303話 高月マコトは、女神たちと語る
スラリとした長身が目立つ
初対面では、冷徹な眼差しと威圧感に圧倒された。
二回目の対面は、とても苦労してそうな印象を受けた。
そして、今回。
「来たか、高月マコト!」
アルテナ様は太陽のような笑顔でこちらへ振り向いた。
「
「そう畏まるな、高月マコト。君はよくやってくれた!」
「恐れ入ります……」
久しぶりに会うアルテナ様の前で少し緊張する。
「アルテナってば、どうしてもマコトにお礼が言いたかったんですって」
暇な女よねー、と腕組みをしているノア様は機嫌が良さそうだ。
「やっほー、マコくん☆ お勤めご苦労さま」
いつも明るい水の女神様が、よしよしと頭を撫でてきた。
やはりエイル様は癒やし系だ。
(あれ……? イラ様は?)
てっきり来ていると思ったのだが、ちっこい女神様の姿は見当たらない。
「イラちゃんはねー、絶賛仕事中よ。忙しいんだって」
心を読んだエイル様が教えてくれた。
そっかぁー、忙しいのか。
「あの子は……、もうすこし仕事を部下に任せることを覚えればいいのだが」
「そうですよねー、アルテナ姉様。全部自分でやろうとするから、タスクがパンクしちゃうのよ」
どうやらイラ様は相変わらずのようだ。
「あら、マコトってば随分イラを気にするわね。まさか、私からあの
一瞬で俺の後ろに回り込んでいたノア様が、俺の首に腕を回してきた。
「まさか、そんなつもりはありませんよ。……あのノア様? 爪が首に食い込んでるんですが。痛い、ちょっと痛いです」
「なーんか、イラのことばっかり考えてないかしら?」
「いえ、それは千年前では随分お世話になりましたし……、あと最近は声が聞こえないんですよ」
「ふぅん、だから寂しいんだぁ?」
「いや、違っ、俺はノア様一筋ですよ」
何だ、一体!?
今日のノア様はちょっと怖いぞ!
「ほう……、珍しいな。ノアが信者にそのように執着するとは」
アルテナ様が興味深そうな声を上げる。
「あったり前でしょ! マコトはね! 私が丹精を込めて育てた大切な大切な使徒なの! 他の信者とは全然違うんだから!」
「……育てられましたっけ?」
どちらかというと放任されていた気がする。
おかげでのびのびやれたわけだが。
「ふ……、ノアの自慢の使徒というわけか。確かに君は優秀だな」
「ねー、アルテナ姉さま。もうマコくんは『天界入り』でもいいんじゃないかなぁ」
「ふぅむ、大魔王まで討伐すればそれも良いかもしれんな」
「ちょっとちょっと! 何を勝手なことを言ってるのよ! 天界入りってそれ、
アルテナ様とエイル様の会話に、ノア様が慌てて割り込む。
俺は『天界入り』という耳慣れない言葉が少し気になった。
その心の声を聞いたのか、エイル様の目がキラリと光る。
「マコくんー、天界入りに興味ある~? 天界は
「寿命も!?」
死なないってことですか。
何その天国。
「そうそう、地球じゃ天国って呼ばれてるんだっけ? ねぇ、マコくん、天国行きたいでしょー?」
エイル様が耳元で囁く。
ふわぁ、ぞくぞくする。
「やめなさいー、駄目よマコト。誘惑されちゃ」
「いいじゃないか、ノアも
「嫌よ! アルテナ! 私たちは宿敵同士なのよ!」
「意固地にならなくてもいいだろう? 昔のように仲良くしよう」
「ふん! 馴れ合うつもりはないわ!」
朗らかに笑うアルテナ様と、ぷいっと横を向くノア様。
目の前で馴れ合いが繰り広げられている。
どうやら太陽の女神様は、ノア様を味方に引き入れたいらしい。
女神教会の八番目の女神としてノア様を認めたくらいだし、本気なのだろう。
かたやノア様も口では反発しているが、満更でもないように見える。
これはまさか……聖神族とティターン神族の長きにわたる争いに終止符が打たれてしまうのだろうか。
アルテナ様とエイル様は、ノア様を口説いている。
まずはノア様に勇者と巫女を選ぶようにも説得している。
どうやら聖神族の流儀に合わせて欲しいらしい。
俺は口を挟まずそれを聞いていた。
「ま、考えとくわ」
最後にノア様は答えを保留にした。
その時。
……リーンリーンリーンリーン
と鈴のような音が響いた。
「む……、『世界崩壊の兆し』に関する呼び出し……またか」
アルテナ様の表情が、げんなりとしたものになった。
「また第17宇宙で問題ですか? アルテナ姉様。あそこの蛮神族もこりませんねー」
「いや、今度は第53宇宙の禍神族の領域だ。邪神が復活しようとしているらしい」
「あら、それは大変」
「我らに敗れたのだから大人しく魔界に潜んでいればいいものを」
急に聞いたことのない単語がポンポン飛び出してきた。
第17宇宙? 蛮神族?
