292話 高月マコトは、再会する その2

「顔が赤いですよ、ソフィア」

「……何でそんなに冷静なんですか、貴方は」

 馬車を降りる時、そんな会話をした。


 目の前には、雄大なハイランド城がそびえ立っている。

 藤原商会を出発してから十五分ほど。

 馬車内では、ソフィア王女にたっぷりと『甘え』られた。

 

「……ふぅ」

 小さく息を吐き、心を落ち着けるような仕草をしているソフィア王女。


 少しイタズラ心が芽生えた。

 ちらっと後ろを見ると、護衛の騎士たちは少し離れた位置に立っている。

 王城の敷地内なので、安全性は問題ないと踏んでいるんだろう。


「……さっきはですね、ソフィア。まさか馬車の中であんな……むぐ」

「っ!!」

 凄い目で睨まれ、凄まじいスピードで口を手で塞がれた。

 ついでに、顔が真っ赤に戻っている。


「……黙りましょうか?」

「はーい」

 コロシマスヨ? と目で訴えてくるソフィア王女の言葉におとなしく頷く。


 

 衛兵にハイランド城の大きな扉を開いてもらい、長い通路を進む。

 何度か歩いたことはあるはずだが、いまだに慣れない。


「ところで、誰に会いに来たんですか? ノエル王女ですか?」

 俺は尋ねた。


「ノエル様は、時間を取れればよいのですが……。他にいるでしょう? あなたに会いたがっている人が」

 そう言われると幾人かの顔が思い浮かんだ。

 太陽の国ハイランドに居る俺の親しい人物と言えば……。



「高月マコト!」

 

 

 突然、名前を呼ばれる。

 そして目の前に、金色の物体が迫っていた。


「帰ってきたんですね!」

「ぐえ」

 かなりの勢いでぶつかって、いや抱きついてきたのは女騎士だった。

 輝くような金髪に、キラキラした金色の鎧。

 こんなド派手な女騎士は一人しか知らない。


「お久しぶりです、ジャネットさん」

「あら、呼び捨てで良いのに。ねぇ、あなたの話を聞きたいわ。これから私の部屋にきなさい」

 最後は命令だった。

 

 ジャネット・バランタインさん。

『稲妻の勇者』ジェラルドさんの妹であり、太陽の国の大貴族のお嬢様。

 当初は嫌われていたはずだが、一緒に木の国スプリングローグで冒険したあたりから親しくなった。

 俺の手をガシッと掴んで離さない。


「ジャネット、私たちはこれから行くところがあるのです。あとにしなさい」

 ソフィア王女が俺たちの間に割り込んできた。


「あら、居たの? ソフィア。気づかなかったわ」

 ジャネットさんが、挑発するような物言いで返す。


「……その目は節穴なんですね? 斥候部隊であるペガサス隊をおやめになったら?」

「……あなたの地味過ぎるドレスが目に入らなかったの。悪かったわね」


「あら、流石はそのような品の無い黄金の鎧を身につけている人は言うことが違いますね」

「物の価値のわからない女ね」


「その言葉、そっくりかえしますよ」

「「……ふふふ」」

 不敵な笑みを浮かべて、睨み合うソフィア王女とジャネットさん。


 いかん、このままでは水の国ローゼスの王族と太陽の国の大貴族の間で争いが起きてしまう!

 と冷や汗をかいていると、ジャネットさんがこちらへ振り向いた。


「高月マコトが困っていますよ」

「それはいけませんね」

 二人は睨み合いを止め、さっと表情が柔らかくなった。


「ソフィア、はこれくらいにして私だって話を聞きたいわ」

「ええ、わかっていますよ。今日の夜は藤原商会の屋敷で勇者マコトの帰還祝賀会パーティーを行う予定です。あとで招待状を送ります」

「わかりました。高月マコト、あとでゆっくり話しましょうね」

「はあ……」

 その予定、俺は初耳なんですけど?


