286話 のちの大賢者は、目撃する

◇モモの視点◇


「大丈夫……か?」

「は……い……」

 大魔王の姿を見るや、私は意識を失った。


 私を起こしてくれたのは、白竜師匠だ。

 その白竜師匠も顔色が悪い。

 ジョニィさんも、アンナさんも、あの恐ろしかった黒騎士の魔王ですら大魔王の放つ威圧感に気圧されている。


 

(……なのに)

 一人だけおかしな人がいる。



「これはこれは、『RPGプレイヤー』冥利に尽きるな」



 マコト様だけはいつも通りだった。

 いや、いつも通り所ではない。

 視線を向けることすらおぞましい化物を目の前に、会話していた。


(……怖い)

 初めてマコト様を怖いと思った。

 

 ずっと頼りになる人だと思っていた。

 どんな逆境も、跳ね除けてくれた。

 だけど……。


『アレ』と楽しげに話す、マコト様は……。

 果たして人間なのだろうか?



「さぁ、未来からの勇者様。偉大なる御方と一緒に世界を支配しましょう?」

 月の国の女王ネヴィアが妖しい笑みと共に、マコト様へ語りかける。


「いけない……マコトさん」

「駄目よ、高月マコト」

 青い顔をしたアンナさんと上空から聞こえる不思議な声が耳に届いた。


 そうだ、大魔王は何と言った?

「世界の半分をやる」と言っていた。

 そして、マコト様の横顔からは迷っているように感じた。


 だ、駄目……。

 私はフラフラとマコト様に近づく。

 しかし、足は震えすぐに転んでしまった。


「さぁ、僕の手を取るんだ」

「高月マコトさん、私たちの仲間に」

 大魔王と月の国の女王の誘いに、マコト様は返事をしない。

 空中をじっと見つめたままだった。


 う、ウソ。

 まさか、あいつらの味方になるなんて言い出すんじゃ……。


「なぁ、カイン?」

「む? 何だ?」

 突然、マコト様が話しかけたのは黙っていた黒騎士の魔王だった。


「確かカインと約束をしたんだよな? 海底神殿のノア様を救い出してくれるって」

「「……」」

 その言葉に大魔王と月の国の女王は、黙りこくった。

 ……ノアって誰だろう。

 また、私の知らないマコト様の女が増えた。


「大魔王イヴリース。ノア様を海底神殿から出してくれれば俺もカインも喜んで仲間になるよ」

「え?」

 マコト様がとんでもないことを言い出した。


「マコトさん!! 何を言うんですか!」

 アンナさんが大声で怒鳴った。


「本気か?」

 ジョニィさんですら戸惑った様子だ。


「勿論、本気ですよ。もし『できれば』ですけど。どうかな、大魔王?」

「高月マコトさん、そうおっしゃらず『世界の半分』ですよ? 何の不満があるんですか」

 媚びるように尋ねてきたのは月の国の女王だ。


「ノア様の信者にとっては、海底神殿の攻略こそが全てだ。そうだよな、カイン」

「いや……そうなのだが……」

 肝心の黒騎士の魔王の言葉の端切れが悪い。


「「……」」

 大魔王たちは、困ったように視線を合わせる。


「あんたも人が悪いわね」

 不思議な声がまた聞こえた。


「運命の女神様……」

 白竜師匠が恐れ多いという風につぶやく。

 どうやらこの声は、女神様のものらしい。


「神獣リヴァイアサンが護る海底神殿の攻略なんて、誰にもできるわけないでしょう」

「……あぁ、私も無理だと思う」

「おい、イラ様はともかくおまえカインは諦めるなよ」

 マコト様が、珍しく語気を強めている。

 というか、マコト様は女神様や魔王になんでそんなに自然に会話できるんだろう?


「さぁ、どうする?」

「……それは」

 マコト様が大魔王に迫る。


 おかしい。

 さっきまで、世界の半分などというとてつもない条件で、マコト様を味方に引き入れようとしていたはずなのに……。


 今は、マコト様の言う「海底神殿から誰かを助ける」という条件にすり替わっている。

 しかも、大魔王やその側にいる月の国の女王が心底困った顔をしている。

 どうやら『海底神殿の攻略』とやらは、世界の半分を手に入れるより困難なことらしい。

 その時だった。



 ――聞き分けがないね



 突如、塔内に声が響き、ぞくりと背筋が冷えた。

 