「アルテナは、多元宇宙を管理しているから。視てるのはこの世界だけじゃないのよ。マコトが気にする必要はないわ。要は数多ある異世界よ」
「多元宇宙……異世界……」
ノア様が教えてくれた。
どうやらアルテナ様の管轄は、とてつもなく広いらしい。
全宇宙どころではなかった。
「別にいちいち細かく管理しているわけじゃない。基本的には私が居なくても世界は廻る体制にしてある。たまに緊急事態で呼ばれるだけだ。責任者だからな」
アルテナ様が苦笑した。
「別に放っておけばいいじゃない。強い子が勝手に生き残るわ。それが自然の摂理でしょ」
「駄目だ。弱き民を正しく導くのが神の役目だ。進むべき道を示してあげねば子らは迷うだけだ」
ノア様とアルテナ様の意見がぶつかっている。
俺はそれを横で聞きながら水の神殿の図書館で学んだことを思い出していた。
二柱の女神様の御言葉は、聖神族とティターン神族の教義にそのまま当てはまる。
聖神信仰の基本は『秩序』と『精進』。
か弱い民はルールを守って生き延びなさい。
そして自分を磨き、成長していきましょう、という教えだ。
ティターン神信仰は、『自由』と『調和』。
地上の民の人生は短いから自由に生きなさい。
ただし皆仲良くしてね、という教え。
(かなり違うなぁ……)
仮にノア様が聖神族に入るなら、このあたりの教義が変わってしまうのかもしれない。
「マコくんの生き様は『精進』そのものだから、別にいいんじゃない?」
水の女神様に横からツッコまれた。
「俺はノア様の教えの通り『自由』にやってますよ」
「マコくんは自由過ぎるからなぁ~」
エイル様が苦笑した。
その時、アルテナ様の周りに七色の魔法陣が幾つも浮かび上がった。
「アルテナ、行くの?」
「ああ、このままだとあの世界は滅亡する。導いてこよう」
「ご苦労なことね」
「じゃあなノア、また来る。聖神族の一員になりたければいつでも言ってくれ」
「考えておく、って言ったでしょ」
「エイル、あとは任せた。ゆっくり話すことができず、すまないな。高月マコト」
そう言ってせわしなく
イラ様とはまた違った意味で忙しい女神様だ。
その後、ノア様とエイル様と千年前の苦労話や現代の話で盛り上がった。
ノア様からルーシーやさーさんとの関係を進めろとせっつかれ。
エイル様からは、ソフィア王女に手を出しなさいと神託された。
ああ、この感じ。
現代に戻ってこれたんだなぁ……。
視界がぼやけた。
そろそろ目覚めの時間のようだ。
「それでは、失礼します」
「気をつけるのよ、マコト」
「じゃーねー☆ マコくん」
二人の女神様が手を振る姿が光の中に消えていった。
◇
「あれ?」
目を覚ました場所はブラックバレル砦の一室、……ではなかった。
ふわふわの高級そうな絨毯がどこまでも広がっている。
ぽつぽつと乱立する扉と本棚。
バラバラと散らばっている大小様々な本。
そして、様々な可愛らしい『ヌイグルミ』が至る所でせわしなく動き回っている。
……ああ、この場所は。
「
イラ様の空間だった。
「ん…………、高月マコト。……いらっしゃい」
弱々しい声が聞こえる。
目の下にくまを作って、でっかい机に突っ伏しているイラ様だった。
「随分とお疲れのようですが、大丈夫ですか……?」
「あー、うん。この書類終わらせたら仮眠取るから……。あら? 書類はどこだったかしら」
「幻覚見えてますよ」
何もない空中で何かを掴もうとしているイラ様の腕を取る。
そのままベッドまで引っ張っていった。
「うーん……、まだ寝ちゃ駄目なのー。仕事がー、まだ終わってないのぉー……」
ぶつぶつ言っているイラ様をベッドに寝かせる。
見た目中学生くらいのイラ様の口から、ブラック企業に務めるサラリーマンのような言葉が出てきてヤバい。
この女神様、仕事が終わらないと無限に寝ないからヤバい。
俺の三徹など比較にならないくらいヤバい。
「寝てください」
「あ……だめ……」
俺はイラ様をベッドに転がした。
「すー、すー」
程なくして微かな寝息が聞こえてきた。
穏やかな寝顔だ。
あれ、そう言えば俺ってイラ様に呼ばれて来たんだよな?
