302話 高月マコトは、前線基地を訪れる
対魔王軍最前線基地――ブラックバレル砦。
小高い山に作られた堅牢な要塞であり、周りをぐるりと深い空堀と幾つものバリケードが築かれている。
空を飛ぶ魔物には意味が薄そうだが、地上の魔物を防ぐには一定の効果があるだろう。
荒れた荒野に、どこまでも続く無骨なバリケード。
その所々に、魔物の骨らしきものが転がっている。
俺たちは、砦から離れた位置にある分厚い鋼鉄の巨大な門の前に立った。
門は固く閉ざされている。
どこから入るのかとキョロキョロしていると。
「貴様ら、名前は?」
短く問われる。
姿は見えなかったが、見張りが隠れているようだ。
「高月マコトです。それから……」
「紅蓮の牙よ」
俺の名乗りに、ルーシーが続ける。
……やっぱり『紅蓮の牙』ってかっこいいなぁ。
俺も入れてもらおうかなぁー。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
門の一部に見張り用の隠れ部屋があったようだ。
一名の兵士さんが俺たちの前に現れ、砦まで先導してくれた。
「お気をつけて。私が歩いている場所から大きく外れますと、魔物用の
「は、はい」
のんびり歩いていると兵士さんの言葉で、びくりとなる。
怖い……、うかつにふらふらもできない。
俺がびくびくしながら歩いていると。
「高月マコト様。よくぞ戻られました。再びお会いできて光栄です」
案内の兵士さんから話しかけられた。
が、俺は彼と会った記憶が無かった。
「……どちらでお会いしましたっけ?」
「第一次北征計画の
「第一師団……、オルト団長の部隊ですね」
「ええ、魔物の群れを海ごと凍らせた魔法は痛快でした!」
懐かしい。
あの頃は
「前線基地の兵士にはマコト様を慕っている者が大勢おります。顔を出していただければ皆喜びますよ。『獣の王』との戦いで重傷を負われたと聞いた時は、一同悲しんでおりましたから」
「それは……ご心配おかけしました」
「それにしても二度と立ち上がれないほどの大怪我と呪いをかけられたと聞いておりましたが、お身体は問題なさそうですね」
「ええ、まあ。今は平気です」
実際は怪我などしていないので、曖昧にごまかす。
話しているうちに、砦の中へ到着した。
「ここからはこの者が案内します」
兵士さんは敬礼して去っていった。
待っていたのはメガネをしたキリっとした女性だ。
「お待ちしておりました、高月マコト様、『紅蓮の牙』ルーシー様、アヤ様。まずはブラックバレル砦の指揮官へご挨拶願います。どうぞこちらへ」
ぴちっとした軍服と相まって、先生のように見える。
俺たちはその女性のあとをついていった。
砦の中は思ったより広く、道行く兵士と大勢すれ違った。
「ルーシーさん! 来てくれたんですね!」
「アヤ様! ご無沙汰しております!」
聖級魔法使いのルーシーとオリハルコン級冒険者のさーさんは、ここでも有名人のようだ。
「しばらくここでお世話になるわ。よろしくね」
「ひさしぶりー、怪我してない?」
二人は気さくに返事をしている。
人気者でいいなぁ、と思っていたら。
「……なぁ、紅蓮の牙の隣の男は誰だ?」
「随分と貧相なやつだな」
「まさかルーシーさんか、アヤさんの男か」
「何! 許せん!」
「いやいや、あの二人はこころに決めた人が居るって知ってるだろ」
「あぁ、身持ちの固さが半端ないもんな」
「何人がルーシーさんとアヤさんに
「じゃ、結局誰なんだよ?」
「つっても、紅蓮の牙の前を歩けるなんて
「待て……あの黒髪と変な魔力の短剣……もしかして」
「…………ま、まさか」
「本当に
「おいおいおい……、指一本動かせない廃人状態という噂だぞ」
「いや、しかし。俺は一度お顔を見たことがある……おそらく本人だ」
「た、大変だぞ……、皆に知らせないと」
すごく注目されている。
ざわざわしている。
そして大勢の人が集まってきた。
「貴様ら! これから将軍閣下のところに向かうのだ! 道を空けろ!」
女性の案内係の人が怒鳴ると、さっと人垣が割れた。
この女性美人だけど怖い。
そして、砦の上階にある立派な扉の前まで案内された。
「将軍。入ってもよろしいでしょうか」
「入れ」
「はっ! どうぞ、中へ。高月様」
「はい」
俺はゆっくり扉を開き中に入った。
先程の「入れ」の声には聞き覚えがあった。
部屋の奥、中央に大きな机と椅子がありそこに金ピカの鎧を着た男が机に足を乗せて座っていた。
「
「ご苦労だった。お前は下がっていろ」
「はっ!」
案内してくれた女性は、部屋から出ていった。
――ジェラルド・バランタイン
アンナさんと同じ『雷の勇者』スキルの保持者。
北天騎士団の団長にして、四聖貴族の嫡男。
そして、現在のブラックバレル砦における最高責任者の一人である。
偉くなったなぁ。
そのジェラルドさんがギロリと俺へ視線を向ける。
相変わらずの鋭い眼光だ。
不機嫌そうな顔は相変わらずである。
(あぁ……これは絡まれる)
と覚悟をしていたが、数年ぶりのジェラさんからの言葉は思いの外冷静なものだった。
「久しぶりだな、高月マコト」
「ご無沙汰してます……、ジェラルド将軍閣下」
「ジェラルドでいい」
「お久しぶりです、ジェラさん」
「…………あぁ」
ツッコまれなかった。
「しばらくこちらでやっかいになります。よろしくおねがいします」
「お願いしますー、ジェラルド将軍!」
「よろしくですー。ところでオルガちゃんは、居ないの?」
俺と比べてルーシーやさーさんの挨拶は軽い。
何度か来ているからだろう。
――ダン!
