314話 大魔王討伐、その後③

「高月マコト!」

「うわっ」

 満面の笑みの運命の女神イラ様に抱きつかれた。

 そして、そのまま押し倒される。


「あら、ひ弱ね。私の身体くらい受け止めなさいよ」

「筋力が4なんですよ。箸しか持てません。にしてもイラ様、ご機嫌ですね」

「あったりまえでしょー! 大魔王を倒したのよ! 私は運命に勝利したの! これでプラス査定間違いなしよ!」

「査定あるんですか……? 天界って」

 もっと天界は、華やかな場所を想像していたんだけど。

 夢がない。


「高月マコト……、あんたテンション低いわねー。大魔王を倒せたんだからもっと喜びなさいよ」

「だって桜井くんが、大魔王を倒すところを見逃しちゃいましたし」

 ラスボスを倒すシーン、見たかった。


「相変わらず呑気な男ねぇ。ま、いーわ。これで今後の心配はなくなったんだから! はぁ~、よかったー」

「ちょ、髪が乱れ」

 イラ様に馬乗りされたまま、髪をくしゃくしゃされた。


 顔が近い。

 温かい吐息が、顔にかかった。

 少しお酒アルコールの匂いがする。


「イラ様飲んでます?」

「そりゃそうでしょ! やっと世界を救う仕事から解放されたのよ! 今日飲まずに、いつ飲むのよ!」

「それは……どうぞご自由に」

 ここ千年、コーヒーとユンケルを飲みながら仕事をしていた運命の女神様に俺は何も言えない。

 

 しばらく上機嫌なイラ様に付き合っていた。

 くいくいと高そうな葡萄酒を飲み干すイラ様。

 俺はおとなしくお酌をした。 


 イラ様はすっかり大魔王の件は、終わったものと判断したようだ。

 運命の女神様はこんな感じだけど、他の女神様はどうなんだろう?

 俺の心を読んだイラ様が、こちらを見た。


「まったく、私が直々に褒めてあげてるのに他の女神おんなのことを考えるなんて贅沢なやつねー」

「ノア様の使徒ですからね」

 信仰にかけては、一途で通している。



「じゃ、ノアのところに行くわよ。水の女神エイル姉さまも居るでしょうし」

「うわっ!」

 運命の女神様がパチンと指を鳴らす。


 次の瞬間、視界が一瞬ぼやけ周囲の景色が一変した。

 相変わらず運命の女神様の空間転移テレポートは、ルーシーや大賢者様モモのとは全然違う。

 移動している! という感じは全然しなくて、気を抜くと最初からそこにいた錯覚すら覚える。

 流石は神級魔法……。


 俺が今立っている場所は……ノア様の空間だった。


「あら、マコトいらっしゃ……またイラと一緒?」

「お! マコくんだー。やっほー☆」

 予想通り、ノア様と一緒に居たのは水の女神エイル様だった。


「ノア! エイル姉さま! 私は成し遂げたわ!」

「浮かれてるわねー」

「お疲れ様、イラちゃん」

 テンションの高いイラ様に、苦笑する二柱の女神様たち。


「お二人は冷静ですね」

 イラ様とは随分違う。


「別に私には聖神族が勝っても悪神族が勝っても関係ないしー」

 これはノア様。


「私は人族と魔族の争いは何度も視てきているから……。でもイラちゃんはよくやったと思うわ。今回は無事に聖神族わたしたちの信者たちに勝たせることができたわね」

 こっちがエイル様だ。


「何言ってるのよ、ノア! アルテナお姉様のおかげで八番目の女神になったのよ! これからは仲良くするわよー!」

 イラ様がノア様の肩をバンバン叩く。

 おぉ……、珍しい光景だ。


「ちょっと、イラ。あんた飲みすぎじゃない? いつもと性格変わってるわよ」

「イラちゃん、お酒弱いのに。よっぽどストレス溜まってたのねー。ほら水飲んで」

「大丈夫れすよー! エイル姉さま!」

 イラ様のろれつが回っていない。

 

「これは駄目ねー。運命の女神イラちゃんのお仕事を代行しておくわ。じゃあね、ノア。イラちゃんの言う通り、これからも女神教会の信仰神同士、仲良くしましょ☆」

 水の女神エイル様はウインクすると、しゅたっと消えていった。


 この場にはノア様と俺だけが取り残される。

 ふわっと、頭を撫でられた。

 

「ノア様?」

「よくやったわね、マコト」

「はい、これで心置きなく海底神殿の攻略に……」

「はい、すとっぷ」

 トン、とノア様の美しい指先で額をつつかれた。


「さっきエイルが来てたのは、ソフィアちゃんとマコトの仲を心配してたのよ? 世界が平和になってやっとソフィアちゃんの肩の荷が降りたのに、婚約者のマコトが最終迷宮ラストダンジョンにこもりっきりで帰りを待ってるだけなんて可哀想でしょ? マコトは少し休みなさい」

