310話 高月マコトは、与えられる
「ここは……?」
ぱっと目を覚ますと。
「あ、あら……高月マコト!?」
「イラ様?」
お互いきょとんとした顔で見つめ合う。
どうやら
「「…………」」
しばし無言で見つめ合う。
んー?『時の精霊』を使役したこと、そこまで怒ってないのかなー、と思っていたらイラ様がみるみる茹でダコのように真っ赤になった。
お怒りだった。
「あ・ん・た・は~!!」
胸ぐらを掴まれ、がくがく揺さぶられる。
「す、すいませ……すいません、イラ様」
「絶対に、絶対に、絶対に、時の精霊は使うなって言ったでしょーが!!」
「で、でも、他に方法が……」
「…………」
イラ様の手がぴたっと止まる。
「そうね、多分他に勝つ道は無かった……。私には高月マコトが古竜の王に敗北する姿が視えていたわ」
真剣な目で見上げられる。
そ、そうだったのか。
道理でしきりに逃げろと言っていたわけだ。
「でも、何とかなりましたよ」
俺はぎこちない笑みを浮かべるが、イラ様の表情は冷たい。
「これを見ても同じことが言える?」
すっと手渡されたのは、『
ざっと目を通して、特に気になる箇所は……
――残り寿命『
「…………え」
これは……、やばいのでは?
カップ麺に湯を注いで、食べる前に死んでしまう。
「どーすんのよ、高月マコト」
「ど、ど、ど、ど、ど、どうしましょう!?」
焦った俺が震える声でイラ様にすがるような視線を向けると、「はぁ~」と大きなため息を吐かれた。
「こっち来なさい」
と言われ腕を引き寄せられた。
そして、がしっと両腕を背中に回される。
「あ、あの……?」
「さっさとあんたも私を抱きしめなさい」
「は、はい」
よくわからないまま言われた通りにする。
イラ様の身体は華奢なのに、抱きしめると信じられないくらいに柔らかい。
さらに不思議な良い匂いがする。
「全く世話が焼けるわねー」
とブツクサ言われつつ、抱きしめられていると身体に何かが流れてくるような感覚があった。
「イラ様、これは?」
「高月マコトの寿命を延ばしてあげてるのよ。古竜の王を倒した褒美だから千年くらいあげてもいいんだけど、人族の身体じゃ無理ね。とりあえず百年位にしておくわ」
さらりととんでもないことを言われた。
寿命ってイラ様が伸ばせるんだ……と思ったけど運命の女神様なのだから当たり前だった。
「ほら、終わったわよ」
ぽんぽんと背中を叩かれ、俺はゆっくりとイラ様の身体から腕を離す。
すぐ目の前には、とてつもない美少女であるイラ様の顔があり、思わずドキッとする。
が、ドキドキはしても決して何かエロいことをしようというような不埒な気分にはならない。
これは千年間、一緒の空間で仕事の手伝いや修行を見てもらっている時からずっとだった。
「あんた変なこと考えてるわね」
「いえ、逆ですよ。こんなに美しいイラ様の間近にいるのに、まったく変な気分にならないなーと」
「当たり前でしょ。私と高月マコトは女神と人族よ? 存在の
「あれ? でも神王様は地上に隠し子が……」
「…………あれは……例外よ。神王様――パパの女癖の悪さはどうしようもないから」
暗い目をして苦笑いされた。
この話題に深入りは止めておこう。
俺は自分の魂書を確認する。
そこには『残り寿命 百年』と書かれてあった。
よかった。
「ありがとうございます、イラ様。それにしても残り三分は奇跡でしたね。危なかった……」
ほっと胸を撫で下ろした。