これ、どうすればいいんだろう。
取りあえず、起きるの待つか。
俺は
◇
「はっ! 今何時!?」
がばっとベッドから起きたイラ様が、キョロキョロと辺りを見回す。
時間は貴女が好きに操れるでしょう。
「おはようございます、イラ様。働きすぎですよ」
「……悪かったわね。心配かけて」
乱れた髪を整えながら、イラ様がベッドから起き上がった。
まだ寝ぼけているのか、表情がぼんやりしている。
「ところで、最近話しかけてくださらなかったのは忙しかったからですか?」
俺が尋ねると、イラ様が「はっ!」と目をぱちっと見開いた。
「それを私も困ってたの! 急に高月マコトと念話ができなくなるんだもの! ほらこっち来なさい」
「はぁ……」
イラ様に呼ばれ、隣に腰掛ける。
どうやら話しかけてこなかったのは、忙しかったからではなく念話ができなくなっていたようだ。
イラ様は、俺の首にかけているネックレスに触れる。
「んー……、私の
「ノア様の影響?」
「高月マコトが現代に帰ってきて、ノアの使徒に戻ったでしょ? その時に、私との繋がりが途切れちゃったんだと思うわ」
「ノア様は何も言ってませんでしたよ?」
ノア様なら教えてくれると思うけど。
「前に言ったでしょ。ノアはアルテナお姉様と同格の女神よ。私みたいな新人女神とは比較にならないくらいの格上の神格。多分ノアは意識して無いけど、私との繋がりをノアの神気が打ち消したみたいね」
「はぁ、凄いんですね。ノア様」
「封印されてもこれだもの。本当に恐ろしいわね」
「でも、……それじゃあ今後はイラ様の声が聞こえないんですか?」
何だかんだ、千年前からずっとお世話になっていたイラ様の声。
イラ様の声が無くなるとなれば、心細くなる。
「大丈夫よ。何のために高月マコトを私の部屋に呼んだと思ってるの。ほら、こっちに寄りなさい」
「えっと……え? イラ様?」
既に隣に座っていたのに、さらにイラ様に腕を引っ張られた。
マシュマロのように柔らかいイラ様の身体が、ぴったりと密着する。
「えい」
イラ様が俺の身体に
つまり、抱きしめられた。
えええええええっ!?
「あの~……、イラ様。何を……」
ドキドキしながら質問した。
「集中しているから黙ってて! 私と高月マコトで
真剣な声で言われ、俺は大人しく従った。
イラ様がますます、ぎゅぅっと俺を強く抱きしめてくる。
小柄なのに力が強い。
「ノアの神気が邪魔しているのかしら……、うまくいかないわね。ちょっと、高月マコト。貴方からも私を抱きしめ返しなさい」
「え、えぇ……」
「早く!」
「は、はい……失礼します」
言われた通り、イラ様の小柄な肩に腕を回す。
どれくらいの力を込めればいいいんだろう?
あんまり強くすると失礼じゃなかろうか。
「いいから! もっと強く!」
「はーい」
余計な配慮だったらしい。
もういいや。
言われた通り、俺は強くイラ様を抱きしめた。
――ドクン
と一瞬、身体全体が脈打ったような錯覚を覚える。
全身の熱がぐわっと上がったような気がした。
「ふぅ……、これで高月マコトと
「ありがとうございます」
そう言ってイラ様から離れた。
明鏡止水スキルは発動中のはずだが……動悸がうるさかった。
息を整え、冷静さを取り戻す。
「このために、イラ様の空間に呼んでくださったんですか?」
「そうよ、文句ある?」
「いえいえ、もちろん感謝しています。でもさっきのノア様の空間にアルテナ様やエイル様が居たので、一緒でも良かったんじゃないかと……」
と言って、自分の愚かな発言に気づいた。
イラ様が俺を呆れた目で見ている。
「あんた……、さっきのをノアの目の前でやるの?」
「さっきの……」
あれをノア様の前で……?
