307話 高月マコトと運命の女神

◇高月マコトの回想◇


 ゆっくりと目蓋を開く。

 目に入ってきたのは、神聖な優しい光だった。

 ぼんやりと辺りを見回す。


「あれ……?」

 脳裏にはさっき見送ってくれた光の勇者アンナさんと大賢者モモの泣き顔が残っている。


 次に目を覚ますのは、千年後だと思っていた。

 黒い棺で、俺は長い長い眠りについたはずだ。

 

 しかし、ここは――


「ん?」

 こっちを見つめる不機嫌そうな一人の美しい少女の姿があった。

 

「イラ様?」

「あら……高月マコトじゃない? どうしたの?」

 机の上で眠そうに頭をガシガシ掻いている、運命の女神様の姿があった。


「いえ、特に用事があったわけじゃないんですが……」

「あー、もしかしたら運命の女神わたしと縁が強くなりすぎて、精神体がこっちに来ちゃったのかしら。ま、そのうち戻れるんじゃない?」

「はぁ……ちなみに俺が千年前で冷凍睡眠コールドスリープしてからどれくらいの時間が経ったんですか?」

「んー、10分くらい?」

 全然経ってなかった!

 さっき寝たばっかりじゃん。


「ところで、あんた今暇よね?」

 ずいっとイラ様に詰め寄られる。


「ま、まぁ……千年間寝てるだけですからね」

「この書類のチェック手伝って! 見るのはここの項目だけでいいから! ここは…………こういう意味で、それからこっちを…………こうで……」

「ちょ、ちょっと待ってください! メモします!」

 俺は慌てて、イラ様が早口でまくし立てる内容を記録する。


「はい! これとこれ! できる? わからないことがあったら聞いて!」

「……やってみます」

 イラ様の剣幕に、俺は流されるままに手伝いをすることになった。


 俺はイラ様に渡された書類に目を通す。

 初めて見る文字だが、なぜか意味を理解できた。

 運命の女神様の執務スペースだから、特殊な魔法がかかっているんだろうか?


(……この書類……これから生まれる人の才能スキルについて書かれてる……魂書ソウルブックの原本?)


 異世界では、運命の女神様がスキルを与えていると言われている。

 俺はどうやらそのスキル所持の証明書である、魂書ソウルブックに漏れが無いかのチェックをしているらしい。


 ……って、めちゃくちゃ重要な仕事じゃないか!


 異世界転移の当初、弱いスキルで苦労した身としては、もしもスキル付与漏れで生まれた子がいたらその悲劇は計り知れない。

 こ、これは……絶対にミスできない。

 俺は『明鏡止水』スキルを使って、集中して作業を行った。




 ちなみに――スキル付与漏れは、二人ほどいた。




「イラ様……、スキルの付与漏れになったらどうなるんです?」

「一応、運命の女神わたしの神殿に来てもらえれば、後付けしてるわよ」

「あぁ……そうなんですか」

 よかった。

 ずっとスキル無しの人生になる可哀想な子はいないんだ!

 

「でも、そうなると余り物のスキルになるから弱くなっちゃうのよね……」

「絶対に見逃しません!」

 というわけで、超集中してチェックした。

 ……疲れた。




 ◇半日後◇




「ふぅ……、高月マコトのおかげで今回の仕事は早く終わったわ。今日は少し寝られそうね」

「寝てないんですか?」

「んー、前に寝たのはだったかしら?」

 こともなげにイラ様は言った。


「…………」

 想像のはるか上をいっていた。

 かつて三徹を自慢げにふじやんに語っていたのが恥ずかしい。

 しかも、俺はゲームしてただけだし。

 イラ様の生活、やばくない?


