297話 高月マコトは、太陽の巫女と再会する

「ほう……これは中々の良い生ハムだ」


 パクパクと黒猫ツイがハムを食っている。

 宿のルームサービスで頼めたのが、それだった。

 生憎と魚は無かった。


「塩っぱくないか?」

 ツイの小さな身体で、人間用のつまみは塩分濃度が高くないだろうか。

 まぁ、魔獣だし大丈夫だと思うけど。


「あぁ、美味かった。吾輩は満腹だ」

 俺の質問には答えず、ポンポンと腹を擦っている。

 その仕草は可愛いのだが、口調が中年男性ダンディーなため違和感が凄まじい。


「で? おまえは何で喋ってるんだよ?」

「まぁそれはどうでもよいではないか、我があるじ様」

「よくねーよ。はよ説明しろ」 

「主様は細かいことを気にされる……。吾輩が人語を操れるようになったのは月の姫様のおかげでして……」

 黒猫が語るにはこうだ。


 俺が千年前に旅立ったあと、黒猫ツイの世話はフリアエさんがしてくれたらしい。

  

 聖女となったフリアエさんは、新たな『スキル』を身につけた。

 彼女のスキルは『潜在能力を引き出す』というものらしい。

 通称『聖女の奇跡』とも呼ばれているとか。

 

「で、姫のスキルによって黒猫おまえは喋れるようになったと?」

「歳を重ねた魔獣は人語を操る。本来であれば十数年はかかるところを、月の姫様によって短縮してもらえたというわけだ。便利なものだ」

 毛づくろいをしながら答える黒猫。

 しかし、相手の潜在能力を引き出すスキル、か。


 たった一年で他の六国に張り合えるほどの国力をつけたという月の国ラフィロイグ

 その裏にフリアエさんの新スキルの存在があったらしい。

 今の月の国には、有能な人材で溢れかえっているんだとか。


「こうなると俺は、守護騎士からお役御免か……」

 月の巫女の守護騎士の仕事は無さそうだ。

 そんなことを考えていると。


「そうだ、主様。その話をしにきたのであった」

 黒猫がしゅたっとジャンプし、俺の肩に乗った。

 その重さは羽のように軽い。

 少しぎょっとする。


「月の姫様は今日のことを大層悔いておる。本当は主様に会って昇天しそうなほど喜んでいたところを必死に抑えていたというのに、主様が誤解したままではあまりに憐れというもの」

「……そうは見えなかったぞ。そもそも何であんなに冷たかったんだよ?」

 納得いく説明をしてもらおうじゃないか。

 と黒猫に迫る俺。


「決まっている。月の姫様はこれ以上主様に戦って欲しくないのだ」

「じゃあ、そー言えばいいだろ?」

 わざわざ冷たくする必要があるんだろうか?


「それが素直にできぬのがツンデレな月の姫様の厄介な所よ。仕方なく主様が勇者に戻るのを邪魔しようとしているのだ。勇者でなければ魔王と戦う使命は無いからな」

「遠回り過ぎないか?」

 本当だろうか?

 単に女王になって偉くなったから昔のツレと疎遠になっただけでは?

 何より猫の言うことが、どこまであてになるかわからん。


「はぁ~、これだから鈍感なあるじ様は」

(はぁ~、これだからマコトは)

 黒猫とノア様の声がかぶった。

 なんすか、ノア様。

 というか、さっきは俺とフリアエさんの立場が違う、とか言ってませんでした?


(そんなのフリアエちゃんの態度を見ればわかるでしょ~?)

「空気の読めぬ主様だ……」

 ノア様だけでなく、使い魔にまで呆れられてしまった。

 え、俺って猫より空気読めないの?


「ふふっ。そんな主様のために吾輩が一肌脱ごう。この影魔法・影渡りでな!」

「お?」

 空中に沢山の魔法陣が浮かび上がる。

 こんな複雑な魔法を黒猫が!?



 ――目の前の空中に真っ黒な直径2メートルほどの穴が現れた。


 

「ほれ、行こう主様」

「お、おいツイ」

 黒猫は振り返りもせずに、ひょいっと黒い穴に入っていった。

 ツイの小さな身体が、暗闇に吸い込まれる。


(影魔法・影渡りって確か上級魔法だよな……?)

 

 影から影へ移動する空間転移テレポートと似た魔法。

 空間転移と異なり、目印付けマーキングをした場所にしか移動はできない。

 それでもかなり便利な魔法だ。 


 黒猫のやつ、そんな魔法まで……。

 人語を扱うだけじゃ無かったのか。

 実はとてつもなく優秀な使い魔だった?


