296話 高月マコトは、月の巫女と再会する
「え?」
真っ昼間に幽霊にでも出会ったような顔をしているフリアエさん。
三年ぶりだ。
相も変わらず美しいが、今は大口を開けて少し間の抜けた表情をしている。
「や、久しぶり」
俺が片手を上げて挨拶をするとフリアエさんは「はっ!」という表情になった。
そして、一瞬目をキョロキョロとさせてたあと
……スン。
と無表情に変わった。
「姫?」
「……誰に口を聞いているのかしら?」
ツン、と顔を背けてフリアエさんは冷たく言い放った。
あれ?
何か思ってたのと違う。
(あらあら、
からかうようなノア様の言葉が聞こえる。
この態度はそういうことなのだろうか?
(今のフリアエちゃんは一国の指導者よ? 平民のマコトとは立場が違いすぎるわ)
(そっか……、そんなもんですかね)
かつての旅の仲間だが、彼女は女王様。
比べて俺は元勇者の平民だ。
お互いの間には、大きな隔たりがある。
仕方のないことかもしれない。
「元気そうでよかったよ、それじゃあ」
目的であるフリアエさんとの再会の挨拶は果たせた。
一抹の寂しさを感じつつ、これ以上の長居は止めておこうと思った。
俺は後ろを向きこの場を去ることにした。
そんな風に考えていた時。
「あ……違っ、待っ……」
後ろから声が聞こえた。
振り返ると、こちらに手を伸ばすフリアエさんと目が合った。
待てと言われた気がしたので、足を止める。
「…………」
「…………」
そのまま見つめ合う。
次の言葉を待ったが出てこない。
静かな時間が続いた。
「な、何をジロジロ見てくるのかしら! いやらしい!」
自分の身体を両手で隠すような仕草をするフリアエさん。
……何だ、この女。
対応に困っていた時、ふっと目の前に影ができた。
それが何かを判別するより先に。
「わー! どいてマコト!」
「あ、ふーちゃんだー!」
という騒がしい声が頭上から聞こえ
「ぐえ」
という声と共に俺は二人の下敷きになった。
「……おい、ルーシー」
「ご、ごめん、マコト!」
口に入った砂を吐き出しつつ、俺は恨めしい目をルーシーに向ける。
どうやら空間転移でやってきたらしい。
俺の真上に。
「フリアエ様! ご無事ですか!?」
「貴様ら! どこからやってきた!」
「曲者だ! 捕らえろ!」
大声で騒いでいたからだろう。
わらわらと沢山の騎士らしき人たちがやってきた。
よく見ると先日のハヴェルとかいう、フリアエさんの側近の男も居る。
やつは居ないはずじゃなかったっけ?
「何をしている! 賊を叩きのめせ!」
「はっ! お任せを……ってあれは……?」
「紅蓮の牙のお二人では?」
「……ルーシー様とアヤ様を……俺たちが捕らえる?」
「捕らえられねーよ」
「こっちが叩きのめされるだけだって」
どうやらフリアエさんの護衛騎士らしいが、相手がルーシーとさーさんだと知って及び腰になっている。
流石は有名人。
「高月マコト! まさか護衛の目をかいくぐってフリアエ様に近づくとは。本来ならば厳罰に処する所だが、今回だけは見逃してやる! さっさと去るが良い!」
側近のハヴェルが高圧的に言い放つ。
とっとと出ていけということらしい。
(……仮にも月の国の女王陛下に、無断で接近したのに追い払うだけでいいのだろうか?)
やや違和感が残ったが、うだうだ言って「やっぱり処刑だ!」とか言われても困る。
「失礼しました。すみやかに去ります」と言おうとした所、うだうだ言う人物がいた。
確認するまでもなくルーシーとさーさんだ。
「ちょっと! フーリ! マコトが会いに来たのよ!?」
「そーだよ、あんなに会いたがってたでしょ!」
「……」
二人の言葉に、フリアエさんは無言だった。
「待て! フリアエ様は今お疲れで……」
「うっさいわね、ハヴェル!
「ぶっ飛ばしちゃうよ? ハヴェルくん?」
「……………………ハイ」
止めに入ったハヴェルくんは、ルーシーの剣幕とさーさんの威圧ですごすご引き下がった。
彼は本当に月の国の重鎮なんだろうか?