「じゃあ、そろそろあんたは冷凍睡眠コールドスリープに戻りなさい。私が帰してあげる」

 そう言って俺の頭に指を置こうとしたイラ様の手を取った。


「しばらく手伝いますよ。どうせ暇ですから」

「……いいの? 別に手伝ったからって、何かお礼をあげたりできないわよ? 神界規定で、地上の民に過度な干渉はできないから。特に私は謹慎中だし……」

 イラ様が申し訳無さそうな、少し期待するような目を向ける。


「気にしないでください。それよりイラ様が寝ている間に、俺ができる仕事ってありますか?」

「そうね……じゃあ、この書類の仕分けをお願いしていいかしら」

「了解です」

 

 こうして俺は、運命の女神様の雑務を手伝うこととなった。




 ◇夢の中で数日後◇




「はい、こっちの書類のチェック終わりました。納期順に並べ替えておきました」

「ありがとう、高月マコト。じゃあ、次はこれをお願いしていい?」

「はーい」

 ただの人族である俺は、女神様の主要な仕事は代行できない。

 なので、やっていることは身の回りの細々した雑用だ。


 それでもイラ様的には助かるらしい。

 ちなみに、そこら中で忙しなく動き回る魔法のぬいぐるみたちがいるのだが、彼らはイラ様が記入を終えた書類を提出に行ったり、未完了の書類を持ってきたりと、ただの運搬係だった。

 俺と同じことはできないらしい。


「ところでイラ様」

「何よ?」

 俺は手を止めず、イラ様に話しかける。


「前に水の女神エイル様に、普通は女神様の仕事って天使が代行してるって聞いたんですけど。イラ様のところは天使はいないんですか?」

 しょっちゅうノア様の居る海底神殿に遊びに来ているエイル様に、仕事は無いのかを聞いたら教えてもらった話だ。

 イラ様だって、天使たにんの力を借りればいいのに。

 が、俺の言葉にイラ様は不機嫌そうな顔になった。


「前は居たんだけど、みんな辞めちゃったのよ……」

「そ、そうですか……」

 聞いちゃいけない質問だったのかもしれない。


「あの根性無しども! 一週間くらい休憩が無かったからって何よ! 私を見習いなさいよ!」

「ブラック過ぎる……」

 それは上司イラサマが悪い。


「私のせい!?」

「労基は守ってくださいー」

 もっとも神界に労働基準法があるのか、どうかは知らないが。


「でもあんたはずっと働いてくれるのね」

「え?」

 言われて気づく。

 そういえば、ここ数日寝てないし、何も食べていない。

 眠くならないし、お腹がすかないのだ。


「それは運命の女神の空間だからね。私の奇跡で睡眠欲と食欲は湧かなくなってるの」

「……便利ですけど、少し怖いですね」

 神様って何でも有りなんだなぁ。


 俺は『明鏡止水』スキルのおかげで、集中力を切らさない。

 イラ様は相変わらず、難しい顔で難しそうな書類を睨んでいる。


(……コーヒーでも淹れるか)


 ここ数日で、イラ様の空間の備品も把握してきた。

 多少の休憩は挟んだほうが、作業効率が上がるだろう。

 そう思い、俺は席を立った。 




 ◇さらに数日後◇




「ねぇ、高月マコト」

「何ですか?」

 俺は書類に目を通しながら、冷えたブラックコーヒーをすする。

 不味い。

 一段落ついたら、淹れ直そうかな。


「あんた……水魔法を使いながら書類チェックしているけど、大丈夫? ミスしないでよ?」

「大丈夫ですよ。コツは掴みましたから」

 やることはワンパターンなので、俺は雑用をしながら水魔法の修行をすることにした。

 流石に聖神族であるイラ様の空間で精霊魔法は使えないが、水魔法に関しては問題ない。


「器用な男ね」

「寝ながら仕事しているイラ様に言われたくないですが」

 空き時間ができたら寝てください、って言ってるのに寝ながらも仕事してるのだ。

 この仕事中毒女神は。


「だって終わらないんだもんー」

「採用かけましょうよー」

「募集してるけど、誰も来ないの!」

 それはイラ様の職場がブラックだって噂になっちゃったからじゃ……。


「仕方ないでしょ! 魔王との決戦が控えてる世界の運命の女神なんて一番多忙なんだから! そんなの天界の常識なのよ!」

「まぁ……確かに」

 戦争もよく起きるし、歴史が大きく動くタイミングだ。

 運命の女神様の仕事が多いのは理解できた。


「コーヒー淹れますね」

「濃い目のアリアリで」

「はいはい」

 俺は席を立った。

 アリアリは『砂糖』『ミルク』を両方入れるという意味らしい。

  

 ……この知識は、異世界で役に立つのだろうか? 




