312話 大魔王討伐、その後①

「大魔王が、光の勇者様によって討伐されました!!!」


 耳に届いたのは、そんな衝撃の言葉だった。

 大声で発言した神殿騎士は、別の場所へと走って行ってしまった。

 おそらく伝令が役目なのだろう。


「マコト! 大魔王が倒されたって……」

「高月くん、本当かな?」

 ルーシーとさーさんが、期待半分、疑念半分という顔をしている。


「確かめよう」

 俺は事情を知る人が多いであろうハイランド城を目指した。

 道中、街を彷徨っていた忌まわしき魔物を何体も倒す。

 主にルーシーとさーさんが。


 ハイランド城に近づくにつれ、倒壊している建物が目立った。

 そこら中に多くの忌まわしき魔物の死骸が転がっている。

 激しい戦いが繰り広げられた様子が伺えた。

 だが、その割には住民たちの遺体はほぼ見当たらなかった。

 うまく避難ができたのだろうか?


「着いたわね」

 ルーシーがポツリとつぶやく。

 そして、俺たちは巨大なハイランド城の城門前に辿り着いた。 


「これって……」

「門が壊れてるな」

 遠くからではわからなかったが、ハイランド城は被害が最も大きかった。

 城門が崩れ、城の所々に魔法なのか魔物によるものか、壁に大穴が幾つも空いている。


「行こう」

「わかったわ!」

「うん!」

 俺たちは、崩れた城門をくぐり王城へ足を踏み入れた時


「マコト様!」

 突然、空中に現れた誰かに抱きつかれた。

 抱きついてきた相手は小柄な身体に、白髪に真っ赤な瞳。


大賢者様モモ?」

「はぁ……、よかった。会えた……心配……してたんですよ……」

 そう言ってくたりと動かなくなった。


「モモ!?」

 心配になり慌てて声をかけたら、「すーすー」という寝息が聞こえた。

 どうやら寝ているだけのようだ。

 しかし、詳しい話を聞きたかったのだが、これでは難しそうだ。

 その時。


「大賢者様!」

 俺の腕で寝ているモモを見て、こちらへ走ってくる神殿騎士さんが居た。

 知らない顔だったが、こちらから声をかける前に、「高月マコト様!」と名前を言われた。

 どうやら向こうは俺のことを知っているらしい。


古竜の王アシュタロトとの戦いで重傷を負われたと聞いたのですが、大丈夫なのですか!?」

「寝てただけです、ところで大魔王はどうなったんですか?」

「はい! ご報告いたします!」

 興奮気味に神殿騎士さんは、顛末を語ってくれた。




「…………というわけで、激闘の末『光の勇者』桜井様が『大魔王』を打倒したのです!」  

「桜井くんは無事?」

「はい! 重傷を負われましたが、ノエル女王陛下の太陽魔法・蘇生によって一命を取り留めております!」

 一命て……、危なかったんじゃないか。

 でも、無事ならよかった。

 隣ではさーさんとルーシーもほっとした顔を見合わせている。


「モ……大賢者様は、どうだったんですか?」

 現在は俺の腕によりかかって寝ているので、無事は確認できているのだがこの様子だと大変だったのではないだろうか。


「大賢者様のご活躍は凄まじかったですよ! 太陽の光を遮っていた『暗闇の雲』を晴れさせ、忌まわしき魔物共の大群を太陽の騎士団や他の勇者と共に倒しながら、大魔王と戦う光の勇者様のサポートまでされておりましたから! 」

「な、なるほど」

 すげーなモモ。 

 そりゃ、疲れ果てて寝落ちするはずだ。


「その他にもノエル女王陛下は、他の巫女たちと力を合わせ王都全体を覆うほどの結界を張られて、王都を押しつぶそうとしていた大魔王城の落下を防ぎました! 結界が間に合わなければ、王都は壊滅していたでしょう!」

