最終章 『女神』編
290話 高月マコトは、千年後の世界を知る
「あぁ……、久しぶりのマコト様の肌……はぁ……はぁ……」
俺は現在、
モモの息が荒い点が気になるが。
「あの、
俺が聞くと、モモに「キッ」と睨まれた。
「二人きりの時に、大賢者様と呼ぶのは禁止です!」
ということらしい。
うっかり偉い人たちの前でも呼びそうで怖いんだけど。
現在のモモは
「はいはい……モモ。で、俺の身体はどうなんだ?」
「んーとですね」
モモの冷たい手が俺の身体をペタペタと触る。
俺はなされるがままだ。
くすぐったいが仕方がない。
当然、まずはリハビリが必要と考えていたのだが。
「どこも問題のない健康体ですね」
「そうか……少し身体が重いけど、一応普通に動けるな」
思ったよりも平気だった。
(当たり前でしょ。私があんたの時魔法を指導してあげたんだから!)
頭の中で響く
今回の
運命の女神様に教わった時魔法のアレンジも加えてある。
なんでも時間ごと凍らせるとかなんとか……凄い魔法だった。
「イラ様、おはようございます。無事に目覚めることができました」
俺は小さく頭を下げる。
「あれ? マコト様、……運命の女神様と会話してるんですか?」
モモが不思議そうな顔をする。
(何よ、文句あるの?)
「
俺一人の力ではこの時代に戻ってこれなかっただろう。
モモは不思議そうな表情をしたままだ。
「てっきりマコト様が信仰している例の邪神とされた女神様と最初に話すのかと思っていたので」
「!」
モモの言葉にはっとなる。
しまった。
千年後に戻ってきたのに、最初に挨拶するべき
「の、ノア様!」
慌てて周りを見回す。
しかし、返事はなかった。
俺は短剣を両手で握り、跪いた。
女神様に祈りを捧げる。
それでも、ノア様からの声はかからなかった。
「あ、あれ……?」
まさか忘れられた?
もしくは拗ねている?
どちらもありそうだ。
(だ、大丈夫よ! ノアのやつはきっと忙しいのよ)
「マコト様! そんな悲壮な顔をされなくても……」
イラ様とモモに大いに心配されてしまった。
「まぁ、気まぐれな女神様だから」
ひょっこり夢の中に現れてくれる……はず。
「なぁ、モモ。外の様子を見たいから食事でもしながら今までの歴史を教えてくれないか? 俺の認識している情報との違いが知りたい」
「わかりました! ……いきなり出歩いても平気ですか?」
(あんた、少しくらい休んだほうが良いわよ)
モモとイラ様に呆れられた。
本当は休んでおいたほうがいいんだろう。
でも気になるのだ。
千年後がどうなっているのか。
あと、猛烈に空腹が襲ってきた。
何か食べたい。
俺は強引にモモを説得し、太陽の国の王都に繰り出した。
◇
「それほど変わってない……のかな? 王都シンフォニアは」
決して太陽の国に詳しいわけではないが、賑わいは記憶にある通りだった。
ただ、少し違っている点もある。
「人族だけじゃなくて、多種族が入り混じってる」
かつての王都シンフォニアは、厳格な種族階級があった。
人族を頂点として、エルフや獣人族は明確に差別されていた。
それが緩和されている。
もっとも魔人族と人族の関係は、相変わらず良くないらしい。
厄災の魔女の悪評は、未だに健在だそうだ。
でも、そういえば
(ええ、それに関しては高月マコトが守護騎士をしていた月の巫女――フリアエちゃんが魔人族を率いて頑張ってるわよ。元々魔法に秀でた種族だから、ここ一年で大国に成長したわ)
たった一年で!?
「はぁ……流石は姫」
フリアエさん苦労したんだろうなぁ。
他にも歩きながら現代の状況についてモモから教わる。
「俺が千年前に行ってから
計算では、過去へタイムスリップした後すぐのタイミングで目を覚ますはずだったのだが。
(し、仕方ないでしょ! 永遠の時を持つ女神にとって一年なんて誤差なのよ!)
