海を眺めながら魔法を操っている。

 思い出しているのは、カインの最後。

 目の前で仲間が消えてしまうという体験は、未だ強烈に記憶に残っていた。


 ちなみにノア様の神器である漆黒の鎧と剣は、俺が装備できずに悩んでいるとスルスルと小さくなっていき、あっという間に手のひらサイズになった。

 持ち運びが簡単にできるような魔法もかかっているらしい。

 流石はノア様。

 現在は、俺のポケットに入っている。


 これから向かう先については、ノエル女王に告げてある。

 もしノエル女王にどこか当てがあれば、そちらへ送り届けるつもりだったが残念ながら西の大陸は厄災の魔女の手に落ちている。

 太陽の国の主要都市に向かっても無駄骨に終わるだろうという意見で一致した。


 というわけでどんよりとした空の下、俺とノエル女王は無言で移動中だ。

 そろそろ何か話しかけたほうがいいかもしれない。


「あの、ノエル様……」

「マコト様……」

 俺が話しかけるのと、ノエル女王が声をかけてきたのが被った。


「どうかしましたか?」

「マコト様から先に」

 譲り合ったが、会話が進まないので先に切り出した。

 と言っても特に具体的な話題があったわけではない。


「桜井くんの怪我は治ってましたね。無事で良かった」

 口から出てきたのはそんな言葉だった。

 ノエル女王との共通の話題は、やっぱり桜井くんだろう。

 

「ええ……ですが、リョウスケさんの心は厄災の魔女に操られている様子でした。他の人たちはある程度意識がしっかりしていたようでしたのに……」

 もっともノエル女王の元気を出すきっかけにはならなかった。

 確かに桜井くんは、ルーシーやさーさんと違ってほとんど会話することができなかった。


「仕方ありませんよ……、桜井くんの『光の勇者』スキルを厄災の魔女は恐れてますから。でも、姫が桜井くんに危害を加えるはずないのできっと元気ですよ。厄災の魔女が完全に姫の身体を支配しているわけではなさそうなので。あとで助けに行きましょう」

 何とか元気づけようとそんなことを言った。

 が、ノエル女王は難しい顔をしたままだ。


「マコト様が姫と呼んでいるのはフリアエのことですよね? ……彼女は、今でもリョウスケさんのことを想っているのでしょうか?」

「ん~……」

 そう言えばあの二人って、微妙な関係だっけ。

 友人以上的な。

 

 以前は囚われていたフリアエさんを桜井くんが励ましていた。

 今度は、桜井くんが厄災の魔女(身体はフリアエさん)に洗脳されている。

 立場が逆転した訳か。



「くっ、殺せ」


 脳内で鎖でぐるぐる巻にされた桜井くんが、厄災の魔女に屈しまいと抵抗している姿が浮かぶ。


「ふふふ……、無駄ですよ。助けはきません」


 悪役令嬢のごとく、厄災の魔女ネヴィアさんが笑っている。


 ……いや、これは違うな。



「……マコト様? 変なことを考えてませんか?」

「な、何でもないですよ。うーん、どうでしょうね。姫が昔太陽の国に囚われていた時に桜井くんに助けられたみたいなのでそれを感謝しているみたいですから……、きっと酷いことはしませんよ」

 とノエル女王に言うしかなかった。

 他に言いようがない。


「そう……ですか」

「それよりノエル様は何か言いかけませんでした?」

 話題を変えよう。

 

「私が聞きたいのは、カインが言っていたことです」

「カイン……ですか。何でしょう?」

 やはり桜井くんを刺したカインと仲良くしていた俺が許せないのだろうか。


「あの……アンナ様と結婚したと言ってたのは本当ですか!?」

「……えっと」

 そっちかぁ。

 しかし、仕方ないことかもしれない。

 

 現代における『聖女』アンナは、太陽の国ハイランドの建国王。

 救世主アベルに並ぶ、歴史上における最重要人物だ。

 それが俺と結婚しているなどと聞けば、真偽を確かめようとするのは当然だろう。


 結婚の話は現代の誰にもしていない。

 運命の女神イラ様から、歴史に大きく影響するから極力秘密にするようにと厳命されている。

 ……あと、心情的にも積極的に言おうとは思っていなかった。


「アンナさんとは……」

 結婚などしてない、というのは簡単だ。


 千年前で俺がやってきたことは、現代ではほとんど記録が残っていない。

 一般の人々は、水の国の元勇者高月マコトが千年前に渡ったことをそもそも知らない。

 事情を知っているのは、ノエル女王やソフィア王女など一部の関係者のみ。

 