「恐ろしいです」
「怖くて無理よ」
身体が震えた。
別に悪いことはしていないはずだが……。
「ま、とにかくこれから古竜の王と戦うんでしょ? 困ったことがあれば、私にも相談しなさい」
「ありがとうございます、イラ様」
感謝を述べた。
それにしても、他神族の使徒である俺に対してイラ様のサポートが手厚い。
ここまでして頂いて良いのだろうか。
そんな俺の心を読んで、イラ様が口を開いた。
「逆よ。邪神……じゃなかったわね。ティターン神族の女神ノアの敬虔な使徒・高月マコト。あんたの行動はこうでもしないと私の未来視に全く映らないの。魔族連中は信仰心が低いから、割と未来が視やすいんだけど……。ノアの信者は無理ね。現代も千年前も一緒」
「カインも信仰心はMAXでしたからね」
千年前に海底神殿へ挑んでいた時は、ノア様の話題で盛り上がったものだ。
「今回の魔族との戦争。勝ち筋は見えてるんだけど、私の未来視に映らない高月マコトが変な動きをしたら全部予定が狂うの。だから無理やりにでも繋がっとく必要があるわけ」
「なるほど……」
手厚いサポートではなく、野生の獣に付けられた発信機のようなものだったらしい。
ふとイラ様の言葉に気になる単語があることに気づいた。
「勝ち筋は見えてる……、つまり大魔王は倒せるということですか?」
以前に聞いた話しでは、最終的な勝率は五割より少し悪かったはず。
「えぇ、現代の光の勇者……、あんたの幼馴染の桜井リョウスケくんが復活した大魔王を倒してくれる……はずよ」
「そうですか、よかった……」
ほっと胸をなでおろす。
「ちなみにどうやって……?」
気になる。
「あんたに教えたら邪魔はしないでしょうけど、絶対に首を突っ込むでしょ?」
「見学するだけですよ」
「信用できないわ」
「ひどい」
ばっさり言い切られた。
「ヒントだけね……、現在の大魔王は復活はしたけれど千年前ほどの力は持っていない。今は力を取り戻そうと焦っているみたいだけど、西の大陸の連合軍を倒せるほどにはならない。魔王は残り少ないし、強い魔族も数を減らしている。だから、いずれ大魔王自らが光の勇者に奇襲をかけてくるわ」
「大魔王自ら!?」
それはまた……随分と思い切った行動だ。
しかし魔族の総大将がやるようなことではないと思うが。
「結局打つ手が無いのよ。大魔王が想定していたより千年後は魔族側が劣勢だったってことね」
「厄災の魔女は、千年前より強くなって大魔王が復活すると言ってましたよ?」
「単体で強くても数の暴力には敵わないわ。現代の勇者はみんな健在だし、月の国なんてどんどん国力を増してるもの。……ちょっと、暴走しているみたいだけど」
「そうですよ、
先日の会議のゴタゴタを思い出した。
「そのせいで私がどれだけ調整に労力を割いていると思っているの……。どの国も好き勝手して……」
「あー、そうでしたか」
どうやらイラ様を悩ませているのは、まさに国家間の紛争問題だったらしい。
「今一番怖いのは、西の大陸の国家間の争いで戦力が割れちゃうことよ。一丸となってもらわないと困るのよ」
「ですよねぇ……」
「他人事みたいに言ってるけど、
「水の国が?」
何でだ。
ソフィア王女は、連合軍会議でも殆どしゃべっていないはずだけど。
弱小国家として大人しくしている。
「大人しいのが問題なのよ! 今の水の国は新しい英雄も輩出して、月の国や
「ソフィア王女が……ですか?」
水の国のトップはもちろん国王だが、外交はソフィア王女に一任されている。
彼女が、月の国や太陽の国の重鎮を引っ張っていく……姿は想像できなかった。
「無理ですね」
「はぁ……、無茶言ってるのはわかってるのよ。私も」
イラ様がしょんぼりとうなだれる。
残念ながら俺では、イラ様の心労を取り除くことはできなかった。
その心の声が聞こえたのか、イラ様をこちらを見上げる。
