318話 高月マコトは、知らされる
「姫……?」
口にしてから気づく。
外見こそフリアエさんだが、その精神は厄災の魔女ネヴィアが取り憑いている……はずだ。
でも、気を失う直前に喋っていた彼女は、いつものフリアエさんの口調だった。
今の彼女は、どっちだ?
「ん……、あら……、寝ちゃってたのかしら……って私の騎士! いつから起きてたの!?」
俺の声で目を覚ました彼女が、目をこすりながら起き上がりビクリと反応した。
この反応はフリアエさん、のはずだ。
「おはよう、姫」
「わ、私に何かした!?」
フリアエさんはシーツをばっと自分の方に引き寄せ、身体を隠した。
「……何もしてないけど?」
「そ、そう……。そうよね、私の騎士はそんな事しないわよね」
ごそごそと外れた下着の肩紐をつけ直すフリアエさんが若干エロい。
凝視してはいけない気がして、そっと視線を外す。
視線の先には大きな姿鏡があった。
鏡には俺とフリアエさんが映っており、ちょうど色っぽい背中が見える。
結果シーツで隠せていないフリアエさんの、身体が映っていた。
と、その時
そして口を開く。
「フリアエちゃん、背中を見られてますよ」
「「え?」」
その声に驚いたのは、俺とフリアエさんの二人だった。
この部屋に居るのは二人だけ。
なら声の主は?
「お目覚めかしら、使徒様。フリアエちゃんは貴方のことを一晩中看病してたの。最後は一緒に寝ちゃったみたいだけど」
喋っているのは鏡の中のフリアエさんだった。
だが、その口調は。
「
「先程は落ち着いて話せませんでしたね、使徒様」
「ちょっと、待ちなさいよ! 何を普通に会話してるのよ!」
俺とネヴィアさんの会話に、慌てるフリアエさん。
どうやら鏡の中の自分が、勝手にしゃべるというのは自覚がなかったらしい。
……普通はないか。
「姫は……身体は大丈夫? 今はどんな感じ?」
「正直、混乱しかしてないわ……。リョウスケや太陽の騎士団と一緒に大魔王と戦って以来、身体がだるかったり急に眠くなったり、頭痛がしたりしたんだけど……。大魔王の瘴気に当てられただけだと思っていたの。それがまさか……」
「ふふふ、体調不良は私が取り憑いたからですね☆」
にこやかに、どこまでも軽い口調で語る
それに対してフリアエさんが怒鳴る。
「さっさと私の身体から出ていきなさいよ!」
「それは無理ですよ。だって私とフリアエちゃんは、魂が同化しているんですから。これから一心同体で生活しましょうね☆」
「うそ……でしょ……」
厄災の魔女の言葉に、さっと青ざめ、ふらっと倒れそうになったフリアエさんを慌てて抱きとめる。
「姫……、大丈夫だよ。きっとなんとか……何か方法を考えよう」
慰めの言葉をかけるが、『魂が同化』とやらの解除方法などさっぱりわからない。
(ノア様……、イラ様……、聞こえますか?)
さっきから呼びかけているのだが、女神様から何の返答もない。
これも厄災の魔女の仕業なのだろうか。
俺が探るように鏡の中の厄災の魔女に目を向けると、笑みがふっと薄れた。
「魂の同化は、あの御方が滅びる前に最後の力を振り絞って私にして下さった奇跡。人の力でどうにかすることはできませんよ」
そう語る厄災の魔女が、悲しげな声になった。
「あの御方が滅びた……?」
厄災の魔女が呼ぶ『あの御方』とは、大魔王イヴリースに他ならない。
だけど、滅びたっていうのはどういうことだ?
