291話 高月マコトは、仲間と再会する

「マコト……」

「高月くん……」

 

 現在の俺は少し雰囲気の変わったルーシーとさーさんに押し倒されている。

 涙ぐんだ二人を見て、俺も懐かしさで目元が熱くなる。


 が、ここは藤原商会の客室。

 ふじやんやニナさんは当然居るし、大賢者様モモが不機嫌な顔でこちらを睨んでいる。

 T(ime) P(lace) O(ccasion)は、弁えねばなるまい。


 と思っていたのだが――どうやら二人には関係なかったらしい。


「……やっと、会えたよ……高月くん」

 と言って俺を押し倒したまま抱きついてきたのはさーさんだった。


「ちょっと、アヤ!? 何やってるの!」

 ルーシーの慌てたような声を無視して、さーさんは俺の頭を腕に絡め取り固定した。

 う、動けない。


「んっ……」


 そして、


(ちょっ!)

 驚く間もなく唇を塞がれる。


「あー!!」

 ルーシーが大声を上げる。


「よくも抜け駆けしたわね! アヤ!」

 てっきりさーさんを止めてくれるかと思ったが、ルーシーまで俺に抱きついてきた。


(お、重っ!)

 女性に言ってはいけない言葉だ。

 が、いくら華奢な女の子とはいえ二人に上から抱きつかれると重い。

 そして、そもそも口が塞がれているので何もしゃべれない。


「マ~コ~ト~……えいっ!」

 ルーシーはさーさんを押しのけるように俺に


(っ!? えっ!?)

 脳が混乱して、現状の認識が追いつかない。



 俺はいま…………ルーシーとさーさんにキスされている?



(うわっ……、引くわぁ~、やらしぃ~)

 運命の女神イラ様、茶々入れじゃなくて助けて!


(どうやって助けるのよ。押しのけりゃいいでしょ、男なんだから)

 俺の非力じゃ、まったく動けないんですよ!



「……ん……チュ」

「……はぁ……高月くん」

 ルーシーとさーさんの長いキスが終わらない。


 自分の視界は二人の顔で塞がれているので、『RPGプレイヤー』スキルの視点切替で自分たちの様子を見た。

 うん、完全に俺は襲われてますね。


 あとルーシーとさーさんがおそろいの腕輪をつけていることに気付いた。

 仲良しだなぁ……。

 というかそろそろ息が苦し……。


「おまえら、いい加減にしろ」

 突然、視界が開けた。

 身体が軽くなり、自分の身体が宙に浮いていることに気づく。


「モ……大賢者様?」

 どうやらモモが空間転移で、俺を引っ張り出してくれたらしい。

 

 俺が居なくなったことに気付いてないルーシーとさーさんは、まだ二人でキスを続けている。

 ……何だこの状況。


「あれ?」

 先に気付いたのはさーさんだった。


「るーちゃんだけ? 高月くんは?」

「あら? マコトはどこ?」

 二人は唇を離し、口元を拭いながらこちらを振り向く。

 何でそんな普通な対応なんですかね。


「おい、発情したメス猫ども。大概にしろ」

 大賢者様モモが機嫌の悪い低い声で話す。


「げ、大賢者先生」

「あ、大賢者さん」

 ルーシーがヤバという顔をし、さーさんがあちゃー、と呟く。


「いやぁ、久しぶりの再会でしたからな。お二人とも取り乱してしまいましたな。では落ち着いたところで改めてタッキー殿の話を……」

 ふじやんが場を仕切り直そうと、パンパンと手を叩く。

 ふぅ、やっと落ち着いて話ができそうだ。


 と思った時、ぞくりと悪寒が走った。


「…………精霊使いくん」


 大賢者様モモの声が低い。

 その呼び方を、モモにされるのは久しぶりだ。

 実は、白竜メルさんの真似なのだろうか。


「な、なんでしょう? ……大賢者様」

「腹が減ったな」

「それって……」

「血をよこせ」

「いま!?」

 二人の時じゃなかったのか?


 戸惑うまもなく、ぐいっと襟を引っ張られた。

 首元にモモの冷たい息を感じる。


「えー!」

「ちょっと!」

 ルーシーとさーさんが大声を上げる。


 ふじやんとニナさんは困ったように顔を見合わせているが、止める気は無いようだ。

 この二人ってモモが吸血鬼だって知ってたっけ?

 あ、ふじやんに『読心』スキルがあるから平気か。

 ふじやんがやれやれ、という顔をしている。


「カプ」

 モモに首元を噛まれた。

 コクコクと、小さな喉が鳴る。

 千年待っててくれたのだ、好きなだけ飲んでくれ。

 と思っていたのだが……。


「ちょっと、あの……、何故服を脱がせ……」

 モモの小さな手が俺の身体をまさぐる。

 前のボタンが次々に外されていく。

 モモ……、いつの間にそんなやらしい娘に。


「「…………」」

 そして、ルーシーとさーさんの視線が痛い。



 …………コク…………コク…………コク…………コク…………



 大賢者様モモは、なおも血を飲み続ける。

 が、どうもその飲む速度が遅いというか、あえてゆっくり飲んでいるような。


(長いなぁ……)

 俺はだらんと身体の力を抜き、なされるがままになっていた。

 