「何が奇跡よ。残り三分なんて普通に『生贄術』を使ったらあり得るわけないでしょ。ギリギリで高月マコトが生き残れるように調整したのよ、ノアが」
「ノア様が?」
「あんた、ノアに寿命を捧げて『時の精霊』を呼び出したんでしょ。しかも、あの時の現場に精神体だけで居たみたいだし。これが目的だったのね。つまりノアには、時の精霊を高月マコトが呼び出すとわかっていた……」
忌々しそうに爪を噛むイラ様。
そうか、ノア様が俺の寿命が尽きないように気を配ってくださったのか。
「じゃあ、ノア様にお礼を言わないと」
「ノアに文句を言ってやらないと」
俺とイラ様の言葉が重なる。
「「……」」
俺とイラ様は目を見合わせた。
目的は異なるが、行き先は一致した。
「じゃあ、海底神殿に行きましょう」
「簡単に言ってくれるわね、まあいいわ。ほら」
とイラ様が俺に手を突き出す。
少し迷った末、俺はイラ様の手を握った。
「じゃあ、行き先は海底神殿に空間転移……あら?」
「どうしました?」
イラ様が首をひねっている。
「変ね……、海底神殿に結界が張ってあるわ。力が封印されているノアにそんなことできるわけないし、
「アルテナ様がどうしてわざわざ結界を?」
「わからないけど……アルテナお姉様とノアは元々仲がいいし、何か話し込んでるのかもしれないわね。千年前にノアが悪神側についちゃったのをアルテナお姉様は気にしてたみたいだし」
「へぇ……」
わざわざ結界を張ってまで何の話だろう。
「でも、それならしばらくは待機ですかね」
アルテナ様とノア様の密談なら邪魔はできないだろう。
「何を言ってるのよ。私を誰だと思ってるの」
と言うや、ぐにゃりと景色が歪んだ。
一瞬、くらっと目眩がする。
歪んた景色が戻ると、周りの様子に変わったところは無かった。
一体、何が……。
「ほら、一時間ほど
「えっ、ちょっ、待っ」
時間跳躍という神級魔法を雑談しながら使ったイラ様は、そのまま『天界』→『海底神殿』の超長距離の
◇
運命の女神様の空間とはうってかわって、何もないだだっ広い場所。
そこにぽつんとあるアンティーク調のテーブルと椅子。
肘をついてぼんやり宙を眺めているのは、いつも通り美しいノア様だった。
いつもの笑顔でなく、何やら考え事をしているのか少しだけ眉が寄っている。
その悩める姿ですら絵になった。
が、悩ましい表情からすぐに俺たちの侵入に気づいたのかこちらを振り向いた。
「あら、マコト! ……とイラは何しにきたのよ」
俺に満面の笑みを向け、イラ様に淡白な声をかける。
「ノア様、先程の古竜の王との戦いにおける助言、ありがとうございました」
俺は跪き女神様に心からの御礼を述べる。
「ふふ、強くなったわね、マコト」
ノア様が俺の頭に手を置き、ポンポンと軽くなでた。
「ノア! 地上の民による生贄術の使用は禁止されてるのを知ってるでしょ! 高月マコトはもう少しで死ぬ所だったのよ!」
イラ様が大きな声で非難した。
「それは
優雅に微笑むノア様。
「歴史を修正する私の身にもなってよ!」
「別にいいじゃない。大した影響じゃないでしょ。たかだか時の精霊を一体を呼び出したくらい」
「歴史の修正が大変なのー!!」
「あっそ、頑張って。何で私に言うのよ」
「あんたの使徒がやったんでしょ!」
「私は指示してないしー」
「止められたでしょ!?」
「どうせ、マコトは止めても聞かないわよ? 止める気は無かったけど」
ぐぬぬ、とイラ様がうなる。
どうもノア様に対してそこまで強くは出ないらしい。
太陽の女神様とノア様が仲が良いから、それも関係するのだろうか?