「……はぁ、そうですか」

 何か、最近色んな人に休めって言われるな。


「今度の大魔王討伐の式典で、光の勇者くんとノエルちゃんが正式に結婚するらしいわね。そしたら次はマコトとソフィアちゃんって話が出てくるんじゃないかしら。ずっと待たせてたんだから、責任とってあげなさい」

「も、もちろんですよ」

 あちらは王族だし「ちょっと待ってて」というわけにもいくまい。

 ……しばらくは海底神殿の攻略はお預けか。


 俺の心を読んだのか、ノア様が「ふっ」と優しく微笑んだ。


「そんなに長い間じゃないわ。少なくとも『式典』まではおとなしく太陽の国ハイランドの王都で休んでなさい。わかった?」

「承りました」

 他ならぬ女神ノア様のお言葉なので、素直に従う。


「じゃあ、またね。マコト」

 一片の曇り無く微笑む御姿は、いつも通り美しい。


 イラ様と違って機嫌が良いのか悪いのか、何を考えているのかさっぱりわからない。


「はい、ノア様」

 跪き、頭を上げた時には夢から覚めていた。




 ◇




 それからしばらくは、太陽の国の王都で平和に過ごした。

 

「マコト! 街に買い物行きましょうよ!」

「お茶しよーよ! 高月くん」

「りょーかい」

 ルーシーとさーさんに引っ張られ、街を散策した。

 

 大魔王襲撃があったばかりだが、街は活気で溢れている。


 ルーシーとさーさんの服を選ぶのを手伝ったり。


 オシャレなカフェでお茶をしたり。


 魔道具ショップで掘り出し物が無いかをチェックしたり。


 そんな平和な時間だった。


 その時、ふと街中を闊歩する集団を見かけた。


 彼らは皆同じような服装で、何かを訴えているようだった。

 大声で騒いでいるわけではないが、通行人を呼び止め何かを語っている。


「ルーシー、さーさん。あの人たちって何してるの?」

 俺が尋ねるとルーシーとさーさんの表情が、微妙なものになった。


「あ~……、あれねー、フーリが困ってたわね」

「聖女信仰の人たちだね」

「姫が困る? 聖女信仰?」

 初めて聞く内容だった。


「彼らの言い分は、月の国ラフィロイグの女王――つまりはフリアエ女王こそが世界を救う真の聖女だから、皆で聖女フリアエ様を信仰しようって集団ね」

「最近だと月の女神様より、その巫女のふーちゃんを信仰する人たちのほうが多いみたい」

「そりゃ……凄いね」

 ほとんど地上に関与しない月の女神様より、一度滅んだ月の国を再興したフリアエさんを信仰するのはわかる気がする。

 あとめっちゃ美人だし。


 ……でも、フリアエさんは嫌がりそうだなぁ。

 ルーシーの言う通り、困っているというのも想像できた。

 フリアエさんは月の国の民のことは想っているが、祭り上げられるのは好きじゃないだろう。


 しかし、個人の信仰だ。

 他人がとやかく言うことではない。

 俺はその集団には近づかず、その日は平和に終わった。




 ◇




「マコト様~」

 翌日、大賢者様モモが遊びに来た。


「モモ、身体は大丈夫か?」

「全然駄目ですー、血をください」

「ああ、わかった。飲んでいいぞ」

「わーい」モモが俺の身体に飛びつき、腕と足でがしっと組み付かれた。


「かぷ」と首元を噛まれ「コクコク……」と血を飲まれる。


「「……」」

 その様子を、ルーシーとさーさんがじぃっと見つめている。

 やや、気まずい。

 その空気を感じてか、モモが首から口を離した。


「落ち着きませんね。えい!」

「え?」

 ぐにゃりと景色が歪む。

 一瞬の浮遊感があり、とんと床に着地した時、暗闇に放り込まれたかと思った。


 目が慣れてくると、部屋をロウソクが照らしていることに気づく。

 そこは……


大賢者様モモの屋敷か」

「ふふふ、拉致っちゃいました」

 ぺろりと舌を出すモモ。

 誘拐された! と思うより気になることがあった。


「空間転移なんかして大丈夫なのか? 体調はまだ本調子じゃないんだろ?」

「マコト様の血を飲んだので元気一杯で……ありゃ」

 さっそくモモがふらついている。

 言わんこっちゃない。


「とっとと寝ろ」

 俺はモモを、部屋で一番大きなソファーに寝かして毛布をかけた。

 ベッドは使ってなくて、いつもソファーで寝ているらしい。


「マコト様、今日はそばにいてくれませんか……?」

「わかったよ。ここで修行してる」

「……修行はするんですね。でも、懐かしいです。千年前もいつもこうでしたね」

「そうだな」


 一緒に魔法の修行をして、モモの集中力が尽きて先に寝て。

 その間、俺は隣で水魔法の修行をしていた。

 