「ええ、あなた方が大魔王と呼ぶあの御方は光の勇者様によって討ち滅ぼされました。フリアエちゃんはその目で見ましたよね?」
「確かに見たわ……。けど、それは私たちを騙してたんじゃ」
「違います。運命の女神によって立てられた計画を私たちは崩せなかった。あの御方が勝利する全ての未来は閉ざされていた……。私たちには敗北するしかなかったのです」
「じゃあ、本当に大魔王は……」
「もうこの世界にいません。それこそ使徒様は女神から直接聞いたのではないですか? 貴方は運命の女神と親密な間柄ですよね?」
「イラ様に……」
確かに聞いた。
何なら浮かれて酒盛りしてた。
正直、今のこの状況はイラ様にも責任あるのでは? と少し思っていたが……大魔王は確かに倒されていたのだ。
「私の騎士……、運命の女神とどんな関係なの?」
「せ、千年前にお世話になっただけだよ」
フリアエさんがこちらを怪しむような目で睨んでくる。
妙な誤解を生んでしまう。
俺がフリアエさんに問い詰められる間にも、厄災の魔女さんは語り続ける。
「あの御方は滅びる直前、私と現代の月の巫女ちゃんを同化させて、『神の力』の一部を譲渡して下さった。けど、私にはあの御方ほど力は無い、魅了しかできないひ弱な存在。光の勇者様を倒すことなどできない。だからどうするか、考え抜いた……」
「一緒に滅びてなさいよ……」
フリアエさんがげんなりした表情でつぶやく。
全くの同意だ。
「でも気づいたんです! フリアエちゃんは、月の巫女でありながら聖女。つまり女神の魔法や、女神の勇者に対しても強い影響力を持っている。もしかしたら、月の国の民だけじゃなくて、西の大陸の全ての民を魅了できるんじゃないかって! だから私頑張ったんですよ!」
悲しげは表情から打って変わって、満面の笑みを浮かべる鏡の中の厄災の魔女さん。
はた迷惑過ぎる。
そっち方向に頑張らないでいただきたい。
「太陽の巫女のノエルちゃんと同調して、王都を覆う『聖域』結界を少しだけ手を加えて、結界内の民を魅了できるようにしたり、光の勇者様と握手をするふりをして呪いをかけたり、本当に大変だったんですよ? いつ使徒様に邪魔されるんじゃないかとヒヤヒヤしてました」
「あ、あの式典の時……か」
確かにフリアエさんの様子はおかしかった。
いつもと違うと感じていた。
止めに入る、べきだった。
「姫、桜井くんは……? どうなったか教えてほしい」
「命に別状はないわ。でも、まだ目を覚ましていない。
「そっか、命が無事で良かった。でも、もっとうまく立ち回っていれば……」
防げたはず、という後悔の念が強い。
後手に回ってしまった。
「仕方ないわ……、私の騎士。大陸中の要人が集まっている記念すべき式典の女王の挨拶中に割って入って邪魔をして、何かの間違いでしたじゃ済まされないもの」
フリアエさんがフォローしてくれたが、俺の心は晴れなかった。
(いや、今は悩むのはよそう……)
「厄災の魔女、あなたの目的は? なぜ俺を殺さない?」
「あら」
俺が尋ねると、厄災の魔女は少し驚いたような顔をした。
「覚えてないのですか? フリアエちゃんが『不殺の呪い』をかけたでしょう? それにそもそもフリアエちゃんの想い人である使徒様を殺すなんてできるはずがない。私は宿主の意思に著しく反するような行動は取れないんですよ。今日だって寝ずに看病をしてたんですから」
「……黙りなさいよ」
フリアエさんが、少しだけ赤い顔をしてぷいっと横を向く。
「ありがとう、姫」
「……御礼を言うのは早いかもしれないわよ。どうしても嫌なことは拒否できるけど、私の身体の自由は厄災の魔女に握られている。私の騎士をここから逃がすこともできないから」
「……逃がす?」
部屋を見回す。
別にここは牢獄ではないし、部屋に窓は無いみたいだがドアはある。
出ていこうと思えば、外に出られそうだが。
「ふふふ、ご自分の身体をよくご覧ください、使徒様」
「…………これは?」
何の重さも感じないため、気づかなかったが俺の首と左足、そして右手に奇妙な鎖が巻き付いている。
目を凝らさないと見えない
それが身体中に巻き付いていた。
……何だこれは?