その時、目端に写った景色に引っかかった。
テーブルの上にグラスが
飲みかけの血のように真っ赤なワインが、グラスに注がれている。
「ノア様、誰かが来ていたんですか?」
「ええ、ナイアが海底神殿に顔を出していたの」
「ナイアが!?」
何気なく応えたノア様の言葉に、イラ様が大きく反応する。
――
この世界を支配する七柱いや、今は八柱の女神様。
その中でもずっと謎に包まれている女神様だ。
フリアエさんの信仰する女神様でもある。
「ど、どうしてナイアが海底神殿に来るのよ! というかこの世界に来てたの!? てっきり別の世界で遊んでると思ってたのに」
「そういえば姫が最近、月の女神様が夢に現れるって言ってましたね」
「何ですって! どーしてそんな重要なことを私に黙ってたの!?」
「重要なんですか?」
イラ様にガクガク揺さぶられた。
何故、運命の女神様がここまで焦るのかわからない。
俺は助けをもとめ、ノア様に視線を送った。
「ナイアのやつは享楽主義だから、面白そうなことにはどんどん首を突っ込むけど、つまらないと感じたらすぐに居なくなっちゃうのよ。つまり……」
「何か企んでるってことじゃない! ノア! 教えて! ナイアは何を言ってたの!?」
「別に大したことは言ってなかったわよ。フリアエちゃんは相変わらず真面目でつまらないとか、あれだけの才能を持ってるんだからもっと好き勝手すればいいのに、って言ってたわね」
「へぇ……フリアエさんの才能って凄いんですか?」
俺が何気なくぽつりと言うと。
「そうね、今代の月の巫女の『魅了』と『死霊魔法』の才能は、人族史上では類を見ないほど天才的よ。悪用すればかつての
イラ様が不思議そうに言った。
そ、そんなに!?
知らなかった。
「でも、姫はあんまり目立たずひっそりと過ごしたいみたいですよ」
一緒に旅をしている時はそんな感じだった。
今は月の国の女王なので、色々と大変そうだが。
「それがナイアには退屈みたいね」
「厄災の魔女みたいになられたら困るから……」
やれやれと言うノア様と、げんなりとするイラ様。
「結局、ノア様とナイア様はどんな話をしたんですか?」
俺が尋ねるとノア様は、何度かまばたきをして、意味ありげに微笑み口を開いた。
「世間話よ」
教えてはくれないらしい。
「まさか、ノアの封印を解こうとしてるんじゃ……」
「え?」
イラ様の言葉に、思わず振り向く。
月の女神様が、ノア様の封印を解いてくれる?
それは願ってもない事態だ。
が、ノア様は小さく肩をすくめた。
「なわけないでしょ。神族が
ふっ、とノア様が悲しげに目を伏せる。
「わ、わかってるわよ」
イラ様が気まずそうにそっぽを向いた。
その二柱の女神様の言葉に、ふと口を挟んだ。
「ノア様、今の俺なら海底神殿に挑めますか?」
水魔法の熟練度が五千オーバー。
史上ここまで特定の魔法を極めた魔法使いは居ないと、イラ様が言っていた。
が、俺の期待と裏腹にノア様の表情は寂しげだった。
「マコトだって千年前に散々挑戦して、わかってるでしょ? 海底神殿の周りには『精霊無効の結界』が張られてある。精霊使いでは海底神殿に辿り着けないわ」
「で、でもっ結界を壊せれば」
なおも食い下がる俺に、ノア様が優しく微笑む。
「結界を張ったのは神王の兄『海神ネプトゥス』。人族がどうにかできるものじゃない」
「……そうですか」
がっくりと肩を落とす。
古竜の王と良い勝負ができたのだから、そろそろ挑戦したいと思っていたんだけど。
「そんなに落ち込むんじゃないの。マコトのおかげでこの世界で八番目の女神になれて、信者だってそこそこ居るのよ? マコトと出会った頃なんて信者ゼロだったわけだし」
落ち込む俺にノア様が優しく肩に手を置いた。
「ノア様……」
「ふふ、可愛いわね、私のマコト」
ノア様の慈愛溢れる顔に
「何か二人の世界に入ってない? 私も居るんですけど?」
隣からイラ様の冷たい声が届いた。
「あら、まだ居たの、イラ」
「居たわよ、悪いの?」
「空気を読んで去るところでしょー」
「ふん、忙しいからもう帰るわよ。高月マコト、二度と『時の精霊』を呼び出すんじゃないわよ! 次も寿命を延ばしてもらえると思わないことね! ノアは使徒の教育をちゃんとしなさい!」
と言ってイラ様は「シュイン」と音を立てて消えていった。
再びあの多忙な執務室に引きこもるのだろうか。
残業の原因が俺の呼び出した時の精霊だとすると、少し心が痛む。
また、時間がある時にはイラ様の仕事の手伝いをしたほうがいいかもしれない。
「ん~~~?」
その時、ノア様が俺に顔を近づけ「すんすん」と鼻を鳴らした。
「の、ノア様?」
どうしました? という言葉の前にじとーとした目で睨まれた。
「マコトからイラの匂いがするわ」
「あ、いや……それは」
さっき寿命を与えてもらったからです、という言葉を飲み込む。
「ふーん、抱きしめられて寿命をもらったねぇ……」
そうだ!