「ところでこれはどこに繋がってるんだ?」

 肝心なことを言わずに行ってしまった。

 俺は目の前の漆黒の丸い穴を見つめる。

 

(危険は無さそうよ?)

 ノア様の声が響く。

 まぁ、ツイの魔法で変な場所には連れて行かないと思うが。

 よし、入ってみるか。

 俺はおそるおそる宙に浮かぶ黒い穴に飛び込んだ。

 

 視界が真っ暗なのは一瞬だった。


(……ん?)


 すぐに俺はそこが誰かの部屋の一室だと気づいた。

 

 最初に目に飛び込んだのは淡いピンク色。

 絨毯やカーテンは可愛らしい花柄のもので、ここの部屋の主の好みなのだろう。

 少し運命の女神様の居た空間に似てるかもしれない。

 勿論、あそこまで広くはないが。




「…………え?」




 次は声が出た。

 目に止まったのは、部屋に掛けてある大きな絵だ。

 肖像画だった。

 問題は、肖像画に描かれていた人物。




 その肖像画に描かれているのは――――




 部屋を見渡す。

 沢山の絵が掛かっている。

 

 というか、よく見ると絵が精巧過ぎる。

 もはや写真の域だ。


「なぁ、ツイ……。これの絵だけど……」

「おや主様、これは『写真』というものらしいですぞ。藤原商会の会長が発明した魔道具『カメラ』というものを使って撮影するそうで」

 写真だったよ!

 ふじやんの仕業か!

 にしてもいつの間に撮ったんだよ。 

 撮られた覚えないぞ。


(運命魔法を使って過去を写すのよ。イラが手伝ったみたいよ)

 イラ様も一枚噛んでたのか……。

 本人居なくても写せるとか、盗撮し放題じゃないか。

 なんて恐ろしい魔道具だ。

 いや、問題はそこじゃない。

 

「なぁ、ツイ。この部屋って一体誰の……」

「おや、まさかお気づきではない?」

 黒猫がきょとんとした大きな目を向ける。

 わかってるんでしょう? と言わんばかりの目。 

 

 つまりこの部屋の主は、俺の知り合いだ。

 俺の知り合いで、黒猫ツイと近しい人物。

 一人しか思い当たらない。

 この部屋が彼女の?

 

 改めて部屋を眺める。

 部屋中に貼ってある俺の写真。

 昔映画で見たストーカーの誘拐犯の部屋がこんな感じだった。

 

 ちょっと怖い。

 いや大分怖い。

 何より見てはいけないものを見てしまった気分だ。

 深淵を覗いてしまった……。

 



 ――ガチャ




 後ろで音が響いた。

 ドアノブを捻る音だ。

 つまりこの部屋の主が帰ってきたわけだ。

 



「……………………え?」



 声が聞こえた。

 女性の声。

 聞き覚えはある。

 ついさきほど話したばかりだ。


 俺はゆっくりと振り返った。


 そこには夜道で恐ろしい化け物にでも会ったように、顔を引きつらせるが目を見開いていた。




「えっ? えっ? ……ちょ、うそ え? えっ? ……待って……え? え?」



 

 壊れたラジオのようにフリアエさんの口からは、意味のある言葉は出てこなかった。


 俺は黒猫を睨む。

 おまえ、何やってんだよ。

 せめて部屋の主に一報を入れておくべきだろう。

 着替え中とかだったらどうするんだ?


(そんなことより今の状況わかってる?)

 俺が間の抜けたことを考えているとノア様からツッコミが入る。


 わかってますよ。

 今の俺は、月の国のだ。 

 この世界の法律に疎い俺でもわかる。

 間違いなく牢屋ブタバコ行きだ。


「やぁ、姫。これには理由があって……」

 愛想笑いを浮かべながらフリアエさんに近づく。

 てっきり激怒されると思っていたが、まだ彼女の混乱は解けていなかった。

 

「えっ? ……あれ? これは夢? 夢よね? だってここは私の部屋で……、私の騎士が居るわけがないし……」

「姫?」

「や、やっぱり夢よね! うん、最近疲れてたし! そう! そうよ! あー、夢でよかった。もう脅かさないでよ~」

 乾いた声で笑うフリアエさん。

 どうやら俺は夢の存在になってしまったらしい。


「もう~、私の騎士ったら。どうせ触ったらいつもみたいに夢から覚めちゃんでしょ? 知ってるんだから」

 そんなことを言いながらフリアエさんが俺の頬に触れる。

 

「あ、あら? 何……で感触が……」

「姫……痛い」

 俺はほっぺをぐにぐと、なされるがままにされつつ話しかける。


「う、嘘……? ほん……もの?」

黒猫ツイに連れてきてもらったよ」

「………………」

 フリアエさんがぽかんと口を開く。

 美人がしちゃいけない顔だよ。

 

 そして、俺の顔をみて、部屋中の写真を見て、ぎぎぎぎと最後に俺の方に視線を向けた。

 一瞬青ざめた顔が林檎のように真っ赤に染まる。

 パクパクと口を開いているが、言葉が出てきていない。

 こっちから何か言ったほうがいいんだろうか?