 ほどなくして「くー、くー」という寝息が聞こえる。

 モモの疲れは溜まっているようで、まったく目を覚まさなかった。


 途中、腹が減ったら部屋にあったパンとチーズを囓った。

 結局、宿に戻るのは朝になった。


 その後、ルーシーとさーさんから問い詰められたのは言うまでもない。

 



 ◇




「ご主人、ご主人」

 翌日の朝、耳元でダンディーな声で囁かれた。

 何事!? と飛び起きると黒猫ツイだった。


「おまえか……。どうした?」

 見た目は可愛らしい黒猫なのだが、発する声はナイスミドルというギャップに未だ慣れない。


「腹が減ったのだ。何か食わせてほしい」

「……都合の良い時だけやってくるな、おまえは」

 使い魔らしいことなど全くしないくせに。


 しかし、使い魔ペットを空腹にさせるのは主人失格だ、とも思う。

 俺は宿の人に言って、軽食を持ってきてもらった。

 宿の人は、人間用と思ったらしくサンドイッチとコーヒーを持ってきた。


「これでもいい?」と黒猫に聞くと、「うむ」と頷かれた。

 サンドイッチなんて猫が食べるのか? と思ったが。


「うまい! うまい!」

 と黒猫はもしゃもしゃ食べている。

 おまけにコーヒーまで、ペロペロと飲んでいた。

「熱っ!」と猫舌を発揮はしていたが。


 こいつを猫と考えるのはもうやめよう、などと考えていた時。


「あら? マコトと黒猫の組み合わせは珍しいわね」

「ふーちゃんはどうしたのー?」

 どこかにでかけていたルーシーとさーさんがやってきた。


「それが聞いてほしい。姫様が最近忙しくて構ってくれぬのだ。仕方なくご主人にご飯をねだりにきたというわけだ」

「順番おかしいからな、おまえ」

 使い魔だったら、まず俺の所に来い。

 

「フーリってば、忙しいってことは元気になったのかしら」

「じゃあ、ふーちゃんに会いに行こうよ。ね、高月くん、るーちゃん」

「そうね、じゃあ行きましょう。テレポー……」

「ストップ」

 俺は慌てて止めた。


「何よ、マコト」

「アポ……取ってないよな?」

 元パーティーメンバーとは言え、現在は一国の女王だ。

 ついでに言うと、ルーシーの空間転移は座標が荒い。


「じゃあ、私とるーちゃんの二人で行ってこよっか?」

 さーさんが提案してくれた。

 そもそも女王様にアポ無し訪問はどうかと思うが、紅蓮の牙は毎回アポ無し突撃だったらしい。

 

 というわけで、二人に行ってもらってフリアエさんの様子を探ってもらうことにした。




 一時間ほどで、二人は帰ってきた。




「るーちゃんってば、またふーちゃんの『入浴中』に転移しちゃって」

「いやー、びっくりしたわねー。アヤ」

「流石に怒られたねー」

「護衛の人たちにね……」

 危なっ!

 やはりついて行かなくて正解か……。


「でもいつもだったらふーちゃんが一番激怒してるのに、今日は怒られなかったねー」

「うん、確かに。ずっとたかも。フーリにしては珍しいわね」

「へぇ……」

 フリアエさんは短気だ。

 もっとも、入浴中に空間転移で乱入されたら大抵の人間はキレると思うが。

 そのフリアエさんが、ニコニコしているとは。

 いい事があったんだろうか?


「元気になったなら顔出しに行こうかな」

 フリアエさんからは、また来てほしいと言われている。


「それなんだけど、しばらくフーリが女王の仕事で忙しいんですって。マコトに論功行賞の式典で会いましょう、って伝えてほしいと言ってたわ」

「そっかぁ」

 忙しいなら無理にお邪魔しては申し訳ない。

 大魔王との戦いの影響で、休んでいたみたいだし仕事が溜まっているんだろう。


 フリアエさんに会うのは、またの機会にすることにした。




 ◇




 それから桜井くんの見舞いに行ったり。


 ふじやんの新店を案内してもらったり。


 式典だと、古竜の王を退けた英雄からの演説を聞きたい、という声が上がっているとソフィア王女から聞き、慌ててその準備をしたり。


 穏やかに日々は過ぎ去っていった。


 魔物が突然襲ってくるようなことはない。


 むしろ、聖女ノエル様の結界で、王都の守りはより盤石になっている。


 正直、退屈のあまりどこか手近な迷宮にでも顔を出そうかとも思った。


 が、ノア様の「『式典』まではおとなしくしてなさい」という言葉に従った。


 たまには、ゆっくりと過ごすのもいいだろう。

  



 ――そして大魔王、および魔王を討伐した英雄たちを称える論功行賞の式典の日がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る