「フーリ! どうして何も言わないのよ!」
「どうしちゃったの? ふーちゃん!」
それでもフリアエさんは無言だ。
「これ以上は迷惑になるから帰ろう」
俺はごねる二人を引っ張ることにした。
それを見てハヴェルがホッとした表情になった。
「そうだ。我々は
嫌味な口調のわりに、優しい言葉をかけられた。
そしてハヴェルの言葉で気になる単語があった。
第三次北征計画、か……。
詳細をソフィア王女か桜井くんあたりに聞いておこう。
「ふん! すぐにマコトは国家認定勇者に復帰するわ!」
「そうだよ、そうしたら高月くんは水の国の勇者だから北征計画の関係者だもんね!」
ルーシーとさーさんの言葉に反応したのは、さっきまで無言を貫いていたフリアエさんだった。
「何ですって!」
さっきの澄ました顔がかき消え、驚愕の表情でこちらを向く。
目が合った。
「姫?」
「ち、違うわ!」
また「はっ!」とした後、ぷいっと俺に背を向ける。
何か小声でぼそぼそと話している。
ハヴェルが俺のほうに目を向ける。
「……高月マコト。……国定勇者に復帰するのか?」
さっきまでの高圧的な態度が急に丸くなったハヴェルに質問された。
別に答える義理は無い。
うーん、どうしたものかと迷っていると。
「そうよ! ソフィア王女が手続き中よ!」
「高月くんは大魔王と戦う気満々だからねー」
俺の代わりにルーシーとさーさんが答えるので任せることにした。
その返事にハヴェルはさして反応を示さなかった。
しかし、後ろを向いたままのフリアエさんはぷるぷる震えている。
「だそうです、フリアエ様」
「…………」
ハヴェルがフリアエさんに話しかけている。
フリアエさんの声は小さくて聞こえない。
「高月マコト。貴様は
随分と長文で質問された。
「何でと言われても……」
そこに魔王が居るから――、とか言うと阿呆かと呆れられるのでコメントを控えた。
「そこに魔王が居るなら高月くんは行くんだよ!」
やめろさーさん。
俺が馬鹿だと思われる。
ルーシーですら少し引いた目をしている。
「だそうです、フリアエ様」
「…………っ、の……バカ!」
ハヴェルの声は淡々としていて、フリアエさんはわなわな肩を震わせている。
というかハヴェルも一々伝言ゲームするの大変だな。
「もうご自分でお話されてはいかがですか?」
俺が思ったのと同じことを、ハヴェルが言った。
その時、フリアエさんが「ばっ!」とこちらへ振り向いた。
長い髪が大きく弧を描く。
「高月マコト!」
びしっと、俺が指さされた。
「は、はい」
まっすぐな目で睨まれ、思わず背筋を伸ばす。
「勇者復帰なんて絶対に認めないんだから!
「は?」
意味がわからん。
「フリアエ様、他国の人事に口を出すのは越権ですよ」
「うるさいわね! 帰るわよ、ハヴェル!」
そう言ってフリアエさんは、早足で行ってしまった。
何だったんだ一体……。
わけがわからない俺やルーシー、さーさんは顔を見合わせた。
「すまぬ、高月マコト殿。ルーシー様、アヤ様、申し訳ありませんでした」
ハヴェルから先日の横柄な態度は何だったのか、というほど礼儀正しく挨拶された。
そして、フリアエさんの後を追って去っていった。
◇
よくわからないまま、俺たちは宿に帰った。
帰りの足は、ルーシーの空間転移だ。
さっきのフリアエさんの謎の態度についてパーティー内で話し合おうとしていた時。
「紅蓮の牙のお二人へ、冒険者ギルドからの緊急依頼です!!」
突然窓から真っ赤な羽の鳥が飛び込んできた。
魔法で造られた鳥らしく、流暢な人語を発している。
足には小さな紙が結んであった。
それをさーさんが慣れた手付きで外し、内容を読んでいる。
「またぁ? 私パス」
「駄目だってるーちゃん。水の国の村が飛竜の群れに襲われてるらしいよ」
「あー、もう! 行かなきゃ駄目なやつじゃない! アヤ、夕飯までに終わらせるわよ!」
「おーけー、るーちゃん! 高月くん、ちょっと待っててね」
そう言って慌ただしく二人は空間転移で行ってしまった。