 さらになるべく本来の歴史を変えないよう千年前の人たちに、俺の話は勇者アベルの活躍と置き換えて欲しいとお願いした。

 できれば俺自体が存在しなかったことにして欲しいと伝えた。

 しかし、ジョニーさんやアンナさんから猛烈に反対され、『居なかった』ことにはされなかった。

 おかげで何に活躍したかわからない『謎の五人目の魔法使い』という立場である。


「アンナ様とマコト様のご関係は……」

 ノエル女王が固唾を呑んで、俺の言葉を待っている。

 その顔はアンナさんとそっくりで、どうしても千年前の記憶が蘇ってくる。




 ――マコトさん……、嬉しいです。この指輪を生涯大切にしますね。




 記憶の中のアンナさんが、白竜メルさんに魔法で作ってもらった聖銀ミスリルの指輪を薬指にはめて悲しそうに微笑んでいる。


 ……アンナさんそっくりのノエル女王に対して「結婚なんてしてませんよ」という言葉が口から出せなかった。

 まるでアンナさんへの不義理をしているような錯覚に陥った。


 俺はそっとポケットに手を入れた。

 そこにはアンナさんとお揃いで作ってもらった指輪が入っている。

 千年前に冷凍睡眠コールドスリープする時に、貴金属は外しておいたほうがいいと運命の女神様に言われて外してそのままだった。

 ……ルーシーやさーさん、ソフィア王女の前で身につけることが少し憚らはばかられた。



「カインの言う通り、俺は千年前にアンナさんと結婚しています」

 俺はそう言って指輪を指に通した。

 その指輪を見てノエル女王がはっとした表情になった。

 

「そ、その指輪は!? 見せてください!」

 ノエル女王が食い入るように指輪を凝視する。


「マコト様……これを見てください」

 ノエル女王が自分の薬指を見せてきた。

 そこには先日の式典で桜井くんがはめた指輪が光っている。


「……似てますね」

 勿論、作りは全く異なる。


 ノエル女王の指輪は、神鉄オリハルコン素材でできており、様々な魔石が散りばめられている職人の手による芸術作品だ。

 一方、俺の指輪は白竜さんが「人族のアクセサリーはよくわからんな……」と悩みながら作ったものなので、手作り感は否めない。

 俺の指輪は蔦がねじれたようなデザインで、何でも世界樹の枝を表し、平和と安寧を願うという意味があるらしい。


 細かい意匠に違いは多々あるが、ノエル女王の指輪も同じデザインをしている。

 荒削りな俺の指輪を洗練したものが、ノエル女王の指輪だった。


「このハイランド王家の結婚指輪は、初代国王である聖女アンナ様が生前に使っていたという指輪のデザインを模倣しています。原物オリジナルは国宝として宝物庫に収められており、私も見たことはほとんどありません……」

「そうですか、アンナさんはその指輪をずっと使ってくれたんですね」

 俺が冷凍睡眠する直前の悲しそうな顔がフラッシュバックした。

 



 ――マコトさん、千年後の世界救ってくださいね。




 アンナさんの言葉が蘇る。

 あの時、俺は小さく頷いたはずだ。

 残念ながら、結果はこのざまであるが。


「あのっ! マコト様!」

「は、はい。何でしょう」

 思い出に浸っていた。

 慌ててノエル女王に向き直る。


「世間一般的には聖女アンナ様の結婚相手は勇者アベルということになっています。しかし、それがありえないことはハイランド王家は知っています」

「同一人物ですからね」

「結婚相手については、ずっと謎に包まれていました。大賢者様は『アンナとの約束で言うことはできない』と言って教えてもらえませんでした。それがまさかマコト様だったなんて……」

大賢者様モモが……?」

 何でだろう?

