309話 古竜の王 VS 精霊使い
◇古竜の王の視点◇
生まれた時から、古竜種の中でも格別に力を持った竜の王として育てられた。
若輩の頃は魔王として他大陸へ侵攻し、幾人もの勇者と戦い、全て返り討ちにした。
世界を支配したことは、一度や二度ではない。
しかし女神の勇者は、雑草のように現れる。
その度に討ち滅ぼし、やがて挑んでくる者は減っていった。
各地では北の大陸の古竜の王には手を出すな、という言葉が広まっているらしい。
やがて誰も、私に挑んでこなくなった。
逃げ回る勇者を狩るつまらない日々。
私は失望した。
勇者と戦う機会が減る。
暇な時間が増える。
古竜の家族は、北の大陸で繁栄している。
私は世界を支配する欲を失い、長らく戦場から離れた。
それから数万年、魔族や人族や亜人たちが覇権を争っているようだったが、私の大陸に手を出さぬ限りは静観していた。
外の大陸の様子を自分から知ろうとはしなかったが、長年の友人である不死の王ビフロンスが千年に一度、私の住処を尋ねてきてくれた。
「古竜の王よ。また魔力が増したな。久方ぶりに世界征服でもしないのか?」
「不死の王。世界を支配したところで、女神共は私の居ない場所で勇者を作る。そして、私が出向くと逃げていくのだ。それに何の意味がある?」
大きくため息を吐く。
「はははははっ! 君は強すぎる! 生まれてくる時代を間違えたな。神代に生きるべきだった」
「言ってくれる、誰よりも長く存在していることが自慢の不死の王が。貴様の生まれた時代は、どうだったのだ」
「恐ろしい時代だぞ? 神々の癇癪で大地が裂け、女神の嫉妬で洪水が起き、天使と悪魔が戦えば星が落ちてくる。天候などあって無いようなものだ。
「よくそんな時代を生き延びたものだ」
「私の生まれはちょうど神代の終わり。僅かに神人や神獣が残っていたが、やがて天界に戻るか魔界へと去っていった。聖神共の掟を守って狭い地上で過ごす事は窮屈だったらしい。おかげで私のような弱い魔族でも今では魔王などと呼ばれている」
「神人や神獣か……、そいつらが残っていれば私も退屈をしなかったのだろうが……」
残念ながら叶わぬことだ。
この世界を支配する神々は、地上へ直接干渉せぬことを取り決めているらしい。
天界から堕ちてきた元大天使の魔王が話していた。
この世界に、私と並び立てる者は居ない……。
こうして無聊な日々を過ごしていた時、
――廃神イヴリース様
外界よりこの世界へ堕ちた神。
突如として現れたあの御方は、瞬く間に世界を支配した。
いや、世界を
無限の魔力によって晴れぬ黒雲が世界を覆い、太陽の光を奪った。
地上に居る全ての生物が、支配をされる恐怖を知った。
私は古竜たちを率い、あの御方に戦いを挑んだ。
多くの古竜たちは、あの御方の姿を見ただけで冷静さを失い、戦うことすらできなかった。
私は生まれて初めての全力をもって、あの御方に挑み『敗れた』。
悔しくはあったが、悔いはなかった。
命を繋いだ私は、古竜の掟通りに勝者であるあの御方に従った。
それに不満は無い。
さらに私はあの御方によって『竜神の血』を覚醒した。
神代に聖神族と覇権を争ったと言われる竜の神。
その力が私にも眠っていたのだ。
あの御方は、『潜在能力を引き出す』能力を持っていた。
私に対してそれを使ったらしい。
「君は強い。竜神の血を目覚めさせれば更に強くなれる」
そう言っていた。
あの御方は、私の他にも次々と潜在能力を引き出していった。
もっとも、全ての者が『潜在能力を引き出す』恩恵を得られるわけでなく覚醒に失敗した場合は、忌まわしく悍ましい姿に変貌していた。
それでもあの御方の下に集まる者は、あとを絶たなかった。
竜神の血に覚醒したことにより、私はさらに強くなった。
それは良い。
だが、私は一度敗れたあの御方にはもう戦いを挑めない。
この世界の勇者や他の生物は弱すぎる。
一撃ともたない。
さらに世界が退屈になってしまった。
しかし――
(素晴らしいっ……!)