腕を伸ばすとその分だけ鎖の長さは長くなる。
動くことはできるのだが、決して離れない。
(斬るか)
俺は腰にさしてある女神様の短剣を抜こうとして。
――そこに何も無いことに気づいた。
慌てて身体中を探す。
しかし、どこにも見当たらなかった。
「あの恐ろしい短剣は私が預かっておきました」
「…………返しては、くれないか」
この世界に来てからずっと冒険を共にしてきた唯一の武器が……。
俺が睨みつけても、鏡の中の厄災の魔女は涼しい顔をしている。
「そんな怖い顔をしないでください。この部屋の中は自由に歩いて結構ですが、外に出ることはできません。『天の鎖』が使徒様を拘束しておりますから。でも、退屈はさせませんよ。お話相手は用意しています、どうぞお入りください」
ガチャリ、とドアが開く。
ぱっとそちらを振り返ると、入ってきたのはよく見知った人物だった。
「ルーシーとさーさん……?」
「マコト!」
「高月くん!」
俺の顔を見た二人は、こちらへ駆け寄ってそのまま抱きついてきた。
「心配したんだからね!」
「よかったよぉ、高月くん」
「ごめん、心配かけ…………て」
涙声のルーシーとさーさんに謝りながら、二人の目を見てゾクリと背中に悪寒が走った。
――ルーシーとさーさんの瞳が
「魅了……されてる?」
「……うん」
「……そうみたい」
ルーシーとさーさんが、悲しそうな顔でうなずいた。
魅了されている自覚はあるようだ。
俺はぱっとフリアエさんのほうを振り向いた。
「この女の仕業に決まってるでしょ」
「私の仕業ですー☆」
フリアエさんが鏡の中の自分の姿を指差し、鏡に映る厄災の魔女がニコニコ手を振る。
「二人に何を……」
ギリ、と奥歯を噛み締めた。
「ふふふ、紅蓮の牙のお二人だけじゃないですよ。太陽の国の王都に居る人たちは全て魅了してあります。……使徒様と太陽の巫女のお二人を除いてですけど。お二人だけは私の魅了が届かないんですよね―、残念。勿論、魅了をした人たちに危害は加えませんよ? ルーシーさんとアヤさんは元気でしょう?」
「だったら何のために?」
「千年前に言ったじゃないですか」
厄災の魔女は、軽やかに語る。
「私は皆と
「けど、俺には魅了は効かない」
「そうなんですよねー、だから本当は使徒様には死んでいただきたいんですけどね☆」
「…………」
笑顔でそんなことを言われると言葉に詰まる。
「私の騎士を傷つけるのは、絶対に許さないわよ」
「わかってますよ、フリアエちゃん。こっそり使徒様の食べ物に毒を混ぜたりしませんから」
「あんた……」
「冗談ですよ、冗談」
「高月くん……」
「マコト……」
フリアエさんと厄災の魔女の物騒な会話に、ルーシーとさーさんが不安げな表情となる。
「さて、それではそろそろ身体をお借りしますね、フリアエちゃん」
「……わかってるわ」
「姫? 何処に」
フリアエさんが、ベッドから立ち上がった。
「じゃあ、大人しくしててね。私の騎士。ルーシーさんとアヤさんが居るから寂しく無いでしょ」
「待っ……」
俺はフリアエさんを追おうとしたが、体に巻き付く透明の鎖に阻まれた。
部屋から出ることができない。
ドアの手前で鎖の長さが足りなくなる。
俺はフリアエさんを追うことができず、部屋の中で立ち尽くした。
「マコト、疲れてるでしょう。少し休んだら?」
「高月くん、起きてから何も食べてないよね? ご飯持ってくるね」
「あ、ありがとう」
何事もなかったかのように振る舞うルーシーとさーさん。
落ち着かない気持ちのまま、俺はさーさんが持ってきてくれた料理を二人と一緒に食べた。
食事をしながら、二人に近況を確認した。