まぁ、贅沢は言いませんよ。
無事に戻ってこれた。
それがなによりだ。
そして、一番気になっていたこと。
「モモ。
「はい、その通りです」
俺は
「暗闇の雲じゃないんだな」
「ええ……、どうやら復活した大魔王の力はかつて程のものではないようです」
「もしくは、そうやって油断させているのか」
楽観はできない。
その時、俺の目に留まるものがあった。
「えっと……これって、もしかして」
俺は大通りのど真ん中に立っている銅像を見て、思わず声が出た。
以前は、救世主アベル一人だった。
それが複数人の銅像に変わっていた。
光の勇者――アベル。
聖女――アンナ。
白の大賢者――モモ。
魔弓士――ジョニィさん。
大きく翼を広げる聖竜――メルさん。
ここまではいい。
そしてもう一人……
「なぁ、モモ。あれは誰だ?」
「え? 何を言ってるんですか。そんなの決まって……」
(高月マコトに決まってるでしょ?)
顔がひきつる。
いやいや、歴史が変わりまくってるんじゃ……。
(いいのよ、それくらい。アベルが殺されて暗黒時代が続くよりは遥かにマシなんだから)
「そりゃそうでしょうけど……」
やっぱりやり過ぎたのかなぁ。
でも、千年前は必死だったしなぁ。
そんなことを考えながら、王都シンフォニアをぷらぷらと歩く。
飯時だからか、通りの店から良い匂いが漂ってくる。
「モモ、どこかに入ろうか」
「はい! マコト様」
現在の大賢者様は、子供っぽい魔法使いのローブを着込んでいる。
まさか、太陽の国の最重要人物の一人とは誰も思わないだろう。
だから、口調は普段通りだ。
ふらっと入ったお店は、人でごったがえす騒がしい食堂だった。
俺とモモはカウンターに並んで腰かける。
そして、気付いた。
(あ……お金が無いかも)
現代の貨幣は持ち合わせてない。
どうしようか……と思っていたら。
「何かオススメを持ってきて。お釣りはチップです」
とモモが銀貨を数枚握らせていた。
「はーい! すぐ持ってきますね」
愛想の良い店員さんの言う通り、あっという間に目の前に料理が並んだ。
色鮮やかな野菜のサラダ。
骨付き鳥をカラッと揚げた
トマトソースにチーズがかかったパスタ。
フォークを手に取り、恐る恐る口に運ぶ。
「美味い……」
千年ぶりの飯をゆっくりと味わった。
ふと隣のモモの手が止まっていることに気付いた。
「食べないのか?」
「……私はもっと欲しいモノがありますから」
俺の顔をねっとりと見つめるモモ。
ニィと笑う口元から、小さな犬歯が光っている。
「……あとでな」
「はーい☆」
流石に食堂の中で血を飲ませるわけにはいかない。
千年待っててくれたのだ。
俺の血で良ければいくらでもやろう。
俺は骨付き鳥を食べながら、食堂を見回し一枚の絵画がかかっていることに気付いた。
絵画に描かれているのは、
以前に見た時はいつも六柱だった。
どうやらここも歴史が変わってしまったようだ。
何となく女神様の面々を眺める。
太陽の女神アルテナ様。
火の女神ソール様。
水の女神エイル様。
木の女神フレイア様。
土の女神ケレス様。
運命の女神イラ様。
そして月のめが……………………あれ?
「え?」
思わず席を立ち、二度見した。
実際の容姿とは異なっているが、あの御姿は間違いなく……。
「ノア様?」
紛れもなく俺が信仰する女神様だった。
「あら、お客さんもノア様の信者? 最近
「は、はぁ……」
さっきの愛想の良い店員さんだった。
笑顔で言うだけ言って去っていった。
(ノアはあんたの献身で、この世界で八番目の女神になったわよ。忘れてたの?)
覚えてますよ!
そのために千年前に単身で向かったのだ。
いや、しかし……。
まさかこんなに堂々と絵画が飾られているとは。
しかも、流行ってるとか言ってた。
「モモ、ノア様の信者って多いのか?」
「目を覚まして最高の笑顔なのが少し腹が立ちますね……。新興の女神ですから、信者数はまだ一番少ないですけど、ここ最近で急速に信者数を伸ばしてますよ。特に
「おぉ……」
水の国にノア様の信者が増えている。
最初に異世界に来た時は、俺一人だけだったのに。
じーんと、胸に来るものがあった。
「マコト様、食べ終わったならそろそろ店を出ます?」
俺がぼんやりと感傷に浸っていると、モモにくいくいと袖を引っ張られた。
「そうだなぁ……」
空腹が収まり、現代の状況も少しわかった。
次は、俺を待ってくれている仲間に会いに行きたいがどうやって連絡を取ればいいだろう。
携帯電話なんてこっちには無いし……。
水の街に行ってみるか?