 ハイランド王族の人たちには教えてあげても良いと思うんだけど。

 首を傾げていると、ノエル女王が突然俺に頭を下げてきた。


「の、ノエル様!?」

「マコト様が我らハイランド王家のご先祖様だったのですね……、これまでの数々のご無礼をお許しください」

「ちょっと、待ってください! 俺はアンナさんと結婚しましたけど、子供とかは居ないですよ!?」

 というかそもそも何もしていない。


 運命の女神様から「何で結婚したくせに手を出さないのよ?」と呆れられた。

 別にそういう目的で結婚をしたわけではない。


「え……、そうなのですか?」

「千年前は魔王との戦いの日々でしたからね。魔王を全員退けたらすぐに千年後に戻ってきましたから、いわゆる結婚生活みたいなものとは無縁でした」

「あの……では、アンナ様のお相手は誰だったのでしょう……?」

「さぁ……、俺にはわかりません」

 俺が冷凍睡眠した後に出会った誰かなのだろうか?

 

 気になるような、聞きたくないような……。

 モモなら知っているんだろう。

 でも、アンナさんが言ってほしくないなら聞き出さないほうがいいのかもしれない。


「マコト様! アンナ様とのお話を詳しく……」

「ノエル様、目的地が見えてきました」

 ノエル女王は、千年前の話を詳しく聞きたそうだったが、俺はそれを遮った。


 灰色の海の先。

 小さな島々が連なっているのが見えてきた。




 ――ハーブン諸島




 本来であれば常夏の楽園島である。

 西の大陸から少し外れているが、ここの島々は太陽の国を含む西の大陸の六王国が管理している。

 ローゼス王家も、別荘地として屋敷をいくつか所有しているとソフィア王女から聞いたことがある。


 今回の目的地とした理由は二つ。

 一つは西の大陸と距離が離れており、厄災の魔女の魅了の影響を受けていない可能性があると踏んだからだ。


 俺とノエル女王は、いくつかある屋敷の中でも最も大きな建物へと近づいた。

 その屋敷はハイランド王家が管理しているからだ。

 水龍を砂浜へ近づけ、ノエル女王と共に地面へ降りた。

 数時間ぶりの大地だ。


 俺は空を見上げた。

 うっすらと灰色に濁っているが、西の大陸と比べるとそれが薄い。

 ここの住人には、それがどんな影響となっているだろうか……。


 その時、こちらへ走ってくる複数の人影があった。


「何者だ、貴様たち! ここはハイランド王家の所有する土地と知らぬのか!」

「身分を明らかにせよ! 言わぬなら力づくで答えさせる!」

 屋敷のほうからやってきたのは数名の騎士だ。

 屋敷の警護をしている者たちらしい。


「皆様、警護の任務ありがとうございます。こちらは高月マコト様。水の国ローゼスの英雄です。名前は知っているでしょう」

 ここでノエル女王が出てきてくれた。


「の、ノエル女王陛下!?」

「ご無事だったのですね! 突然本国と連絡が取れなくなり、本国へ直接向かうと言って出ていった者たちも帰ってこず……」

「一体、何が起きているのでしょうか……? 数日前から空と海が奇妙な色に変わり、何かの異変が起きているとは感じているのですが……」

「それについては、これから説明します。動けるものを集めてください。太陽の国に限らず、近隣の島々にいる他国の者も含めてです。ハイランド国王ノエルの名前を出して構いません。緊急事態だと伝えてください」

「「「はっ!」」」

 すぐに騎士たちが走っていった。

 他の屋敷からもメイドらしき者たちが走ってきており、すぐにノエル女王の側に控えた。


「マコト様の読み通り、どうやらこの島は厄災の魔女の支配下には無いようですね」

「西の大陸からは随分離れてますからね。よかった……」

「これからこの島に居る戦力の確認と、今後の作戦を考えます。マコト様もご一緒に……」


「その前にノエル女王は休んでください。酷い顔色ですよ」

「そんな暇はありません!」

「貴女が倒れたら西の大陸はお終いじゃないんですか?」

「それは…………」

 ノエル女王は悩んでいる様子だった。


「俺は調べたいことがあるので、すこし別行動します。夕方、日が落ちた頃にこの屋敷で待ち合わせましょう。それまでに体力を回復させておいてください」

「わかり……ました」

 不服そうだったが、俺の言葉に頷いてくれた。


 ハイランド城で軟禁されつつ、恵まれた生活をしていた俺と地下牢で囚われていたノエル女王では疲労度が全く違う。

 それにノエル女王は、冒険などもしたことが無いはずだ。

 相当疲れているだろうことは、顔をみればわかった。


「では、のちほど、マコト様」

「ゆっくり休んでくださいね、ノエル様」

 実際はとても休める気分では無いだろう。

 ノエル女王が苦笑しながら、屋敷へと去っていった。 



「さて……」

 ノエル女王が去っていくのを確認し、俺は大きく伸びをした。


 再び砂浜へと戻っていく。

 ゆっくり海へと足を踏み入れた。


 ――水魔法・水面歩行と水流。

 

