304話 高月マコトは、勇者と語る

水の国ローゼスの英雄くんは、あまり変わっていないのね」

 相変わらず露出の多い戦闘鎧で、記憶にあるより大人びた容貌のオルガさんが近づいてくる。

 最初に会った時は火の国グレイトキースの王都で、突然襲われたものだがそんな雰囲気は微塵も無かった。


「マコトって外見が歳をとらなくなったんですって」

「ずるいよねー、オルガちゃん」

「…………え? と、歳をとらない? ふ、ふうん?」

 ルーシーとさーさんの説明に、曖昧な笑みを浮かべるオルガさん。

 冗談を言っていると思われたのかもしれない。


 あと、現代に戻ってきたから普通に年を取るはずですよ。

 ……ですよね? イラ様。


運命の女神イラ様の時間転移タイムスリップの魔法の影響で三年間くらいこのままの姿なんですよ。なんか女神様の奇跡の後遺症らしいです」

「運命の女神様の後遺症……、三年!? へぇ、凄い!」

 オルガさんの目がキラキラしだした。


「話を聞かせてよ! 救世主様や大魔王に会ったんでしょ!」

「そういえばマコトから千年前の話を詳しく聞いてないかも」

「会えたのが嬉しくて聞いてなかったね、るーちゃん」

 というわけで、三人に千年前の出来事を話すことになった。




 ◇




 使われていなかった会議室の一室にて。


「うわ……! 不死の王ヤバ! よく勝てたわね」

「そっかー、曾お祖父ちゃんってそんな人だったんだ……」

「大賢者さんって、そんな子だったの!?」

「え……私の聖剣って、千年前でも折れちゃったの? そんなぁ……」

「なんか、思ったよりもバタバタしてたのね、マコト」

「救世主様ってもっとメチャ強い感じかと思ってたよ、高月くん」

 オルガさん、ルーシー、さーさんたちは多少脚色した俺の話に盛り上がってくれた。

 頑張って語ったかいがある。


「ところで最近の大魔王の動向を教えてもらえませんか?」

 今度は俺が質問する番だ。

 するとオルガさんは、ルーシーとさーさんの顔を不思議そうに見つめた。


「あなたたちが説明してないの?」

「多少はしたけど……、この前の第三次北征計画以上の情報は知らないわよ」

「そうそう、私たちの情報源ってソフィアちゃんとふーちゃんくらいだし」

「……水の国の王女と月の国ラフィロイグの女王じゃない。十分でしょ」

 オルガさんが呆れたようにため息を吐いた。


「残念ながら私も持ってる情報は似たようなものね。英雄くんへ情報提供できなくて申し訳ないけど」

 と本当に申し訳無さそうな顔をされた。

 オルガさん、丸くなったなぁ。


「そうですか。てっきり大魔王が光の勇者さくらいくんを奇襲する対策の詳細を知っているかと思ったんで」

 昨夜、運命の女神様に教えてもらった情報をぽろりと口にした。


「な、なんでそれを!?」

 オルガさんが、ガタンと椅子を倒す勢いで立ち上がる。


「え? 何それ?」

「高月くん、本当?」

 ルーシーとさーさんは、全く初耳のようできょとんとしている。


「そ、その話は一部の勇者と太陽の国ハイランドの上層部しか知らない、最重要機密なのに……」

 オルガさんが面白いほど目を見開いている。

 どうやら俺の口にした内容は、極秘情報だったらしい。


「ど、どこでその情報を!! って教えてくれないわよね。……、えっとでも、水の国の英雄を締め上げるわけにもいかないし……えー、どうすれば……」

 オルガさんがオロオロしていると。


「面白そうな話をしているな」

 突然扉が開き、バタン! と閉まった。

 誰かがズカズカとこちらへやってくる。

 鋭い目つきに、金ピカの鎧。


 ジェラルド・バランタイン将軍――前線基地の最高責任者だった。


「高月マコト。大魔王の襲撃とその討伐作戦は、太陽の国ハイランドの大陸における地位を盤石にするための最重要機密の軍事作戦だ。情報提供者を教えてくれ……といっても大体は予想がつくが」

 ジェラさんは、今まで見た中で最も真剣な目をしている。

 正直に言わないとどうなるか――、という雰囲気すらあった。

 