ノア様は読心があるから意味なかった!
「いや、これはですね……」
あわあわと言い訳しようとした所。
「冗談よ。イラの言ってた通り、生贄術の使用には気をつけなさい」
ジト目のノア様が、ぱっといつもの笑顔に戻り、そして目の前の景色がぼやけ始めた。
「時間切れみたいです、ノア様。もう少しお話したかったですが」
「そうね、私もよ、マコト。古竜の王との戦い、お疲れ様」
「はい、それではまた」
その言葉を最後に、目の前は真っ白になった。
◇
ゆっくりと目をひらくと、目に映るのは知らない天井――ではなく、見知った顔だった。
「おはよう、さーさん」
「あ! 高月くんが起きた!」
ぱっと笑顔で抱きつかれる。
「心配したんだよー。倒れた時は顔色が土色だったし。聖竜さんが回復魔法をかけてくれたんだけど、全然効果なくて。でも途中から急に顔色が良くなったのー。不思議だよね~」
さーさんが可愛らしく首を傾げている。
「あー」
それはきっとイラ様が寿命を与えてくれたからだ。
説明をどうするべきか迷っていたら。
――マコトが起きたのー!?
遠くから小さな声と、パタパタと誰かが走ってくる声が聞こえた。
さっきのさーさんの俺が起きた、という声を聞きつけたらしい。
この地獄耳の主は……
「マコト!!!!」
バン!とドアが開く。
声の主はルーシーだった。
「おはよう、ルーシー」
「よかったぁ……、無事で。あ、でもマコトと話したいって人が居て……」
ルーシーが手に何かを持っている。
それは古竜の住処に向かう前、ジェラさんに渡された通信魔法の魔道具だった。
そういえば、途中経過を報告するように言われてたっけ?
全然してねぇ。
「おい! 高月マコトが目覚めたのか!? 無事なのか! いや、それよりも話をさせろ!」
魔道具から聞こえる僅かな声を、『聞き耳』スキルで拾った。
ジェラさんの言葉が荒い。
それはいつものことなのだが、どうも普段とは異なる印象を受けた。
何かに焦っているような……。
「ルーシー、代わって」
「はい、どうぞ。マコト」
ルーシーから魔道具を受け取る。
「もしもし、高月マコトです」
魔道具に耳を近づけ、名乗った。
「高月マコト! 無事だったか! 古竜の王を
通信魔道具からジェラさんの怒鳴り声が響いた。
声がでかい。
鼓膜がダメージを受けたかと思った。
少し魔道具を耳から離した。
「ありがとうございます、ところで事件か何かありましたか?」
俺は御礼を言いつつ、質問した。
「……わかるか?」
「声の調子がいつもと違ったので」
俺が言うと、少しの間沈黙が訪れた。
そして。
「落ち着いて聞いてくれ」
その言葉は、俺に言うというより自身に言い聞かせているように思えた。
ジェラさんの言葉の内容は、予想だにしないものだった。
「
それは
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