身体が震える。
空から星が降ってくる。
巨大な氷の星だ。
大地は燃え、天変地異のように引き裂かれている。
時折、洪水のような津波が襲ってくる。
かつて不死の王に聞いた通りの光景が、目の前に広がっている。
「カァッ!!!」
全てを破壊できる私の竜の息吹を、あっさりと氷の結界で阻まれる。
ただの魔法の結界で防げるはずがない。
私の『神眼』は、その結界が『霊気』によって生成されたことを見抜いていた。
戦いは一昼夜、続いた。
かつてこれほど長く戦いが続いたことは無かった。
あの御方との戦いは、ほんの一刻だ。
『竜神の血』に目覚める前の私では、最下級とはいえ神族であるあの御方には全く歯が立たなかった。
しかし、今は違う。
僅かに流れる『竜神の血』を用い、神とも渡り合える。
そして相対するのは『最後の神界戦争』を引き起こした女神の使徒。
私の攻撃を涼しい顔で流し続ける『水の大精霊』の使い手。
かつて不死の王と語っていた記憶が蘇る。
「ビフロンス。神代の連中で最もやっかいだったのはどの種族だ?」
ふとした興味で私は友人へ問うた。
「どれもやっかいだったが……、やはり神族……特に女神共は最悪だ。あいつらは気分屋で地上の民のことなど気にせぬからな……。だが、地を這う虫けらである私のことなど眼中にも入っていないからある意味では楽だった。触れなければ、祟られない」
「ふむ……、ならば神人や神獣か? もしくは天使共や悪魔か……」
「どうかな、神人や神獣は賢い。むやみな争いはせぬし、天使は神の雑用で忙しく、悪魔共はすぐに魂を欲して誘惑してくるが無視すれば良い。対処法さえ知っていればどの種族もそれほど恐ろしくは…………いや、あいつらがいたな」
あまり表情を変えない不死の王が苦い顔になった。
「あいつら?」
「精霊共だ……。やつらは悪意無くこちらに近づいて来て、引っ掻き回していく」
「精霊か……」
私の知る限り精霊というのは、非常におとなしい存在だ。
数は多いが力は弱い。
「四つの大精霊共を知らぬからそんなことを言う。やつらが暴れた後は、何も残らないぞ。なのに動きが予測できない。あいつらは無邪気な天災だ。最後まで対処法がわからなかった」
「ふむ……だが、神代にはその大精霊を従える使い手が居たのだろう」
「古の神代の伝説だな。私は出会いたくないものだ」
そんな会話だった。
笑わずにはおれない。
神代を知る不死の王が、最も厄介だと言った存在が目の前にいる。
その一体一体が、古竜を遥かに超える魔力を持つ
それが数百体。
全てあの男に従っている。
無限の魔力が、壁となって私を押しつぶそうと迫ってくる。
雨の如く、魔法が降ってくる。
ただの魔法で神気に守られた私を傷つけることは容易ではない。
だがやっかいな攻撃もある。
「
水の大精霊がこちらへ突っ込んでくる。
その攻撃だけは、躱すことにしている。
先程、それを避けた時、私の後ろにあった山が丸ごと凍りついた。
いや、山というより空間そのものが凍りついたような、奇妙な攻撃だった。
この攻撃だけは、食らってはいけない。
おそらく私でも無事では済まない。
「
「
「
「
精霊語が聞こえてきた。
水の大精霊たちが、私の命を狙って飛び回っている。
しかし、やつらの攻撃を私が食らうことは
私の『神眼』には数秒先の未来が視えている。
私と精霊使いの戦いはまだまだ決着がつかない……はずだった。
突然、女神の使徒が己の手に短剣を突き立てた。
「…………げます、ノア様」
小さな呟きが聞こえる。
(何をしている……)
戦いの緊張感に耐えられなくなったか?