「写真、よく撮れてるね」

(あんたバカ?)

 違うんです、ノア様。

 気の利いた言葉が浮かばなくて。


(他に言うことあるでしょ)

 と言っても嫌でも写真が目に入ってくる。 


「ち、違うの……、これは違くて……本当に何かの間違いで……」

「なぁ、姫。ちょっと落ち着いて」

 焦るフリアエさんをなだめる。

 そこに元凶の黒猫が、とととっと割り込んできた。


「主様。月の姫様は、毎日この写真に『キスをして』回っているのだ。どれほど主様のことを慕っているかわかるというものだろう?」

「「!?」」

 黒猫がとんでもないことを言いやがった。

 空気読めてないの間違いなくお前の方だ。


 そして、若干冷静さを取り戻したのかフリアエさんの表情がみるみる般若のようになっていく。

 美人の怒った顔は迫力があるなぁ。

 そんなことを考えている場合ではない。

 

 とりあえず、これ以上ここに居るのはまずい。


「じゃあ、今日の所は失礼するよ」

「む、もう帰るのか。ゆっくりしてゆけばよい。この部屋には姫様と主様しかおらぬのに」

「だからまずいんだよ」

 警備の衛兵さんを呼ばれたら俺は即お縄だ。 


 俺が影魔法・影渡りの黒い穴へ飛び込もうとした時、ガシ! と腕を掴まれた。

 勿論、相手はフリアエさんだ。

 まずい。

 俺の貧弱な身体能力ステータスじゃ、振り払えない。


「わ、私の騎士……」

「な、なんでしょう?」

「…………」

 フリアエさんは真っ赤な顔のまま俯いている。


「姫?」

「………………さっきは……悪かったわ」

「さっき?」

「公園で……、会った時の話よ!」

「気にしてないよ?」

「少しは気にしなさいよ」

「女王は大変そうだからね」

「女王なんて、大したことはないわ…………あなたの苦労に比べたら」

「そうかな?」

「……………………おかえりなさい、私の騎士」

「ただいま、姫」

 ようやく言えた。


 フリアエさんが掴んだ俺の腕を離す。

 ちょっとアザになってそうなほどの力だった。

 

「じゃあ、また会いに来るよ」

「ま、待って、この部屋のことは忘れて!」

「…………善処するよ」

「そうだわ! 私の呪い魔法で記憶を消去して」

「おっと、ルーシーとさーさんの帰りを待たないと。それじゃ!」

「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 恐ろしいことを言い出したフリアエさんから離れ、俺は黒い穴に飛び込んだ。


 出てきた先は、さっきまで居た宿屋の部屋だ。

 後ろを見ると黒い穴は無くなっていた。

 黒猫が閉じたらしい。

 追いかけてこられると女王様の誘拐犯になってしまいそうなので良かったと思う。


 にしても驚いた……。

 色々と想定外だった。


 でもフリアエさんが変わってなかった。

 いや、正確には変わってたが……。

 少なくとも嫌われてはなかったらしい。


(あれを嫌われてない、で済ませるマコトはヤバいわよ?)

 いいじゃないですか、ノア様。

 ただのツンデレですよ。


(違うと思うわ)

 俺も違うと思います。


 とにかくフリアエさんへの誤解は解けた。

 ルーシーとさーさんにも伝えなければ。


 しばらく修行をしながらルーシーとさーさんの帰りを待ったが、戻ってきたのは深夜になってからだった。

 二人ともやけにボロボロだった。

 どんな強敵だったんだ!? と話を聞いた所。



 ~ルーシーとさーさんから聞いた話~



「るーちゃん! もっと魔法の命中率上げてよ!」

「アヤこそ近距離武器ばっかり使ってないで、遠距離の攻撃も覚えなさいよ!」


「私が前衛なんだから、それって後衛のるーちゃんの仕事だよね?」

「二人パーティーなんだから両方やればいいでしょ!」


「るーちゃんの近接攻撃なんてヘボいのばっかりじゃん」

「アヤの遠距離攻撃はでっかい岩を投げるだけじゃない」


「他に知らないもん!」

「他のを覚えなさいって言ってるのよ!」


「だったらるーちゃんもバカの一つ覚えで攻撃は火魔法ばっかじゃん」

「誰がバカよ、この怪力女」

「言ったね! ノーコン露出女!」


「…………はぁ?」

「…………なに?」

「…………やる気? アヤ」

「…………泣かすよ、るーちゃん」


 ~ここまで~

 