「巫女……ってことはソフィア王女は無事なの?」

 ルーシーが質問すると、神殿騎士さんが大きく頷いた。


「勿論です! ソフィア様は結界を張られたあと、住民の避難や負傷者の回復に尽力されております。そのお姿は聖女のごとしでした!」

 その言葉に俺たちはほっとする。

 他にも『氷雪の勇者』レオナード王子や、『風樹の勇者』マキシミリアンも多くの忌まわしき魔物や魔族と戦い、無事ということだった。


 というより、大魔王の強襲という大事件の割に大きな被害は出ていなかった。

 その理由もすぐに判明した。


「やはり凄まじかったのは運命の巫女エステル様の、的確な指示です。これによって我々の被害が最小限に抑えられましたから! そのお姿は女神様が乗り移った如くでした!」

「あぁ……なるほど」

 イラ様が全然話しかけてこないなーと思っていた通り、こっちの対処で大変だったようだ。

 どうやら大魔王や他の強力な魔物たちとどのように戦うかを指示出ししていたらしい。


 現在のイラ様は、降臨はできないはずだが巫女との会話はできる。

 きっと、事細かく指示を出していたんだろう。


「はぁ……、よかった」

「ね、みんな無事みたい」

 ルーシーとさーさんの声に俺も同意だった。

 ここで、気になったことがあった。


「えっと、ところで姫……フリアエ女王は……?」

 さっきノエル女王と結界を張ったという巫女の中に、フリアエさんの名前はなかった。

 確か、フリアエさんは結界魔法は使えなかったはずだ。

 だから、別のことをしていたのだと思うけど。


「それはもう! フリアエ様こそ大魔王討伐の一番の功労者です!」

 神殿騎士さんが、これまでで最も興奮した様子で語った。


「そうなんですか?」

「聖女フリアエ様は、、大魔王襲撃を予知なさったのです! そして、各国の主要者たちへ戦いの警鐘を鳴らされた!! 聖女フリアエ様が居なければ我々は敗北していたでしょう!」

「へぇ……」

 凄いな。 

 ということは運命の女神様よりも早く、大魔王の襲撃を予知したということだろうか?


「しかも、大魔王を見たものは皆精神に異常をきたします。まともに戦えなくなってしまうのです。それを聖女フリアエ様は、民を勇気づける歌によって我らを救ってくださったのです! 光の勇者様ですら、大魔王相手には冷静で居られなかったと言われています。それを聖女フリアエ様が、お側で支えられたとか。まるで千年前の救世主アベル様と聖女アンナ様のようだったとその場に居たものから聞いております」

「へぇ…………あれ?」

 その言葉に引っかかった。


「えっと、フリアエさんは大魔王との戦いの現場に居たってこと? 巫女なのに?」

「そうですね……、言われてみますと……。ですが、間違いないはずです。大魔王を倒したのは光の勇者桜井様で、その隣に聖女フリアエ様がいらっしゃったと聞いております!」

 危ないことするなぁっ!?

 お付きのハヴェルは止めなかったのだろうか?

 俺がそんなことを考えていると、神殿騎士さんがずいっとこちらに寄ってきた。


「ところで大賢者様を回復士の所にお運びしたいのですが、よろしいでしょうか? 先の戦いでかなり疲弊されているようですので」

「! そうですね。そうしましょう」

 俺は言われた通りにする。

 まずは、疲れで倒れているモモをゆっくり休ませてあげよう。


 神殿騎士さんが代わりに運びますと申し出てくれたが、俺は丁重に断り自分で運んだ。

 俺にできるのはこれくらいしかない。

 体力が無い俺は、息を切らせながら回復士たちがいる医療部屋へモモを運んだ。

 ベッドに寝かせると穏やかな表情で、すーすーと寝息を立てている。


「…………マコト様……今度は、私は足を……ひっぱりません……よ」

 そんな寝言が聞こえてきた。

 そういえば、千年前は大魔王を相手に震えてしまって全然立ち向かえなかったのを気にしてたっけ?


「お疲れ様、モモ」

 俺は大賢者様の髪を撫でて、医療部屋をあとにした。


 その後は、再び街に出て残っている忌まわしき魔物を討伐していたら一日が終わった。

 

 泊まる場所をどうしようかなー、と困っていたらどうやって知ったのかふじやんが俺たちが泊まれる宿を手配してくれていた。




 ◇




 ――翌日。


 目を覚ますとすでに昼を回っているのか、窓からは高い位置から日差しが入り込んでいた。


 昨日は、古竜の王の勝利や大魔王討伐の祝いで夜遅くまで騒いでいた。

 連日バタバタしていたのもあり、今日は深く寝入ってしまったらしい。


 ぼんやりとする眼をこすり、周りを見回すと見慣れない宿の部屋だった。

 確か、太陽の国の王都でふじやんが開業しているお店の一室のはずだ。


「ルーシーとさーさんは……居ないか?」

 二人の姿は見当たらない。

 代わりにメモが残されてあった。


 ――――

 大魔王城エデンの調査を冒険者ギルドから『紅蓮の牙』に依頼されたから行ってくるわ!

 

 高月くんは、ゆっくり休むこと! 勝手に遠くに行っちゃ駄目だよ!


 from ルーシー&アヤ

 ――――


 前半はルーシーの荒っぽい字。

 後半は、さーさんの可愛い丸文字だ。

 元気なことに、二人はすでに冒険に出かけてしまったらしい。

 

「なんだ、誘ってくれたらいいのに」

 そんなことを独りごちながら、ベッドから立ち上がろうとしてすぐ隣に誰かが寝ているのに気づいた。


「…………ん」

 目をこすりながら、ゆっくりと上品に起きたのは長い髪と白いドレスの……


「ソフィア?」

「……あら、勇者マコト? どうしてここに……夢でしょうか」

「夢じゃないですよ」

 と言いながら、俺はすこし着崩れているソフィア王女のドレスの襟元を直した。


「っ! じ、自分で直せます!」

 ソフィア王女は目が覚めたのか、顔を赤らめ立ち上がった。


「おはよう、ソフィア」

「おはようございます、勇者マコト。……失礼しました、はしたないところを」

 パタパタと、洗面所のほうへ消えていった。

 きっと髪型や服を整えてくるのだろう。


 ここにソフィア王女が居るのは理由がある。


 と言っても、ふじやんがソフィア王女に俺たちが泊まっている宿の場所を連絡してくれただけだ。


 その日の夜に俺の顔を見て安心した顔を見せ、そのまま仕事に戻ろうとしていたところをルーシーとさーさんに引き止められていた。


「ねー、ソフィア? 貴女はもっとマコトとゆっくり話したほうがいいと思うの」

「そうそうソフィーちゃん、ずっと仕事してるんだもん。ほっておくと修行しかしてない高月くんみたい」

「私には他の仕事が沢山残ってますから」


「ダーメ」

「帰さないよー」

「は、離してください! 私は戻らないと!」

 ソフィア王女の両腕が、ルーシーとさーさんに掴まれている。


「私たち『紅蓮の牙』がローゼス王家の依頼は、全部最優先かつ支払いは後払いで受けてるのは知ってるわよねー?」

「というか、無料でもいいのにソフィアちゃんが支払うって聞かないだけだけど」

「そ、それは……のちほどきっちり支払いますから」

「もし今日の仕事は終了して、宴会に参加するなら依頼料金を減額してあげるわ」

「もともと半額以下で受けてるけどねー」

「くっ、その条件を出されると従わざるを得ない……」

 そんな茶番をしていた。


 どうやら水の国においてルーシー&さーさんの『紅蓮の牙』は、ローゼス王家に多大な貸しを作っているらしい。

 偉くなったものだ。


 なによりいつも働きすぎなソフィア王女を心配して、ルーシーとさーさんが半ば強引に休憩させたかったようだ。

 その後の宴会では、ルーシーとさーさんにたっぷり接待されていた。

 ふじやんとニナさんには、王女まで参加した宴会となって少し気を使わせてしまって申し訳なかった。



「お待たせしました」

 昨晩のことをぼんやり思い出していると、ぴしっと髪やドレスを整えた、いつものソフィア王女の姿があった。


「今日はこれからどちらに?」

 きっと仕事だろう、と思っての質問だ。

 職場まで見送りに行こうと思っていたら。


「今日は休みです」

 意外な答えが返ってきた。


「珍しいですね」

「ルーシーさんとアヤさんに頼み事をされてしまったんです」

 はぁ、と小さくため息を吐くソフィア王女。


「王女様をパシリに使うとは……」

 あの子たち、恐ろしい子!

 俺が恐れおののいていると、ソフィア王女がすすすっとこちらへ近づいて「がしっ!」と腕を絡めてきた。


「今日は勇者マコトが、勝手に修行したりどこかに冒険に出かけてしまわないよう、見張りをするように言われています。私から離れてはいけませんよ?」

 上目遣いでソフィア王女が、そんなことを言ってきた。

 って、俺の見張り?


「ルーシーとさーさんめ……」

 別にそんなに心配されなくても、ルーシーとさーさんを置いて勝手に冒険に行ったりはしない。

 ……修行には行こうと思ってたけど。


「では、今日はゆっくりしてもらいますよ」

「いいですけど、幾つか行きたい場所があるのででかけてもいいですか?」 

 俺が言うと、ソフィア王女がじとっとした目を向ける。


「ほら、全然休もうとしない」

「ただの散歩ですよ。一緒に行きましょう」

「ちなみにどちらへ?」

「桜井くんのお見舞いへ」

 昨日の神殿騎士さんの話だと、大魔王と戦って怪我をしているらしい。

 どの程度の怪我かわからないが、自分の目で無事を確認したかった。


「そうですね、光の勇者様は貴方の友人ですものね」

 ソフィア王女にも俺の意図が伝わったのか、小さく微笑んだ。


「では、向かいましょうか。私が案内します」

「いえ、一人で歩けますよ」

「駄目です」

 ソフィア王女は俺の腕を離さないまま、歩きだした。


 おかげで、王女様直々にエスコートされる、という貴重な体験をするはめになってしまった。

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