そんなやわな精神をしているようには見えないが……。
「
そんな声が聞こえた。
その時、精霊使いの姿がぐにゃりと歪んだ。
視界が歪み、世界が揺れる。
(…………まだ、奥の手を残していたか)
だが、私には未来を視ることができる『神眼』がある。
どんな初見も私には通じ……
(なっ……)
視界が黒く塗りつぶされる。
この感覚は……あの御方と同じ。
神眼に映る未来が無い。
確定した私の敗北を知るのと同時に、身体の全ての機能が停止するのを感じた。
意識を失う直前、酷薄な眼で私を見下ろす女神の視線と水の大精霊たちの笑い声が耳障りに残った。
◇高月マコトの視点◇
ゆっくりと古竜の王の巨体が倒れる。
そして、動かなくなった。
(よかった……、この魔法は古竜の王にも通じたか……)
ほっと息を吐く。
使った魔法は水と月の複合魔法――『氷獄の呪縛』
殺傷性は低いが、敵に当たればほぼ確実に行動不能にできる。
その辺の竜に『氷獄の呪縛』を使えば、百年単位で氷漬けにできるはずだ。
古竜の王でも、一定の時間の効果はあると思っていた。
ちなみに千年間、
「お疲れ様でございました、我が王。それでは私は妹たちを元の場所へ送ってきますね」
水の大精霊であるディーアが、微笑み霧となって消える。
他の水の大精霊たちも次々に姿を消していった。
その時、くらっと目眩に襲われた。
左手から短剣を引き抜く。
血を流しすぎたらしい。
(あっぶな……)
一度の戦いで『時の精霊』の力を借りられるのは、せいぜい一回だけ。
それ以上は、精神が保たない。
おそらく生贄術として捧げる生命力も。
危うい賭けだったが、あのままではジリ貧だった。
何とかなった。
俺が時の精霊にお願いしたことは、一つだけ。
――
原理はよくわからないが、時の精霊の使い方としては一般的らしい。
ちなみに運命の女神様からは「絶対に使うんじゃないわよ! 絶対によ!」と強く念押しされている。
結局、使ってしまったが。
きっとあとで沢山怒られるのだろう。
「おつかれさま、マコト。よくやったわ」
ふわりと隣にノア様がやってきた。
花のような香りが漂う。
「ありがとうございます、ノア様のおかげです」
「違うわ。全部マコトの力よ。自信を持ちなさい。じゃあ、私はそろそろ海底神殿へ帰るわ」
そう言うやノア様の姿は霞のように消えた。
毎度ながら忙しない。
もう少しゆっくりしていっても、と思う。
「マコトー!! 凄い!」
「高月くん!! 左手の怪我! 早く手当しなきゃ!」
ルーシーが俺に抱きつき、さーさんが包帯を巻いてくれた。
ズキズキと今頃痛みが襲ってくる。
……ズズズ、と何かが動く音がした。
巨大な黒竜の首が持ち上がった。
もう復活したのか!?
「「「…………」」」
俺とルーシーとさーさんは、緊張した面持ちで古竜の王と向き合う。
が、首だけを立ち上げた古竜の王はこちらへ攻撃をしかけてくることはなかった。
「精霊使い……、勝負は私の負けだ。約束通り今後は『竜王』を名乗るが良い」
「……」
俺は古竜の王の言葉に小さく頷く。
「勝負はまだついてない!」とか言い出されなくて本当に良かった。
正直、再戦を挑まれたら逃げるしか方法がない。
古竜の王は言葉を続ける。
「……あの御方に覚醒してもらった『竜神の血』をもっても神代の精霊使いには敵わなかったか……。ふふ……、悪くないな」
「父上……」
白竜さんが、なんとも言えない表情をしている。
「もはやこれ以上生き恥を晒すことはない。精霊使いよ、その神の短剣で我の命を絶つが良い。さすれば全ての古竜はお前に従うであろう」
「父上! 何もそこまでっ!?」
「ヘルエムメルクよ。我はあの御方の配下だ。ここで精霊使い殿に負けたからといって、お前と同じように精霊使い殿に従うわけにはいかぬ……」
「し、しかし……」
「ねぇ、マコト。古竜の王の言う通りにするの?」
「あの人、白竜さんのお父さんなんだよね? 殺しちゃうのはちょっと……」
古竜の王、白竜さん、ルーシー、さーさんのしゃべる声が聞こえる。
聞こえるのだが……、言葉が耳から通り過ぎていく。
遠くの方でみんなが喋っているのをぼんやりと聞いているような感覚だった。
「というか、もう限界で……」
そんな言葉が口から発せられた。
「え? マコト……?」
「高月くん? 顔が真っ青……」
「おい、精霊使いくん!」
皆の焦ったような声がだんだん遠くなっていく。
数百体の水の大精霊の使役。
『明鏡止水』スキル100%の乱用。
生贄術による血の流しすぎ。
最後の時の精霊の呼び出し。
どうやら身体と精神はとうに限界が来ていたらしい。
ルーシーとさーさんに支えられたまま、俺は意識を失った。
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