と言っても、式典が終わって半日も経っていない。
ルーシーたち含め、会場にいた皆魅了されて操られていたので、詳しいことはわからないらしい。
厄災の魔女の言うとおり、危害などは加えられていない。
王城の一室でダラダラと過ごしていたら、俺――高月マコトの居る部屋まで来るように呼ばれたそうだ。
「なぁ、ルーシー……、大丈夫なのか?」
「えっ、何が?」
キョトンとした顔になるルーシー。
「いや……、だって厄災の魔女に魅了されてるんだろ?」
「うーん、別に何ともないわよ。ねぇ、アヤ?」
「うん、全然平気だよー、高月くん」
カチャカチャと食器を片付けているさーさんが答える。
こうして会話する分には何の問題もない。
俺に危害など加えないし、いつも通りの二人だ。
ただし……
「なぁ、ルーシー、さーさん。ここから逃げよう」
こう提案した時。
「
「
二人の答えは決まって「No」だった。
「いいじゃない、ここは安全よ?」
「厄災の魔女に捕まってるんだぞ!?」
「でも、月の国の女王はふーちゃんだよ。それに逃げたりしたら、ふーちゃんが悲しむよ?」
「そうよ、マコト。無理して逃げてどこに行くっていうのよ」
「…………さーさん、……ルーシー」
ここから逃げる。
それだけは二人は協力してくれない。
恐らくルーシーとさーさんがかかっている魅了は、俺の監視。
それ以外は普通に接するように厄災の魔女に言われているのだろう。
(……どうすれば)
身体には透明の鎖が巻き付き、ノア様の短剣は奪われてしまった。
「
水の大精霊を呼ぶ。
「……
現れた彼女は、心なし元気が無い。
「
「
「
ケホ、と咳き込む
予想していたことだが、精霊魔法に対しても手を打たれている。
対精霊用の結界が張られているらしい。
俺はディーアに去るように伝えた。
その時、コンコンとドアがノックされる。
ドアに目を向けると、入ってきたのはソフィア王女だった。
「ソフィア、遅いじゃない」
「ソフィーちゃん、待ってたよー」
「色々と仕事が溜まっていて。勇者マコトは……目を覚ましたのですね」
そう語るソフィア王女の口調は普段通りで、仕草も変わったところは無かった。
――瞳の奥が鈍く黄金色に輝く以外は
「ソフィア……」
「そんな顔をしないでください」
ソフィア王女が悲しそうな顔で微笑む。
彼女も魅了されている自覚はあった。
「ここから一緒に逃げ……」
「それはできません」
ルーシーやさーさんと同じく、きっぱりと断られた。
「私は操られています。といっても囚われているわけではありませんが……、厄災の魔女に逆らうことはできない。貴方には心配をかけてしまいましたね」
「いえ……、ソフィアが無事でよかった」
「私も、貴方が無事でよかった」
ソフィアが俺に身体を預け、首の後ろに腕を回し抱きついてきた。
そして、そのまま顔を近づけ唇が迫ってきた時……。
「はい、ストップー」
「何で二人の世界に入ってるの―!」
ルーシーとさーさんに止められた。
「別にいいじゃないですか。お二人は先に一緒に居たんですよね」
「まだ、手は出してないから!」
「そうそう、抜け駆けは駄目ー」
「抜け駆け……ですか。そもそもお二人はいつも一緒にいますよね。帰って来た時くらいよいでしょう」
「うぐっ」
「そ、それは」
「大体、三人で冒険をしている時に何をしてるんです? お二人のガードが甘いから他の女に言い寄られるのを許してるんじゃないですか?」
「ストップ、ソフィア!」
「ソフィーちゃん、正論で殴らないで!」
わいわいと話をしている様子は普段通りにしかみえない。
その日は、四人で夜遅くまでとりとめない会話をすることになった。
◇
「ただいまー、私の騎士」
