299話 高月マコトは、説教される

「あの~……」

「何ですか?」

「怒ってる? ソフィア」

「別に怒ってはいません、勇者マコト」

 現在の俺はハイランド城の一室でソフィア王女と二人きり。


 そして、床の上で

 ソフィア王女が冷たい目で俺を見下ろしている。

 いや、これは呆れた顔だ。


「今日は見学するだけと言う話だったでしょう?」

「そのつもりでしたよ」

 途中までは。

 それにあれは大賢者様モモが悪い。


水の国うちの基本政策は他国との協調なんですけど」

「協調しますよ」

「どう見ても他国を出し抜こうとしているように見られます。まぁ、勇者マコトは太陽の騎士団の団長と面識があるので、彼らと足並みを揃えていただければ大きな問題は……」

 細々こまごまと北方戦線の基地に行った時の注意点を説明された。

 

 それを忘れないように心に留めておく。

 ソフィア王女に迷惑をかけるわけにはいかない。


 その時、部屋の扉が「バーン!」とでかい音をたてて開いた。

 

「マコトー! 来たわよ! ……って何で正座してるの?」

「あー、高月くんがソフィアちゃんに叱られてるー」

「ルーシーとさーさん?」

 なぜ二人がここに?


「私が呼びました。勇者マコトはお二人に説明をしないといけませんよね?」

「……はい」

 俺はこれから北の大陸に行くわけで。

 ならルーシーとさーさんの協力は不可欠だ。

 流石はソフィア王女。

 打つ手が抜かり無い。


「ん? どーしたのマコト。また何かやらかしたの?」

「あー、わかった。新しい女の子と仲良くなってソフィアちゃんに怒られたんでしょ?」

「え~、またぁ?」

「本当、高月くんは困った子だよねぇ……。お仕置きしなきゃ」

「アヤ……、目が怖い怖い」

「るーちゃんこそ杖に魔力マナが集まってるよ?」


「お二人ともご心配なく。今回は女絡みではありません」

 ルーシーとさーさんが恐ろしい誤解をしているところを、ソフィア王女が訂正してくれた。

 …………今回は?

 

「なーんだ。マコト! 信じてたわよ!」

「もうー、るーちゃんってば疑っちゃ駄目ダゾ?」

「君たち」

 俺は立ち上がり、コントしている二人にツッコミを入れ、俺は事情を説明した。



 北の大陸に居る、古竜の王アシュタロトに挑むことを。



「ふぅん、私たちは魔大陸に行くってことね」

「古竜の王かぁ……、強そうだね」

「ごめんね、二人とも。勝手に決めちゃって」

 俺が詫びると、ルーシーとさーさんはきょとんとした顔になった。


「なんで謝るのよ」

「やったー! 久しぶりの高月くんと冒険だー!」

「ルーシー、さーさん……」

 勝手に予定を決めた俺に快くOKしてくれた。 


「じゃあ、準備しなきゃね! といってもアヤと私はいつもの冒険セットがあるから、マコトの旅支度だけかしら」

「えぇー、今のは使い込んでボロくなってるよ? テントはるーちゃんとの二人用だし」

「そういえばそうね。この前テントが、火竜のブレスで少し焦げたんだっけ? それにあのテントは三人だと狭いわね」

「あと、るーちゃんは下着買わなきゃ。いっつも裸で寝てるんだから。高月くんの前でもそうする気?」

「別にいいんじゃない?」

「え?」

「どうせ脱ぐでしょ?」

「……それもそうだね」

「あの……お二人さん?」

 ルーシーとさーさんの会話がおかしな方向に進んでいる。 

 あとソフィア王女の目が冷たい。



 その時、「バーン!」と扉が開いた。



「タッキー殿! 聞きましたぞ。北の大陸へ向かわれるとか」

「旅支度は藤原商店にお任せくださイ!」

 ふじやんとニナさんだった。

 どうやらこっちもソフィア王女が呼んだようだ。


「タッキー殿! 急な話ですな。驚きましたぞ」

「成り行きでね」

「よくアレを成り行きと言えますね」

 俺とふじやんの会話に、ソフィア王女が突っ込んだ。


 俺が軍議をひっかきまわしてしまった話をすると、ふじやんが苦笑していた。


「相変わらずですなぁ」

「そうかな?」

「変わっていないですね」

 ふじやんとソフィア王女曰く、俺は変わっていないらしい。



「ルーシー様、アヤ様。こちらが最新の藤原商店のカタログですヨ」

「あ、この魔法のコテージ良いわね。広くて快適そう」

「それよりるーちゃんは、服を買わなきゃ」

「うーん、じゃあこれかな?」

「紐じゃん、やらしい!」

「駄目なの?」

「もっと可愛いのにしよーよー」

「アヤはどれが良いと思う?」

「これ! 私とおそろい」

「ひらひらしてて可愛すぎない? 私には似合わないわ」

「るーちゃんは露出し過ぎだよ」

「これくらいでいいのよ。マコトはどうせ、手を出してこないんだから」

「そんなことな……あるかなぁー。高月くんは、羊の皮をかぶった羊だからね」

「暑苦しい男ね」

「えっと……、どちらを購入されまス?」

 失礼な会話が繰り広げられている。

 誰が羊の中の羊だ。



 再び、「バーン!」と扉が開いた。



「私の騎士!」

 やってきたのは月の国ラフィロイグの女王フリアエさんだ。

 焦った表情で、落ち着きがない。


「姫? どうしたの?」

「あら、フーリじゃない」

「いつものふーちゃんだ」

 俺とルーシー、さーさんが視線を向けるとフリアエさんは気まずそうに視線を落とした。


「…………昨日は悪かったわ。女王の私が近づくと面倒に巻き込まれると思ったのよ。だから私の騎士には平和なところで安全に過ごしてほしかったのだけど……」

「もう面倒に巻き込まれてるわよ? マコトは」

「自分から突っ込んでいってるよ」


「どうして!?」

「だってマコトだし」

「高月くんだし」

「何でよー!」

 フリアエさんが頭を抱えている。

 何か昔のフリアエさんに戻ったな。

 俺はその様子を懐かしく眺めていた。


「ところで、マコト。魔大陸にはいつ向かうの?」

 ルーシーがこっちに問いかける。

 んー? そうだなぁ。

 特にゆっくりする理由もないし。


「今夜はどう?」

「早いわね。別にいいけど」

「じゃあ、準備も手早くしないとだね。ニナさん、今在庫があるものってどれですかー?」

「ええっと、取り寄せ商品以外ですとこちらから選んでいただくことに……」

 ルーシーとさーさんは、特に異論無いようだ。


「待って待って待って待って! 今夜!? 嘘でしょ!」

 フリアエさんが慌てたように、手をバタバタさせている。


「フリアエ様、女王としてその振る舞いはどうかと思われますが」

 後ろに控えていたハヴェルさんが、チクリと指摘する。

 というか、居たんやね。


「私の騎士! 最近目覚めたばかりなんでしょう!?」

「起きたのは一昨日だね」

「もうちょっと身体を労りなさいよ!」

「だからリハビリを兼ねてぶらぶらしようかと」

「よりによって魔大陸に行かなくてもいいでしょ! しかも古竜の王に挑むなんて!」

 フリアエさんはどうやら俺が魔大陸に向かうことに反対らしい。



 その時。


 ……コンコン、とドアがノックされ、扉が静かに開いた。


「高月くん、よかった。まだ居てくれた」

「心配し過ぎよ、リョウスケ。流石にまだ出発してないわよ」

 やってきたのは桜井くんと横山さんだった。

 笑顔の桜井くんにフリアエさんが冷たい声で告げた。


「私の騎士は、まさに今夜出発しようとしてるわよ」

「……やっぱり」

「うそでしょ!? 高月くん」

「移動にも時間がかかるからさ。それにこっちの時代の様子を確認しておきたいし」  

 千年前から現代に戻ってきて、ちょくちょく歴史の改変に気づくことがある。

 せっかくだから、何が変わってしまったのか見極めておきたい。

 桜井くんと横山さんには、呆れた顔をされてしまった。


「高月くんらしいね」

「そんなに慌てて出てかなくてもいいのに……、アヤは一緒に行くのよね?」

「いま旅の準備中だよー、サキちゃん」

「楽しそうね」

「だって久しぶりの高月くんとの旅行だし」

「りょこう!? ……魔王と戦いに行くのよね?」

「そうそう、冒険でした」

 俺はよく危機感が欠如していると言われてるけど、さーさんも大概だろう。


「ルーシーさん、止めないんですか?」

「ほっといたら一人で出かけちゃうわよ? マコトは」

「一番付き合いの長いルーシーさんの言う事なら聞いてくれるのでは……」

「聞かない聞かない。それに、惚れた弱みで私は逆らえないし」

「……はぁ」

 ルーシーとソフィア王女の会話が聞こえる。

 なんか、俺が問題児扱いされてるような。 


「リョウスケ! 私の騎士を止めなさいよ! 幼馴染なんでしょ!」

「いやぁ、僕は高月くんが一緒に戦ってくれるほうが心強いから」

「バカバカバカ! あんたなら大魔王だって余裕で倒せるでしょ!」

「痛い痛い」

 フリアエさんが桜井くんをポカポカ叩いている。

 仲良しだなぁ。


 その時、すすっと横山さんが俺に耳打ちした。


「ねぇねぇ、リョウスケとフリアエがいい感じだけど、高月くん的には良いの?」

「ん? そうだね。良いんじゃない」

 あの調子ならフリアエさんが厄災の魔女ネヴィアの生まれ変わりということはあるまい。

 千年前に自分を殺した光の勇者と仲良くしたいとは思わないだろう。


「高月くんって不思議なやつよねー」

「そう?」

 横山さんに不思議そうな顔をされた。

 が、こっちも同じ意見だ。


「桜井くんが、他の女と仲良くてもいいの?」

「すでに嫁がいるから。それにリョウスケがモテてるなんて今更じゃない?」

 あれ……、桜井くんの嫁の人数が増えてるような……。

 前は二十人じゃなかったっけ?

 それは良いんだろうか?


 俺と横山さんはお互いに不思議な生き物を見る目で、見合っていたら。


「遅くなりました、ソフィアさん。マコトさんはこちらに居られま……」


 そしてやってきたのはノエル女王陛下だった。

 そして、桜井くんをポカポカ叩いているフリアエさんを見て「スン……」と無表情になる。

 フリアエさんが、さっと俺の後ろに回り隠れるように身を縮めた。


「姫、何やってるの?」

「怖い女が来たわ。私を守りなさい、私の騎士」

「誰が怖いですって。あと、あなたはもう少し女王らしくなさい。何ですか、さっきの会議でも全く集中せずに……」

「退屈だもの。それに月の国のみんなは、太陽の国に対して恨み骨髄に徹しているから私の言うことなんて聞かないわよ」

「それでもっ! なんとかするのが女王の役目でしょう!」

「いっそ全員『魅了』しちゃえば楽なんだけど」

「……フリアエ様。そのような発言はお控えください」

「わかってるわよ、ハヴェル。冗談よ」

「ノエル、それくらいで」

「リョウスケさんがそう言うなら……」

 俺はフリアエさんとノエル女王の会話を不思議な心地で聞いていた。


 決して友好的とは言えないが、少なくとも先程の会議の時のようなギスギス感はない。

 俺は助けを求めるように、隣の横山さんに視線をむけた。


「太陽の国と月の国って国民の仲が険悪でしょ? さっきの会議も酷かったし。だから、女王同士は、個別の会談の場を設けてるのって、私もリョウスケに話を聞いただけなんだけど。そうよね? リョウスケ」

「ああ、月に一回の頻度で会談をしてるんだ」

「へぇ……」

 なるほど。

 さっきの軍議だと、二国間で戦争でも始まるんじゃないかと危惧したけど首脳陣では足並みが揃ってるってわけか。

 それなら安心。

 そう思っていると、ノエル王女がこちらへ近づいてきた。

 

「マコト様、先程の会議の件ですが本当に魔大陸に向かわれるのですか? まだ、目を覚まされて間もないのに……。ソフィアさんも心配されていると思うのですが……」

 心配そうな顔を向けられた。

 

「そうですね」

 俺はソフィア王女の方へ視線を向けた。

 ソフィア王女は、無表情のままだ。

 心なしか視線が冷たい。


「心配?」

「…………」

 ピクリとソフィア王女の眉が動いた。

 あ、これ怒ってる時のやつだ。

 つかつかと俺の近くにやってきて、ぎゅぅ~と頬をつねられた。

 痛い。


「あの……そふぃあさん?」

「まさか心配をしてないと思われていたなら、心外ですね勇者マコト」

「それはとんだしつれいを」

「気をつけて行ってきなさい。ルーシーさんとアヤさんの言うことを聞くんですよ」

 つねっていた手は離してくれたが、つんとそっぽを向かれてしまった。

 その様子を見ていたノエル女王がクスクス笑っている。


「本当に仲がよろしいですね。あ、そういえば近衛騎士の徽章バッジを付けてくださっているんですね。似合っていますよ……と言って良いのかわかりませんが」

「ちょっと、待って! 私の騎士、近衛騎士ってどーいうこと!?」

 フリアエさんが割り込んできた。


「ああ、さっきの軍議に参加するためにノエル女王に貰ったんだ」

「何ですって! ノエル、ちょっと私の騎士に手を出さないで!」

「……人聞きの悪い。気に入らないなら貴女が渡せばよいでしょう」

「そ、それもそうね! ハヴェル! 至急、私用に近衛騎士の徽章バッジを作りなさい!」

「フリアエ様、月の国の軍人は魔法使いしかいないので、騎士制度がありません」

「くっ……なんてこと」

 フリアエさんが、忌々しそうに近衛騎士の徽章バッジを睨む。

 そんな目で見られても。




「仕方ないだろ。の俺は徽章バッジが無いと会議も参加できないんだから」




 俺が何気なく言った言葉に、ソフィア王女が、フリアエさんが、桜井くんが、横山さんが、ノエル女王がキョトンとした顔になった。


 だけでなく、少し離れたところに居たルーシー、さーさん、ふじやん、ニナさんもこっちを見ていた。


 急に場が静かになった。

 

 沈黙が場を支配する。


 なんだ、この気まずい空気は?


 最初に口を開いたのは、ソフィア王女だった。


「まさか、勇者マコトは自分のことを平民だと思っているのですか?」

「違うんですか?」

 引退した元勇者。

 要するに平民だろう?


「マコト……、酷い勘違いをしてるわよ」

「何か高月くんの言動が変だと思ったんだよねー」

 ルーシーとさーさんもこっちへやってきた。

 どーいうことだ。

 俺の心を読んでか、ふじやんが簡潔に答えてくれた。


「タッキー殿は『英雄』扱いなので、ただの平民とは全く異なりますぞ」

「えいゆう?」

「紅蓮の魔女様や大賢者様と同じです。偉業を成し遂げた人物のことですよ」

「つまり、どーいうこと?」

 いまいち、その立場がわからない。


「英雄に義務は課せません。なので、必要に応じて各国の代表が『お願い』をすることになります。高月マコトは水の国の英雄なので、私よりも立場が上です」

 ソフィア王女に衝撃の事実を告げられた。

 な、なんだってー!? 


「じゃあ、俺は立場が上なのにさっきソフィアに正座をさせられたのか……」

「その件は蒸し返さないでください!」

 赤い顔のソフィア王女が、俺の腕をつねった。


「さっきの軍議では既に英雄になられているマコト様が、さらに手柄を求めて古竜の王に単独で挑むという話になったので、皆さんが戸惑われたのです」

 ノエル女王が解説してくれた。


「今は落ち目の太陽の国のお偉方は焦ってるんでしょうね。水の国の英雄が、全部手柄を掻っ攫っていくんじゃないかと思って」

 フリアエさんが意地悪い声で、ノエル女王に言う。

 

「月の国の方々も慌てているようでしたが?」

 ノエル女王が、むっとした顔で言い返す。


「月の国のみんなは、私の騎士に対抗心が剥き出しなのは困ってるのよね……」

 フリアエさんがげんなりした顔になる。

 どうやら月の巫女の守護騎士は未だに俺一人で、その点が月の国の民は気に入らないらしい。

 そんなこと言われてもな……。


 何にせよ、どうやら今の俺は『英雄』なるものらしい。

 そこそこ我がままを言ってもよい立場のようだ。

 ただ、それゆえに他国から警戒もされている。


 もう少し発言は気にしたほうがいいのかも……。 

 そんなことを考えていた時。



「お、ここに集まっていたか」


「ちょうど、関係者が揃っていますね」



 突然、今まで誰もいなかった空間に人影が現れた。

 空間転移テレポートだ。


 一人は白いローブ少女

 もう一人は、小柄な巫女。

 大賢者様モモ運命の巫女エステルさんだ。

 

「どうしました?」

 二人の顔から、何か重要な話だと察した。



の件でお話があります」

 エステルさんの言葉に、フリアエさんの表情が強ばる。


「どうやら大魔王に続き、厄災の魔女もらしいぞ」

 モモがさらりと告げた。




 ――千年後に私が転生した姿を貴方はもう知ってますよ




 厄災の魔女ネヴィアさんの笑顔と声が蘇る。

 

 転生、成功しちゃったのか……。

 残念なことに、千年前の因縁は尽きていなかったらしい。

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