 ……別に隠すつもりはないんだけど。


運命の女神イラ様ですよ」

「………………ん?」

 俺の言葉にジェラさんが、予想外だという表情になる。


「女神ノアじゃないのか?」

 訝しげにジェラさんが尋ねてきた。

 あー、そりゃそうか。

 俺はノア様の使徒なんだから。


「ノア様は、細かい情報はくれないんですよ。そーいう話を教えてくれるのは大抵イラ様ですね」

「待って! マコトは二柱の女神様と会話できるってこと!? うわ、凄っ!」

 俺の言葉にルーシーが、ひゃーという顔をする。


「ノア様と一緒によく水の女神エイル様も居るから三柱ですかね。御声を聞けるのは」

「「「…………」」」

 俺の言葉に、ジェラさん、オルガさん、ルーシーが黙り込む。


「ねぇねぇ、オルガちゃん。それって凄いの?」

「……普通は頭のおかしい奴のたわ言って思われるわ」

 ピンときていないさーさんが、オルガさんに質問している。


 いや、俺だって水の神殿で『女神様の御声』がどれだけ神聖なものかは習ったんですよ。

 三柱の女神様の声が聞こえるなんて言ったら、普通は狂人と思われて病院送りだ。 


(でも、女神様たち気軽に夢に現れるからなぁ……)

 しかもエイル様とかめっちゃおしゃべり好きだし。

 イラ様は、ぽろっと重要情報教えてくれるし。

 ノア様は……いつも自由だ。


「わかった。運命の女神からの直々の伝言なら、どこからも情報は漏れていないということだな。……いや、それはそれで別の問題はあるが……」

 ジェラさんが、頭痛がするようにこめかみを抑えている。

 おお! 

 あのジェラさんが苦労人っぽくなっている!


「高月マコト……おまえ、何か失礼なことを考えてないか?」

「ソンナコトナイデスヨー」

 危ねぇ!

 ジェラさんにまで表情から読まれるようになった!


「ちなみに大魔王をどうやって倒す作戦なんです? 具体的な場所や作戦内容はイラ様も教えてくれなくて」

 俺が尋ねると。


「それは駄目ー! いくら英雄くんでも教えられないから!」

 オルガさんが、手をクロスして『×』を作った。

 やっぱ駄目かぁ。


(仕方ない、口が軽いエイル様辺りに聞いてみようかな)


「おい、高月マコト。……何か知るあてがありそうだな?」

 ジェラさんがずいっと迫る。


「……はて?」

 目をそらした。

 なぜ全部バレる。


「……ここだけの話だ」

「えっ!? ジェラっち、言っちゃうの!?」

「三柱の女神の声が聞けるやつに隠し事なんぞ無駄だ。曖昧な情報を元に適当に行動されて作戦がふいになったら最悪だ。正確な情報を伝えたほうが安全だろう」

 というジェラさんから、正確な作戦内容を教えてもらった。



 ◇



「……大魔王が現れる、ですか?」

「そうだ。運命の女神からの神託だ」

「で、今王都シンフォニアを中心とした巨大な結界を生成中なの。といっても結界は完成してて、強化中ね。大魔王が率いる魔族連中をまとめて弱体化させる『準神級』の結界魔法なんだー。完成すると、西の大陸全体を守護できる結界なんだって。それを聖女のノエルちゃんが頑張ってるの」 

 作戦の内容は、至ってシンプルなものだった。


 大魔王は、自分を倒し得る唯一の存在である『光の勇者さくらいくん』を狙う。

 そのため、光の勇者は最も安全な太陽の国の王都から動かさない。

 さらに、多くの勇者や冒険者たちで光の勇者の警護を固めている。

 確かに風樹の勇者マキシミリアンさんや、氷雪の勇者レオナード王子もシンフォニアに居た。


 さらにノエル女王が聖女の力を使って、巨大な結界を生成中らしい。

 なんでも聖女のスキルである『勝利の行軍歌』を使って、太陽の国中の結界師を強化バフしているとか。

 以前会った時に疲れていたのは、その影響なのかもしれない。

 とにかく、作戦内容は理解できた。

 大魔王を罠にかけるということだ。


「ところでジェラさんは、何で王都に居ないんですか?」

 てっきり大魔王と戦いたがると思ったんだけど。


「ジェラっちは、待つだけの作戦は性に合わないんだって。あと、と一緒に居るのは嫌だよねー」

 オルガさんがニヤニヤしながらジェラさんの肩を叩くと、彼は非常に忌々しそうな表情になった。


「勇者を王都に集めすぎると罠が疑われる。大魔王には運命の女神の『未来視』通りに光の勇者のところに攻め込んでもらわないといけない。どのみち前線基地にも戦力は必要だ。『古竜の王』の監視が必要だからな。……ノエルは関係ない」

 ということだった。

 そういえばジェラさんは、ノエル女王の元婚約者だっけ……?