 どうやら魔物はさくっと倒して、あとの半日はケンカしてたらしい。

 ボロボロなのはそのせいだった。

 どんな激しいケンカだったんだろう。


「もうー、るーちゃん強情なんだから」

「アヤの意地っ張り」

 既に仲直りしたらしく二人は一緒にお風呂に入って、そのまま寝てしまった。 

 

 ケンカするほど仲が良いというやつだろうか。

 二人ともすぐ寝てしまったので、フリアエさんの話はできなかった。





 ◇翌日◇




 俺はソフィア王女と共にハイランド城・最上階のとある部屋にやってきた。

 そこで待っていたのは、太陽の国で最も偉い人物。


「よく来てくださいました、ソフィアさん。お久しぶりです、マコト様」

「お招きいただきありがとうございます、ノエル様」

「お久しぶりです、ノエル……女王陛下」

 俺はソフィア王女を真似てひざまずく。


 てっきり王様と謁見する広間で会うのかと思ったら、今回の訪問は非公式なもの扱いらしい。

 ノエル女王の私室の一つだった。


「そんなに畏まらないでください、マコト様。貴方のおかげで世界が救われたのですから」

 そう言われ俺は頭を上げた。


 改めてノエル女王の顔を見上げる。

 アンナさんそっくりの容姿。

 衣装は、以前のものより威厳のあるドレスになっている。

 女王としての服装なのだろうか?


 ちなみに部屋の中は三名だけだ。

 すぐ後ろの扉の外には、屈強な騎士たちが守っている。

 不用心だが、そこは信頼してもらっているということだろうか。


「恐縮です、何とか戻ってこられました」

「初代国王アンナ様よりマコト様のことは言い伝わっております。必ず感謝の言葉を伝えるようにと」

 そう言ってノエル女王が深々と


「えっと……」

「ノエル様!?」

 俺とソフィア王女は、その姿に慌てる。

 まさか一国の王様が頭を下げてくるとは。

 人が居ないのはそのためだったのか。

 

「俺はノア様の信仰を認めてもらったので十分ですよ」

「そうです、ノエル様。どうか頭をお上げください!」

「ハイランド王家としての務めを果たせました」

 優しく微笑むノエル女王は、記憶にある通りのものだった。

 

 ただ、少し疲れているように見えたのが気にかかった。

 太陽の国という広大な国をまとめるのは、大変なのだろう。

 こんな時こそ、彼が支えてあげるべきだとおもうのだが……。


「桜井くんは居ないんですか?」

 気になったことを聞いてみた。

 てっきり一緒かと思っていた。


「彼は……忙しいですから」

 そう言うノエル女王の表情が暗い。

 何かあったのだろうか?


「二体もの魔王を撃破されたのですから、まさに救世主様の再来ですね、ノエル様」

 ソフィア王女の口調から、無事にアンナさんが救世主となった歴史に戻っていることを知れた。

 

 この時代の光の勇者である桜井くん。

 彼の腕に、世界の命運が掛かっている。


(そう考えるとかかる重圧プレッシャーはノエル女王以上か……)


 人のフォローをしている場合ではないのかもしれない。

 にしても、桜井・ノエル夫妻はしんどい地位ポジションだ。


 俺は隣の水の国の王女様の横顔を眺めた。

 キリッとした顔で、次々にノエル王女と政治の話をしているしっかり者の姫様。

 この姫様も無理ばっかしてるからなぁ。

 

「どうしましたか? 勇者マコト」

 俺の視線に気づいたソフィア王女が振り向く。


「ソフィアもあんまり無理しないようにね」

「……私のことは大丈夫ですから」

 少し頬を染めぷいっと顔をそむけるソフィア王女。


 それを見て、ノエル女王がくすくす笑う。


「相変わらず仲が良くて羨ましいです」

「の、ノエル様!?」

 ソフィア王女が慌てて、話題を変えた。


「そういえば、ノエル様は千年前の話を勇者マコトに聞きたいと仰っていたでしょう。その話を聞きましょう! 実は私も詳しくは聞けていませんから」

「あら、良いですね。私のご先祖様がどのようにマコト様に助けられたか本人の口から聞けるなんて、これほど素敵なことはありません」


「…………長くなりますよ?」

 なんせ三年の旅だ。

 そしてどの冒険も、とてつもなく濃い時間だった。


「ええ、聞きたいです」

「勇者マコト、聞かせてください」

「わかりました」 

 王族の貴重な時間を奪ってよいものかわからないが、俺は千年前の冒険について可能な限り詳しく話した。

 