「え?」

 一瞬で、闇に包まれる。

 何も見えなくなった。


 ――ここまで聞き分けが悪いとは……。仕方ないから君の仲間たちを人質に取らせてもらうよ


「マコト様! 白竜師匠!」

 大声で叫ぶ。

 しかし、返事はない。


 そんな。

 ついさっきまで、みんな側にいたのに。



 ――ふふふ、叫んでも無駄だよ。空間を断絶してある。誰にも声は届かない



 それは私に話しかけているようで、もしかすると皆同じ状況なのかもしれない。

 兎に角、一瞬で私たちは分断されてしまった。

 そんな、どうすれば……




 ――神級魔法『地獄の世界コキュートス




 焦る私を救ってくれるのは、やはりマコト様だった。


 黒い霧が徐々に晴れる。

 白竜師匠や、ジョニィさん、アンナさんの姿もあった。

 見えづらかったが、黒騎士の魔王も無事なようだ。


 そして、マコト様。

 薄い笑みを浮かべて、腹立たしいほど落ち着いた声が聞こえてきた。


「そちらが攻撃をしかけるなら、こっちもやり返す。神級魔法なら届くだろう?」

「マコト様!」

 私は慌てて駆け寄り、がしっとその身体にしがみついた。


「モモ、大丈夫だったか?」

「は、はい! でもその魔法を使っちゃってよかったんですか?」

 聞いていた話では、神級魔法を使えるのは『1回だけ』。

 私たちを助けるのに使っては、このあとどうすれば……。



 その時、「ピシリ」と何かがひび割れる音がした。

 


 ーーやってくれるね。瞬時に最善手を打つとはね


 

 ピシピシという音と、ポロポロ何かが崩れ落ちていく事に気づいた。

 

「塔が……」

 誰かの言う通り、私たちのいた魔法の塔が氷の結晶となって崩れていった。

 やがて塔の残骸は全て風に流され、私達の立っている場所はただの広場になってしまった。


「大魔王は、外じゃ生きられないんだったか」

「だから塔を!」

 マコト様は、あの一瞬で私たちを助け、大魔王すら倒すことまで見越していた。 


 暗闇の雲の隙間から、太陽の光が差し込んでくる。

 

(……うぅ)

 太陽の光を浴びて、吸血鬼の私は身体の力が抜ける。

 それをマコト様が優しく支えた。

 


 ーーやはり『神気』持ちは反則だな。一手でひっくり返される



 正面には、うねうねとうごめく気味の悪い肉塊が宙に浮いている。

 しかし、最初に見たほどのおぞましさや、威圧感は感じなかった。

 大魔王の身体は、ゆっくりと崩れ落ちている。


(あぁ、これで安心……)

 緊張が解け、太陽の光を浴びた私は再び意識を失った。



「はぁ……、やはりこうなってしまうのですね……」

 気を失う直前、かすかに月の国の女王の声が聞こえた。




 ◇高月マコトの視点◇




 塔が崩れ落ちた。


 異界の神である大魔王は地上では生きられない、らしい。

 ノア様や水の女神エイル様くらいの高い神格なら話は別らしいが。

 少なくとも大魔王なら、塔の結界を壊すことが致命的になるはずだ。


 大魔王の肉体は、ゆっくりと形を失っていく。

 それを止める者がいた。


「イヴリース様。どうぞ私の身体をお使いください」


 厄災の魔女が言うや、肉塊から伸びていた触手のような手が彼女の身体に巻き付いた。

 何十本という黒い腕が、美しい厄災の魔女の身体を這う淫靡な光景が広がっている。

 つーか、何をやってんだ?

 

「……んっ……はぅ」

 フリアエさんの外見を思い起こさせる厄災の魔女が、顔を赤らめ小さく喘ぐその様子は……ぶっちゃけエロい。

 黒いドレスは捲し上げられ、際どい位置の肌が見え、あられもない姿になっている。

 

「マコトさん?」

 俺がその様子を凝視していると、隣から光の勇者アンナさんの冷めた声が聞こえた。


「何も見てないです」

「ウソつき」

 はい、嘘つきです。


「馬鹿なこと言ってないで、さっさと攻撃なさい! 大魔王が厄災の魔女の身体としているわ!」

「「え!」」

 イラ様の叱責を聞き、俺とアンナさんは慌てて厄災の魔女に向き直った。


 ――ブワ! っと突風が吹いた。


 瘴気を纏った黒い風だ。

 それだけでなく、厄災の魔女と肉体が崩れている大魔王の周囲が黒い壁に覆われている。

 結界か。


「雷の魔弓・嵐」

「火魔法・不死鳥』

 ジョニィさんと白竜さんの放った魔法が、黒い結界に突き刺さる。

 しかし、結界が破れる様子はなかった。


 俺はカインに目で合図する。


水の大精霊ディーア! 水魔法・八俣の大蛇」

 俺の放った水魔法に合わせて、カインが黒い結界に斬りかかった。

 黒い結界を巨大な水魔法が押し潰そうとし、カインの魔法剣の斬撃が炸裂するが。


「駄目……ですね」

 弱々しいアンナさんの声が聞こえた。

 水の大精霊の魔法とノア様の造った魔法剣ですら壊せなかった。 

 