 ◇半年後◇




「流石に飽きましたね……」

 イラ様の仕事の手伝いにはすっかり慣れたが、これをあと999年。


 ずっとは無理な気がする……。

『明鏡止水』スキルでも、耐えられそうにない。 

 俺の呟きを聞いたイラ様が、はっとしたように振り向いた。

 

「悪かったわ。高月マコトは人族だから千年なんて精神が保たないわね。運命魔法・忘却の魔法を教えてあげる」

「忘却の魔法……?」

 イラ様の不穏な言葉に首をかしげる。

 なぜ、そんな魔法を?


「ここは高月マコトにとって夢の世界なんだから、夢の記憶をずっと持ってるなんて意味ないでしょ? 脳にも負担がかかるし。だから、自分で忘却の魔法を使って適度に記憶を消しなさい」

「それは……折角の水魔法の修行が無駄になりませんか?」

「それは問題ないわ。記憶を消しても、水魔法を使った練度まで消えるわけじゃない。きちんと経験は残っているわ。魔法の熟練度はきちんと上がってるわよ」

「なるほど。じゃあ、忘却の魔法を教えて下さい。……ちなみに、イラ様が記憶を消してくださってもいいのでは?」

「それは駄目。地上の民への直接干渉になるわ」

「…………仕事を手伝っている時点で、似たようなものだと思うんですけど」

「ち、地上の民が、神族に干渉するのはルール上は問題ないからいいの……」

「はぁ、そうですか」

 都合が良い気がするけど、問題ないらしい。 


 というわけで俺はイラ様に『運命魔法・忘却』を教わった。


 運命魔法を司る女神様から直々に教わるという、贅沢な話だ。


 もっともお返しにイラ様の仕事を手伝っているわけで、ギブアンドテイクである。


 仕事を手伝いつつ、俺は水魔法の修行も続けた。


 たまに運命魔法と組み合わせたり、太陽の女神様にもらった太陽魔法・初級の修行もしたり。


 そして、定期的に自分の記憶を消して、また仕事と修行を続けた。


 こうして、千年の眠りの間。


 俺は夢の中、運命の女神様の空間で過ごしてきた。


 水魔法の熟練度が千をゆうに超えていることに気づいたのは、手伝いを始めてから随分経ってからである。





 ◇現代―魔大陸◇





 空を覆うほどの巨大な彗星。


 かつて火の国グレイトキースの王都で絶望した魔法。


 しかし今の俺は、穏やかな心地でそれを眺めていた。


 なんせ今回の『彗星落とし』を発動したのは俺自身なのだから。

 正確には、巨大なただの氷の塊なので彗星とは呼べないのかもしれない。

 要ははったり用の魔法だ。


 千年かけて修行してきた水魔法。

 お披露目の場ということで、派手な魔法をチョイスしてみた。


 ルーシーとさーさんにカッコいいところを見せられただろうか?


 と振り向いたところ、二人ともドン引きした目で、俺を見ていた。

 あれー?


「ま……マコ……あんた……」

「高月くん…………あのさぁ……」

 ルーシーとさーさんの表情を見るに、どうも惚れ直した、みたいな顔ではない。


 頭おかしいやつを見る目だ。

 おかしい。

 何を間違えた?

 

 そんなことを考えていた時。




「おい! 精霊使いくん!!!!」


 