 客室内は気まずい雰囲気に包まれる。

 1分、2分と過ぎてゆき。


「いつまで飲んでるのよ! 大賢者先生」

 短気なルーシーが最初にキレた。


「離れてぇ~! 大賢者さん!」

 さーさんがモモを引き剥がそうとする。


「おい、離せ小娘ども! 邪魔をするな!」

 モモのほうが見た目は小娘なんだよなぁ……。 


「マコトも! デレデレして!」

「高月くん~、ちっちゃい子が好きなんですかぁ~?」

「おまえ、ちっちゃいとか言うな! 胸の大きさは変わらん」

「っ!? 私のほうがあるもん!」

「ふっ、レベルの低い争」

「「は?」」(さーさん&モモの威圧)

「ひぃ!」

 ルーシーが地雷を踏んでいる。 


「えっと、みんな落ち着い……」

 俺が三人に冷静になるように、なだめようとした時、小さなざわめきが聞こえた。

 


 ――×××××××キャー  

 ――×××××××オコッテルー  

 ――×××××××オコッテルネー  

 ――×××××××コワイコワイ  

 ――×××××××タイヘンタイヘン  

 ――×××××××ニゲロー



 水の精霊たちが騒がしくなった。

 おや……?


 そして、部屋の温度がガクンと下がる。


「さ、寒いです! 旦那様」

「これは一体……」

 ふじやんとニナさんの声が聞こえた。

 さっきまで騒いでいたルーシーとさーさんと大賢者様も、異変を感じて静かになる。



 俺はと言うと、水の精霊たちが騒ぎ出した原因となったの方向に視線を向けた。

 そこには一人の女性が立っていた。


 薄く青みがかった長く艷やかな髪。

 透き通った蒼い瞳。

 シンプルなドレスが、彼女の美しさを際立たせていた。




 水の巫女――ソフィア・エイル・ローゼス王女。




 彼女は俺、とその周りのルーシー、さーさん、大賢者様に目を向けた。

 氷のように冷たい目を。

 

「あら?」


 一言、ソフィア王女が呟くとさらにズズズ……と部屋の温度が下がった。

 ふじやん、ニナさんが震えている。

 このままでは良くない。


××××××××××水の精霊、温度上げて

 ふじやんたちが風邪を引く前に、俺はこっそり部屋の冷気を調整した。



「……そこに居るのは勇者マコトですか?」


 

 俺の名前が呼ばれると、ルーシーとさーさんと大賢者様がばっと俺から離れた。



「お、お久しぶりです、ソフィア」

 ぎこちなく俺が答える。


「ふふふ……、水の女神エイル様から目覚めたばかりと聞いたのですが、さっそくお楽しみのようですね」

 口調は優しいのだが、目が全然笑ってない。

 

「「「「「…………」」」」」

 誰も喋らない。


「どうされました? どうぞお続けください」

 声だけは優しく、ソフィア王女が微笑む。


「わ、私は大丈夫ー、うん、大丈夫よ、ソフィア王女」

「う、うん。高月くんとはあとでも話せるし」

「そ、そうだな。マコ……精霊使いくん、あとで屋敷まで来るように」

 モモは、シュインと音を立てて空間転移で消えてしまった。

 逃げやがった。


「そうですか。では、勇者マコト。こちらへ来てください」

 とソフィア王女が俺の手を掴む。


「ど、どちらへ?」

「ハイランド城です。あなたとの再会を待ちわびている人は大勢いますから」

 そう言ってグイグイ引っ張られた。


「がんばってー」

「ふれー、高月くん!」

 ルーシーとさーさんは、ひらひらと手を振っている。

 ついてくる気は無いらしい。


 扉の外には、水の国の騎士さんたちが待っていた。

 守護騎士のおっちゃんも健在だ。


「勇者殿!」

「ひさしぶり、おっちゃん」

「行きますよ」

 再会を喜ぶ間もなく、俺は馬車へ押し込まれた。

 



 ◇



 ガタガタと馬車に揺られる。

 馬車の中は、俺とソフィア王女の二人きりだ。


「…………」

「…………」

 ハイランド城へ向かう馬車の中で、しばしの無言が続いた。

 俺とソフィア王女は向かい合って座っている。


 ソフィア王女は、「つーん」と横を向き街の景色を眺めている。

 いや、ちらちらこっちを見ているあたり景色が見たいわけではなさそうだ。


「えっと……、元気でしたか? ソフィア」

 俺が恐る恐るソフィア王女に話しかける。

 すぐに言葉は返ってこなかった。


 根気よく待つ。

 たっぷり時間を空けて、ぽつりと返事が返ってきた。



「………………………………バカ。待ってたんですからね」

 


 小さく、お叱りの言葉をいただいた。


 突然、ソフィア王女が立ち上がった。

 揺れは大きくないが、移動中の馬車だ。


「危ないですよ」と声をかける前に、ソフィア王女はストンと俺の隣に腰掛けた。  

 広くない馬車内なので、互いの肩がどうしてもくっついてしまう。

 腕が絡まり、手をギュッと握られた。 

 

 俺がソフィア王女の方を見ると、彼女も俺のほうを見つめている。

 鼻がくっつきそうな距離。


 二重の呼吸音が聞こえる。

 温かい息が、顔にかかった。

 

「「……」」

 俺は何も言えず、ソフィア王女も何も言わない。

 ゆっくりとソフィア王女の顔が近づいてくる。 

 宝石のような蒼い瞳に吸い寄せられ――気がつくと俺は押し倒されていた。

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