 俺は海面の水を操り、海を移動する。

 一気に加速がかかり、水上を爆走した。

 海上を移動するなら、本当は水龍よりこっちが速い。

 ノエル女王が一緒だったので、止めておいたが。


 しばらくハーブン諸島の島々を見て回った。

 西の大陸の王族や貴族がリゾート用に利用しているだけあって、大きな屋敷が目立つ。

 俺はそれらを横目に、目的の島を探した。



「あれ、かな?」

 見覚えのある小さな島を見つけた。

 そこは海流の関係で、漂流しているだけでは辿り着けない。

 

 四方百メートルも無い小さな無人島。

 もっとも当時は、どの島も無人島であり俺たちがここを拠点に選んだのは魔物が居なかったからだ。


 整備されていない荒れた砂浜。

 俺は無人島に足を踏み入れ、円状に石が並べられているのを発見した。

 火をおこし、焚き火をする時に使われる石のかまどだ。


 もっとも長い年月使われてなかったのか、苔が生え、風雨で石も散らばっている。

 俺はそれを一つ一つ並べなおした。


「ここはあんまり変わってないな」

 、俺とカインが海底神殿を攻略するために使っていた拠点である。

 


 ハーブン諸島へやってきた理由の二つ目。

 


 ここが海底神殿に近い島だからだ。

 もっともほとんどの冒険者にスルーされている最高難易度の最終迷宮ラストダンジョンのため、冒険者ギルドすら無い。

 仲間を募ることはできないし、きっと募集しても仲間は集まらないだろう。


 できればルーシーやさーさんと一緒に来たかった。

 今は水の国で随一の冒険者になった二人ならきっと的確なアドバイスをしてくれただろう。

 もしくは、西の大陸一の魔法使いになった大賢者様モモの手助けがあれば攻略に近づけたかもしれない。

 しかし、今彼女たちは厄災の魔女に囚われている。


 俺は大切な仲間たちを助け出さないといけない。

 しかし、今のままでは厄災の魔女には太刀打ちできない。

 魅了の解き方などわからないし、何よりこの星全てを覆うと言われている『灰色の世界』の結界。

 これが完成してしまったら、この星の全ての生命の命運は厄災の魔女によって支配される。

 

 どうするべきか……。

 考えても浮かぶのはかつて女神ノア様に言われた言葉だけだった。




 ……もしも世界中がマコトの敵になっても、私だけはあなたの味方よ




 ノア様は今の状況を予見していたのだろうか?

 あの時は、何かの言葉のあやかと思ったが、今となってはそのままの意味になっている。

 

 今こそ導いて欲しいが、ノア様の声は聞こえない。

 これも厄災の魔女の結界の影響だろう。

 この島まで魅了の効果は出ていないが、女神様の声は邪魔されているようだ。


 厄災の魔女は、不公平な運命を与える神を憎んでいた。

 地上の民に神の導きは不要と考えているのだろう。


 なら、ノア様の声を聞くには向かうしかない。



「目指すか……海底神殿」

 


 相変わらず、攻略できる気は全くしない。

 しかし、他に案は浮かばない。


 もしもノア様が今の状況を予想していたなら、何か対策も教えてくれるかもしれない。

 なんとも神頼み過ぎる作戦ではあるが。


 ゆっくりと浜辺へ近づく。

 空を見上げると、灰色がかった青空に灰色の太陽が浮かんでいる。

 正午を少し過ぎたあたりだろうか。


 ノエル女王との約束は日暮れ時なので、あと数時間は猶予がある。

 

 海底神殿を目指すのは千年ぶりだ。


(本格的な攻略の前に、現地調査しておくか……) 


 俺はやや荒れている海面に近づき、躊躇なく飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る