 でもまぁ、手際のよいふじやんのことだ。

 きっと裏でソフィア王女に提案をしていたのだろう。

 俺としても、知り合いに戻ってきたことを報告できる場を設けてもらえるのはありがたい。


 それはそうと、気になることが一点。


「もしかして、ジェラルドさんもそこに?」

 恐る恐る尋ねた。

 彼が来るなら、千年前の魔王との戦いなどを一晩中問い詰められそうだ。

 が、ジャネットさんは悲しそうに首を振った。

 

「残念ながら……、兄は大陸の北端にある『前線基地』に駐屯しています」

「前線基地?」

「魔大陸の魔王軍が攻めてきた時の、第一防波堤になる連合軍の基地です。大魔王が復活して以来、常に複数人の勇者が常駐することになっているんです」

「なるほど……、そうなんですね」

 聞くところによると、現在は『稲妻の勇者』ジェラルドさんと『灼熱の勇者』オルガさんが前線基地に赴いているそうだ。

 てことは。


「そのうち俺も『前線基地』に行くわけですか?」

 一応、俺は水の国の国家認定勇者だ。

 これは忙しくなるぞ、と思っていたら、ソフィア王女とジャネットさんが目を丸くした。


「あら、高月マコトは本当に現状を何も知らないんですね」

「えぇ、これから色々説明するつもりです」

「……?」

 二人の会話についていけない。

 俺は変なことを言ったんだろうか?



「じゃあね、ソフィア」

「えぇ、ジャネット。またあとで」

 二人は軽やかに笑顔を交わしている。

 さっきまでの険悪な雰囲気が嘘のようだ。 


「ジャネットさんとは親しいんですか?」

「ええ、水の国の魔物対策にはバランタイン家の戦士をお借りしてます。代わりに、我が国の僧侶を派遣していたり最近は家同士の繋がりが強いですね」

「へぇ」

 確かに以前、そんな話を聞いた記憶がある。


「あとは、個人的に勇者マコトあなたについてよく話していました」

「……そ、そうですか」

 一体、俺について二人は何を話していたんだろう?

 聞きたいような、怖いような。


 結局、深くは尋ねなかった。


 ふと、ソフィア王女が俺をじっと見つめていることに気付いた。


「一つ言っておくことがあります」

「はい」

 ソフィア王女の真剣な声に、すこし緊張感を持つ。




「高月マコト……あなたは今、




「…………え?」

 衝撃を受けた。

 そんな……、俺って勇者をクビになったの?

 

(なわけないでしょ)

 運命の女神様がツッコんできた。

 聞いてたんですか。


「勇者マコトが千年前に渡った後……、水の国の国家認定勇者が活動できないことを国民に説明する必要がありました。しかし、過去への時空転移は公にはできない。そのため、勇者マコトは魔王ザガンとの負傷で重傷を負い、戦えなくなった、という公布をしました。その際、国家認定勇者ではなく『名誉勇者』に格上げされました」

「名誉勇者……?」

 永久欠番みたいなものだろうか?

 なんでそんな面倒なことを。


(勇者は、国にとって武力の象徴だもの。突然姿を消したら、民が不安になるでしょ? だからなにかしらの説明は必要なのよ)

 イラ様の説明になるほどと頷く。

 千年前に向かった俺には頭が回らなかったが、残された方にも色々と都合があったようだ。


(ちなみに『名誉勇者』は現役扱いされてないから大魔王との戦いに参加する義務はないわ)

 そういうことか。

 さっきのジャネットさんの言葉の意味が理解できた。

 俺は『前線基地』に行く必要が無いらしい。

 とはいえ。


「一応聞きますが……、あなたは国家認定勇者に復帰しますか? すでにあなたの待遇は水の国にとって最上位のものを約束します。地位も財も望むがままです」

 ソフィア王女が上目遣いで尋ねてきた。


「ん~、名誉勇者のままだと不都合あります? どちらにせよ大魔王とは戦いますよ」

「…………あのですね。無理をして大魔王と戦う必要はないのですよ? 現役の勇者ではないのですから」

 イラ様と同じようなことを言う。

 が、答えは決まっている。


「俺は大魔王と再戦するために現代に戻ってきたんです」

「この男は……。わかりました、国家認定勇者復帰の手続きを進めます。表向きは身体を動かすことすらできないということで、民に説明していますからしばらくは大人しくしておいてください」

「はーい」

 どうやらすぐに『前線基地』とやらに行くことはなさそうだ。

 ちょっと、興味あったんだけど。


 その時、思い出したことがあった。


「ノア様のことを水の国ローゼスで広めてくださったそうですね」

「ええ、水の女神エイル様からも許可をいただきましたし……、何より勇者マコトの信仰する女神様であり、太陽の女神アルテナ様が正式に女神教会の八番目の女神として認められましたから。無下にはできません」 

「ありがとうございます」

 素直にお礼を述べた。


「礼を言われるほどのことはしていません。ところでノア様とはもうお話したんですか?」

「それがまだなんですよ」

 やや不満げな声がでてしまう。

 てっきり千年後に戻ったらすぐに話しかけてくれると思っていたのに。


「そうですか。これはエイル様からのお言葉なんですが……女神ノア様のについて伝えて欲しいことがあります」

「ノア様が選んだ勇者と巫女?」

 ガーンと、何となくショックを受ける。


 しかし、そうか。

 大陸公認の女神となったということは、当然勇者や巫女が選ばれることになる。

 俺は『使徒』という役職なので別口だし。


 水の女神様の場合、レオナード王子が勇者。

 ソフィア王女が巫女だ。


 ……ノア様の選んだ勇者と巫女かぁ。

 仲良くなれるだろうか?