 あとは……、俺は隣にいる光の勇者さんを見つめる。

 彼女も俺を見て、小さく頷いた。


 アンナさんの持つ聖剣が、白く輝く。

 しかし、その攻撃が放たれる前に黒い結界が消え去った。


「お待たせしました」

 そう言いながら姿を現したのは、変わり果てた厄災の魔女だった。


 彼女の白い肌が、褐色に変わり、長い黒髪が七色に輝いている。

 全てを魅惑する黄金の瞳は、さらに爛々と妖しい光を放っていた。

 元よりフリアエさんのようなずば抜けた美貌を持っていた厄災の魔女だが、大魔王と同化した影響か水の女神エイル様のような人外の美しさとなっていた。


「ネヴィア……、すまないね」

「良いのです、イヴリース様。私の全ては貴方様のもの……」

 一つの口から二人の声が聞こえてる。


「高月マコト、大魔王……、いや『廃神』は下界に堕ちたわ。月の巫女と同化することで神格を失った。今なら『光の勇者』で倒せる」

「!?」

 俺の隣のアンナさんがビクリと震える。


「ぼ、僕が……?」

「そうよ、光の勇者。貴方が倒しなさい。本来の歴史通りに」

「そ、それは」

 アンナさんは、厄災の魔女の迫力に呑まれている。

 目の前の大魔王と同化した魔女の威圧感は、古竜の王を超えていた。


 それでも気力を振り絞ってか、剣を構えている。

 かたや厄災の魔女は、つまらなそうにこちらを見下ろしている。


「本来の歴史には程遠い『光の勇者』さん。貴方が私のお相手?」

 厄災の魔女の身体からは、水の大精霊ウンディーネを遥かに上回る魔力を感じる。


(うーん……)

 これは厳しいな。

 俺や白竜さん、ジョニィさんたちも一緒に戦えればいいのだが、さっきの同化中の黒い結界ですら傷一つつけられなかったのだ。

 むしろ足手まといになるだけだろう。

 そして、最大戦力である光の勇者アンナさんは厄災の魔女の迫力にたじろいでいる。


(ほら、高月マコト。例の『作戦77』の出番よ!)

 運命の女神イラ様から念話が届いた。

 そうか、塔の結界が無くなったからまた俺だけに声が届くようになったのか。


(そんなことより、はやくしなさいよ!)

(……)

『作戦XX』とは、対大魔王戦に備えてイラ様から色々と教わっていた裏技なのだが……。

 よりによって77番か……。


(もうあれしかないのよ! とっととやりなさい!)

(……わかりましたよ)

 覚悟を決めた。



『え? マジですか?』

 やめておく

 やるしかない



 ふわりと空中に文字が浮かぶ。

 止めるな『RPGプレイヤー』。 


「アンナさん」

 俺は光の勇者の名前を優しく呼んだ。


「マコトさん……」

 アンナは不安げに俺を見つめる。

 


 俺はそんな彼女の肩を抱き寄せ――――



「え?」

 アンナさんが目を丸くする。


 そして次の変化は劇的だった。


「わっ!? えっ! 何?」

 アンナさんの身体から、湯気のように七色の闘気オーラが立ち昇る。


(ふっ、いい感じね。このあとの手順もわかってるわね? 高月マコト)

 イラ様の声に気分が重くなる。


「あ、あの……マコトさん。さっきのは一体……」

 先程までの不安げな表情はなくなっている。

 潤んだ瞳でこちらを見つめるアンナさん。


(さぁ、とっとと言いなさい! 『作戦78番!』)

 脳内の女神様がうるさい。


 ……あぁ、もう!

 他に手はないのか。


「ここで死ぬ前に言っておく。……あ、愛してるよ、アンナ」

「~~~~~っ!」

 アンナさんの顔が、ぼっと言う音をたてそうなほど真っ赤になる。

 そして、アンナさんの全身が眩しいほどに輝きだした。


(よっし! これで光の勇者ちゃんが覚醒したわ! アルテナ姉様が『激しい感情の動き』で覚醒するスキルにしたおかげね!)

 なんでそんな面倒な条件にしたんですかねぇ、太陽の女神アルテナ様。


 ちなみに本来の歴史では『復讐心』によって光の勇者は覚醒したらしい。

 が、こっちの歴史では俺のせいでアンナさんの心は穏やかだ。


 ――ふむ、じゃあ高月マコトへの『恋心』で覚醒させましょう


 というのがイラ様の作戦である。

 外道か。


「ぼ、僕もマコトさんのことを愛してます……」

 アンナさんに熱のこもった声で告白される。


 決して、アンナさんのことは嫌いではないし、むしろ好きまである。

 けど、こんな場面でそれを言いたくなかった。


(俺は地獄に落ちるのでは……?)


「マコトさん、見てて下さい」

 光の勇者アンナさんが静かに聖剣を構える。

 その小さな動きだけで、吹き飛ばされそうなほどの魔力マナの暴風が吹き荒れた。


 もはや、俺が手伝える領域ではなくなったらしい。



「どこまでも無茶苦茶ですね。これが本来の歴史通りの覚醒した光の勇者ですか」

 どこか疲れた様子で、厄災の魔女の手には見たことのない杖が握られていた。

 どうやら、俺たちをのんびり待っていたわけではなく武器を召喚していたらしい。



「イヴリース様に代わり、貴方たちを滅ぼしましょう」

 大魔王と同化した厄災の魔女ネヴィアが、禍々しい瘴気を放つ杖をこちらに向ける。


「させない」

 覚醒した光の勇者アンナが、七色に輝く剣を構えた。



 こうして、最後の戦いが始まった。

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