 懐かしい声で呼ばれた。

 千年ぶりである。


 少し離れた位置。

 長身の白いドレスで身を包んだ、凄みのある女性が宙に浮いていた。




白竜メルさん! お久しぶりです」




 それはかつての仲間。

 一緒に旅した白い古竜のヘルエムメルク――メルさんだった。


「元気そうでなにより……と言いたいところだが、まさかいきなり『彗星落とし』とは……。そう言えば魔王の住処に超破壊魔法をぶつけてくるのが、君のやり方だったな」

 苦々しい表情のメルさん。

 かつて不死の王の城へ彗星落としをしたことを言っているようだ。


「駄目でした?」

「いいわけがないだろう!」

「じゃあ、一旦止めますね」

 俺は落下中の彗星を、空中でストップさせた。

 巨大な氷の塊が、空を覆っている。


「よくもまぁ、そんなに簡単に止められるな」

「ただの水魔法ですよ」

「ぬけぬけと……」

 白竜さんが大きくため息を吐く。

 この会話が懐かしかった。


「ねぇねぇ、マコト! どうして敵と親しげに話してるのよ! あいつも古竜でしょ!」

「高月くん、あのモデルみたいな女の人誰?」

 ルーシーとさーさんが、俺の側にやってきた。


「彼女は千年前にお世話になった白竜さんだよ。今の時代だと『聖竜様』って呼んだほうがいいのかな」

「「ええー!!」」

 なぜか二人に驚かれた。


「白竜さんが古竜の王の娘さんだって、話したろ?」

「で、でも、救世主様の仲間になってくれたんでしょ!?」

「やっぱり魔王側に寝返っちゃったってこと?」

 いや、そういう訳じゃなくて……。

 どう説明したものかと思っていると。


「失礼な小娘たちだな。誰が寝返るだ」

 すぐ側から白竜さんの声がした。


「「!?」」

 ルーシーとさーさんがびくりとする。

 空間転移で移動した白竜さんが、


「私は精霊使いくんに敗れたから仲間になっていただけだ。精霊使いくんが居なくなれば人族に味方する義理はない」

 ふん、とクールに鼻を鳴らす白竜さん。

 俺はその言葉にニヤリとした。


「そんなことを言いつつ、モモの修行には付き合ってくれたんですよね?」

「…………まぁ、一応な。それなりに強くなるまでは鍛えたさ。私の弟子だからな」

 それなり――が、大陸最強の魔法使いなんですが。

 白竜さんも、感覚がちょっとズレてるよなぁ。

 

 そんな会話をしていた時。



「ヘルエムメルク! 何を呑気なことを言っている! そもそも古き神の使徒に、私でも十分勝てると貴様は言っただろう!」

 黒竜が初めて口を開いた。

 その口調に違和感を覚える。


 仮にも準神級魔法・地獄の世界コキュートスが通じなかった相手だ。 

 この程度の魔法に後れを取るはずがない。

 はずがないのだが……。


 どうも古竜たちを率いる巨大な黒竜――魔王アシュタロトは、俺の『彗星落とし』に戸惑っているように見える。


、確かに千年前の精霊使いくんならいい勝負をすると思っていたが、どうやら今の精霊使いくんは私の知る彼ではないらしい」

 白竜さんの言葉に、ぱっとそちらを見る。


「兄上? あちらはメルさんの親父さんでは?」

「ん? 違うぞ、あれは『古竜の王』代行の我が兄だ」

「あー、そうでしたか」

 やっぱり別人だった。

 

「そ、そんなはず無いわ! 私たちが知ってる古竜の王の特徴と一致しているもの」

「そうだよ、太陽の騎士団を壊滅させたのはあの黒竜だって!」

「うん? 我が父上は千年前から人族の前にはほとんど姿を現していないぞ? 君等が勝手に勘違いしていたんだろう」

「「………………」」

 白竜さんの言葉に、ルーシーとさーさんが絶句する。

 俺も驚いた。


 西の大陸の全員が古竜の王の姿を誤認していたのだ。

 太陽の騎士団が敗北したのは、古竜の王相手ではなかった。


「じゃあ、メルさん。本物の古竜の王はどちらに?」

「あぁ、我が父上に会えるのは兄上を倒した勇者のみという話になっていてな……」

 その言葉に、俺は改めて巨大な黒竜に向き合う。



「なるほど……では」

 俺は『精霊の右手』を発動する。


 落下を止めていた彗星が、ゆっくりと動き出した。



「ま、待て! それを落とされたらここ一帯が更地になる! ヘルエムメルク!! 貴様も古竜の一族の味方ならば、その精霊使いの仲間の一人でも人質にとるか、殺してみせろ!」