 性格が合わなかったらやだなぁ。


「勇者マコト、違います。ノア様が勇者と巫女を選定してのです」

「選んでいない?」

「はい……、八番目の女神の義務を果たしていないとエイル様もややお怒りです」

「何をやってるんだ……ノア様は……」

 そんなにポンコツだったのか?

 いや、あの女神様は抜けたふりをして抜け目ない。

 どこかの女神様とは違う。


(どこかの女神って誰よ?)

 イラ様のことじゃありませんよ?


(嘘つくんじゃないわよ! あんたの頭の中に私の顔が浮かんだのが視えたのよ!)

 失言を深くお詫び致します。


「お願いしますね、勇者マコト」

「はい、任されました」

 お会いした時に、聞いてみよう。  


 ここでソフィアの表情が変わる。


「ところで貴方が居なくなったあとのルーシーさんとアヤさんの活躍についてはもう聞いていますか?」

 話題が変わった。


「いえ、会って即行で襲われましたので」

「はぁ……、そうでしたか。水の国は勇者を一名失ったということで一時は暗い雰囲気となっていたのですが、ルーシーさんとアヤさんが冒険者として活躍してくださりました。今ではアヤさんが、ルーシーさんはプラチナ級かつ火の使ということで、大陸でもその名を知らないものは居ないほどの高名な冒険者パーティーになりました」

 誇らしげにソフィア王女が言った。


「え……? オリハルコンに聖級魔法使い……?」

 たった一年で!?


「その顔は初耳のようですね。彼女たちは水の国随一の冒険者パーティー『紅蓮の牙』として名を轟かせていますよ」

「紅蓮の牙……」

 か、カッコいい。


 俺の水の街の時の二つ名とえらく違うんだけど。

 あの時は『ゴブリンの掃除屋』ですよ!

 俺も『紅蓮の牙』に入れてもらえるかなぁ……。


 

(あんたがパーティーのリーダーじゃないの?)

 でも、俺冒険者ランクは低いし……。

 現役の勇者じゃなくなったし……。


「……あの、何故暗い顔に?」

「俺が居ない間に、みんな立派になったなぁと思って」

「貴方の偉業のほうが遥かに凄まじいのですが……、わかってますか?」

 ソフィア王女が俺を慰めてくれるが、やはりさっさと現役勇者に復帰してバリバリ働きたい意欲が湧いてきた。

 俺も『紅蓮の牙』みたいな二つ名が欲しい!


(紅蓮の牙はパーティー名であって二つ名じゃないわよ?)

 細かいことはどうでもいいんですよ。


 にしてもルーシーとさーさんは、二人で成り上がったのかぁ。

 その時、とあるパーティーメンバーの顔が思い浮かんだ。


「そういえば、姫……フリアエさんは元気ですか?」

 ルーシーやさーさんとは一緒ではなかった。

 おそらく月の国ラフィロイグの復興に注力しているはずだ。

 聖女として頑張っているのだろう。

 

 俺の質問に、ソフィア王女は意味ありげな目を向けた


「ルーシーさんやアヤさんのことで驚いてるなら、フリアエさんの話をすればもっと驚くでしょうね」

「どういう意味です?」

「それは……」

 ソフィア王女が何か発言しようとした時。


「マコトさん!」

「高月くん!」

 誰かに名前を呼ばれると同時に、何者かに押し倒された。


(よく押し倒される男ねー)

 俺の力の身体能力ステータスが『3』なんですよ。


(十歳の少年の平均値じゃない……)

 俺の身体能力ステータスが低いのは運命の女神様が悪いのでは?


(私は悪くないわ。運が悪かったわね)

 ひどい!

 イラ様の別名、幸運の女神とは思えぬ発言!


 そんな雑談をしつつ、天井を見上げる。


 俺の顔を見下ろすのは、二つの端正な顔。


 涙を流している美少年と、涙を浮かべた好青年イケメンだった。

 こうして見ると、男の涙も趣深いと少し思った。


「レオナード王子、桜井くん。ただいま」


 俺は同僚の勇者と、幼馴染の勇者と再会した。

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