ルーシーたちが去ったあと、「んー、疲れた」と伸びをしながら部屋に入ってきたのはフリアエさんだった。
「姫、おかえり」
「本当、やることが多くて嫌になるわ」
そう言いながら、俺の部屋にあったベッドにぱたんと倒れ込んだ。
一体、何をしていたのかは教えてくれない。
「もう、寝ましょ」
「え?」
この部屋のベッドは一つだけ。
となると、当然一緒にベッドで寝ることになるわけで……。
「これだけ大きいんだから問題ないでしょ」
「……無いのかなぁ」
キングサイズのベッドなので二人で使っても十分な余裕はある。
が、何とも落ち着かない。
「我慢できなくなったら、襲ってもいいんですよ?」
姿鏡の中から、厄災の魔女がからかうように言ってくる。
「何であんたが勝手に許可するのよ!」
「もう~、素直じゃないフリアエちゃんの代わりに言ってあげたのに」
鏡と言い合いをしたあと、フリアエさんは布団を被り、すぐに「すー、すー」と寝息を立て始めた。
どうやら相当にお疲れらしい。
もしくは、厄災の魔女に取り憑かれていることで体力を失っているのか。
「……寝るか」
フリアエさんとは少し離れた位置。
ベッドの端で俺は布団をかぶった。
なかなか寝付けなかったが、それでも徐々に眠気に襲われ、やがて眠りについた。
――夢に
◇
――翌日。
相変わらず『天の鎖』とかいう魔道具で拘束されているため、部屋からはでられない。
なんでも、かつて太陽の国で暴れていた災害指定の魔獣を拘束するのに使った宝具らしい。
その強度は凄まじく、聖剣クラスの武器でないと、壊すことは難しいとか。
……そんなもんをひと一人を拘束するのに使うなよ。
俺が軟禁されている部屋は窓がなく、景色を見ることができない。
一体、外はどうなっているのだろうか……。
その代わりなのか、俺の知り合いがひっきりなしに訪れる。
氷雪の勇者レオナード王子。
風樹の勇者マキシミリアンさん。
灼熱の勇者オルガさん。
木の巫女でルーシーの義姉のフローナさん。
そして、運命の巫女エステルさん。
全てのひとたちが魅了されていた。
(エステルさん、運命の女神様の声は聞こえますか?)
俺は彼女の耳元で小声で尋ねた。
エステルさんは小さく首を横に振った。
(残念ながら女神様の声が聞こえない私は、無力な存在です……)
エステルさんはソフィア王女と同じように、悲しげに微笑んだ。
どうやら西の大陸における主要な人物は、尽く厄災の魔女によって操られているようだ。
つまりは人質に取られていることを意味する。
(ノア様……視てますか?)
変わらず返事は無い。
恐らくは対精霊の結界のせいだろう。
もしくは、俺がノア様の使徒と知っている厄災の魔女が何か別の手を打っているのかもしれない。
こうして俺がこの部屋から出られないまま、数日が過ぎ去った。
「じゃあね、私の騎士。そのうち誰か話し相手が来ると思うわ」
いつもと同じように、少し寂しげな表情で部屋から出ていくフリアエさん。
俺だけがぽつんと取り残され、部屋がシン……と静まる。
しばらくしたら、誰かがやってくるだろう。
――厄災の魔女に魅了された誰かが。
ルーシーとさーさん、ソフィア王女たちは厄災の魔女の手に落ちている。
かつて一緒に肩を並べて戦った面々も、ほとんどが同じだ。
女神様たちの声は聞こえない。
頼みの精霊魔法と女神の短剣も封じられている。
宝具によって身体は拘束され、この部屋から出ることはできない。
部屋には食事が運ばれ、室内にトイレや浴室もあるためずっと生活できる。
殺されることはなさそうだが、逃げることもできない。
(……詰んだ?)
俺は行動を間違ったのだろうか?