「なっ!」

「くっ!」

 その言葉に、ルーシーとさーさんが慌てて構える。

 もっとも当の白竜さん本人は。


「あっはっはっはっは!」

 大きく笑うのみだった。


「何を笑っている!」

「よく視てくれ、兄上。私の周りにいる水の大精霊ウンディーネたちを」

 その言葉とともに、大気に偽装していたディーアを始めとする水の大精霊たちが姿を見せる。


「久しぶりですね。もしや我が王を裏切るのかと思いましたよ」

「……そんなわけないだろう。兄上! 見ての通り、少しでも不審な動きをすれば私が水の大精霊に殺されて終わりだ」

「ぐっ……」

 黒竜――メルさんのお兄さんが悔しげにうめく。

 もっとも白竜さんが本気になれば、結構危ないと思うんだけど。


 ちらっとメルさんの横顔を見ると、小さく笑顔を向けられた。


(彗星を止めてくれた礼だ……。頼むから落とすのは止めてくれよ?)

(ギリギリで止めておきますね)

 そんな小声の言葉をかわす。






 その時ーー熱風が吹いた。





 山脈を覆っていた雪が、一瞬で蒸発する。


 地面が熱を発する。


「え……?」

 ルーシーが小さく息を吐いた。


 

 巨大な光の柱が地上から天を切り裂いた。



 空を覆っていた、俺の『彗星』もどきが砕け散った。

 その破片が、粒子となって消える。


 同時に、黒い霧――瘴気が辺りを覆った。

 そして、久しぶりに『危険感知』の警告音アラートが脳内に響く。 

 

「た、高月くん……この瘴気って……」

 さーさんが震えている。

 普段は、災害指定の魔物ですらその覇気で道を譲らせてしまうさーさんが。



「精霊使いくん。どうやらこの騒ぎが耳に届いたようだ……我が父上に」

 白竜さんの言葉に、小さく頷く。

  


 思い出した。

 地獄の世界コキュートスの中で感じた威圧感。

 他の魔王とは桁違いだった存在感。


 ズシン、と地面が揺れた。


 爆発が起きる。

 

 俺たちを取り囲む山々が噴火した。

 

 マグマが吹き上がる。


 その中からゆっくりと漆黒の黒竜が姿を現す。 

 

 他の古竜たちはゆっくりと離れていく。

 王の出現を畏れ敬うように。

 もしくは巻き添えをくらわないように。


 こっちも倣ったほうがいいかもしれない。


「ルーシー、さーさん。遠くへ離れて」

 本気の精霊魔法を使うと、周りへの影響が心配だった。


「精霊使いくん、君の仲間の面倒はみよう。心配するな」

 白竜さんが請け負ってくれた。

 それは心強いのだが……。


「いいんですか? メルさんは、一応古竜あちら側ですよね?」

 白竜さんが人質とかはとらないと思うけど。

 露骨にこっちの味方をしてもいいんだろうか?



「我が父上は千年間、君との約束を果たすために待っていたんだ。どうか全力で応えてやってくれ」

 肩をすくめられた。

 

「待ってたんですか?」

「古竜族は約束を守る種族だ、と言わなかったか?」

 そう言えば昔言われた気がする。

 律儀に待ってくれていたらしい。


「ルーシー、これ持ってて」

 俺はジェラさんから預かった通信用の魔道具をルーシーに渡した。


「う、うん。マコト! ……大丈夫、だよね?」

「高月くん、頑張って……」

 ルーシーとさーさんが不安そうに俺を見つめる。



「ああ、頑張ってくるよ」

 ひらひらと手を振る。


 そして、真っ直ぐに小山ほどもある黒竜に向き直った。


 

 正面からこちらを見下ろすのは最強の魔王――――古竜の王アシュタロト



 千年前は敵わなかった。


 あの時と違ってイラ様の神気の助けはない。


 代わりにあるのは、運命の女神様の空間で修行した千年の熟練度だ。




「…………随分と待たせてくれる」



 

 低い声が発せられると、それだけで暴風を巻き起こした。



「では、いざ尋常に」

 俺は透き通る青い腕を、古竜の王へ向ける。



 こうして、千年前からの因縁の再戦と相成った。

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