 ソフィア王女は、驚いたり感心したりハラハラしたり、いろんな表情で話を聞いている。

 ノエル王女はずっとキラキラした目をしてこちらの話に相槌をうっている。


 特に不死の王の話では大盛りあがりだった。

 大賢者様モモからは聞いていないのだろうか?


 あとで聞いたが、モモは俺との会話以外は割と忘れているらしい。

 俺と違って千年寝てたわけじゃないから仕方がないんだろう。

 

 基本的には、ありのままに話しをしたが一点だけ。

 アンナさんとの関係性だけは伏せた。

 アンナさんそっくりのノエル女王に語るのは照れくさかったし、なにより婚約者のソフィア王女が居る。

 言えるはずがない。


 そのためアンナさんとの関係は旅の仲間ということで語ったのだが……。


「勇者マコト。聖女アンナ様とは……本当にただの仲間だったのですか?」

「…………勿論ですよ。何か気になることが?」

「いえ、別に」

 ソフィア王女が疑わしそうに聞いてきた。

 な、何故!?


(女の勘って怖いわねー)

 の、ノア様。俺の話に何か矛盾はありました?

(ソフィアちゃんは聡いから)

 ごまかせないらしい。

 ……あとで正直に話します。


 たまに冷や汗をかきつつ、俺は千年前の冒険譚を詳しく語った。


 


 ◇




 それから一時間以上経って。


「そういえばノエル様、そろそろ例の会議の時間では?」

 ソフィア王女が言った。


「あぁ……、もうそんな時間ですか。申し訳ありませんマコト様。この話の続きは今度必ず聞かせてください。……にしても気が進みませんね」

「仕方ありません、ノエル様の心労はお察しします……」

 ノエル女王とソフィア王女が揃って大きくため息を吐いた。


「この後に何があるんですか?」

 俺が尋ねるとソフィア王女が

「次のに関する会議です」

 という答えが返ってきた。


「もう何十回と話し合われていますが、一向に方針が固まりません……。大魔王の居る北の大陸。そこを支配する『古竜の王』との敗戦の爪痕が大きい……。所詮、私は女王の器ではないのでしょう……」

「そんなことはありません、ノエル様は立派に務めを果たされています!」

「ありがとうございます、ソフィアさん。そう言っていただけると嬉しいですが、私より兄のほうが国王に相応しいという貴族も大勢いますから……」

 この話題になるとノエル女王の声は元気がない。


 もっとも大陸最大の大国の王様の悩みを俺がどうにかできるはずがない。

 何も言えることは無いが……、あるとすれば。


「その会議、俺も参加できませんか?」

 気がつけばそう発言していた。

 政治のことはわからないが、大魔王と古竜の王なら面識がある。

 何か役立てるかも知れない。


「勇者マコト、貴方は未だ国家認定勇者に復帰したわけではないので参加は難し……」

「いえ、ソフィアさん。会議に参加するだけなら可能かもしれません」

 ソフィア王女が申し訳無さそうに言うのを、ノエル女王が止めた。


「こちらをどうぞ、マコト様」

 ノエル女王から手渡されたのは、太陽の女神アルテナ様を象った銀の徽章バッジだった。

 ずっしりと重く、相当に凝った作りの徽章だ。


「これは?」

ハイランド国王わたしの近衛騎士の紋章です。一つ余っていたので差し上げます」

「「え?」」

 さらっと渡されたが、かなりとんでもないものではなかろうか?

 女王の近衛騎士?

 騎士の中でも、エリート中のエリートだ。


「私の護衛ということで、会議に参加してしまいましょう」

 いたずらっぽく微笑む顔は、以前のノエル王女のものだった。

 しかし随分と乱暴な方法だ。


「ノエル様が良いのであれば……」

 ソフィア王女が苦笑している。

 俺としては、参加できれば何でもいい。


「では向かいましょう。第三次北征計画の作戦会議室は下の階になります」


 こうして、俺は対大魔王戦に向けた作戦会議に同席することと相成った。

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