間違ったのだろう。
他にできることがあった気がする。
が、時間は巻き戻せない。
ぼんやり空中を見つめる。
その先には、こんな文字がぽつんと浮いている。
『全てを諦め、厄災の魔女に従いますか?』
はい
いいえ
ここ数日、何度か出てきている選択肢。
俺は『いいえ』を選択し続けている。
だからまだ終わりではない。
まだ諦めてはいけない。
『RPGプレイヤー』スキルを信じ、じっと待ち続けた。
何を待つのか?
心当たりは…………一応ある。
だから、俺は騒がず、絶望せず、待ち続ける。
…………『明鏡止水』スキル
思えば最近は、これに頼りっぱなしだ。
不安な気持ちを抑え、俺はじっと機会が訪れるのを待った。
「ご主人、遅くなった」
俺の影からするりと小さな黒い生き物が飛び出した。
「
俺の使い魔。
いつもはフリアエさんと一緒に行動しているはずだが、厄災の魔女に取り憑かれたフリアエさんと一緒には見かけたことがない。
きっとどこかに避難していると思っていた。
「こいつを探していたので時間がかかってしまった。宝物庫の奥深くに隠されていたぞ、ご主人」
ツイが口に加えているのは、複雑な装飾の入った輝く短剣。
「助かった、ありがとう」
それを受け取り、そっと刃を『天の鎖』に押し当てる。
「ご主人、その魔法の鎖は勇者が扱う聖剣でないと壊せないと聞いたが……」
表情は変わらないが、不安そうな声色を出す
どうやら心配してくれているらしい。
俺は小さく笑った。
「心配ないよ、ほら」
そう言って『天の鎖』に刃を立てると、バターを切るように音もなく鎖は断ち切れた。
「…………」
黒猫が目を見開いている。
そんな表情できるんだな。
「呆れた切れ味だな、ご主人。ところで『天の鎖』は太陽の国における最高レベルの宝具の一つらしいが」
「…………マジで?」
既に手や足に絡みついていた鎖を、俺はバラバラにしている。
後から言われても困るんだが。
「目撃者はツイだけだ。秘密な?」
「拘束されていたのはご主人だけだ、すぐにバレるだろう」
にゃあ、とため息を吐かれた。
そうだね、すぐバレるね。
そんな雑談をしながら、「かつかつ」と足音が近づく音を『聞き耳』スキルが拾っていた。
「黒猫、ここから脱出したい」
「心得た――影魔法・影渡り」
ツイが「にゃおん」と鳴くと、複雑な魔法陣が地面に現れた。
そして、ぽっかりと人一人が通れそうな暗い穴が現れた。
「ご主人、こっちだ」
「わかった」
黒猫に続き、俺は黒い穴へ身を躍らせた。
◇
視界が一瞬だけ真っ暗になり、徐々に光が目に入る。
しかし、移動した先は先程まで居た部屋と比べて薄暗い場所だった。
「ツイ、ここは?」
「王城の地下にある牢獄階だ、ご主人」
「何でそんな場所に……」
「影魔法と地下が相性が良いのだ。ここなら移動先の
「なるほど」
俺は影魔法に詳しくないが、黒猫がそう言うならその通りなのだろう。
「それに現在の太陽の国の王城の全ての人間は、魔女に魅了されている。牢屋に閉じ込められている人も居ないのだ、ご主人」
「確かにどこも空っぽだな」
沢山の牢屋が並んでいるものの、中に収容されている囚人らしき人影はない。
そのため見張りもいない。
とても寂れた場所に見えた。
「…………ん」
その時、小さな声が聞こえた。
少し奥にある大きめの牢屋からだ。
どうやら全く誰も居ないわけではないらしい。
暗がりでどんな人物かは判別つかない。
少し気になって俺は『暗視』と『千里眼』スキルを使って、確認した。
「…………え?」
小さく声が出た。
そこで囚われていたのは、太陽の国のトップ――ノエル・アルテナ・ハイランド女王陛下だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます