311話 高月マコトは、急行する
――
ジェラさんの言葉に、軽く混乱したがすぐに気づく。
「
思わず声を荒げた。
イラ様の未来視は!?
知っていたはずでは!
が、天からの返事はない。
(多分、忙しいんじゃないかしら。太陽の国に居る勇者たちに巫女経由で指示しているところだと思うわ)
代わりの声はノア様だった。
(やっほー、マコくん☆ 古竜の王との戦い、勝利おめでとう……と言いたい所だけど、ちょっと大変なことになっちゃったわね)
明るい中にも憂いが交じるのは
「一体、何が起きて……」
詳しい話を聞こうとして、次の声に遮られる。
「高月マコト! お前はまず身体を休めろ! あとで太陽の国で合流するぞ」
そう言ってジェラさんの魔法通話が切れた。
きっと彼は、すぐにでも太陽の国へ向かって出発するつもりだろう。
「マコト……、フーリやソフィア王女は大丈夫かしら?」
「藤原くんやニナさんも、太陽の国に居るよね?」
ルーシーとさーさんが不安そうに尋ねてきた。
勿論、俺の返事は決まっている。
「すぐに太陽の国に戻ろう! ルーシー、さーさん、行ける?」
気になるなら自分の目で確かめればいい。
「わ、私は良いけど」
「高月くん、身体は大丈夫?」
てっきりいつものように即答してくれると思ったら、二人は少し気が乗らない様子だった。
(……マコト、わかってる? さっきまで気を失ってたのよ?)
(マコくん、もう少し身体を労りなさい)
二柱の女神様に諭された。
言われてみると、俺は倒れてたんだよなぁ。
しかし。
「大魔王が来てるなら急がないと」
「はぁ……、わかったわよ」
「高月くんらしいね」
俺の言葉にルーシーとさーさんが苦笑する。
よし、じゃあ出発しようと部屋を出ようとした時。
「おいおい、精霊使いくん。千年ぶりの再会だというのにもう出ていくのか?」
部屋に誰かが入ってきた。
スラリとした長身白髪の美女。
ここで、やっと俺は自分が今どこにいるのかが気になった。
「白竜さん、ご無沙汰してます。ところでこの場所は……」
「古竜族の住処に人族用の部屋を造った。魔法で作った簡易なものだがな」
「へぇ……」
その割にしっかりと部屋には家具や絵画がかけてあり、しっかりと作り込まれていた。
簡易な住居には見えない。
そこそこ値段の張る高級宿のような内装だ。
「メルさん、急ぎの用事ができたので少しでかけます。また、戻ってきますね」
「おかしいな。私には今から大魔王との最終決戦に向かうという言葉がきこえて来たのだが」
「大魔王を倒せたら、改めてゆっくり話しましょう」
「だそうです、父上」
「…………そ、そうか」
「「「?!」」」
白竜さんの後ろから、ぬっと姿を現したのは二メートル以上ある長身の大男だった。
見覚えはある。
千年前に魔都で会った、
ルーシーとさーさんは初見のはずだが、相手が何者かを見抜いたのかすぐに構えを取った。
「精霊使いよ。あの御方に挑むのか」
古竜の王が、眉間に皺を寄せ、こちらを見下ろしている。
「それは許さないと?」
俺が尋ねると、古竜の王は首を横に振った。
「貴様に敗れた私に、止める資格はない。だが、あの御方を裏切り貴様の味方をするわけにもいかぬ……。私の命を差し出すことならできるのだが」
「あいにく急いでいるんで、その話はまた今度に」
白竜さんの前で父親である古竜の王を殺す話とか勘弁いただきたい。
適当にごまかして、無かったことにしよう。
「待て、せめて私に勝った証を渡そう」
そう言って、古竜の王が何かを差し出した。
それは虹色に光る、錐形の骨のようなものだった。
「これは?」
「
「……イマイチ役に立たないような」
まさにこれから大魔王と戦うわけで。
大魔王戦に使えないアイテムを貰ってもなぁ……。
(マコト~、そんなこと言わないの。文字通り古竜の王の牙を折ったんだから)
(そうよー、マコくん。その牙は『竜王の証』だから、竜族だけじゃなくてほとんど全ての魔物に見せるだけで逃げるか、服従するわよ)
な、なるほど。
二柱の女神様のフォローで、どうやらとんでもない魔道具を手に入れたのだと知った。
「じゃあ、ありがたく頂きますね」
「……そうか」
俺の反応がいまいちだったせいか、古竜の王が心なししょんぼりしている。
申し訳ないことをしたかもしれない。
「父上、精霊使いくんを大魔王の場所まで送り届けます」
「……む、しかし」
「私は大魔王の配下ではない。それに千年前もすでに反抗しているから今更ですよ」
「あの御方の怒りを買わなければ良いが……」
古竜の王の表情は、恐ろしい魔王のそれではなく娘を心配するただの父親の顔だった。
「よし、じゃあ行こうか」
俺はルーシー、さーさん、白竜さんの顔を見回した。
「こちらだ」
白竜さんの後に続き、俺とルーシーとさーさんは古竜の住処の中を歩いた。
中は入り組んだ迷宮のようで、案内なしでは出口に辿り着けそうになかった。
気になったのは、古竜の王が付いて来たことだ。
まさか、見送りにきてくれたのだろうか。
出口につくと、だだっ広い荒野だった。
どうやら、俺と古竜の王の戦いのせいで見晴らしがよくなってしまったらしい。
少し気まずい。
俺とルーシーとさーさんは、竜の姿に戻った白竜さんの背に乗った。
「お気をつけて! ヘルエムメルク様!」
「ご無事で!」
「竜王様が去ってしまわれる……」
「やっと恐ろしい精霊使いが居なくなったか」
俺たちが外に出ると、古竜たちがぞろぞろと住処から顔を出して口々に何か言っている。
よく考えると、ここは『竜の巣』の中で最も危険と言われる古竜の住処だった。
360度、古竜たちに取り囲まれ、こちらにじぃっと視線を向けられると少々背筋が寒くなる。
が、どの古竜からも敵意は感じない。
やはり『古竜の王』に勝ったからだろう。
皆、こちらを頭を低くして見つめてくる。
白竜さんが地面を蹴り、宙を舞った。
数千の古竜族に見送られるのは、なかなか壮観だった。
◇
「ごめん、マコト。私の体調が万全じゃないせいで……」
「仕方あるまい、
現在、俺たちは白竜さんの背に乗って飛行している。
本来は、ルーシーの空間転移を活用するはずだったが、うまく発動しなかった。
いったん、休憩して体調の回復を待っている。
「さーさんは平気?」
「うん、私は元気だよ」
「太陽の国……大丈夫かしら」
「桜井くんや、他の勇者さんたちも居るしきっと大丈夫だよ」
ルーシーの言葉に、俺は答えた。
が、どうしても不安は残った。
「でも、どうして今のタイミングなんだろうね?」
「そんなもの決まっているだろう」
さーさんのつぶやきに答えたのは白竜さんだった。
「メルさん、わかるんですか?」
運命の女神様ですら、予測してなかったタイミングのはずですけど。
「当たり前だろ。
こともなげに白竜さんが言った。
「聖竜様、大魔王ってマコトのことを恐れてるってこと?」
「高月くん、すごーい」
「いやいや、違うって」
慌てて否定する。
いくらなんでも、それは無いだろう。
「どうかな? 千年前に大魔王と厄災の魔女を倒したのは
「やっぱり、そうなんだ!」
「高月くんって自分の話は控えめに話すよね!?」
「何だ、仲間にもきちんと伝えてないのか。仕方がない、私が正確に語ってやろう。どうせ、目的地にはしばらく時間がかかる」
と言う白竜さんの語る千年前の話は、随分と
「……ということがあってだな」
「いや、それは言い過」
「凄い! マコト!」
「高月くん、かっこいいー!」
俺の言い分は、聞き入れてもらえなかった。
最後は、白竜さんの言う通りですよー、と返すだけになってしまった。
やや、緊張感に欠ける時間。
しかし、この後に待っているのはかつて世界を支配していた『千年前の大魔王』との対決。
三人とも明るく会話しつつも、やや緊張感は失っていなかった。
魔大陸の奥地にある古竜の住処から、西の大陸の中央にある太陽の国の王都まで。
最速の移動手段である飛竜をどんなに飛ばしても、丸二日はかかるという距離。
それを白竜さんの高速飛行と、体調がやや回復したルーシーの空間転移によって数時間で到着することができた。
◇
――
中央にそびえる雄大なハイランド城を中心に、放射線上に広がる巨大都市。
無数の建物がひしめく、西の大陸最大の都だが、いつもと様子が違う。
最大の違和感にはすぐに気づいた。
「な、何あれ!?」
「高月くん! 島が落ちてる!?」
ルーシーとさーさんの叫び声が耳に届いた。
岩とも土とも違う、奇妙な素材でできた禍々しい灰色の大地。
それが王都シンフォニアをかすめるように墜落していた。
勿論、見覚えはある。
「ルーシー、さーさん。あれが、大魔王城エデンだよ。本来は浮遊城のはずだけど……」
「妙だな。おそらく人族の都に落として滅ぼす算段だったと思うのだが、あれでは意味がない」
白竜さんの言う通りだった。
見たところ大魔王城は、王都シンフォニアに大きな損害を与えていない。
「どうする? 精霊使いくん」
「ハイランド城に向かいましょう」
桜井くんやノエル女王がいるはず。
そして、大魔王の狙いは光の勇者である桜井くんの命だ。
「わかった、精霊使いくん。城に向かおう」
俺たちは、白竜さんの背に乗ったままハイランド城を目指した。
が、シンフォニアの城壁を越えようというあたりで白竜さんが急ブレーキをかけた。
「わっ!?」
「きゃっ!」
「メルさん?」
思いがけず、つんのめる。
「魔物避けの結界……これは準神級だな。古竜族の私ではこれ以上は行けぬ……。そうかこの結界が大魔王城の落下ダメージを減らしたのだな」
白竜さんの苦しげな声が聞こえた。
よく見ると、王都の全体を薄く光の膜のようなものが覆っている。
「ねぇ、マコト。これってノエル女王が『聖女』の力で造った結界じゃないかしら?」
「そういえば、そんなことをジェラさんが言ってたっけ」
大魔王に備えて、結界を準備中だと。
完成すれば西の大陸全体を覆えるらしいが、緊急措置として都全体を覆ったのかもしれない。
「魔物避けの結界なら私も入れないのかな……? でも、私は特に苦しくないけど……」
さーさんが不思議そうな顔をしている。
「おそらく……、対象外となる者を……条件づけしているのだろう。私は……もう無理だ……」
白竜さんが、ゆっくりと地面に着地した。
「大丈夫ですか?」
「ああ……、すぐにここから離れれば問題ない。残念だが、これ以上は力になれなさそうだ」
白竜さんが悔しげに顔を歪めた。
「ありがとうございます、大魔王に会ってきますね」
「……相変わらず気楽に言ってくれる。死ぬなよ、精霊使いくん」
白竜さんが苦笑しつつ、ゆっくりと王都から離れていった。
俺はそれに軽く手を振り、城門へと向かう。
門は開いていた。
門番は居ない。
そして、いつもは人でごった返している大通りにも人影はなかった。
異常な光景だ。
だが、大魔王がやってきているのだ。
まともな状況のはずがない。
俺とルーシーとさーさんは、慎重にハイランド城への道を進んだ。
大通り沿いには、多くの露店や商店が立ち並ぶ。
しかし、誰も居ない。
「静かね……」
「でも、何かの気配はあるよ」
「気をつけて進もう」
会話しつつも、急ぎ足で歩を進める。
しばらく歩き、
――シャアアアア!!
竜ほどもある大蛇が、俺たち襲いかかってきた。
(魔物!? 結界内にも入り込んでいるのか!)
俺が魔法を使って迎撃しようとするより先に、赤い光が天を貫いた。
「火魔法・
ルーシーの放った魔法が、大蛇の頭部を消し去る。
残ったのは、びくびくと動く大蛇の胴体だった。
「うあ……、気持ち悪っ」
さーさんが顔をしかめるのは、大蛇の胴体の模様だった。
いや、正確には模様でなく身体中に『目』がついており、ぎょろぎょろと目玉が動いているのだ。
「忌まわしき魔物……」
大魔王城エデンに生息している魔物だ。
大魔王から力を授かり、それに耐えられず壊れてしまった魔物たち。
その後も、沢山の忌まわしき魔物に襲われたが全てルーシーとさーさんが返り討ちにした。
そして、魔物を倒すとちらほらと、物陰から人が出てきた。
どうやら、忌まわしき魔物が都の中を徘徊しており隠れていたらしい。
城に近づくにつれ、人々の姿が見え始めた。
そこら中で、神殿騎士たちが忌まわしき魔物と戦っている。
忌まわしき魔物は弱くない。
が、結界のおかげなのか神殿騎士たちに次々に討ち取られていくようだった。
王都シンフォニアが、大魔王とその配下に支配されているのかと不安に思ったが、そうではなさそうだった。
どちらかというと、残党狩りに近い様子だ。
(でも、大魔王は?)
大魔王城エデンが、王都の隣に落下しているのだ。
大魔王本人が、来ていることに間違いはない。
(一体どこに……?)
その疑問に答えるように、大声で叫ぶ一人の神殿騎士が走ってきた。
何かを叫んでいる。
街中に、その知らせを届かせるように。
その言葉に、耳を傾けた。
「大魔王が、光の勇者様によって
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