(俺も連れて行って欲しかった……)
二人に聞いてみたのだが、ルーシーはまだ三人の空間転移に慣れていないらしい。
そのせいでさっきもフリアエさんの近くに誤転移されてしまった。
今回は人命救助ということで遅刻は許されない。
というわけで俺は留守番だ。
ぽつんと部屋に取り残される。
でも大賢者様の屋敷は、ハイランド城の敷地内にある。
ハイランド城は一人じゃ入れないんだよなぁ。
俺ってもう勇者じゃないし。
……コンコン
ドアをノックされる。
「どうぞ」
と返事をすると、
「あら、お一人ですか?」
珍しそうにソフィア王女が入ってきた。
「今日の仕事は終わりですか?」
「いえ、まだ仕事は残っていますが貴方の顔を見に来ました」
「…………休んでます?」
この姫様は、働きすぎなんだよなぁ。
「大丈夫ですよ、私より
「急ですね」
数日はかかると思っていた。
「ノエル様は、早くお礼を言いたいそうです。勇者マコトにたった一人で千年前に渡るという無理強いをしたのは太陽の女神様だという、負い目を感じておられるのでしょう。無理に時間を作ってくださいました」
「無事に戻ってこられたから、別にいいんですけどね」
俺が言うとソフィア王女はくすりと笑った。
「そう言うと思いました。ですが、ノエル様は気がすまないようです」
「そうですか」
真面目なことだ。
流石はアンナさんの子孫。
それからいくつかの情報交換をした。
第三次北征計画は、近々実行されるらしい。
が、計画の主導をどこが握るかで揉めているとか。
特に太陽の国と月の国の仲が悪い。
ハイランドが魔人族を弾圧していたことを考えると当然だろう。
おかげで計画がまとまらないんだとか。
「大魔王を倒した国こそが次の大陸の覇者だと言われています。それだけならよいのですが、西の大陸の覇権を争って戦争が起きるという噂する者までいます……。ノエル様やフリアエが戦争などするはずが無いのですが……」
ソフィア王女が憂鬱そうに呟いた。
そんな噂まであるのか。
これは気苦労が多そうだ。
俺はフリアエさんに会ってきた話をした。
ルーシーの空間転移が誤転送したことを言うと、流石に呆れられた。
ちなみに、フリアエさんはソフィア王女に頭が上がらないらしい。
国を立ち上げる時にもっとも支援したのが水の国だからだ。
俺に対してフリアエさんが冷たい理由は、ソフィア王女も思い当たらないらしく首を傾げていた。
◇
「それではまた明日に」
しばらく会話をした後、ソフィア王女は部屋を出ていった。
慌ただしいことだ。
再び一人になった。
ぼんやりと天井を眺めていると、気になるのはフリアエさんのあの態度だった。
俺を勇者に復帰させたくないらしい。
「何考えてるんだか……、姫は」
俺は誰も居ない部屋でつぶやき、ゴロンとベッドに寝転がった。
これは独り言であり、返事を期待したものではない。
だからその問いかけは宙へと消えゆくはずで……
「答えよう、吾輩の
よく通る低い声が返ってきた。
「っ!?」
ベッドから跳ね起き、慌てて周りを警戒する。
が、それらしき人影はない。
「誰だ……?」
短剣を構え、短く尋ねる。
「なにゆえそのように緊張をされておる、
「………………は?」
よく聞くとその声は足元からだった。
俺の影――の中に小さな二つの目が光っている。
そして、影の中からにょろりと黒い生き物が飛び出してきた。
それは見覚えのある黒猫だった。
「おまえ……ツイか?」
かつて
しかし、俺よりフリアエさんに懐いていた黒猫だ。
「いかにも、まさか忘れられているとは……寂しいものだ」
「…………」
大きくため息を吐き、毛づくろいをする黒猫。
俺は言葉が出ない。
「どうしたのだ、主様? ところで腹が減ったので、魚を所望するのだが」
「何普通に喋ってるんだよ!!」
たまらずツッコんだ。
どうやら千年前から現代に戻ってきて、最も変わってしまったのは
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