 

 なるほどねぇ。

 そうか、王都で待っていれば大魔王が来るのか……。

 俺も残っていたほうが良かったんだろうか。 

 でも、古竜の王との再戦の約束もあるし。 

 うーむ、と悩んでいたら。


「太陽の国の将軍として、正式に依頼をしたい。その情報は、おまえたち三人の中で収めてどこにも漏らさないでくれ。対価は払おう。何か希望はあるか? 俺が決められる範囲なら、大抵の要求は飲もう」

 そんなことをジェラさんから提案された。


 ジェラさんは『稲妻の勇者』であり、『北天騎士団団長』。

 そして、四聖貴族バランタイン家の次期当主だ。

 本当に大抵のことは叶えてくれそうな気がするが……。

 俺はルーシーとさーさんのほうを見た。 


「私は無いわね」

「高月くん、決めてー」

「俺も無いです。でも誰にも話しませんよ」

 ルーシー、さーさん、俺が答えるとジェラさんとオルガさんが顔を見合わせた。


「タダでいいって、ジェラっち」 

「そんなわけにいくか! ……あとで水の国ローゼスの外交大使のソフィア王女に連絡する。水の国の防衛に貸し出している北天騎士団の費用を減額しよう。それでいいか? 高月マコト」

 俺たちの返事をストレートに受け取るオルガさんを、ジェラさんが却下した。

 なるほど、そういう交渉に使えるわけか。

 ……イラ様がぽろっと喋っただけの情報なのに。


「OKです」

「ありがとう、助かる。オルガ行くぞ。そろそろ定例会議だ」

「え~、もっと英雄くんの話聞きたかったし、アヤやルーシーと話したかったなぁー」

 ジェラさんにお礼を言われ、オルガさんが連行されていった。

「またねー」と言いながら、ジェラさんに腕を巻きつけてオルガさんは去っていった。


 俺とさーさんとルーシーが会議室に取り残される。

 ここに居ても仕方ないので、一旦部屋に戻ることになった。



 ◇



 俺はゴロンと、自分の部屋のベッドに寝転がる。


「大魔王の襲撃か……」

 俺はさっきジェラさんに聞いた話を、思い出していた。


 もっとも何か自分にできることがあるわけじゃない。

 俺は俺で、これから『古竜の王』という最強の魔王に挑むわけで。

 余計な雑念は捨てるべきだと思う。

 が、やっぱり王都に残った知り合いたちのことは気にかかった。

 その時。


「ねー、マコト。これからどうするの?」

「何か予定ある? 高月くん」

 話しかけられた。

 当然のようにルーシーとさーさんは、俺の部屋にいる。


「別にないかな。予定は」

 俺は短く答えた。

 ちなみに部屋はそこそこ広いと言っても、ビジネスホテル程度の広さにベッドが二つとクローゼットがあるだけの簡素な部屋なので、三人も入ると手狭だ。

 特にベッドはシングルなのだが、ルーシーとさーさんは器用に二人で寝転んでいる。

 狭くないのかな? と思ったらさーさんがこちらを見て悪戯っぽい表情をした。

 

「そう言えばさぁ、高月くん。オルガちゃんのことなんだけど」

 気がつくとさーさんが、俺のベッドの上に移動していた。

 さーさんもさっきの話を思い出しているのだろうか。


「オルガさんがどうかした?」

「ジェラルドくんとラブラブなんだよ! 羨ましいよね!」

 全然違った。


「ラブラブ?」

「あの二人がデキてるってことよ。マコト知らなかったっけ?」

「……そーいえばそんな話を聞いたような」

 うっすら記憶がある。

 

(ん?)