「ま、いいわ。一番の懸念だった『ノアの使徒』と連絡とれない問題は解消したから」
「……それはなによりです」
イラ様の寝不足の原因は俺でした。
「さて……と、そろそろ仕事に戻るわ」
イラ様がうーん、と大きく伸びをした。
お邪魔になる前に、俺は去ったほうがよさそうだ。
何か困ったことがあれば、相談しよう。
「ねぇ、高月マコト」
「何でしょう?」
イラ様が、世間話のような調子で話しかけてきた。
「貴方は……、私たちを裏切ったりしないわよね?」
何を言ってるんです? と苦笑しながら返そうとしてその真剣な目に言葉を選んだ。
「裏切る予定はありませんけど。何故、そんなことを?」
「
そう言われ少し考える。
ノア様が「大魔王側に寝返れ」と命じる姿は想像できなかった。
それに……。
「俺はちょくちょくノア様の言葉に反抗してますよ?」
初対面の信者になる時は、渋ったし。
その後、危険を避けるよう指示があっても、首を突っ込んでいく方が多かった。
俺の言葉にイラ様が「ふっ」と笑った。
「念のための確認よ。稀代の精霊使い、ノアの使徒である高月マコトに裏切られたら戦況がひっくり返るもの」
「大丈夫ですよ、ノア様とはさっきも話しましたけどアルテナ様やエイル様と仲よさげでしたよ」
「みたいね。アルテナお姉様はノアを聖神族に引き入れたいみたいだし」
ついさっきの会話を思い出す。
アルテナ様はノア様を、聖神族陣営に引き入れようとしていた。
ノア様もまんざらではない態度だった。
「というわけで俺は裏切りませんよ。安心してください」
力強く言い切った。
「そう……、だったら良いわ」
ふわ、とイラ様が小さくあくびをして、近くにあった缶コーヒーをぐびっと飲み干した。
……もっといいモノ飲めばいいのに。
同時に目の前がぼやける。
やっと目覚めるようだ。
「お仕事はほどほどに、イラ様。ちゃんと寝てくださいね」
「私より自分の心配をしなさい、高月マコト。暴走するんじゃないわよ」
そんな会話をしながら、俺は目を覚ました。
目に映ったのは、ブラックバレル砦の一室の天井だった。
◇
起きて着替えた後、俺はルーシーとさーさんにブラックバレル砦の施設案内をしてもらった。
食堂で質素な朝ごはんを食べたあとにやってきたのは――
「マコト、ここが訓練場よ」
「汗臭いから私苦手なんだよねー」
地下にある兵士たちの訓練場だった。
野外にあったハイランド王都の太陽の騎士団の訓練場と違い、薄暗くそこまで広くない。
が、多くの兵士の熱気で満ちていた。
さーさんの言う通り、少し男臭いかもしれない。
俺たちは、ぐるりと訓練場を一回りした。
皆訓練に集中しているようで、特に話しかけられることもなかった。
昨日の宴会で、あらかた挨拶はできたからだろう。
俺も一緒に訓練をしたかったが、残念ながら地下の施設に水の精霊はとても少なかった。
ここでの修行は効率が悪そうだ。
「ルーシー、さーさん。次の場所に……」
「アヤ! ルーシー! やっと見つけた!」
しゅたっと、突然目の前に誰かが現れた。
褐色の肌につややかな黒髪。
露出の多い戦闘鎧。
なによりも燃え上がるような
「オルガちゃんー! やっほー」
「オルガ、昨日は居なかったわね」
「そうなのよ! 昨日は魔大陸で魔物狩りしてたの! そしたら、あなたたちがきてるってさっき知って。もうー! 教えてくれたら、急いで戻ってきたのに!」
その女性はルーシー、さーさんと親しげに話している。
俺の記憶にある彼女は、もっと剣呑な空気を纏っていた。
空腹の猛獣のような凶暴なイメージがあったが、今の彼女はフレンドリーだ。
「お久しぶりね、
俺の方を振り向き、彼女は小さく微笑んだ。
少し髪が伸び大人っぽくなった灼熱の勇者――オルガ・タリスカーさんだった。
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