と勢いよくジェラさんが俺の目の前に着地した。
どうやったんだ、いまの。
「
以前より身長が伸びたのか、威圧感が凄い。
鋭い眼光のジェラさんから見下される。
「再戦の約束をしてたんですよ」
「既に一生遊んで暮らせる富と栄誉を手に入れたはずだが、まだ貰い足りないらしいな。やはりおまえはそうじゃないとな」
ジェラさんにニヤリと笑われた。
いや、そういうつもりはないんですが。
「知っていると思うが、今のここの責任者は俺だ。出撃するなら伝言を残しておけ。細かいことは言わん。好きにしろ。ああ、砦は壊すなよ?」
寛大な言葉だった。
あの暴君ジェラルドさんとは思えない。
もっとも、俺は徹夜で太陽の騎士団の参謀が作成した、第三次北征計画書に目を通している。
「ちゃんと作戦には従いますよ」
と言うとジェラさんは、つまらなそうな表情になった。
「おまえ、あの計画書に従うのか?」
「はい、精霊魔法を使いすぎるとご迷惑かけるようで……」
俺が言うと、ジェラさんは大きなため息を吐いた。
「あれな……、本国の大貴族や聖職者共がこれ以上他国の英雄に手柄を立てられないように口を出して作られたものだ。無視していいぞ、高月マコト」
「そうなんですか?」
知らなかった。
「太陽の国の本国からは、『これ以上、水の国の英雄に手柄を立てさせるな』というお達しだ。貴族共や聖職者たちから恐れられているな。……気づいてなかったのか?」
「気づいてませんでした」
密かにガーンとなっていると。
「マコト、ハイランドの王都じゃ扱い悪かったわよ」
「ねー、もっと丁重に扱われてもいいのに」
ルーシーとさーさんにツッコまれる。
どうやら俺は太陽の国の高官から疎まれているらしい。
「本国のお偉方はどいつもこいつも平和ぼけだ。呑気な利権争いをやってやがる。大魔王は復活しても、ずっと大人しいからな。このままにらみ合いが続くと思っているんだろう」
「でも海魔の王が攻めて来たんですよね?」
それを桜井くんが討伐したという話だ。
「それを光の勇者が一撃で仕留めたからな。すっかり油断しきっている」
「そうでしたか」
確かに王都シンフォニアの人々は、日々の平和を疑っている様子はなかった。
「……それに今の女王の政策はぬるいからな。王に反発する連中にまで温情をかけている。結果、ハイランドの内部がずっとゴタゴタして……いや、これはおまえには関係なかったな」
「ノエル女王……大変そうですね」
「全くだ。反対派なんぞ、さっさと粛清すればいいものを」
相変わらずジェラルドさんは過激だ。
「まぁ、いい。何もない砦だが、ゆっくりしていけ。わからないことは、さっきおまえたちを案内した者に聞け。もっとも後ろの女二人のほうは何度か来ているから、勝手はわかっているだろう」
「そうね。部屋はいつものところでいいのかしら?」
「ねーねー、オルガちゃんは?」
「高月マコトの部屋は別だ。水の国の英雄を冒険者用の部屋と一緒にはできん。オルガは勝手に探せ。どうせ、竜狩りにでも行ってるから夕方には戻るだろ」
「ふぅん、わかったわ」
「はーい、勝手に探しますー」
ルーシーとさーさんは将軍相手でも、態度が変わらないんだなぁ。
ジェラさんも特に気にしてない様子だ。
「では、俺は失礼しま」
「高月マコト」
扉を出る直前、ジェラさんに名前を呼ばれた。
「この砦の兵士は、おまえに助けられた奴が多い。あとで兵士たちに顔を見せてやってくれ」
「わかりました」
同じことを見張りの人にも言われたな、と思い出す。
返事をして俺は将軍の執務室をあとにした。
◇