 とするとさっきオルガさんは、ジェラさんの恋人なのに「元カノが~」とか言ってたのか。

 何か深い意味がありそうで怖いな……。

 ジェラさんの表情が、微妙だった理由はそれだろうか。


「オルガちゃんってさぁ、ジェラルドくんと毎晩『一緒に』寝てるんだってー。いいよねぇー」

 気がつくとさーさんが猫のように、俺の体の上に乗っていた。


「別にいいじゃない、アヤ。他人の情事のことは。ま、オルガの毎度毎度のノロケはちょっとうっとうしかったけど」

 そんなことを言いながらルーシーが、俺の上着のボタンに手をかけていた。


「あの……さーさん? ルーシー?」

 さーさんに身体の自由を奪われ、ルーシーに衣服を脱がされる。

 俺はベッドに寝転んでおり、さーさんとルーシーがこちらを肉食獣の目で見下ろしている。

 こ、これはっ……!?


(お、ついに男になる時が来たわね! マコト!)

(あちゃー、ルーシーちゃんとアヤちゃんが一番乗りかー)

 ノア様とエイル様の声が響く。

 ……視られているようだ。


(ちょっとドキドキするわね、エイル。ついに結ばれるのね)

(私はソフィアちゃん派だけど、ルーシーちゃんとアヤちゃんの一途さは応援したくなっちゃうかも) 

 まじで黙っててくれませんか?

 女神様たち。 



「なーんか、マコト。冷静じゃない?」

「千年前から戻ってきてから、高月くんって少し冷たい気がする」

「そ、そうかな……?」

 ごめん、覗き見している女神様たちのせいです。


 そんな俺を見て、ルーシーが小さく微笑んだ。


「でも、いいわ。だってマコトがここにいるんだもの!」

 ルーシーが俺のベッドに潜り込み、抱きついてきた。

 気がつくと、上着のボタンが外れ下着が見えている。


「そうだね……、これからはずっと一緒に居られる……」

 さーさんがすとんと身体を預けてきた。

 こちらも服がはだけ、際どい格好になっていた。


 バクバクと心臓が早鐘のようになり始める。

 その音が二人には聞こえたらしい。


「ねぇ、アヤ。マコトがドキドキしてるわ……」

「うん……、よかった」

 とろけるような笑みでこちらを見つめるルーシーとさーさんから目が離せなかった。

 

 異世界に来て、最初に仲間になったルーシーと。

 中学からの友人で、異世界で再会できたさーさん。


 ずっと待っていてくれた、大切な二人と……。


「ねぇ、マコト……」

「高月くん……」

「ルーシー、さーさん……」

 俺は二人をそっと抱きしめた。

 ルーシーとさーさんが、それに呼応するようにこちらの身体に腕を回す。


 ルーシーは相変わらず体温が高くて。

 さーさんの低い体温が、それすら上がっている気がした。



「……いいよね? マコト」

「……高月くん、……抱いて」

 両耳からの囁き声に、頭がクラクラした。


『魅了』魔法が効かないという体質は、失われたのだろうか。

 いや、……これは魅了なんぞではなく、本気の『恋の魔法』だ。

 などとバカなことを脳が勝手に考えていた。


 その間にも、二人によって俺は全ての服を脱がされそうになり、もしくは俺が二人の身体を……




 …………!!

 …………っ!

 …………だ!!



 

 遠くから喧騒が聞こえた。

 何かのサイレンのような音も混じっている。

 

 ……はぁ、……はぁ、……はぁ、……はぁ、……はぁ


 が、ルーシーとさーさんの息の音にかき消される。

 あるいは、自分の呼吸音なのかもしれない。


 外が騒がしい気がするが、この部屋に置いては何の影響もなかった。

 そのはずだった。




 バーン! とドアが開いた。




「アヤ! ルーシー! どうせここにいるんでしょ! 大変よ! 魔王軍が攻めてき……」


「「「…………」」」


 ――静寂が訪れた。 


 ドアを開いたオルガさんと、半裸の俺たちの目があった。

 オルガさんが気まずそうに目をそらす。


「あ……ごめんね。ジェラっちには、英雄くんとアヤとルーシーは遅れるって伝えておくね」

 と言ってドアを閉められた。

 気を使われてしまった。 



 いや、ちょっと待ってくれ!

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