ルーシーやさーさんが居るかも知れない。
いや、フリアエさんが居る月の国のほうが可能性が高いだろうか?
うーむ、と頭を悩ませていた時。
「タッキー殿!!」
大きな声で名前を呼ばれた。
ドスドスとかけてくる人影があった。
隣にはうさぎ耳の女性。
見間違うはずもない。
「ふじやん!」
俺は声のほうに駆け寄る。
そこに居たのは、一緒に異世界にやってきた親友だった。
「戻られたのですな! よかった……、よかったですぞ!」
「ああ、ついさっきね。ただいま、ふじやん」
「高月様! お元気そうでなによりデス!」
「ニナさんもご無沙汰してます」
親友とその奥さんとの再会を祝った。
「よく俺がここに居るってわかったね」
「
エステルさんか……、ということは裏で糸を引いているのは。
(私よ! あんたが戻ることを待っている仲間に教えてあげておいたわ)
(ありがとうございます、イラ様)
こういう配慮は本当に素晴らしいと思います。
(おい、あれ藤原商会の会長だろ?)
(会話相手の男は誰だ? 見かけない顔だな)
(どっかの貴族のボンボンじゃないか?)
(さっきは連れの子供に金を払わせていたな)
(世間知らずの金持ちか)
『聞き耳』スキルからそんなヒソヒソ声が聞こえてきた。
ふじやんは太陽の国でも有名人になっているらしい。
「場所を変えぬか? ここは目立つ」
俺と話している時とは違う低い声
高圧的な大賢者モードのモモだった。
「おや、これは挨拶が遅れました。タッキー殿のお知り合…………!」
「旦那様、どうしま…………え?」
ふじやんとニナさんが目を見開く。
どうやら、俺の連れが大賢者様だと気づかなかったらしい。
「支払いは済ませてある。空間転移で運んでやろう、どこがいい? 王城か?」
「ふ、藤原商会で客室を用意します。いかがでしょうか?」
ふじやんがさっと提案する。
「よかろう」
モモがそう言った瞬間に、視界がぼやけた。
◇
現在、俺とモモは高級そうなふかふかのソファーに腰掛け、高級そうなクッキーを齧り、高級そうな紅茶を飲んでいる。
ふじやんとニナさんとは現状について、いくつか教えてもらった。
商売は順調のようだ。
ただ、会話の内容から本題ではないように感じた。
「ふじやん、誰かを待ってるの?」
「そろそろだと思いますぞ」
誰という情報は教えてくれなかったが、何となく予想がついた。
ふじやんの持つ
水の街では、それで成り上がっていた。
情報を早く知ることができるということは、早く伝えることもできるはずだ。
俺が戻ってきたという話を、ふじやんが第一に知らせるとしたら……、それはきっと。
一瞬、部屋を眩い光が照らした。
それが
誰かがこの部屋に侵入した。
「…………マコト?」
「…………高月くん?」
懐かしい声で名前を呼ばれた。
「る……」
彼女たちの名前を呼ぶよりはやく、気がつくと俺は二人の女の子に押し倒されていた。
一人は赤毛のエルフの女の子。
久しぶりに感じる彼女の体温は、やっぱり高かった。
そして、記憶にあるより髪の色が赤く輝いていた。
もうひとりは、濃い茶色の髪を二つくくりにしている女の子。
以前は、肩にかからないくらいだった髪が長くなっている。
少し大人っぽくなったように見えた。
だが、外見の変化より目を引くのは二人の表情。
真っ赤な顔をくしゃくしゃにして。
目には涙が溜まっていた。
そして彼女たちの両目から、ぽたぽたと水滴が俺の顔に降り注いだ。
「ただいま、戻ったよ。ルーシー、さーさん」
「バカ! 待たせ過ぎよ!」
「……おかえり、高月くん!」
こうして、俺は仲間と再会することができた。
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