「高月様、こちらがご用意させていただいた部屋となります。どうぞご自由にお使いください。鍵はこちらに」
「ありがとうございます」
案内された部屋を見ると、広くも狭くもない普通の部屋だった。
「うわ、広っ!」
「えー、なんで一人用なのにベッドが二つあるのー?」
「ここ、広いの?」
「「広いよ!」」
ルーシーとさーさんの反応は、俺の感想と大きく違った。
どうやら戦場の最前線であるブラックバレル砦の住居スペースはとても狭いらしい。
殆どがカプセルホテルのようなベッドが置いてるだけの場所だとか。
それを考えると、破格の扱いだろう。
「それでは私はこれで! 御用があれば一階の待機室におりますので」
案内をしてくれた女性は、ピシっと敬礼する。
砦の施設を案内してくれると申し出てくれたが、どうやらルーシーとさーさんが知っているようだったのでお断りした。
ちょっと残念そうな顔をされた。
案内をしたかったのだろうか。
俺たちは持ってきた荷物を部屋に置いた。
あとは自由行動だ。
「じゃあ、どこに行こうか?」
俺がルーシーとさーさんに尋ねる。
「みんなが集まっているところがいいのよね? どこかしらアヤ。訓練場?」
「それより食堂がいいんじゃないかな、るーちゃん」
「そうね。どうせ使うことになるし」
「ご飯は美味しくないけどねー。がっかりしちゃ駄目だよ、高月くん」
「そうなの?」
そんな雑談をしながら砦の中を案内された。
二人は勝手知ったるという感じで歩いていく。
ルーシーとさーさんは、水の国の冒険者代表として何度か砦の防衛依頼を受けたことがあるそうだ。
対竜の撃破数は、さーさんと灼熱の勇者オルガさんがトップなんだとか。
「ルーシーは?」
「私? うーん、それがね―……」
どうやらルーシーの魔法は、『みんなまとめて吹き飛ばす』せいで撃破数がカウント不能らしい。
「実際はるーちゃんが一番多いんじゃない?」
「アヤはそう言ってくれるけど、証拠が無いのよねー」
「でもマコトならあっと言う間に、一番になれるわよ!」
「そうだよね! 高月くんの魔法だったら全部凍らせちゃうし」
「そんな上手くいくかな……」
第一線の冒険者としてバリバリやってきた二人に言われても、少し自信がない。
千年前の時は『命を大事に』でやってきたからなぁ。
(マコト、結構無茶苦茶やってたってイラから聞いたわよ)
ノア様の声が聞こえた。
イラ様は大げさなんですよ。
……そういえば、イラ様の声が最近まったくしないな。
どうしたのだろうか?
「着いたわよ、マコト」
ルーシーの声で我にかえる。
そこは地下にあるだだっ広い空間だった。
長机と丸椅子がずらりと並んでいる。
どうやら食事の時間は終わりかけのようで、食事中の兵士の数はまばらだった。
「高月くん、お腹すいてる? まだ残ってるみたいだよ」
さーさんが指差すほうには、黒いパンとスープをよそう人がいた。
俺たちは数人の列に並び、食事を受け取った。
そして、空いている席に適当に座る。
「ここのパン硬いのよね……。おかわりは好きなだけしていいんだけど」
「このスープ、味が雑だよねぇ、るーちゃん。下処理があんまりされてない」
「美味しい」
「「え?」」
俺がつぶやくと、ルーシーとさーさんがびっくりした顔をする。
いや、でも本当に美味しい。
俺の舌がおかしいのだろうか。
「マコト……千年前は何を食べてたの?」
「高月くん……苦労してたんだね……」
ルーシーとさーさんにえらく同情された。
千年前は、味付けが塩くらいしかなかったからなぁ。
そうか、俺の舌は何でも美味しいと食べられるように進化したのか!
(違うわよ)
違いますね。
「……もしや、水の国の勇者様では?」
誰かが俺の顔を見て立ち止まった。
「……ローゼスの……、高月マコトさま?」
「……いや、まさか。魔王との戦いで半身不随の呪いをかけられたはず」
「しかし……、あのお顔は……」
次々に他の兵士たちが集まってくる。
「隣に居るのって、ルーシーさんとアヤさんだよな?」
「あの二人が男を連れてる……?」
「男っ気が皆無の『紅蓮の牙』の二人が男を連れてくるとなると!」
「ああ! 間違いない! ローゼスの勇者様だ!」
徐々に騒ぎが大きくなる。
さっきの通路の時と違って、騒ぎを止める人はいない。
これは……、名乗りを上げたりとかしたほうがいいんだろうか?
「アヤさん! お隣の男性は誰ですか!?」
一人の兵士が意を決したように質問してきた。
「私の旦那の高月マコトくんですー!」
さーさんが腕を絡めながら、にっこりと宣言した!?
「さーさん!?」
「ちょっと、アヤー。私たちでしょ?」
その紹介は適切なのか、という俺のツッコミやルーシーの声は兵士の人たちの声でかき消された。
「やっぱりだ!」
「水の国の勇者様!」
「復活されたのですね、高月様!」
「月の国では、私を助けてくださいました!」
「私は第一次北征戦争で命を救われました!」
「シンフォニアの
「魔王の呪いは大丈夫なのですか!?」
「ついに一緒に戦うことができるのですね!」
「高月様の精霊魔法を再び見ることができるとは……」
あっという間に取り囲まれた。
「あの……ちょっと……」
俺があわわとしていると。
「ほら、堂々としてなさいよ、マコト」
「みんな高月くんに会いたかったんだってー」
ルーシーとさーさんに背中を叩かれた。
「……わかったよ」
二人に言われ、俺は姿勢を正した。
どうやらここの兵士さんたちには、心配をかけていたようだ。
なら元気なところを、きちんと見せよう。
それからは質問攻めだった。
もっとも、軍人らしく俺が『何らかの極秘任務についていた』という空気を察してか、行方不明期間のことは詳しくは尋ねられなかった。
代わりに『精霊魔法』についてはがっつり質問された。
どうやら月の国やら獣の王との戦いで見せた精霊魔法を見ていた兵士さんが、ブラックバレル砦には大勢いるらしい。
当時の話や、今の精霊魔法の腕が鈍ってないか、みんな興味を示している。
しかも――
「おい! 非番の連中は全員呼んでこい! 水の国の英雄様がお越しだ!」
「ああ、獣の王の結界に光の勇者様が囚われた時の話を直接聞けるぞ!」
「酒はないのか!? こんな美味しいツマミはないぞ」
「貯蔵庫にあっただろ! 全部もってこい!」
「……ジェラルド将軍に怒られないか?」
「節度を守れば大丈夫だ。最近のジェラルド様は丸くなられた」
「それもそうだな!」
――宴会になった。
一応、砦全体に結界が張ってあり音を外に逃さないようになっているそうだ。
そういう問題でも無い気がするが……。
最前線で、大丈夫なのだろうか。
「貴様ら! 何をしている!」
どんちゃん騒ぎをしていたら、さっき案内をしてくれた怖い女性が怒鳴り込んできた。
が、ルーシーとさーさんになだめられて懐柔された。
どうやら実は一緒に騒ぎたかったらしい。
案内の女性も第一次北征計画で、前線に居た一人だった。
俺の話を聞きたかったらしい。
直接聞いてくれればいいのに。
……結局、夜遅くまで騒ぐことになってしまった。
◇
ただし、流石というべきか兵士の中で酔いつぶれるような者は一人も居なかった。
宴が終われば、皆持ち場へ帰ったり、明日に備えて寝所に帰っていった。
酔ってしまったのは、身内だけだ。
「うーん……」
「むにゃ、むにゃ……」
ルーシーとさーさんはとなりのベッドで気持ちよさそうに寝ている。
二人は、この砦の兵士の間で人気者なのでいっぱい飲まされていた。
(……楽しかったな)
俺もたくさんの兵士さんと話すことができた。
かつての戦場でやったことが、皆の記憶に残っているというのは悪い気はしなかった。
そして、ここの砦の兵士が恐れている『古竜の王』。
だからこそ、俺という『精霊使い』が期待されているのだろう。
(これは負けられないな)
改めてそう感じながら、俺も眠りについた。
◇
(……ここは)
眠りについたと思った瞬間、俺は真っ白な幻想的な空間に立っていた。
ノア様の空間……なのだが。
いつもと少し空気が違う。
煌めく銀髪と白いドレスが眩しいノア様。
輝く金髪と青い麗しいドレスの
そして
長身で凛々しい女神様が、ノア様やエイル様と談笑している。
――
女神教会の主神。
全宇宙の支配者がいらっしゃった。
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